第159話「凍てつく春の夜に」
ナオト・オウレンにとって、故郷とは別の地球。そう、ここは惑星"
惑星"
どの機体も、本格的な整備を受けている中……ナオト自身はまだ、暗い闇の中にいた。
「くっ、駄目だ……こんな反応速度じゃ、あいつを
愛機トール四号機のハッチを開放し、コクピットから出る。
以前、エークスの首都での戦いからずっと、ナオトは
謎の黒いトールとの交戦、そして惨敗。
トールのマン・マシーン・インターフェイスである、
だが、それを使っても勝てなかった。
「俺は……バルト大尉を失望させてしまった。クソッ、明日からシミュレーターの難度を上げて……ん?」
広い
周囲では作業員もまばらで、春だというのに酷く寒い。外を見やれば、しんしんと雪が降り積もっていた。
そんな中、目の前を見知った少年たちが横切ってゆく。
あちらも自分に気付いたようで、気さくに声をかけてくれた。
「あっ、ナオト少尉! お疲れ様です」
「こんな時間まで自主練ですか?」
この
二人はそれぞれ、相棒を連れている。
「オツカーレ!
「ナオトー、無理は駄目だよ? なんだか少し、疲れてるみたいだ」
「ありがとう、チクタクマン。アルも。俺は職業軍人だからな……常に戦えるように、自分を鍛えて研ぎ澄ます義務がある。それに」
――それに、自分にはトールに乗って戦うことしかできない。
その言葉を飲み込み、無理にナオトは笑顔を作った。
戦いしかないなんて、彼等の前では言えない。
過去も記憶もないナオトが、バルト大尉たちとチームになって、今は沢山の仲間たちに恵まれている。若き少年少女の奮戦は、いつも彼に勇気を与えてくれた。
今、自分が
「それより、二人はどうしてここに? 機体の整備なら明日の放課後でも」
「いや、ちょっとさっきまで【
「だいぶ形になってきたからさ。それと……ちょっとこいつらが情報収集したいって」
佐助がクイと、腕時計状のデバイスを持ち上げてみせる。手首に巻かれたそれは、チクタクマンそのものだ。流狼の肩にも、アルがぬいぐるみのような姿で座っていた。
「惑星"r"と惑星"J"……二つの地球に不思議な共通点がある。それを先程から、アルと話していたのだよ! 今後の戦いのためにも、数々の謎を解かねばならない」
「謎、っていうと……ああ、確か」
ナオトも記憶の片隅から、酷く印象的なワードを引っ張り出す。
――
それは、惑星"J"の暗黒大陸に伝わる伝承だ。あのシファナ・エルターシャの遠い祖先にして始祖である。暗黒大陸のニッポンを
それは、ジェネシードを自称する謎の異星人たちともなにか繋がりがある。
そして、こちらの地球……惑星"r"も無関係ではいられないのだ。
「そういう訳でね、ボクはチクタクマンと情報を集めてるんだ」
「
「チクタクマンもねー、本音は気になってるんだ。……
「いやいや、アル。そんなセンチメンタリズムは……持ち合わせいない、訳でもない、が、うむ」
彼等はAIのようでもあり、使い魔でもあるのだろう。
だが、その心は人間となんら変わらない。
ナオトも大きく頷くと、自然と少年たちは格納庫の奥へと向かい出した。そのあとを終えば、奥に一機のレヴァンテインが降着状態で佇んでいる。
確か、新しくオスカー小隊の隊長になった男の機体だ。
今は調整中らしく、無数のケーブルやコードがコクピットへとなだれ込んでいた。そして、近くの端末をタッチするのは、まだまだ少女のあどけなさを残す女性である。
「あっ、皆さん。お疲れ様です」
「こんばんはー、えっと……」
「新しくオスカー小隊に着任した、
柊は気さくに
多感な少年たちは、互いに少しデレデレとしつつ、その白い手を握った。ナオトも握手に応じて、手と手が触れる中で相手の力量を察する。
こんなうら若き女性も、戦いに駆り出されているのだ。
それ程までに、こちらの地球……惑星"r"の状況は
そんな時、黒いヴァンテインのコクピットから一人の男が顔を出した。
「柊君、次のデータを……なかなかの難物だな、これは。ん? 貴官等は」
どうやら、彼が新しいオスカー小隊の隊長らしい。
精悍な顔付きに引き締まった
向こうも少年たちに戸惑ったようだが、ナオトを敬礼で迎えてくれた。
