第158話「枯れた花の種を拾って」

 摺木統矢スルギトウヤ苛立いらだっていた。

 第三次北方防衛戦だいさんじほっぽうぼうえいせんが敗北に終わり、北海道が消滅したのが先週の話だ。その時、どこをどう逃げて本土に辿り着いたか、統矢はあまり覚えていない。

 そして、自分をかばって死んだ幼馴染おさななじみ更紗サラサりんなはもういない。

 彼女の愛機だけが今、格納庫ハンガー擱座かくざしたまま横たわっていた。


「クソッ、あいつら……今までどこでなにやってたんだよ」


 統矢は今日も、物言わぬ機動兵器のコクピットに座っていた。

 まだ、黒く汚れた血が染みになったシート……この場所でりんなは息絶えていた。快活で闊達かったつ可憐かれんな少女は肉塊となって果てたのである。

 その第一発見者は、統矢だった。

 今でも鮮明に覚えているし、忘れたくても忘れられない。

 否定したくてもできない、残酷な現実が少年を駆り立てる。

 りんなの遺品であるタブレットを取り出し、早速統矢は今日の作業に取り掛かった。


「ユナイテット・フォーミュラは共通規格ユニバーサルきかくだ、破損したラジカル・シリンダーの交換は大丈夫。問題は……そう、問題はお前の装甲一式が手に入らないことだ」


 溜息ためいきこぼせば、寒さに息が白く煙る。

 その期待の名は、97式【氷蓮ひょうれん】……日本皇国にほんこうこく御巫重工みかなぎじゅうこうが製造した、最新鋭のパンツァー・モータロイドである。激戦の北海道に集中配備され、生産拠点もその全てが同地にあった。

 北海道自体が消滅してしまったため、スペアのパーツが手に入りづらいのが現状だ。

 残念だが、今の統矢に融通できるようなものではない。


「それでも、俺は……お前のかたきを、討つ。こいつを直して、またパラレイドと戦う!」


 決意を口にすれば、自然と視界が滲んで歪んだ。涙を零すまいと、ゴシゴシ手の甲でまぶたぬぐう。だが、この場所で一人になると、りんなのことばかり思い出される。

 いつも姉貴面あねきづらして、統矢の世話ばかり焼いてきた幼馴染。

 誰からも信頼され、幼年兵たちのリーダーにしてエースだった。

 何故なぜ、自分が生き残って、彼女が死んだのだろう。

 戦争は残酷で、弾は誰にでも公平に当たるという言葉が思い出された。

 あっけらかんとした声が響いたのは、そんな時だった。


「うーん、凄い……駆動部を覆う一次装甲ファースト・アーマー、この重なりと連なり具合はかなり強固ですよ、これは」


 不意に外で声がした。

 慌てて統矢は、コクピットのハッチを開けて首を覗かせる。

 両足を投げ出す【氷蓮】の周囲で、一人の少年が目を輝かせていた。


「おいっ、お前! なにしてんだ、邪魔だよ。あっちとか、行っちゃえよ!」

「あっ、お構いなく。……いやあ、これは興味深い。もしかして、防御力よりも機動力を重視した設計なのかなあ。パラレイドのビーム兵器が相手だもの、きっとそうだ」

「触るなっていってんだよ! くそっ、誰だよお前っ!」

「あ、ボクは東城世代トウジョウセダイです。ん? おお、この足回りのセッティングは」


 慌てて統矢は、コクピットを飛び出し下へと降りた。

 この【氷蓮】はりんなの遺品で、唯一回収された機体だ。この青森校区では修理の目処が立たず、かといって廃棄することもできず、こうして放置されている。

 だが、統矢に言わせればこれはスクラップなんかじゃない。

 必ず直る……統矢が直すのだ。

 そして、またパラレイドと戦うのである。


「お前っ、離れろよ!」

「ああ、いいところに。89式【幻雷げんらい】や94式【星炎せいえん】に比べて、かなり軽く作られてる印象なんですよ。雑誌でスペックは見たけど、実際に動くとどうなのかなあって」

