第157話「嵐を呼ぶ転校生たち」

 もう三月だというのに、北の大地を吹き渡る風は冷たい。

 久々に大地に足をつけての朝に、神塚美央カミヅカミオは大きく伸びをして両腕を振り上げる。すらりとしたスタイルの良さがわずかにれば、胸の実りが二房揺れる。

 皇立兵練予備校青森校区こうりつへいれんよびこうあおもりこうくの制服を着た彼女を、通学する誰もが振り返った。

 その美貌に無自覚なまま、美央は校門をくぐって下駄箱げたばこに向かう。


「あっ、美央さん。おはようございます」

「おはよ、シファナ。どう? 眠れた?」

「はい。学生寮というのは初めての体験で、とても……そう、とても楽しいです」

「そう、よかった」


 玄関ではすでに、シファナ・エルターシャがくつを履き替えていた。

 勿論もちろん、美央と同じ制服姿である。

 そして、その可憐な姿を見れば、自然と美央は溜息ためいきこぼれた。

 真の美少女とは、あらゆる服装を着こなしドレスにしてしまう。カーキ色のどこか味気ないブレザーも、シファナがまとえばシックで落ち着いた魅力が漂っていた。


「あの、美央さん。私は学校というものに通ったことがないのですが」

「まー、姫巫女ひめみこさんだもんね。でも、大丈夫だよ。軍事教練のたぐいは免除されるって、アサヒさんも言ってたから」

「ええ。でも……なんだかこう、先程から視線を感じます」

「男子って、どこの世界でもそういうもんでしょ?」

「ああ、そういえば。ふふ、そうでしたか。男の子と一緒の学び舎ですものね」


 わずかにほおを染めて、シファナが微笑ほほえむ。

 異国情緒という言葉がぴったりの美少女を前に、美央は心の中でガッツポーズを禁じえない。まさかここにきて、しばらく暇だから学校に通えと言われるとは思わなかった。

 ちなみに、リジャスト・グリッターズの少年少女になにかあっては困るので、用務員として天原旭アマハラアサヒも学校にやってきている。あとで購買部でなにか買って、用務員室に差し入れてやろうと美央は思っていた。

 そのまま二人は、ひそめた声と視線とにでられながら教室へ向かう。


「美央さんも以前は、こういった学校に通っていたんですか?」

「私は地方の私学かな。この手の学校はほら、パンツァー・モータロイドってあるでしょ。あれに乗る幼年兵ようねんへいを育成するための学校だから」

「幼年兵……私と同世代の者たちも乗ることになる、この世界の汎用兵器ロボットですね」

「そそ。私は……以前は皇都こうと東京にいたけど、何年か前に消滅しちゃったから」

「……パラレイド、という敵がこの地をさいなんでいると聞きました」


 シファナは人と国を襲う災厄には敏感だ。そして、民を想う気持ちが美貌にうれいをもたらす。そういう表情も綺麗で、不謹慎ながら美央は眼福だと思うのだった。

 そして、指定された教室に入ればいつもの面々が出迎えてくれる。


「おっ、美央とシファナさん! おはよう!」

「おおっ、シファナさんは制服メッチャ似合うじゃん! ついでに美央も」

「いやあ、いいねえ。しばらく暇なんだし、学園生活を満喫しなきゃな」


 相変わらず男子たちは賑やかだ。

 その一部は、元からいたこのクラスの生徒たちと打ち解けつつある。皆、幼年兵として戦っている子供たちだ。同じ惑星"アール"の人間でも、美央にはその鈍色にびいろの青春が切ない。

