第138話「明日の日のための、抜錨」

 鳴り響く警報が、肌を粟立あわだたせる。

 宇宙義賊うちゅうぎぞくの勇敢な船乗りたちが、ひっきりなしに艦内を行き来していた。その往来おうらいの中を、御堂刹那ミドウセツナは全速力で走る。

 こういう時、子供の肉体というのは辛い。

 気ばかりあせって、全然前に進めない気がしてくるからだ。


「クソッ、連中がおもてに出てくるとはな! パラレイド……いや、新地球帝國しんちきゅうていこくめ」


 忌々いまいましい名をつぶやき、ブリッジへと続くエレベーターまでようやく辿り着く。

 すでにもう、宇宙戦艦コスモフリートは臨戦態勢だった。

 今、国連本部があるパリの上空に、巨大な次元転移ディストーション・リープの反応が広がりつつあった。それに呼応するように、レオス帝国への協力者と思しき巨大戦艦も動き出している。

 今、対話と調和を望む空気が破壊されようとしている。

 刹那にはわかる……何度も見てきた、人類のごうが呼び合う悲劇の幕開けである。


「この世界線は、今までと違う。どうなっているというのだ? ……まさか、特異点が? いや、今は考えているひまは――ん?」


 エレベーターを待つ間、ふと点滅する数字から目を逸らす。

 ちょうど、廊下の奥の部屋から人影が出てくるのが見えた。確か、艦内で通常時は使わないものをしまう、物置に使われている場所である。


KTケーティにヨモギ、そして……ミド・シャウネル? いったいなにを……っと、ええい、今は構っていられん!」


 今は一秒でも時間が惜しい。

 ようやく扉の開いたエレベーターへと、刹那は転がるようにして乗り込んだ。タッチパメルを操作し、ブリッジへと向かう。

 いよいよ、刹那が長年……永遠にも思える時間を彷徨さまよい追った敵が現れた。

 しくも、自分も相手も同じ力、呪われし禁忌きんきのシステムを使って平行世界パラレルワールドを渡り歩いてきた身だ。だが、それもここで終わりにする。

 だが、大勢の市民がいるパリを戦場にしたくはない。

 惑星"アール"と呼ばれる地球のドバイもそうだった。

 そして、灰燼かいじんと化す平和な都市を、刹那は何度も繰り返し見てきた。

 やがて、チン! とクラシカルなベルがなって、扉が開く。


「あっ、刹那ちゃん先生」

「ええい、何度も言わせるな! エリー・キュル・ペッパー! 私のことは御堂刹那特務三佐とくむさんさと呼ばんか!」

「は、はいっ! 御堂刹那特務三佐、ブリッジ・イン」

「戦況は!」


 艦長席では今、キャプテン・バハムートが沈黙を貫いていた。その横に腕組み立つ、東堂清次郎トウドウセイジロウも同じである。

 重苦しい空気の原因は全て、夜空を真昼のように照らすにじ

 何層もの硬質テクタイトで覆われた窓の向こうに、次元転移の予兆が現れていた。

 だが、今持ってリジャスト・グリッターズの全艦は、パリ郊外に停泊中である。これは、自らが戦う意思のないことを表明しての判断だった。


「東堂司令! 敵は! 奴らはどうなってる!」

「お静かに、御堂特務三佐。今、情報収集をしているところです。あの巨大な戦艦が」

「サハクィエルか! ……っ、しまった」


 迂闊うかつだった。

 焦るあまり、あの巨大戦艦の名を口にしてしまった。

 天使セラフの名を冠する、あまりにも恐ろしい絶対戦力。異星人のテクノロジーすら吸収して建造された兵器群を、人はセラフ級パラレイドと呼んで恐れた。

 清次郎はわずかにまゆを潜めたが、訝しげに刹那を見たりはしなかった。


「ほう、あれはサハクィエルというのですか。天使の名ですなあ」

「そ、そうだ。秘匿機関ひとくきかんウロボロスでは、そう呼称している」

「では、リジャスト・グリッターズでもその識別コードを使いましょう。エリー君、登録を」