「あぁ? なに言ってんだ、お前……ま、まあ、悪くないさ。りんなが自分でチューンしてたからな……悪いはずがない」

「ふむふむ、なるほど。あ、千雪チユキさーん! こっちです! こっち!」


 校区内を行き来するための電動カートが近付いてきた。そのモーター音に振り向いて、世代は大きく手を振る。

 おいおい、勘弁してくれよ……統矢はクシャリと髪をかきあげた。

 今は授業なんか受けてる場合じゃない。

 次は本土、その最北端である青森が攻められるかもしれないのだ。

 だが、カートから降りてきた少女がこちらまでやってくる。


「こちらでしたか、摺木君。ああ、東城君も」

「……誰だよ、お前。あ! た、確か、クラス委員の」

五百雀千雪イオジャクチユキです。千雪と呼んでください。……ということは、私も統矢君と呼ぶべきですね」

「なにが、ということは、なんだよ……」


 長い黒髪の、とても背が高い少女だった。その目線の高さを僅かに見上げて、統矢は眉根まゆねをひそめる。千雪は玲瓏れいろうなる美貌を凍らせた、鉄面皮てつめんぴの無表情で自分を見詰めてくる。

 そんな彼女を、やはり当然のように世代が呼んだ。


「千雪さん、ちょっとここ! ここを見てくださいよ! 新規設計のフレーム、これ自体は全くダメージを受けてない印象だなあ」

「ちょっと失礼しますよ、統矢君」

「お、おいっ! ……ああもう、なんなんだよ!」


 世代と千雪、身長差のある凸凹デコボココンビが並んで【氷蓮】を見上げる。べたべたと触って、装甲の裂け目を覗き込んだりしている。

 はっきり言って迷惑だ。

 だが、二人は熱心に語り合いながら機体によじ登ろうとする。


「パンツァー・ビズで読んだ通りだ。次期主力機のトライアルの記事でさ」

「それ、私も読みました。やはり、PMRパメラの今後の設計思想は機動性重視へシフトするみたいですね」

「そう、そうなんだよね! かといって、装甲をおろそかにしてはいけないけど……そのバランスの妙っていうのかな。こいつはホント、凄く煮詰められた設計に思えるよ」

「最新鋭機ですからね。私たちが使ってる【幻雷】や、軍の【星炎】もいい機体なんですが」

「PMRの基本設計って、もう十年以上前に完成されてるからさ。あとはバランスと方向性なんだけど……でも、新型の小さな改良点が、意外と大きな差になったりするんだよね」


 ちなみに、パンツァー・ビズという雑誌があって、PMRことパンツァー・モータロイドの専門誌である。

 この時代、世界的に資源が枯渇する中で、人類同盟じんるいどうめいの各国は総力戦を強いられていた。パラレイドを始めとする謎の敵によって、人類は霊長の座を追われようとしている。

 もうすでに、この地球で最強の種族は人類ではない。

 物言わぬ鋼の侵略者によって、淘汰とうたされつつあるのだ。

 だから、女子供も容赦なく戦場へと駆り立てられてゆく。満足な訓練もなく、使い捨ての戦力として投入され、死んでゆくのだ。素人しろうとでも動かしやすいよう、素人と同じ姿をした人型機動兵器、パンツァー・モータロイドが戦場の主役である。

