第147話「目覚め――Evolution」
ふと目を覚まして、彼は驚いた。
覚醒そのものが、ありえなかったからだ。それで周囲を見渡せば、キュンと関節が鳴る。どうやら戦闘で損傷し、マシーンとしての特性を
だが、冷静に情報を収集しようとしていると、名を呼ばれた。
「あ、気付いたかい? 気分はどうかな。ええと……オルト、だったよね?」
そう、思い出せた。
彼は自分の名前を再確認し、どうにか
オルトはジェネシードの三銃士に次ぐ地位の騎士で、キィの護衛を担当する
敗北の後、キィに
「何故、だ……? ここは……どうして、私は」
「えっと、どの質問から答えればいいかな。とりあえず、僕は
そういって、少年はにこやかに手を差し出してきた。
握手を求められたと理解したが、首から下は全く動かない。そのことを思い出したようで、零児は「ああ、ごめんごめん」とオルトの横たわる手に手を重ねる。
どうやらオルトは、完全破壊で終われず、敵に回収されたようだった。
「ここはコスモフリートの工作室。君を直す……治すつもりで、運び込んだんだ」
「……何故? 情報なら、渡さない。私は、キィ様の騎士……役目を終え、破壊された今でも……忠誠は、変わらない」
「うん、そうだと思ったよ。けど、これも僕の性分でね。助けられるなら、誰だって助けたくなるのさ」
信じられない言葉だった。
零児の所属するリジャスト・グリッターズを
そして、敗北した。
謎の三体合体のロボットにより、形勢逆転を許してしまったのだ。
「
「ん、そうかあ。困ったな……じゃ、こうは考えられないかな? 僕たちは軍隊じゃないけど、君を負傷兵、まあ
「……どうしてだ?」
「どうしてって、まあ……僕たちは戦ったけど、こっちに戦争をしているつもりはないんだ」
衝撃的な言葉だった。
ジェネシードの騎士階級が乗る人型機動兵器は、小さな惑星ならば単機で死の大地に変えてしまう戦闘力がある。それと、ごくごく小規模の艦隊で戦い、零児たちは勝利した。
その上で、敵であるオルトを助け、ジェネシード側へ戻ることさえ許すというのだ。
「戦争したくてやってる人は、ここにはいない。でも、戦争に見えてしまうなら、そのルールは守る、ってとこかな」
「捕虜の取り扱いや、両陣営での禁止兵器等か?」
「そう。まあ、例の周囲をまるごと焼け野原にしちゃうやつ、あれは実際もう
「私は、マシーンだ。捕虜ではない、
「うち、肉体的には機械に近い人だって結構いるよ? 大事なのはそこじゃないと思うから、僕は艦長たちに特別に許可を取ったんだ」
零児は、せっせと手を動かしている。
部屋の中央の作業台に寝かされ、オルトは全く身動きができなかった。そして、脱がされた上半身の胸が、大きく左右に開いている。
どうやら地球人の文明レベルは、思っていたより高いらしい。
メンテハッチの内側は、人間にしか見えないオルトの本性そのもの。精密な部品の集合体で、一部は生体パーツもふんだんに使われている。
とりあえずオルトは、早速艦全体へのクラッキングを実行してみた。
だが、どうやらこの工作室は完全にスタンドアローンな環境で、意図的に外部のネットワークから切り離されているようだ。それも当然の処置だと思えば、もうオルトにはやることがなくなってしまった。
「もう一度言う。ジェネシードに関して話すつもりはない」
「はは、そっか。それは……まあ、
「軍人として当然の処置だ。実際、私にはプロテクトの掛かった機密度
「なるほどね。まあ、そのへんは
全く理解ができない。
何故、なんの得にもならないことを地球人はするのだろうか?
