第163話「激突!パンツァー・ゲイム!」

 時に西暦、2098年。

 人類はまだ、自分だけの地球しか知らない。

 そして、惑星"アール"と呼ばれた星には今、滅亡の危機が忍び寄っていた。謎の敵性無人兵器群てきせいむじんへいきぐん、パラレイドの侵攻が人類を襲ったのである。目的も不明で、手段を問わずに攻撃、殺戮を繰り返すパラレイド……人類は国家の枠組みを超えて共闘するも、苦戦の中で多大な犠牲を強いられていた。

 そんな中で、全てが戦争に塗り潰された鈍色にびいろの青春を送る少年少女がいる。

 彼らは皆、幼年兵ようねんへいと呼ばれる使い捨ての戦力として、容赦なく最前線に投入されていた。


「……俺は、戻ってきた。お前と……お前の機体と戻ってきたぞ、りんな」


 摺木統矢スルギトウヤは今、心地よい高揚感の中で深呼吸を一つ。

 自分を密閉する狭苦しいコクピットの、デジタル表示の計器類が光で包んでくる。そして、この場所にかつていた少女の鼓動が、呼吸までもが蘇るような錯覚を感じた。

 だが、彼女はもうこの世のどこにもいない。

 恐るべきパラレイドの驚異によって、消えてしまった。

 一瞬で。

 永遠に。


「模擬戦、パンツァー・ゲイムか。肩慣らしに丁度いい。お前もそう思うだろう? 【氷蓮ひょうれん】」


 ――パンツァー・ゲイム。

 それは、終わりを知らぬ永久戦争の中で、人類が生み出した最新の娯楽にしてスポーツだ。パンツァー・モータロイドと呼ばれる人型機動兵器同士による、本気のガチバトル……名目上は、パラレイドを想定した戦術の訓練ということになっている。

 絶望へ転げ落ちる人類たちは、特に大人はパンツァー・ゲイムに熱狂した。

 自らの科学力が生み出した鉄巨人ギガンテスの姿に、一瞬とはいえ恐怖を忘れられるからだ。

 統矢はヘッドギアを装着し、機体をチェックする。蘇った97式【氷蓮】は、まだまだ完調状態とは言いがたい。だが、この短期間で稼働可能なまでに修復されていた。これも全て、クラスメイトたちのおかげだった。

 そして、不意に耳元でレシーバーがノイズと声とを差し入れてくる。


『よぉ、統矢。摺木統矢、だよな? どうだ、復活の【氷蓮】の調子は』

「誰だ? あんたは」

『俺の名は五百雀辰馬イオジャクタツマ。この青森校区の戦技教導部せんぎきょうどうぶで部長をさせてもらってる』

「五百雀……ああ、あの女の兄弟か? なんだっけ、確か」

『おいおい、名前くらい覚えてやれよ。五百雀千雪イオジャクチユキ、お前んとこのクラス委員だろうが。兄貴の俺がいうのもなんだが、見た目だけはかわいいだろ?』

「興味ないね。それで?」


 酷く軽薄で浮ついた、それでいて不思議と惹きつけるような奥深さのある声だった。三年の辰馬と改めて名乗って、相手は簡潔に情報を伝えてくる。


『相手は第三世代型トール、YMXシリーズの四号機だ。搭乗者はナオト・オウレン少尉。今ちらっと見たが、こりゃエースだな。撃墜数の桁が違う』

「だからなんだよ……相手になるってんなら、敵は叩いて潰すだけだ」

『まあまあ、待て待て。トールの全高は20m……思い出せよ、北海道の戦いを』


 統矢の脳裏に、地獄がフラッシュバックする。

 第三次北方防衛戦だいさんじほっぽうぼうえいせんと呼ばれる戦いは、人類同盟の完全な大敗で終わった。日本皇国にほんこうこくは過去最大の戦力を投入したが、全兵力の八割以上を失い敗走したのである。

 それも、

 セラフ級……完全無人のパラレイドの中で、唯一人型の姿をかたどる死の熾天使してんし。その恐るべき力は、山脈を虚空へ吹き飛ばし、海を蒸発させ、大地を消滅させる。戦略兵器という概念すらも超越する、歩く破滅の権化ごんげだ。

