第158話「枯れた花の種を拾って」
そして、自分を
彼女の愛機だけが今、
「クソッ、あいつら……今までどこでなにやってたんだよ」
統矢は今日も、物言わぬ機動兵器のコクピットに座っていた。
まだ、黒く汚れた血が染みになったシート……この場所でりんなは息絶えていた。快活で
その第一発見者は、統矢だった。
今でも鮮明に覚えているし、忘れたくても忘れられない。
否定したくてもできない、残酷な現実が少年を駆り立てる。
りんなの遺品であるタブレットを取り出し、早速統矢は今日の作業に取り掛かった。
「ユナイテット・フォーミュラは
その期待の名は、97式【
北海道自体が消滅してしまったため、スペアのパーツが手に入りづらいのが現状だ。
残念だが、今の統矢に融通できるようなものではない。
「それでも、俺は……お前の
決意を口にすれば、自然と視界が滲んで歪んだ。涙を零すまいと、ゴシゴシ手の甲で
いつも
誰からも信頼され、幼年兵たちのリーダーにしてエースだった。
戦争は残酷で、弾は誰にでも公平に当たるという言葉が思い出された。
あっけらかんとした声が響いたのは、そんな時だった。
「うーん、凄い……駆動部を覆う
不意に外で声がした。
慌てて統矢は、コクピットのハッチを開けて首を覗かせる。
両足を投げ出す【氷蓮】の周囲で、一人の少年が目を輝かせていた。
「おいっ、お前! なにしてんだ、邪魔だよ。あっちとか、行っちゃえよ!」
「あっ、お構いなく。……いやあ、これは興味深い。もしかして、防御力よりも機動力を重視した設計なのかなあ。パラレイドのビーム兵器が相手だもの、きっとそうだ」
「触るなっていってんだよ! くそっ、誰だよお前っ!」
「あ、ボクは
慌てて統矢は、コクピットを飛び出し下へと降りた。
この【氷蓮】はりんなの遺品で、唯一回収された機体だ。この青森校区では修理の目処が立たず、かといって廃棄することもできず、こうして放置されている。
だが、統矢に言わせればこれはスクラップなんかじゃない。
必ず直る……統矢が直すのだ。
そして、またパラレイドと戦うのである。
「お前っ、離れろよ!」
「ああ、いいところに。89式【
「あぁ? なに言ってんだ、お前……ま、まあ、悪くないさ。りんなが自分でチューンしてたからな……悪い
「ふむふむ、なるほど。あ、
校区内を行き来するための電動カートが近付いてきた。そのモーター音に振り向いて、世代は大きく手を振る。
おいおい、勘弁してくれよ……統矢はクシャリと髪をかきあげた。
今は授業なんか受けてる場合じゃない。
次は本土、その最北端である青森が攻められるかもしれないのだ。
だが、カートから降りてきた少女がこちらまでやってくる。
「こちらでしたか、摺木君。ああ、東城君も」
「……誰だよ、お前。あ! た、確か、クラス委員の」
「
「なにが、ということは、なんだよ……」
長い黒髪の、とても背が高い少女だった。その目線の高さを僅かに見上げて、統矢は
そんな彼女を、やはり当然のように世代が呼んだ。
「千雪さん、ちょっとここ! ここを見てくださいよ! 新規設計のフレーム、これ自体は全くダメージを受けてない印象だなあ」
「ちょっと失礼しますよ、統矢君」
「お、おいっ! ……ああもう、なんなんだよ!」
世代と千雪、身長差のある
はっきり言って迷惑だ。
だが、二人は熱心に語り合いながら機体によじ登ろうとする。
「パンツァー・ビズで読んだ通りだ。次期主力機のトライアルの記事でさ」
「それ、私も読みました。やはり、
「そう、そうなんだよね! かといって、装甲をおろそかにしてはいけないけど……そのバランスの妙っていうのかな。こいつはホント、凄く煮詰められた設計に思えるよ」
「最新鋭機ですからね。私たちが使ってる【幻雷】や、軍の【星炎】もいい機体なんですが」
「PMRの基本設計って、もう十年以上前に完成されてるからさ。あとはバランスと方向性なんだけど……でも、新型の小さな改良点が、意外と大きな差になったりするんだよね」
