第159話「凍てつく春の夜に」

 ナオト・オウレンにとって、故郷とは別の地球。そう、ここは惑星"アール"……こちらへ次元転移ディストーション・リープでやってくるのは、これで二度目になる。

 惑星"ジェイ"と同じく、日本は本州最北端の地、青森に落ち着いたのが三日前だ。

 どの機体も、本格的な整備を受けている中……ナオト自身はまだ、暗い闇の中にいた。


「くっ、駄目だ……こんな反応速度じゃ、あいつをとらえることができない」


 愛機トール四号機のハッチを開放し、コクピットから出る。

 以前、エークスの首都での戦いからずっと、ナオトは藻掻もがいていた。衝撃の敗北が、彼を先の見えない闇へと突き落としたのである。

 謎の黒いトールとの交戦、そして惨敗。

 トールのマン・マシーン・インターフェイスである、MNCSマナクスのリミッターを解除しての限界機動……ナオトにとってそれは、常に自分の限界を更新し続ける切り札だった。

 だが、それを使っても勝てなかった。


「俺は……バルト大尉を失望させてしまった。クソッ、明日からシミュレーターの難度を上げて……ん?」


 広い格納庫ハンガーは今、夜のとばりに包まれている。

 周囲では作業員もまばらで、春だというのに酷く寒い。外を見やれば、しんしんと雪が降り積もっていた。

 そんな中、目の前を見知った少年たちが横切ってゆく。

 あちらも自分に気付いたようで、気さくに声をかけてくれた。


「あっ、ナオト少尉! お疲れ様です」

「こんな時間まで自主練ですか?」


 この皇立兵練予備校青森校区こうりつへいれんよびこうあおもりこうくで、二人は束の間の高校生活をやっている。今も指定のジャージ姿で、どうやら風呂へゆく前に立ち寄ったらしい。

 佐々佐助サッササスケ飛猷流狼トバカリルロウだ。

 二人はそれぞれ、相棒を連れている。


「オツカーレ! HAHAHAハッハッハ、随分と自分を追い込んでいるようだね?」

「ナオトー、無理は駄目だよ? なんだか少し、疲れてるみたいだ」

「ありがとう、チクタクマン。アルも。俺は職業軍人だからな……常に戦えるように、自分を鍛えて研ぎ澄ます義務がある。それに」


 ――それに、自分にはトールに乗って戦うことしかできない。

 その言葉を飲み込み、無理にナオトは笑顔を作った。

 戦いしかないなんて、彼等の前では言えない。

 過去も記憶もないナオトが、バルト大尉たちとチームになって、今は沢山の仲間たちに恵まれている。若き少年少女の奮戦は、いつも彼に勇気を与えてくれた。

 今、自分が足掻あがいているのもきっと、彼等に感化されたからだ。


「それより、二人はどうしてここに? 機体の整備なら明日の放課後でも」

「いや、ちょっとさっきまで【氷蓮ひょうれん】を見てたんだ」

「だいぶ形になってきたからさ。それと……ちょっとこいつらが情報収集したいって」


 佐助がクイと、腕時計状のデバイスを持ち上げてみせる。手首に巻かれたそれは、チクタクマンそのものだ。流狼の肩にも、アルがぬいぐるみのような姿で座っていた。

 流暢りゅうちょうに喋りだしたのは、まずはチクタクマンだった。


「惑星"r"と惑星"J"……二つの地球に不思議な共通点がある。それを先程から、アルと話していたのだよ! 今後の戦いのためにも、数々の謎を解かねばならない」

「謎、っていうと……ああ、確か」


 ナオトも記憶の片隅から、酷く印象的なワードを引っ張り出す。

 ――比翼ひよく巫女みこ

 それは、惑星"J"の暗黒大陸に伝わる伝承だ。あのシファナ・エルターシャの遠い祖先にして始祖である。暗黒大陸のニッポンをつくり、その奇跡は遠く離れた極東に日本列島をも生み出したのである。