 そのセラフ級の姿を、統矢ははっきりと思い出していた。


「セラフ級パラレイド、人類同盟の認識コード……ゼラキエル」

『そう、残された観測データによれば、全高18mのスーパーロボットだ。……どうだ? 今の相手とほぼ同じサイズだ。頭を使えよ、想像力を発揮しろ。考えるんだ……ゼラキエルを倒すには、どうすればいいかをな』


 モニター越しに統矢は、目の前の敵を見上げる。

 距離を取って今、雪原と化した校庭にトール四号機が身構えていた。その体格はちょうど、ゼラキエルとほぼ同じである。

 これは仮想敵アグレッサーとして、またとない格好の獲物だった。

 そして、統矢はすぐに察する。

 トール四号機のカーキ色の装甲に刻まれた、無数の細かな傷。それは全て、激戦のあかしだ。何度死線をくぐってきたのだろう? 同時に、思い出す……ナオトは確か、もう一つの地球から強制的に次元転移ディストーション・リープさせられ、統矢と出会った。

 廣島ひろしまでの日々がもう、今は遠い昔に感じられた。


「やってやるさ……俺は負けない。もう、誰にも負けてやらない!」

『おーし、その意気だ。じゃあ、頼れる先輩ちゃんからのアドバイ、スッ、グアッ! ……ナイス、金的蹴り……こ、これは、御褒美ごほうび……ガクッ!』


 不意に辰馬が奇妙な悲鳴を上げた。

 そして、崩れ落ちる音と同時に向こうで通信機を拾う気配。

 意外な声音が耳に入ってきて、統矢は驚く。


『っし、覗き魔デバガメ野郎撃退っと。もしもし? 聴こえてる? 返事して、統矢』

「お前は?」

『私は神塚美央カミヅカミオ。ただの機獣無法者アーマーローグよ。いい統矢、よく聴いて。ナオト少尉は戦争のプロ、本物の軍人よ。洗練された操縦技術と戦闘術を叩き込まれた、一流の兵士なの』

「……それで? だからって俺は、負けるつもりはない」

『あんたを心配してる女の子チユキがいるの! 気付きなさいよね、まったく……いい? 質量差は圧倒的だけど、パワーウェイトレシオはそう変わらない。脚を使ってきなさい!』


 トール四号機と【氷蓮】では、三倍近いサイズ差がある。質量差は恐らく、もっとだ。だが、その分小さくて軽い【氷蓮】にも勝機はある。

 統矢は唯一の武装、Gx超鋼ジンキ・クロムメタルのナイフを愛機に身構えさせた。

 相手もまた、巨大なナイフを手に腰を落とす。

 トール四号機専用のコンバットナイフは、【氷蓮】にはまるで巨大な両手剣だ。

 そして、美央の声が次々と他の男子たちに切り替わる。


『統矢、俺だ! 歩駆アルクだ! 左右の重量バランスに気をつけろよ。今の【氷蓮】には、標準装備の装甲の85%しか装着されてねえ!』

『俺にも喋らせてくれ! 俺は響樹ヒビキ御門響樹ミカドヒビキだ。統矢、少尉の圧力に飲み込まれるなよ……気迫で負けたら、スペック差もクソもねえからな!』

『私からも一言。統矢さん、真道美李奈シンドウミイナです。絶対元素Gxぜったいげんそジンキを用いた科学技術の結晶、それがパンツァー・モータロイド……操作系や駆動系にも、人の精神力を用いた制御システムが導入されていると聞いています。どうか、気持ちをお強く』


 歩駆とは廣島からの付き合いだが、彼は以前より影が色濃くどこか憂いを帯びている。そう感じる統矢は、彼と同じくらいに激変した自分には気付いていなかった。響樹は親しく語りかけてくれて、無愛想な統矢と周囲の接着剤になってくれた男子である。また、美理奈は割烹着姿かっぽうぎすがたでいつも夜食やお茶の準備をしてくれた少女だ。