この時代、世界的に資源が枯渇する中で、
もう
物言わぬ鋼の侵略者によって、
だから、女子供も容赦なく戦場へと駆り立てられてゆく。満足な訓練もなく、使い捨ての戦力として投入され、死んでゆくのだ。
統矢が
「ここにいたのか、統矢。これは……りんなちゃんの【氷蓮】だな?」
振り向くと、先程クラスにいた少年少女が勢揃いしている。その中で、
そして、忘れもしない……あそこが運命の分岐点だったのだ。
りんなは優秀なパイロットだった。
あの時、廣島に残っていれば……死ぬことはなかったのではないかと思ってしまう。今更考えてもしかたないのに、どうしてもそのことが頭から離れない。
そんな統矢に、歩駆はバツが悪そうに話しかけてきた。
「久しぶりだな、統矢」
「歩駆か……その、
「ああ。いつも優しくて、強くて、そして普通のあんちゃんだったのにな」
「それが、戦争をやるってことだろ」
「そうだな。だから、止めなきゃな。俺たちで止めてみせる。そのために今もほら、こうして集まったんだからさ」
統矢は歩駆から、驚きの真実を告げられた。
あのスーパーロボット、ゴーアルターが奪われてしまった。しかも、それに今乗ってるのはもう一人の自分……アルクと名乗った少年だという。
彼もまた、愛機を失った。
そして、それを取り戻すために戦っている。
こころなしか、【氷蓮】を見上げる歩駆の瞳に深い
そうこうしていると、パンパンと女教師が手を叩いた。
「じゃあみんな、いい? 班ごとに分かれてさっき話した通り、分担作業。資材は学校にあるものを使って構わないわ。しばらくは、PMRの整備実習授業とします」
「はーいっ、灯せんせーいっ! じゃあみんなー! なんだかわからないけど、頑張ろーっ!」
「シルバー、あのなあ。はは、相変わらず元気な奴。んじゃユート、俺たちはまず倉庫だ。部品の在庫を確認して、リスト化しちまおう。……ユート?」
「あ、ああ。……フン、いじけた敗残兵などとは思ったが、奴の目は死んじゃいないようだな」
「こいつさあ、ジン! 転校生のエリカちゃんと知り合いらしいんだよ」
「……よし、この者を連れてゆけ。倉庫で直接尋問する」
一気ににぎやかになってきた。リジャスト・グリッターズから来た少年少女を中心に、すぐに作業が始まる。中には、露骨に渋々といった顔をしている者たちもいるが、手を動かし始めれば手際がいい。
この時代、PMRは自動車よりも馴染みのある乗り物だ。
操縦から整備までの、あらゆるカリキュラムが教育課程に組み込まれているのだ。
「……なんなんだよ、まったく」
統矢は
あの日、あの時、あの瞬間から……忘れるように捨てた気持ちが、蘇ってくる。
そうこうしていると、女子たちがコクピットに上がっていった。
「うっ! ……こ、これって」
「……ここで亡くなった方がいるのですね」
「えっ、シファナ!? わ、わかるんだ……」
「祈りを……この星、こちらの地球の神を知らぬ私ではありますが」
どこかエキゾチックな雰囲気の少女が、瞳を閉じて祈ってくれた。
それを見上げていると、耳元で不意に声がしたような気がした。
『一人じゃないよ……統矢。みんな、一つなんだよ?』
不意に振り向いても、その
彼女は自分を守って、
いつも一緒で、ずっと一緒だと思っていた。
そんな幼馴染は、一瞬で永遠に消えてしまったのだ。
「ねえ、統矢さあ! コクピットのシートだけど」
「……あ、ああ。やっぱり、交換、するしか――」
「これさ、ちょっと引っ剥がして洗った方がいいよね? 女子の方でやっとくからさ!」
確か、
一瞬迷ったが、統矢は彼女に洗い物を頼むことにした。
そして、自ら進んで人の輪の中へと戻ってゆく。
今、朽ち果てた機兵の修理は始まったばかり……そして、終わったかに思えた統矢の日々も、再び時間を
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