そう、地球人……太古の昔、宇宙を放浪するジェネシードの
ジェネシードの民にとって、約束された安住の地になる筈だった。
だが、そこにはイレギュラーが発生した。
極めて好戦的な知的生命体が発達し、惑星そのものを
それでも……オルトはここにきて、自分の考えに自信が持てなくなってしまった。インプットされたデータと、零児はあまりにも違う人間に思えるからだ。
工作室の扉が開いたのは、そんな時だった。
「よぉ、ボウズ! どうだ? ロボット三等兵は直りそうか?」
「
「どれ、ちょっと見せてみな」
中年から初老にかけて、あるいはその中間あたりの年代の男だ。油に汚れた作業着を着て、顔もところどころ黒い。そのオイルを首にかけた手ぬぐいで吹きながら、唐木田と呼ばれた男は零児の隣に並んだ。
彼はオルトの胸の奥を覗き込んで、ふむふむと頷いている。
「確かに小難しい造りだが、零児。お前さん、いつから医者になったんだ?」
「え……? そ、それって」
「なまじ人の姿をしてるから、忘れちまうだろ? メカニックなら、部品の声を聞け。部品の出すかすかなサインも見逃すんじゃねえ。俺たちはそういう
「ああ、確かに……そうか。どっちかというと、人間サイズのレヴァンテインやトール、
「そういうこった!」
じっとオルトが見詰めていると、視線に気付いて唐木田が目を合わせてきた。
敵対者同士の憎悪や
「しっかしお前さん、大変なことになっちまったな。ええ?」
「……どういう、意味だ」
「あのかわいいお
「敗者には当然の処置だ。まして私は、ジェネシードの民ではない……戦闘のために造られた、マシーン」
「それでも、だよ。お前さんがマシーンってんなら、俺たちはその声を拾って寄り添うメカニックでね。なに、もう少しの辛抱だ。すぐにボウズが直す……そうさ、治すさ」
唐木田は笑ってオルトの頭をポンポンと
艦内放送が少女の声でスピーカーから零れ出たのは、そんな時だった。
まだ若い、幼いとさえ言える十代の声……そのこと自体にもオルトは驚く。そして、
『こちらブリッジ、エリー・キュル・ペッパーです。これより、国連総会での東堂司令の演説を中継します。各自、作業の手を休めず聞いてください』
そういえば、人間たちは主義や思想等の違いで、それぞれ別のコミュニティーを形成しているらしい。それを国家と呼び、利害が一致しない場合は武力衝突、すなわち戦争を起こす。それなのに、無駄とわからないのか国際連合なる調和と融和のための枠組みを共有しているのだ。
オルトが生身の人間、ジェネシードの民ならば……極めてナンセンスだと感じるだろう。
だが、不思議と今は思考を繰り返しても、無駄とは思えなくなっていた。
そして声は、壮年の落ち着いた男の声に切り替わる。
『お集まりの皆様にご挨拶申し上げる。私は、
オルトも、今のリジャスト・グリッターズがおかれた実情を予想してみる。恐らく、戦いと同じか、それ以上の窮地に立たされている筈だ。
戦闘中からずっと、オルトはリジャスト・グリッターズの無駄な防戦に疑問を抱いていた。この手の連中は、守ってやっても利益や富をもたらさず、逆に力のある者たちを
ジェネシードでは、力は一つの指標であり、あらゆる判断材料に勝る。
リジャスト・グリッターズは今まさに、守りきった者たちに
だが、そう思う一方で……コクピットを這い出た時のことを思い出す。地球の都市、パリと呼ばれる美しい街並みに、歌が
『各国の多数決による結果を、総意として深く受け止めております。我々は確かに、どこの国家にも属さぬ武力集団。それをテロリストと定義する気持ちもよくわかります』
そっと唐木田が教えてくれた。
この清次郎という男は、長年テロリストたちと戦い、国と民を守るために心を砕いてきたという。その中で、何人もの友を失い、多くの仲間が去っていった。
それでも、彼は所属も立場も、生まれた星さえ違う若者をまとめている。
その全ての責任を背負って今、世界各国の代表に対して語りかけているのだ。
『我々は、決議された退去勧告に従います。この地球……ジェネシードが惑星"
オルトは、機能を停止した自分の身体が震えるのを感じた。
なんと勇気に満ちた、気高く
唐木田や零児がなにも言わないので、恐らく
ラジオの放送では、ルナリア王国やレオス帝国の人間からも声があがる。
回線を通した向こう側、国連本部の議事場は荒れていた。
その中でも、やはり清次郎の声は真っ直ぐよどみなく、静かに響いてゆく。
『最後に、必要最低限の補給を許してくださった国連所属の各国、そしてパリ市民にお礼を申し上げます。そして、許されるのなら……いつかまた、この星の平和についてお話する機会を得られれば、それに勝る喜びはありません』
オルトは、信じられないことに理解し始めていた。
論理や合理ではない……奇妙なことに、マシーンである自分が感じて思うものがある。そう認識したら、無性に肉体の修理を望む気持ちが込み上げてきた。
キィの側近として戦ってきた時には、全く
そのことを素直に口に出したら、唐木田は顔をクシャクシャにして笑うのだった。
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