 皆の力と想いが今、朽ち果てた【氷蓮】を蘇らせてくれた。

 そして、緊張に硬くなる手を、操縦桿スティックごと包み込む白いぬくもり。

 それは統矢だけが見た錯覚だが、確かに声が聴こえた気がした。


『統矢、あんたはいつもPMRパメラへの触れ方が硬いの。もっとこう、優しく触ってあげてよ。PMRって、もっと柔らかくてしなやかなものだよ?』

「りんな……」

『あんまし世話やかせないでよね、統矢……あんた、本当はもっと上手くやれるでしょ?』

「そう、かな? 俺は……お前がいなくなって寂しいよ。でも、だからまだ戦える。戦いたいし、戦わなきゃいけないんだっ!」


 統矢は一気に、愛機【氷蓮】へとむちを入れた。

 いきなりの全力全開、フル加速で鋼の巨人が地を蹴る。そして、更に巨大な雷神トールもまた、迎え入れるように突出してきた。

 そして、激突。

 甲高い金属音が、寒い春の空気を震わせた。

 統矢が繰り出した刃の切っ先を、余裕で相手は受け止めていた。

 鍔迫つばぜり合う中でも、上から押し込んでくる圧力に機体がきしむ。


「くっ、パワーがダンチだ!? 真っ向勝負じゃ……クソッ!」


 ギシギシと機体の悲鳴が響いて、すぐにコクピット内部に警報が赤く走る。機体の筋肉であるラジカルシリンダーが、全力運転でパワーを絞り出していた。それでも、徐々にわだちを刻んで【氷蓮】は押されてゆく。

 ビンッ! と音が響いて、機体を包帯のように包むスキンテープが弾け飛んだ。

 だが、統矢は操縦桿を前へと押し倒し続ける。

 思考と精神力を機体に伝えるマン・マシーン・インターフェイス、Gx感応粒素ジンキ・ファンクションを介して裂帛れっぱくの闘志が【氷蓮】へと注ぎ込まれた。

 同時に、相手の機体から声が響く。


『統矢君。君は……君も、怖いんじゃないのか?』

「ナオト少尉!? 俺は、そんなことはないっ! 恐怖なんて……あいつは、りんなは恐怖を感じることすら許されず、殺された! 俺の目の前で!」

『だからこそ、怖いはずだ! その気持ちから目を逸らすな……恐怖に相克そうこくし、打ち勝つんだ!』

「そんな理屈を! ――ッ!」


 不意に、ナオトがナイフを引いた。圧倒的に優位な状況から突然、押す力を消したのだ。それは、ただ力に力であらがっていた統矢の態勢を僅かに崩す。

 前のめりに重心を崩した【氷蓮】を、巨大な影が再び包んだ。

 トール四号機が、鋭い蹴り上げを放ってきたのだ。

 直撃すれば、軽くて小さな【氷蓮】は浮いてしまう。それは、大地を疾駆するPMRには致命打だ。空中での姿勢制御は可能だが、PMRもトールも地面に足を付けて戦う陸戦兵器だからである。

 間一髪で避けた統矢を、二段構えの猛攻が襲う。


『俺は、怖い……怖いんだ。そのことを受け入れる勇気すらなかった。でも、今は違う。怯える自分を隠すな、統矢。俺たちは、この恐怖を誰かに味わってほしくないから、だから戦うんだ!』

「ゴチャゴチャうるさいんだよ、あんたは! 俺は……俺はぁ! 恐怖も悲しみも、もう感じない! そんな心は捨てて戦う……誰であろうと、立ち塞がる奴はブッ倒す!」


 振り上げた片足が、空中で軌道を変える。

 踏みつけるような踵落かかとおとしが、【氷蓮】の直上を襲った。

 それを瞬時に見切って、統矢がスロットルを押し込む。操縦桿を通じて思念を機体に注ぎ、同時に小指でサイドのパネルをタッチ。

 【氷蓮】は、断頭台ギロチンのような真上からの一撃をかいくぐった。

 

 確かに統矢は避けて、反撃に転じようとした。

 瞬間、大地が鳴動して視界が白く染まる。


「なにっ!? こ、これは! クソッ、なにも見えないっ!」


 統矢は瞬時に思い出した。

 第三世代型トールの資料には、と記されていた。二段攻撃と思えた蹴り技は、実は三段攻撃だったのだ。蹴り上げから変化しての踵落とし、そして……それは避けられることが前提で、地面を踏み締めた瞬間にパイルバンカーが撃発した。

 局所的に激震が走り、校庭に降り積もった雪が舞い上げられたのだ。

 そして、白い闇の中で統矢を激しい衝撃が襲うのだった。

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