第157話「嵐を呼ぶ転校生たち」
もう三月だというのに、北の大地を吹き渡る風は冷たい。
久々に大地に足をつけての朝に、
その美貌に無自覚なまま、美央は校門をくぐって
「あっ、美央さん。おはようございます」
「おはよ、シファナ。どう? 眠れた?」
「はい。学生寮というのは初めての体験で、とても……そう、とても楽しいです」
「そう、よかった」
玄関では
そして、その可憐な姿を見れば、自然と美央は
真の美少女とは、あらゆる服装を着こなしドレスにしてしまう。カーキ色のどこか味気ないブレザーも、シファナが
「あの、美央さん。私は学校というものに通ったことがないのですが」
「まー、
「ええ。でも……なんだかこう、先程から視線を感じます」
「男子って、どこの世界でもそういうもんでしょ?」
「ああ、そういえば。ふふ、そうでしたか。男の子と一緒の学び舎ですものね」
異国情緒という言葉がぴったりの美少女を前に、美央は心の中でガッツポーズを禁じえない。まさかここにきて、しばらく暇だから学校に通えと言われるとは思わなかった。
そのまま二人は、
「美央さんも以前は、こういった学校に通っていたんですか?」
「私は地方の私学かな。この手の学校はほら、パンツァー・モータロイドってあるでしょ。あれに乗る
「幼年兵……私と同世代の者たちも乗ることになる、この世界の
「そそ。私は……以前は
「……パラレイド、という敵がこの地を
シファナは人と国を襲う災厄には敏感だ。そして、民を想う気持ちが美貌に
そして、指定された教室に入ればいつもの面々が出迎えてくれる。
「おっ、美央とシファナさん! おはよう!」
「おおっ、シファナさんは制服メッチャ似合うじゃん! ついでに美央も」
「いやあ、いいねえ。しばらく暇なんだし、学園生活を満喫しなきゃな」
相変わらず男子たちは賑やかだ。
その一部は、元からいたこのクラスの生徒たちと打ち解けつつある。皆、幼年兵として戦っている子供たちだ。同じ惑星"
それでも、この教室にいる者は皆、どこにでもいる普通の少年少女だ。
そんなことを考えていると、教室の隅で突然声があがる。
「おいっ、なんだよ! お前さあ……そういう態度はないんじゃない?」
「そうだぜ、えっと、なんだっけ? リジャスト・グリッターズ? とかいうのから、沢山編入してきた奴らがいるけどさ。お前もそいつらみたいに、少しはさあ!」
「そうそう、俺らだってこれでも気を
ふと見やれば、一人だけ詰め
包帯と
その目を見て、思わず美央は息を飲む。
タブレット端末を手にした彼の瞳は、ドス黒い炎が暗く燃えていた。それは間違いなく、
それを美央は知っている。
かつて自分も、ああいう目をしていたと思うから。
その少年は、自分を囲む複数の男子を
「……悪いがお前等に付き合ってる暇はない。俺は忙しいんだ」
あらゆるものを拒絶し、拒否するかのような声だ。
そのまま少年は、タブレットを大事そうに抱えて教室を出ていった。不思議と気になる存在感だが、去ってゆく背中が何故か寒々しく思える。
廊下へとその姿が見えなくなるまで、美央はその姿を見送った。
彼についてのことは、そっと隣にならんだ
「美央、あいつは
「ふーん……なんか訳アリ? っぽかったけど?」
「俺が飛ばされた
「……かわいかった?」
「ああ、凄くな。……でも、死んじまった。
この時代、こちらの地球も多くの戦争を抱え込んでいる。謎の侵略者パラレイドに、月のアラリア、遠く木星圏のコロニーの動乱、そして暗躍するテロリストたち。
意外と自分がドライなんだと思ったら、ふと寂しくなる。
だが、美央にはやらねばならぬことがある。
父との因縁を断ち切り、その罪を
「……そういえば、あっちでもう一人の私に会っとけばよかったな。ふふ」
「ん? なにか言ったか、美央」
「んーん、なんでもない。歩駆、優しいじゃん。その、統矢とかっての、気になるんだ」
「初めて会ったのは、ついこの間で、短い時間だったのにな。今じゃ、ずっと昔のように感じるよ。あいつ……りんなちゃんに廣島に残るように言ったんだ。でも」
「でも?」
「りんなちゃんは、友達が、仲間が待ってるって……北海道に戻った。俺があの時止めてれば、少なくともりんなちゃんと統矢は」