 それは、ジェネシードを自称する謎の異星人たちともなにか繋がりがある。

 そして、こちらの地球……惑星"r"も無関係ではいられないのだ。


「そういう訳でね、ボクはチクタクマンと情報を集めてるんだ」

YESイェス! そこで、まずはこちらの地球の情勢に一番詳しい人間を当たるつもりである!」

「チクタクマンもねー、本音は気になってるんだ。……シナを失って、オスカー小隊がちょっと揺れてるから」

「いやいや、アル。そんなセンチメンタリズムは……持ち合わせいない、訳でもない、が、うむ」


 彼等はAIのようでもあり、使い魔でもあるのだろう。

 だが、その心は人間となんら変わらない。

 ナオトも大きく頷くと、自然と少年たちは格納庫の奥へと向かい出した。そのあとを終えば、奥に一機のレヴァンテインが降着状態で佇んでいる。

 確か、新しくオスカー小隊の隊長になった男の機体だ。

 今は調整中らしく、無数のケーブルやコードがコクピットへとなだれ込んでいた。そして、近くの端末をタッチするのは、まだまだ少女のあどけなさを残す女性である。


「あっ、皆さん。お疲れ様です」

「こんばんはー、えっと……」

「新しくオスカー小隊に着任した、瀬戸柊セトヒイラギです。よろしくお願いしますね、佐助君、流狼君」


 柊は気さくに微笑ほほえみ、握手の手を差し出してくる。

 多感な少年たちは、互いに少しデレデレとしつつ、その白い手を握った。ナオトも握手に応じて、手と手が触れる中で相手の力量を察する。

 こんなうら若き女性も、戦いに駆り出されているのだ。

 それ程までに、こちらの地球……惑星"r"の状況は逼迫ひっぱくしているのだろう。無数のテロ組織がひしめく中で、パラレイドと呼ばれる謎の侵略者との戦いは激化している。そして、宇宙では木星圏も月も独自に戦乱を抱えていた。

 そんな時、黒いヴァンテインのコクピットから一人の男が顔を出した。


「柊君、次のデータを……なかなかの難物だな、これは。ん? 貴官等は」


 どうやら、彼が新しいオスカー小隊の隊長らしい。

 精悍な顔付きに引き締まった体躯たいく、そして抜身のナイフのような緊張感が身を包んでいる。それはナオトにとっては、同じ軍人としての親近感も連れてきた。

 向こうも少年たちに戸惑ったようだが、ナオトを敬礼で迎えてくれた。


「君たちはリジャスト・グリッターズのメンバーか。自分は皇国陸軍特殊暴動鎮圧部隊こうこくりくぐんとくしゅぼうどうちんあつぶたい所属、飯田秋人三尉イイダアキトさんさだ」

「エークス軍第二機兵師団だいにきへいしだん所属、試験先行運用部隊しけんせんこううんようぶたいのコール4……ナオト・オウレン少尉であります」

「今は同じ、リジャスト・グリッターズの一員だな。そう思ってもらえると嬉しい」

「歓迎しますよ、三尉。いえ、秋人さん」

「ありがとう、ナオト君」


 オスカー小隊の新しい隊長は、悪い人間ではなさそうだ。

 だが、なにやら難しい作業をしているらしく、その顔には少し疲れがにじんでいた。そのことが気になったが、お互いの立場もあるだろうし、彼は御堂刹那特務三佐ミドウセツナとくむさんさが引っ張ってきた肝入きもいりの補充要員である。

 しばし逡巡しゅんじゅんしていると、すぐに佐助が口を開いた。


「あのっ、秋人さんっ!」

「ん、なんだい? ええと、君は確か資料に……佐々佐助君だったな。それと、チクタクマン君も一緒か」

「オフコース! 話が早くて助かる、Mr.ミスターアキト。早速だが、情報交換をして現状を共有したい。なにせ、我々は三ヶ月も別の地球に行っていたのだからな」

「ふむ、しかし機密というものもある……だが、それもいいか。フッ、俺も正直、突然の出向命令で戸惑っているところだ。だが、この部隊は居心地が良さそうでね」


 そして、秋人は語り出した。

 ドバイでの戦闘と、突然の次元転移……リジャスト・グリッターズは別の地球、惑星"J"へと飛ばされた。その直後から、こちらの地球ではパラレイドの攻勢が強まり、同時にテロ組織が無数に暗躍し始めた。月や木星圏が比較的おとなしかったのは、不幸中の幸いである。