 それでも、この教室にいる者は皆、どこにでもいる普通の少年少女だ。

 そんなことを考えていると、教室の隅で突然声があがる。


「おいっ、なんだよ! お前さあ……そういう態度はないんじゃない?」

「そうだぜ、えっと、なんだっけ? リジャスト・グリッターズ? とかいうのから、沢山編入してきた奴らがいるけどさ。お前もそいつらみたいに、少しはさあ!」

「そうそう、俺らだってこれでも気をつかってるんだぜ?」


 ふと見やれば、一人だけ詰めえりの学生服を着ている生徒がいる。

 包帯と絆創膏ばんそうこうがまだ痛々しい、小柄な男の子だ。

 その目を見て、思わず美央は息を飲む。

 タブレット端末を手にした彼の瞳は、ドス黒い炎が暗く燃えていた。それは間違いなく、怨嗟えんさ憎悪ぞうおおのれく輝きである。

 それを美央は知っている。

 かつて自分も、ああいう目をしていたと思うから。

 その少年は、自分を囲む複数の男子をめつけ、立ち上がった。


「……悪いがお前等に付き合ってる暇はない。俺は忙しいんだ」


 あらゆるものを拒絶し、拒否するかのような声だ。

 そのまま少年は、タブレットを大事そうに抱えて教室を出ていった。不思議と気になる存在感だが、去ってゆく背中が何故か寒々しく思える。

 廊下へとその姿が見えなくなるまで、美央はその姿を見送った。

 彼についてのことは、そっと隣にならんだ真道歩駆シンドウアルクが教えてくれる。


「美央、あいつは摺木統矢スルギトウヤ。以前、俺がこっちに飛ばされた時に知り合ったんだ」

「ふーん……なんか訳アリ? っぽかったけど?」

「俺が飛ばされた廣島ひろしまで、あいつともう一人……北海道から新型機の試験のため、更紗サラサりんなって子が来てた。なんていうか、華があって、操縦センス抜群の女の子だったよ」

「……かわいかった?」

「ああ、凄くな。……でも、死んじまった。幼馴染おさななじみの統矢を守って、この間の北海道消滅の時にな」


 この時代、こちらの地球も多くの戦争を抱え込んでいる。謎の侵略者パラレイドに、月のアラリア、遠く木星圏のコロニーの動乱、そして暗躍するテロリストたち。勿論もちろん、美央が追うノアもまた、その火種の最たるものだ。

 意外と自分がドライなんだと思ったら、ふと寂しくなる。

 だが、美央にはやらねばならぬことがある。

 父との因縁を断ち切り、その罪をつぐなあらがうための戦いは続いているのだ。


「……そういえば、あっちでもう一人の私に会っとけばよかったな。ふふ」

「ん? なにか言ったか、美央」

「んーん、なんでもない。歩駆、優しいじゃん。その、統矢とかっての、気になるんだ」

「初めて会ったのは、ついこの間で、短い時間だったのにな。今じゃ、ずっと昔のように感じるよ。あいつ……りんなちゃんに廣島に残るように言ったんだ。でも」

「でも?」

「りんなちゃんは、友達が、仲間が待ってるって……北海道に戻った。俺があの時止めてれば、少なくともりんなちゃんと統矢は」


 歩駆がギリリとこぶしを握る。

 その手に爪が食い込む音が、美央にも聴こえてきそうだ。

 だから、美央はバシバシと歩駆の背を叩いて、それから肩を組む。


「そういうの、言いっこなし! じゃない? 私たちはただの一般人で、神様じゃないもの」

「ん、だな。神を装っても、人は人。それに俺は……神じゃなく、ヒーローになりたんだ」

「とりあえず、今は心身を休めて……久々の学園生活、満喫するしかないじゃない?」


 そして、改めてクラスをぐるりと見渡す。

 見知った仲間たちも、それぞれにクラスに馴染み始めている。ライト・ジンはすでに、男子たちの輪の中でPMRパメラの話題で盛り上がっている。その横では、真道美李奈シンドウミイナが女子たちと学校行事について話し合っているようだ。

 皆、この学園生活での顔が本当の自分だ。

 美央もそうありたいと思うが、残念ながら違うかもしれない。

 怨恨えんこんに根ざした暗い過去が、美央に普通の生き方を許してくれないのだ。


「あれ? そういえば世代セダイは……あの子、本当にもうっ! 目を離すとすぐいなくなる!」

「ん? ああ、そういえば世代がいないな」

「歩駆、多分あれよね……この学校、でっかい格納庫ハンガーがあるじゃない?」

「ああ、間違いないな。俺たちの機体の他にも、PMRが沢山ある」


 そうこうしていると、チャイムがなって皆が自分の席に戻り出す。

 そして、担任教師として意外な人物が姿を現した。


「えっ? あれー!? 学校の先生って、どういう人なのかと思ったら」

「ま、シルバーも席に座りな。俺の隣だろ?」

「うんっ。ありがとう、佐助サスケ

「しかし、意外だな……まあ、あんなことがあったあとだからか」


 佐々佐助サッササスケの言う通りだ。

 教室に入って教卓の前に立ったのは、リジャスト・グリッターズの誰もが知っている人物だった。タイトスカートにスーツ姿で、優しい笑みに誰もが悲哀を感じずにはいられない。