 統矢があきれて困り果ててると、今度は背後で大勢の声がした。


「ここにいたのか、統矢。これは……りんなちゃんの【氷蓮】だな?」


 振り向くと、先程クラスにいた少年少女が勢揃いしている。その中で、真道歩駆シンドウアルクが手を上げ駆け寄ってきた。彼とは一度、廣島ひろしまで一緒だったことがある。

 そして、忘れもしない……あそこが運命の分岐点だったのだ。

 りんなは優秀なパイロットだった。

 あの時、廣島に残っていれば……死ぬことはなかったのではないかと思ってしまう。今更考えてもしかたないのに、どうしてもそのことが頭から離れない。

 そんな統矢に、歩駆はバツが悪そうに話しかけてきた。


「久しぶりだな、統矢」

「歩駆か……その、シナさんのこと、聞いた」

「ああ。いつも優しくて、強くて、そして普通のあんちゃんだったのにな」

「それが、戦争をやるってことだろ」

「そうだな。だから、止めなきゃな。俺たちで止めてみせる。そのために今もほら、こうして集まったんだからさ」


 統矢は歩駆から、驚きの真実を告げられた。

 あのスーパーロボット、ゴーアルターが奪われてしまった。しかも、それに今乗ってるのはもう一人の自分……アルクと名乗った少年だという。

 彼もまた、愛機を失った。

 そして、それを取り戻すために戦っている。

 こころなしか、【氷蓮】を見上げる歩駆の瞳に深いかなしみが感じられる。

 そうこうしていると、パンパンと女教師が手を叩いた。


「じゃあみんな、いい? 班ごとに分かれてさっき話した通り、分担作業。資材は学校にあるものを使って構わないわ。しばらくは、PMRの整備実習授業とします」

「はーいっ、灯せんせーいっ! じゃあみんなー! なんだかわからないけど、頑張ろーっ!」

「シルバー、あのなあ。はは、相変わらず元気な奴。んじゃユート、俺たちはまず倉庫だ。部品の在庫を確認して、リスト化しちまおう。……ユート?」

「あ、ああ。……フン、いじけた敗残兵などとは思ったが、奴の目は死んじゃいないようだな」

「こいつさあ、ジン! 転校生のエリカちゃんと知り合いらしいんだよ」

「……よし、この者を連れてゆけ。倉庫で直接尋問する」


 一気ににぎやかになってきた。リジャスト・グリッターズから来た少年少女を中心に、すぐに作業が始まる。中には、露骨に渋々といった顔をしている者たちもいるが、手を動かし始めれば手際がいい。

 この時代、PMRは自動車よりも馴染みのある乗り物だ。

 操縦から整備までの、あらゆるカリキュラムが教育課程に組み込まれているのだ。


「……なんなんだよ、まったく」


 統矢は唖然あぜんとして、気圧けおされたまま言葉に詰まる。

 あの日、あの時、あの瞬間から……忘れるように捨てた気持ちが、蘇ってくる。

 そうこうしていると、女子たちがコクピットに上がっていった。


「うっ! ……こ、これって」

「……ここで亡くなった方がいるのですね」

「えっ、シファナ!? わ、わかるんだ……」

「祈りを……この星、こちらの地球の神を知らぬ私ではありますが」


 どこかエキゾチックな雰囲気の少女が、瞳を閉じて祈ってくれた。

 それを見上げていると、耳元で不意に声がしたような気がした。


『一人じゃないよ……統矢。みんな、一つなんだよ?』


 不意に振り向いても、その面影おもかげはもうどこにもいない。

 彼女は自分を守って、ってしまった。

 いつも一緒で、ずっと一緒だと思っていた。

 そんな幼馴染は、一瞬で永遠に消えてしまったのだ。


「ねえ、統矢さあ! コクピットのシートだけど」

「……あ、ああ。やっぱり、交換、するしか――」

「これさ、ちょっと引っ剥がして洗った方がいいよね? 女子の方でやっとくからさ!」


 確か、神塚美央カミヅカミオとかいう名の少女だったと思う。世間を騒がしている、機獣無法者アーマーローグの異名を取る凄腕のパイロットだ。

 一瞬迷ったが、統矢は彼女に洗い物を頼むことにした。

 そして、自ら進んで人の輪の中へと戻ってゆく。

 今、朽ち果てた機兵の修理は始まったばかり……そして、終わったかに思えた統矢の日々も、再び時間をきざみ始めるのだった。

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