 だが、北海道にセラフ級パラレイドが出現、多大な犠牲を払った防衛戦が敗北に終わり……北の大地は一瞬で消滅した。その残滓ざんしをナオトも、ふねから見下ろし絶句したものだ。


「チクタクマン君、アル君。現状ではこちらはそんなところだ」

「サンクス、Mr.アキト。有意義な情報を得られた。これからも宜しく頼む」

「あ、あと、もう二つだけいいかなあ」


 アルがピョコピョコと、流狼の肩の上で跳ねる。

 そんな彼を見詰めて、秋人はどこか優しげに目を細めた。生粋きっすいの軍人、剃刀かみそりのような雰囲気を装っていても、内面は穏やかな人物なのかもしれない。


「まず一つ……比翼の巫女という言葉に心当たりはないかなあ」

「ふむ、比翼の巫女。資料にあった、ジェネシードや暗黒大陸にまつわるワードだな」

「二つの地球の創生に関わる重要なキーワードらしいんだよねえ」

「特務三佐の資料によれば、恐らく二人の女性……それも少女の存在が鍵とされているが」

「ボクも暗黒大陸で結構長く生きてるけど、確かにその存在はデータに存在してる。ボクの中にある。けど……まるでプロテクトがかかったように、ボク自身に開示されないんだ」


 そして、アルは立て続けに言葉を選んでくる。

 次の一言には、流石さすがに秋人も表情を硬くした。


「それともう一つ……今、秋人がやってる作業って、コード『PXP』に関するインストール作業だよね? 刹那ちゃんは結局、ピージオンからプログラムの本体は抜き出せなかった。……あのシステム、マスター・ピース・プログラムは危険な存在なんだよね」

「……それは、いや、参ったな」

「困らせてごめんね、秋人。でも、ボクたちにとって……いや、人類にとって、マスター・ピース・プログラムは福音ふくいんともなるし、破滅の黙示録アポカリプスにもなるから」


 側で話を聞いていた柊が、ハッとした表情で秋人を振り返る。だが、彼女を手伝わせていた秋人は、自分に全ての責任があるむねを宣言して、そして身を正した。


「俺も詳細は聞かされていない。ただ、特務三佐からとあるプログラムのエミュレーションシステムを任されている。それを今、俺の不如帰ほととぎすに搭載、実装してる途中さ」

「不如帰?」

「特務仕様のスペシャルだ。徹底した隠密性と電子作戦能力、そして一撃必殺の牙をもたされている。レヴァンテインはカスタマイズの自由度が売りのアッセンブル方式で生産されてるからな」

「なるほどねー、うん、わかった! ありがとう、秋人。ただ」

「わかってるさ。これは……恐ろしいシステムだ。その一割も再現できないだろうが、エミュレーターとしてでもこれを起動した時……恐らく、世界のバランスは大きく変わる」


 その後は、チクタクマンとアルが熱心に秋人と言葉を交わしていた。電子戦を専門とする柊も混じり、寒さも忘れるような会話が加熱してゆく。

 だが、ナオトは抱え込んだ焦燥感に凍えるような感覚をぬぐえない。

 戦いは確実に、新たなフェーズに突入している。

 しかし、ナオトには以前の敗北からずっと、目に見える限界が迫っていた。今まで踏破してきた試練や苦難が、まるで嘘のような巨大な障害が立ちはだかっている。そして、バルト隊長はそれに打ち勝つ自分を望んでいる……そう思うと、一掃焦りが加速するナオトなのだった。

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