「君たちはリジャスト・グリッターズのメンバーか。自分は
「エークス軍
「今は同じ、リジャスト・グリッターズの一員だな。そう思ってもらえると嬉しい」
「歓迎しますよ、三尉。いえ、秋人さん」
「ありがとう、ナオト君」
オスカー小隊の新しい隊長は、悪い人間ではなさそうだ。
だが、なにやら難しい作業をしているらしく、その顔には少し疲れが
しばし
「あのっ、秋人さんっ!」
「ん、なんだい? ええと、君は確か資料に……佐々佐助君だったな。それと、チクタクマン君も一緒か」
「オフコース! 話が早くて助かる、
「ふむ、しかし機密というものもある……だが、それもいいか。フッ、俺も正直、突然の出向命令で戸惑っているところだ。だが、この部隊は居心地が良さそうでね」
そして、秋人は語り出した。
ドバイでの戦闘と、突然の次元転移……リジャスト・グリッターズは別の地球、惑星"J"へと飛ばされた。その直後から、こちらの地球ではパラレイドの攻勢が強まり、同時にテロ組織が無数に暗躍し始めた。月や木星圏が比較的おとなしかったのは、不幸中の幸いである。
だが、北海道にセラフ級パラレイドが出現、多大な犠牲を払った防衛戦が敗北に終わり……北の大地は一瞬で消滅した。その
「チクタクマン君、アル君。現状ではこちらはそんなところだ」
「サンクス、Mr.アキト。有意義な情報を得られた。これからも宜しく頼む」
「あ、あと、もう二つだけいいかなあ」
アルがピョコピョコと、流狼の肩の上で跳ねる。
そんな彼を見詰めて、秋人はどこか優しげに目を細めた。
「まず一つ……比翼の巫女という言葉に心当たりはないかなあ」
「ふむ、比翼の巫女。資料にあった、ジェネシードや暗黒大陸にまつわるワードだな」
「二つの地球の創生に関わる重要なキーワードらしいんだよねえ」
「特務三佐の資料によれば、恐らく二人の女性……それも少女の存在が鍵とされているが」
「ボクも暗黒大陸で結構長く生きてるけど、確かにその存在はデータに存在してる。ボクの中にある。けど……まるでプロテクトがかかったように、ボク自身に開示されないんだ」
そして、アルは立て続けに言葉を選んでくる。
次の一言には、
「それともう一つ……今、秋人がやってる作業って、コード『PXP』に関するインストール作業だよね? 刹那ちゃんは結局、ピージオンからプログラムの本体は抜き出せなかった。……あのシステム、マスター・ピース・プログラムは危険な存在なんだよね」
「……それは、いや、参ったな」
「困らせてごめんね、秋人。でも、ボクたちにとって……いや、人類にとって、マスター・ピース・プログラムは
側で話を聞いていた柊が、ハッとした表情で秋人を振り返る。だが、彼女を手伝わせていた秋人は、自分に全ての責任がある
「俺も詳細は聞かされていない。ただ、特務三佐からとあるプログラムのエミュレーションシステムを任されている。それを今、俺の
「不如帰?」
「特務仕様のスペシャルだ。徹底した隠密性と電子作戦能力、そして一撃必殺の牙をもたされている。レヴァンテインはカスタマイズの自由度が売りのアッセンブル方式で生産されてるからな」
「なるほどねー、うん、わかった! ありがとう、秋人。ただ」
「わかってるさ。これは……恐ろしいシステムだ。その一割も再現できないだろうが、エミュレーターとしてでもこれを起動した時……恐らく、世界のバランスは大きく変わる」
その後は、チクタクマンとアルが熱心に秋人と言葉を交わしていた。電子戦を専門とする柊も混じり、寒さも忘れるような会話が加熱してゆく。
だが、ナオトは抱え込んだ焦燥感に凍えるような感覚を
戦いは確実に、新たなフェーズに突入している。
しかし、ナオトには以前の敗北からずっと、目に見える限界が迫っていた。今まで踏破してきた試練や苦難が、まるで嘘のような巨大な障害が立ちはだかっている。そして、バルト隊長はそれに打ち勝つ自分を望んでいる……そう思うと、一掃焦りが加速するナオトなのだった。
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