第164話「神罰の日、来たれり」
全てを白く染める、それは残雪のヴェール。こちらの地球は
ナオト・オウレンは、巧みに積もった雪を利用した。
パイルバンカーの衝撃が大地を突き抜け、周囲の雪が舞い上がる。
敵の視界を奪った上での、一撃。
だが、手応えがない。
「チッ、
自然と感嘆の気持ちが、相手への賛辞を呟かせた。
この状況下でまさか、攻撃を防がれるとは思わなかったのだ。
回線の向こうに今、相手の息遣いが感じられた。
『ハァ、ハァ……俺は、負けない。誰にも……負けてられないんだ!』
「そうだ、統矢君! なら、まずはその恐怖を克服するんだ」
『恐怖? まだそんな……』
「恐れる気持ちから、目を逸らしてはいけない。それは俺も同じこと!」
ナオトは統矢に語りかけつつ、愛機のパワーを上げていく。
トール四号機は、相手とは三倍のサイズ差がある。そのアドバンテージは同時に、ナオトにとっては大きな弱点でもあった。小さい標的との戦いは、レヴァンテイン等とのシミュレーションで普段から訓練している。
小回りの効く機体で脚を使われては、大きく重いトール四号機は不利だ。
だから、自分から攻めてペースを掴み、常に相手を掌握する必要があった。
『俺が、怖い? そんな……』
「統矢君、思い出せ。激情にかられて振り回すだけじゃ、機体は応えてくれない」
『! ――わかってる! わかってるんだ、でも……でもっ!』
徐々に、上から圧するようにナオトはナイフを押し込んでゆく。巨体を利用しての、完璧な戦術だった。徐々に統矢の【氷蓮】は、
全身に施された、包帯にも似たスキンテープが弾け飛ぶ。
だが、ナオトは手を抜かずに完全勝利のために心を鬼にした。
戦ってみて、はっきりとわかったのだ。
自分の中にも、恐怖がある。
そしてそれは、誰の心にも潜んでいるのだ。
見守る周囲からも「おお!」と声があがった。
『怖がって、びびってられるかよ……俺は、りんなの
「くっ、この力!? な、なんだ、統矢君! 君は!」
瞬間、ナオトの背筋を衝撃が這い上がる。
それは冷たい悪寒となって、全身の神経に危険なシグナルを放った。
そして、圧倒するトール四号機の押し込む刃が、ピタリと止まる。
信じられないことに、
だが、妙だ。
先程よりこころなしか、出力が上がっているような錯覚を覚える。
否、はっきりと感じられる……徐々に、地の底から沸き上がるようなパワーが肥大化してゆく。それは、より暗く燃える統矢の声音によって膨らみ続けていた。
『立ち塞がるなら、容赦はしない……俺はもうっ、負けない!』
「統矢君! ……使うしか、ないのか。いやっ!」
即座にナオトは、いつものようにトール四号機のリミッターをカットしようとシステムに触れる。だが、すぐにその手を止めて、落ち着いて深呼吸。改めて
確か、
だが、ここまで露骨に
今や、【氷蓮】は全身の放熱が逆巻き、千切れたスキンテープがゆるゆると揺れている。
『おおおっ! 押せよ、【氷蓮】ッッッ!』
「こ、これだけのパワーが……だが、統矢君! その力を制御できなければ、君も飲み込まれるぞ。復讐も戦いも否定はしない。けど、それだけに溺れてはいけない」
『お前になにが、わかるものかよ!』
「そうだ、俺にはわからないし、なにもない。そう思っていた俺にも、今は仲間がいる。君も仲間を頼れ! 弱い自分を知って認めたら、弱さを知ったらもっと強くなれる!」
ハッ、と向こうで息を呑む気配が伝わった。
同時に、不気味なまでのパワーがなりを
次の瞬間には、ナオトは機体を静から動へと加速させる。あっという間に、相手の小さなナイフを弾いて、その手から叩き落とした。
だが、向けた切っ先の向こうで統矢は戦意を失っていない。
「そういえば……君はバルト大尉が銃口を向けても怯まなかったな」
『まだだ……まだ、終わってなんかいない! 俺は――』
その時、突如として空気が激震に沸き立つ。
けたたましいサイレンの音が響いて、青森校区のみならず市街地全体を戦慄で包み始めた。ナオトも初めて耳にする、それは天使の裁きが訪れる予兆。