 今回、こちらの地球……惑星"r"に帰還した際、誰もが大切な人を亡くした。

 その原因になってしまった女性が、一番傷付いていることは明白だった。

 でも、そんな彼女が今日は精一杯の元気を振り絞って微笑んでいる。


「さあ、みんな。席について……ホームルームを始めます! 私は一条灯イチジョウアカリ、臨時でこのクラスの担任を受け持つことになりました。たしか、以前の担任の先生は」


 気丈に振る舞う灯も、一瞬言葉を躊躇ためらった。

 その理由を美央は知っている……ここ青森にもパラレイドは頻繁に現れ、この校区からも大量の戦死者が出ていた。以前の担任も確か、生徒の避難誘導の際に亡くなっている。

 そのことを思い出してしばし沈黙し、再び灯は笑顔を取り戻した。


「前の先生の分も、私がみんなを引っ張って頑張りますねっ! で、最初にまずは転校生の紹介です。皆さんの半分はリジャスト・グリッターズからの転入生ですが、新しい仲間と仲良くしてくださいっ」


 そう言って灯は、転校生に入るように振り返る。

 そして、二人の少女が教室に入ってきた。その瞬間、空気が少し軽やかになった気がして、思わず美央も目を見張る。当然、男子たちも「おおっ!」と声を上げた。

 転校生は二人共、見目麗みめうるわしい美少女だった。

 同時に、背後で「げっ、エリカ!?」と声があがる。

 振り向けば、珍しくユート・ライゼスが驚きの表情をしていた。

 そんな彼に鼻を鳴らしつつ、エリカと呼ばれた少女が自己紹介を始める。


「はじめまして、エリカ・ジョウノウチです。東京消滅からあちこち転校続きなんですが、青森には少し長くいられそう……そういう訳で、仲良くしてください。よろしくお願いしますっ!」


 明朗快活めいろうかいかつ、とても清々すがすがしい少女だった。

 美央としても、勿論好みだし、そういう目で見なくても好印象を持つ。逆に、もう一人の少女は自分をリーアとだけ名乗って、それ以上を語ろうとしない。

 影のある美人は大歓迎だが、妙な胸騒ぎを覚える美央だった。

 灯もそれは感じたらしいが、とりあえず転校生の二人に席を割り振ってゆく。


「じゃあ、これで全員が……あら? えっと、そこの席……摺木統矢君は」


 誰もが灯の言葉に、一つだけ空いた席を振り返る。

 それは、長い黒髪の少女が立ち上がるのと同時だった。


「すみません、一条先生。彼も転校生で、北海道から来たと聞いています」

「えっと、あなたは」

「クラス委員長の五百雀千雪イオジャクチユキです。心当たりはあるんです……ちょっと、連れ戻してきます!」

「あっ、五百雀さん。待って、あの……行ってしまったわ」


 千雪はすぐに教室を出て、行ってしまった。

 長身痩躯ちょうしんそうくにスタイル抜群、美央が見るに恐らく武道の経験者かと思える引き締まった肉体。千雪はあっという間に行ってしまった。

 流石さすがに灯も困った様子だったが、すぐにホームルームを再開する。

 美央は不思議と、一波乱ひとはらんありそうだと心がざわめくのを感じていた。

 しばし戦いから離れた今も、戦いで負った心の傷が皆を等しくむしばんでいる。自分だって、大切な仲間を失ったショックから立ち直れていない自覚があった。

 それでも、新たな仲間との今を大切にしたいと思えば、自然と美央は手を上げ立ち上がるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る