 オペレーターのエリーに指示しながらも、清次郎は真っ直ぐ前を向いている。

 そして、怪しく揺らめく虹が巨大な光となって膨れ上がった。

 次元転移の反応にしても、かなり大きい。

 一個艦隊レベルの戦力でも送り込まれてくるかのような、その輝きは数秒続いた。

 再び空が夜を取り戻した時……そこには信じられないものが浮かんでいた。

 振り向くエリーの声が、逼迫した情勢を端的に報告してくる。


「次元転移完了! あれは……! 超巨大機動兵器、ダルティリア! 他、多数のライリード! 数え切れません!」


 そう、パリの空にふたをするように、巨大なよろいの騎士が浮いていた。

 以前、ドバイを消し飛ばし、リジャスト・グリッターズに敗北を刻んだ敵……謎の勢力ジェネシードの幹部クラスである。顔のないライリードと呼ばれる人型兵器は、全てがオートで動く雑兵ぞうひょうだ。

 刹那も思わず、握る手の中に汗がにじむ。

 あまりにも数が多過ぎる。

 その上、あのダルティリアは一機でリジャスト・グリッターズの総戦力と同等か、それ以上だ。

 刹那が言葉を失う中、キャプテン・バハムートが緊張感のない声をあげる。


「おやおや……あれは、ドバイで俺たちと戦ったやつですね。どうします? 東堂司令」

「ふむ、国連本部および周辺施設、なにより市街地が気がかりだ。例の巨大戦艦、サハクィエルのことは今は忘れよう。世代君やアキラ君とは、もう連絡がとれているのだね?」

「どこに行ってたんだか……もう戻ってはいますがね。なに、年頃の男の子ならこれぐらいヤンチャなくらいで丁度いい」

「君もそうだったかね? バハムート君」

「まあ、そういうところですかね」


 

 なんて男たちだ……刹那は、驚きを通り越してあきれてしまった。

 絶望が再び突きつけられたのに、清次郎もキャプテン・バハムートも動じていない。泰然たいぜんとして揺るがない。彼らは、自分の同様が全ての仲間を浮足立たせることを知っているのだ。

 改めて刹那がえりを正していると、夜空に立体映像が浮かぶ。

 一人の少女が映り、広域公共周波数オープンチャンネルで呼びかけてきた。


『皆様、ごきげんよう。わたくしはキィと申します。古の民ジェネシードを率いて、宇宙をずっと放浪してまいりました』


 やはり、ドバイと同じだ。

 となれば、このあと起こるのは戦闘。

 いな、戦いにすらならない虐殺の可能性もある。

 だが、チャンスだと刹那は思った。

 何故なぜなら……あのレオス帝国に協力する者たち、自分と同じ世界から来た新地球帝国の残存兵力は、異星人への憎悪を共有する者たちだからだ。

 ジェネシードは恐らく、刹那たちが知ってる異星人……監察軍かんさつぐんではない。

 それでも、ジェネシードと新地球帝國の間で戦闘が勃発ぼっぱつする可能性は高い。

 あの男は……スルギトウヤ大佐は、絶対に異星人を許さないからだ。


「東堂司令! チャンスです! ここは出方をうかがいつつ、我々は戦力を温存すべきでは!」

「……見て見ぬ振りはできんよ。それに、パリが戦場になる」

「我々が介入しても同じです!」

「確かに同じかもしれん。だが、同じなら……ベストを尽くして、救える命は救うべきだと私は思うがね。それに、だ」


 清次郎の目が無言で語っていた。

 ジェネシードは常に、目的と主張が一貫している。

 その証拠に、キィと名乗った蒼髪の少女は、再び運命の選択を人類へと突きつけてきた。


『二つの地球……惑星"r"と、この惑星"ジェイ"。そう、皆様の住んでるこの地球は、わたくしたちの父祖が造った惑星"J"ですの。なので……どちらか、選んでくださいな。片方だけ、ジェネシード十億の民に返して頂きます。さあ、選んでくださいな』