歩駆がギリリと
その手に爪が食い込む音が、美央にも聴こえてきそうだ。
だから、美央はバシバシと歩駆の背を叩いて、それから肩を組む。
「そういうの、言いっこなし! じゃない? 私たちはただの一般人で、神様じゃないもの」
「ん、だな。神を装っても、人は人。それに俺は……神じゃなく、ヒーローになりたんだ」
「とりあえず、今は心身を休めて……久々の学園生活、満喫するしかないじゃない?」
そして、改めてクラスをぐるりと見渡す。
見知った仲間たちも、それぞれにクラスに馴染み始めている。ライト・ジンは
皆、この学園生活での顔が本当の自分だ。
美央もそうありたいと思うが、残念ながら違うかもしれない。
「あれ? そういえば
「ん? ああ、そういえば世代がいないな」
「歩駆、多分あれよね……この学校、でっかい
「ああ、間違いないな。俺たちの機体の他にも、PMRが沢山ある」
そうこうしていると、チャイムがなって皆が自分の席に戻り出す。
そして、担任教師として意外な人物が姿を現した。
「えっ? あれー!? 学校の先生って、どういう人なのかと思ったら」
「ま、シルバーも席に座りな。俺の隣だろ?」
「うんっ。ありがとう、
「しかし、意外だな……まあ、あんなことがあったあとだからか」
教室に入って教卓の前に立ったのは、リジャスト・グリッターズの誰もが知っている人物だった。タイトスカートにスーツ姿で、優しい笑みに誰もが悲哀を感じずにはいられない。
今回、こちらの地球……惑星"r"に帰還した際、誰もが大切な人を亡くした。
その原因になってしまった女性が、一番傷付いていることは明白だった。
でも、そんな彼女が今日は精一杯の元気を振り絞って微笑んでいる。
「さあ、みんな。席について……ホームルームを始めます! 私は
気丈に振る舞う灯も、一瞬言葉を
その理由を美央は知っている……ここ青森にもパラレイドは頻繁に現れ、この校区からも大量の戦死者が出ていた。以前の担任も確か、生徒の避難誘導の際に亡くなっている。
そのことを思い出してしばし沈黙し、再び灯は笑顔を取り戻した。
「前の先生の分も、私がみんなを引っ張って頑張りますねっ! で、最初にまずは転校生の紹介です。皆さんの半分はリジャスト・グリッターズからの転入生ですが、新しい仲間と仲良くしてくださいっ」
そう言って灯は、転校生に入るように振り返る。
そして、二人の少女が教室に入ってきた。その瞬間、空気が少し軽やかになった気がして、思わず美央も目を見張る。当然、男子たちも「おおっ!」と声を上げた。
転校生は二人共、
同時に、背後で「げっ、エリカ!?」と声があがる。
振り向けば、珍しくユート・ライゼスが驚きの表情をしていた。
そんな彼に鼻を鳴らしつつ、エリカと呼ばれた少女が自己紹介を始める。
「はじめまして、エリカ・ジョウノウチです。東京消滅からあちこち転校続きなんですが、青森には少し長くいられそう……そういう訳で、仲良くしてください。よろしくお願いしますっ!」
美央としても、勿論好みだし、そういう目で見なくても好印象を持つ。逆に、もう一人の少女は自分をリーアとだけ名乗って、それ以上を語ろうとしない。
影のある美人は大歓迎だが、妙な胸騒ぎを覚える美央だった。
灯もそれは感じたらしいが、とりあえず転校生の二人に席を割り振ってゆく。
「じゃあ、これで全員が……あら? えっと、そこの席……摺木統矢君は」
誰もが灯の言葉に、一つだけ空いた席を振り返る。
それは、長い黒髪の少女が立ち上がるのと同時だった。
「すみません、一条先生。彼も転校生で、北海道から来たと聞いています」
「えっと、あなたは」
「クラス委員長の
「あっ、五百雀さん。待って、あの……行ってしまったわ」
千雪はすぐに教室を出て、行ってしまった。
美央は不思議と、
しばし戦いから離れた今も、戦いで負った心の傷が皆を等しく
それでも、新たな仲間との今を大切にしたいと思えば、自然と美央は手を上げ立ち上がるのだった。
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