突然の警報に、ナオトは機体を停止させる。
そして、コクピットを開放すれば少女の悲鳴が耳を衝いた。
「な、なんだ……? 敵襲か!?」
見れば、ギャラリーの誰もが表情を強張らせている。
先程名乗った
そして、知る。
こちらの地球、ナオトたちを異邦人として迎えた惑星"
それも、人知を超えた謎の驚異が。
『……来たかっ!』
「来た? 統矢君、それは」
『このアラートは、パラレイドの襲撃だ。見ろよ、少尉さん。山の方角、あの空を』
統矢の声が、徐々に尖ってささくれだつ。
彼に言われるまま、ハッチから身を乗り出してナオトは遠景に目を細めた。
まだ白く雪化粧した、八甲田の
かつてこの地にナオトたちをいざなった光は、今度は災厄を連れてくる。
それが、正体不明の敵であるパラレイドだ。
驚きに思わず言葉を失っていると、よろけながらも【氷蓮】が動き出す。
「ま、待てっ、統矢くん!」
『パラレイドは、その全てを
微動に震える【氷蓮】が、スラスターを吹かして跳躍する。
熱風で周囲の雪を吹き飛ばしながら、統矢はあっという間に行ってしまった。
周りの子供たちも皆、忙しく動き出す。彼らは皆、
突然中断された模擬戦で、ナオトの勝利は遠くへ消えた。
だが、最初から統矢に勝とうとは思っていなかった。
ただ、今までの自分には勝てた気がする。思い出せぬ過去すら、一瞬だけ乗り越えられた……それを統矢にも、ナオトは知ってほしかった。過去が白紙だからこそ、ナオトには伝えられる。過去と死に
そんなことを思っていると、トール四号機の足元で静かな声が響いた。
「ナオト少尉。まだ動けるか?」
「バルト大尉」
「いい戦いだった。……完全に
「まだ、わかりません。でも、今も俺の中に恐怖心はあります。それを引きずったままでも、もう俺は戦える……今はそう思います」
「よし、では出撃だ。すぐに部隊を動かすが、少尉は先行して先程の少年を追え」
「ハッ!」
バルト・イワンドは、ナオトの返答に大きく頷いて。
そこには、ナオトを一人前の男と認めた瞳の光があった。それが嬉しくて、敬礼と同時にナオトはコクピットへ飛び込む。すぐにハッチを閉じれば、今すぐにでもトール四号機は戦闘可能な状態だ。
武器はナイフ一振りしかないが、問題ない。
後続のリジャスト・グリッターズ主力部隊がすぐに出撃するからだ。
それまでの僅かな時間、統矢を追いかけて保護し、無事に二人で帰還する。
作戦内容は明白だったし、先程の模擬戦の疲れもない。
「トール四号機、ナオト・オウレン少尉! これより先行してパラレイドに接敵、交戦しつつ統矢君を保護します!」
既に周囲は戦場の雰囲気で、次々と幼年兵たちのPMRが出撃し始めている。旧式の機体を払い下げた練習機だが、実弾装備に換装すれば一級品の戦力だ。
だが、それに乗せられているのはまだ十代の子供なのだ。
そして、リジャスト・グリッターズでも多くの少年少女が戦っている。
「彼らを守れずして、なにが軍人か。よしっ、出るぞ!」
グッと身を屈めたトール四号機に、ナオトは飛翔を命じた。
全身のスラスターに蒼炎を輝かせて、巨大なマシーンは跳躍する。あっという間に、広大な敷地を持つ青森校区が背後に飛び去った。
そのまま着地地点を瞬時に割り出し、人気のない工事現場を足場にさらにジャンプ。
市街地を横切る形で、ナオトは徐々に山岳地帯の方へと近付いていった。
「このあたりは、
周囲は四月とは思えぬほどに雪深く、晴天なれども冷たい風が装甲を叩く。
そして、徐々に空の光は眩しさを強めて広がっていた。
不気味な明滅の、その下に少年が先走っている。先程刃を交えてわかったが、摺木統矢という少年は今、とても危険な状態だ。奇しくも、
互いに精神を機体の隅々へと行き渡らせて、激突した。
その時、ナオトは統矢の心に触れたような気がしたのだった。
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