第148話「帰路、もう一つの地球へ」

 ほんのわずかの平穏が、リジャスト・グリッターズに訪れていた。

 それは神塚美央カミヅカミオにとっても、久しぶりの安らいだ時間になった。

 真の力を解放したトライアールの三機は、合体の他にも画期的な機能が使用可能になった。以前はドバイで暴走させてしまった力、次元転移ディストーションリープが任意で可能になったのである。

 現状の惑星"ジェイ"での情勢を鑑み、リジャスト・グリッターズは一度惑星"アール"へ戻ることになったのだった。


「ま、どっちも地球なんだけどね……でも、戻ればノアの情報がなにか掴めるかもしれない」


 美央には、どうしても果たさねばならない使命がある。

 それは、あのアンゲロス大戦を引き起こしたシステム、人工衛星ノアの所在を突き止め、破壊することだ。それは、亡き父のやり遺したことでもあり、父から課せられた贖罪しょくざいの十字架である。

 だが、復讐にも似た孤独な戦いを、今は少し忘れつつある。

 リジャスト・グリッターズで仲間と出会い、より大きな平和を守る戦いに加わっているからだ。そして、そのことを美央は不快には思っていないのだった。


「さて、次元転移まで30分か」


 機体の整備を終えた美央は、ツナギの作業着姿で通路を食堂へと向かう。

 仲間たちの機体もそうだが、美央の神牙しんがも目に見えないダメージが溜まっていた。コスモフリートを始めとする各艦での修理にも、限界がある。一度大規模な整備が必要だし、そのためにも一度惑星"r"に戻らなければいけない。

 なにより、残念だが今の惑星"J"に居場所はなさそうだ。

 救ったパリの市民たちや、友好的な国家は確かに存在する。

 だが、こちらの地球の軍事バランスはあまりにも危うい。


「ま、私が気をもんでも仕方がないか。やれることをやる、全力で……今は、それだけ」


 ツナギの上を脱げば、汗に濡れた肌を空調の風が優しく撫でてゆく。袖と袖とを腰で結んで、ヘソ出しのタンクトップ姿で美央は颯爽さっそうと歩く。

 コスモフリートの乗員たちと擦れ違い、いつも通り挨拶を交わす。

 背後でささやかれる言葉の、その羨望せんぼう感嘆かんたんの吐息にも気付かない。美央は自分の美貌に無自覚なのだ。

 美央は食堂に入るなり、ポケットの小銭を取り出し自動販売機へと向き直った。


「よっ、美央じゃないか。整備、終わったみたいだな」

「お疲れ様、美央」

「おいおい、若い娘さんがなんて格好だよ。恥じらいってものをだな」

「真面目かっ! お前、真面目かよっ!」


 食堂では、仲間の少年たちが四人で集まっていた。

 どうやら、彼らも自分の分担する作業が終わっているらしい。

 佐々佐助サッササスケ飛猷流狼トバカリルロウ、そして吹雪優フブキユウ真道歩駆シンドウアルクだ。

 よく見れば、四人はボードゲームに興じているようだ。


「みんなもお疲れ。呑気のんきなものね……いいの? こんなところで油を売ってて」

「機体の整備は終わったしさ、あとは次元転移に備えてるんだけど」

「全艦一斉に次元転移するらしいけど、特にこれといって、なあ?」

「シートベルトを締めろとか、そういうのはいらないらしい。っと、たんま、それ!」

「あっ、俺? あちゃー、ここでSAN値サンちチェックか。ダイスを取ってくれ」


 確かに美央も、特別備えるようには言われていない。

 次元転移、それは人類にとってまだまだ未知のオーバーテクノロジーである。原理も仕組みもわからないが、一種のワープ現象だと考えられてきた。そして、この次元転移を使って時と場所を選ばず侵攻してくる敵がいる。

 美央も機械無法者アーマーローグとして傭兵もしていたから、わかる。

 パラレイドと呼ばれる謎の敵と、無数の反政府運動の武力放棄によって、惑星"r"を統治する人類同盟じんるいどうめいの結束は瓦解がかいしつつあった。

 とりあえず、スポーツドリンクを買って窓辺へと移動する。

 眼下に見下ろすパリの町並みは、徐々に普段の華やかさを取り戻しつつあった。


「なあ、美央?」

「なによ、流狼」

「考えてみればさ、こっちの地球……惑星"J"に来て三ヶ月は経ってるけど」

「そうね……あっちは今、どうなってるのかしら」

「それが俺も気になって。って、おい待て佐助! そのアイテムはキープしとけ。このセッション、ひょっとしたらその『バールのようなもの』が最強武器になるかもしれない」

「……ゲームするか話すか、どっちかにしてくれる?」


 苦笑しつつ、窓の外を見れば今日もいい天気だ。

 丁度今、外を羽々薙星華ハバナギセイカのエヴォルツィーネが飛んでいる。トライRの三機で囲んだ三角形のエリアに、次元転移現象を起こすことができるらしい。その範囲に存在する任意の物体を、有機物無機物の別なく違う空間へと飛ばすことができる。

 恐らく、人類の側でこれを計画的な移動手段にしているのは、美央たちリジャスト・グリッターズだけだろう。

 そういえばと気になって、ドリンクを飲みつつ美央は流狼に水を向ける。


「流狼さ、あの……拳王機けんおうき、だっけ? たしか」

「アルカシードか?」

「そう、それ」

「アルの手配で、暗黒大陸の一番太い地脈レイラインに眠らせてある。大昔のスーパーロボットらしいけどな、ボロボロなんだよ。骨と皮だけみたいなもんさ」

「……いいの?」

「よかない。できれば戦力としてほしいけど、今はまだ使えないってさ」

「ふーん、そっか」


 そうこうしていると、艦内の警戒態勢が第二種警戒配備に移行する。不要な照明がカットされ、スピーカーからアナウンスが流れ出した。

 声の主は、コスモフリートのオペレーターとして定着したエリー・キュル・ペッパーだ。


『本艦およびリジャスト・グリッターズの艦艇は、これより次元転移による移動を開始します。各員は、所定の位置にてマニュアルに従ってください。パイロット各位は、自分の機体が格納庫内でロックされていることを確認してください』