 突きつけられた選択。

 またも、無理難題を平気で押し付けてくる。

 そして、事態を理解する者も少なく、決断する責任と勇気など誰も持っていない。あのパリには、地球が二つあることすら知らない無辜むこの民がいるのだ。

 そう思っていると、コスモフリートのデッキから一機のロボットが飛び立った。

 重々しい巨体でジャンプし、深い青に塗られた機体がコスモフリートの艦首に降り立つ。腕組み仁王立ちでこちらに背を向けているのは、真道美李奈シンドウミイナのアストレアだ。

 天秤をつかさど裁定の女神アストライアは、ジェネシードのキィを前にりんとした声を走らせる。


『ごきげんよう、キィさん。私は真道美李奈と申します。私は何の権限も持たない、ただの普通の女子高生です』

『まぁ、美李奈さん。ふふ、こんばんは。女子高生、とても素敵ね。わたくしもそういう時代が持てたなら、どんなによかったでしょう』

『楽な暮らしではありませんが、生きるのに困ったことはありません。それは、お金がないとか、居場所がないとかが関係なかったからでしょう』

『とてもお困りなのでは?』

『いいえ、全く』


 何の話をしてるのか、刹那には理解不能だった。

 だが、ニヤリと笑ってキャプテン・バハムートが無線を手に取る。


「こちら、リジャスト・グリッターズ旗艦きかんコスモフリート。美雪ミフユ艦長、愛鷹アシタカはどうかな?」

『こちら愛鷹、艦長の大友美雪オオトモミユキ大佐です。現在、第二種警戒態勢だいにしゅけいかいたいせいへ以降中……いつでもどうぞ』

「了解した。それと、シルバーちゃんは起きてるかな? サンダー・チャイルド、応答どうぞ」

『バハムートさんかい? すまねえ、ヨゼフ・ホフマンだ。さっき起きたばっかりで、シルバーのやつはボケーッとしてるが、いけるぜ? 原子炉は出力安定、前みたいに変な動きをする素振りはない』


 もう、清次郎は決断していた。

 それを、キャプテン・バハムートは察していたのだった。

 そして、美李奈の声がそれを形にしてゆく。

 キィを相手に、ただの苦学生がはっきりと宣言した。


『キィさん。貴女あなたはいつも選択を迫りますね? ですが、今度は逆です……どうか、軍を退いて話し合いのテーブルについてください』

『……それを選ばないならば?』

『私たちリジャスト・グリッターズは、あくまでもパリを守るために戦います! さあ、選んでください……懸命なる判断を。選ぶのは貴女、私たちの決意と意思は変わりません。戦い、破壊し、命を脅かす者がいるならば……リジャスト・グリッターズは誰とでも戦います!』


 キィの返答はなかった。

 そして、ダルティリアの巨躯きょくに光が集まり始める。また、あの広域破壊兵器MAPWを使う気だ。それを許せば、ドバイの二の舞である。

 だが、既にさいは投げられた……美李奈の言葉は、刹那でさえ清々すがすがしく思える清廉せいれんな響きだった。

 キャプテン・バハムートが艦長席を立ち上がると、手を振り叫ぶ。


「――リジャスト・グリッターズ全艦、抜錨ばつびょう! 藤堂司令!」

「うむ! 総員出撃用意。これよりリジャスト・グリッターズは、パリ市街地を防衛するため介入行動に移る。全責任は、この東堂清次郎にある。全機、発艦!」


 大半のパイロットが、ふねに戻ってきている。

 こうして、誰も望まぬ戦いが、違う望みを持つ者同士で始まるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る