 美央も勿論もちろん、何度も確認した。

 目の前の少年たちも、互いにチェックし合っただろうから大丈夫だろう。こうして悠々ゆうゆうとボードゲームをしているのは、やるべきことをきっちりこなしたからだとわかる。

 そうでないのなら、とっくの昔に美央が尻を蹴飛ばして目の前の窓から付き落としている。


「なあ、そういえばさ」


 手持ちのカードを睨みつつ、自分のトークンを数えながら優が呟いた。

 どうやら彼は、このセッションでだいぶ追い詰められているようだ。


「アキラの奴、大丈夫かな。その、月のお姫様はまだ保護観察対象ほごかんさつたいしょうで、部屋に閉じ込められてるだろ。ヨモギも言ってたけど、今は艦長の判断で誰も会えないみたいだって」

「あ、それな。アキラのあの一途さ、健気さがさ、こぉ……応援してやりたいけど」

「しょうがないだろ。ちょっと前まで敵の女王だったんだ。でも、俺は信じてるよ。それに、東堂トウドウのおっさんは信じられる。刹那セツナちゃんはまあ、ちょっとあれだけど」

「そうそう。まずは一度、もう一つの地球に戻って……あ、すまん! 歩駆、お前の背後、ってるっぽい。イベントカードが、ほら」


 男の子たちは呑気なもんだと、美央は苦笑を禁じえない。

 だが、そういう健全な鈍感さが、ある意味では頼もしいし、彼らなりの気遣いと思いやりは好きだ。相変わらずバカなんだから、と思っていても、どこか憎めずにいる。

 ダイスを振って、歩駆が悲鳴をあげたその時だった。

 再びエリーの声がスピーカーから零れた。


『次元転移開始、カウント……5! 4! 3! 2! 1……コンタクト!』


 突然、美央の見ている窓の外が、歪む。

 外の風景が、一瞬にして輪郭を失っていった。そのまま、まるでにじんで溶けるように消えてゆく。程なくして、外はなにもない空間に塗り潰された。

 次元転移は初めてではない。

 この惑星"J"にも、次元転移で来たのだ。

 だが、改めて準備万端の次元転移をしてみると、奇妙な感覚だった。

 一瞬を引き伸ばしたような時間が、奇妙な息苦しさで続く。

 そんな中で、先程の話題の続きを美央は独り言のように呟いてしまった。


「アキラはカグヤが、さ……でも、それを知ってて氷威コーリィは見守ってる。ああいうの、見てられないんだよね」


 それは、少年少女の三角関係だし、ゴシップみたいに冷やかして楽しむ気にもなれない。それ以前に美央は、人のプライベートやプライバシーに踏み入るのを自分にいましめてきた。

 親しいから、信頼してるからこそ踏み込んではいけないことがある。

 自分が同性への好意を隠そうともしないでいられるのは、周囲の仲間たちが優しいからもある。それ以前に、リジャスト・グリッターズでは激しい戦いが続くからこその、一種の軍規の緩みとゆとり、寛容かんようの精神が行き渡っている気がした。


「おおー、これが次元転移かー! いやあ、人生何事も経験ですなあ!」

「歩駆、現実逃避してるとこすまん……SAN値チェックだ」

「なに、気にするな。お前が脱落しても、俺たちは必ずこのやかたを脱出するから」

「って、そろそろ出るみたいだな。久々の惑星"r"、俺の生まれた地球だ。……本当は、龍羅兄リュウラにい陽与ヒヨちゃんも一緒に戻れたら……いや、いつか必ず」


 不意に窓の外で、光が弾けた。

 次元転移を外から見た時、その予兆として虹色のオーロラ現象が観測される。それを内側から見ると、こうなるのだろう。

 美央も故郷への凱旋がいせんに目を細めた。

 そして思い出す。

 凱旋などではない……まだ、戦いは終わっていない。

 リジャスト・グリッターズは疲弊ひへいし、戦力も大幅にダウンしている。シファナたちが古い文献を調べてくれているが、比翼ひよく巫女みことやらも全く手がかりがない。

 そんな中での帰還に、不思議と胸がざわめく。

 光が集束して視界が戻ると、最初に飛び込んできたのはエリーの声だった。


『次元転移終了。ステータス、オールグリーン、所定位置に愛鷹あしたかとサンダー・チャイルドを確認。……え? あ、あれ? おかしいです! 指定座標が狂って……ない? えっ?』


 緊迫した声に、男子たちはすでに立ち上がっていた。

 美央も窓の外を見て、絶句する。


「なにこれ……この海、なに? 濁って、油と残骸と……それと、血? 嘘っ!」


 事前のミーティングで知らされた内容では、リジャスト・グリッターズは惑星"r"と呼ばれる地球、その日本皇国にほんこうこくの北海道近海に次元転移する予定だった。

 だが、美央の見詰める汚濁のような海に、北海道は存在しない。

 そして、呆気あっけに取られながらも理性を総動員して異変を察した、その時……美央は自分が乗る宇宙戦艦コスモフリートのどこかで、巨大な爆発の音を聴くのだった。

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