第139話「まだ、会いに行けない」

 パリ上空へと進む宇宙戦艦うちゅうせんかんコスモフリート……その格納庫ハンガーと発艦デッキは、鉄火場てっかばのような忙しさの中で燃えていた。

 充満するオイルの臭い、けた鉄の臭い。

 密閉された宇宙戦艦特有の息苦しさ。

 整備員たちの熱気で、ここはもう一つの戦場と化していた。

 バルト・イワンドは自分が戦う時に常に、サポートしてくれる多くの者たちへの敬意を忘れない。バルトは職業軍人ゆえに、戦闘行為へロマンやセンチメンタルを感じたことはない。

 だが、自分の戦果と生還は常に、それぞれの戦場で戦う戦友たちに支えられていた。


「大尉! バルト大尉!」


 愛機トール一号機の前で呼ばれて、バルトは振り返る。

 そこには、工具を手に駆け寄ってくる唐木田カラキダの姿があった。今や整備班を統括する責任者で、誰からもおやっさんと呼ばれて親しまれている。愛鷹やサンダー・チャイルドとの三隻体制になってからは、各艦を行ったり来たりで大忙しだ。

 唐木田は目の前まで来て、大げさに荒げた呼吸を整える。


「唐木田班長。一号機は多薬室砲たやくしつほう装備で出る」

「ああ、整備は万全だ。陽電子砲ようでんしほうユニットの方も、修理を進めちゃいるがね。なにせ、そろそろパーツのストックが底をつきかけている」

「定期的な補給を受けられないのが、リジャスト・グリッターズの辛いところだな」

「足りないものは加工したりして代用しちゃいるがね? けど、それにも限度がある。と、そういう話をしに来たんじゃねえなあ。例のアレ、調べといたぜ」


 唐木田はわずかに顔を寄せ、声を小さく潜める。

 バルトは彼に以前、トール四号機の調査を頼んだのだ。専任パイロットであるナオト・オウレンには、今はパイロットを外れてもらっている。

 バルトなりに心配だったし、なにより機体のブラックボックスが気がかりだった。


「例の、トール全機に積まれたマン・マシーン・インターフェイス……MNCSマナクス、な」

「俺の予想通りなら、四号機のMNCSは」

「ああ、あんたのかんがドンピシャだ! ナオトの奴がリミッターを解除するたびに、なにかよくわからないプログラムがアップデートされてやがる。そして、自動で機体を最適化し、その限界性能を徐々に引き上げてることがわかった」


 MNCSは、第三世代型トール等に搭載されたシステムである。操縦時にパイロットの操作を補佐するのだが、どの機体のMNCSにもリミッターが設けられていた。それがなければ、極端な加速性能や機動力でパイロットを圧殺してしまう。

 だが、ナオトはこれを自力で解除、限界を超えた性能のトール四号機を操る。

 大した技量だと感心してもいるが、部下の無茶が酷く心配だったのだ。


「とにかく、四号機のMNCSだけが異常に高いパラメータを叩き出してやがる。大尉さんよう、ナオトの奴は心配だな。……プロテクトをかけて、リミッターが解除できないようにすることもできるが」


 年齢が近いからか、唐木田とは話が早い。現場にいるか後方にいるかの違いこそあれ、若者を案ずる気持ちは二人とも同じだった。

 だが、バルトは黙って首を横に振る。


「感謝する、唐木田。やはり貴方あなたは優れたメカニックマンだ」

「なに、機械いじりが講じて今じゃ班長なんて呼ばれてるがね。機械屋はマシーンのために整備するんじゃねえ。マシーンに乗る人間のためさ」

「……今後も、皆の機体を頼む。それと、ナオトは……奴は、自分の力で自分を乗り越えるだろう。心配だが、今は見守るしかない」

「あんたがそう言うなら、俺からも異論はねぇよ。へへ、お互い気苦労が絶えねぇな」


 ナオトはここ最近、リミッター解除によるオーバーブーストに頼る傾向があった。しかし以前、切り札のリミッター解除を行ったにも関わらず、謎の黒いトールに敗北した。

 バルトも悩んだが、一時的にナオトを隊から外したのだ。

 奥の手を持ち、それを効果的に使ってゆく……それはいい。

 だが、それを過信すれば危険だ。

 そのことにきっと、ナオトは自分で気付くだろう。

 この部隊では多くの仲間に恵まれ、以前にもまして努力を重ねている……それをバルトも、同じ試験先行運用部隊しけんせんこううんようぶたいの仲間たちも十分よくわかっていた。


「では、出撃する。……また会おう、唐木田」

「おう! これが片付いたら、また一杯やろうや」

「了解した」


 バルトは手早く装備品をチェックして、狭いコクピットへと己を押し込んだ。

 そこは、圧迫感に満ちた鉄の棺桶。

 彼にとって、生と死は全てここにある。

 物言わぬ相棒、トール一号機の動力に火がともった。

 微動に震える中、サブモニターの光に照らされながらデジタル表示を読み取ってゆく。出撃前の最終チェックを終えると、バルトはハッチを閉めて愛機を歩かせた。

 他の機体も出撃準備を完了する中、一番機としてフォトンカタパルトへ向かう。

 すぐにオペレーターのエリー・キュル・ペッパーが、誘導を開始してくれた。


『フォトンカタパルト、粒圧りゅうあつ上昇中。バルト大尉、発進位置にどうぞ』

「了解だ」

『あ、あの……』

「大丈夫だ。このふねも街も、必ず守る。……あの日、守れなかった者のためにも、二度目の敗北はない。そう、願いたい」

『バルト隊長、なんでもお見通しなんですね。なんだか、さっきから嫌な予感がして』

「安全は確約できんが、誰もが最善を尽くしている。今ここで戦わねば……パリが以前のドバイ同様に火の海になるだけだ。それだけは……許すわけにはいかん」


 回線の向こうで、小さくエリーが深呼吸をする気配が伝わった。

 こんな若い、まだまだ女学生みたいな女の子まで、戦いに駆り出している。最初はぎこちなく初々ういういしかったエリーも、今では立派なコスモフリートの正規オペレーターだ。

 ややあって、いつものしっかりした声が調子を取り戻し始めた。


『すみません、大尉。誘導します』

「ああ、行ってくる」

『カタパルト接続、システム・オールグリーン……トール一号機、発進どうぞ!』


 ドン! と衝撃が全身を突き抜ける。

 もともと飛行能力を持たないトール一号機だが、艦のカタパルトを利用すればかなりの距離が稼げる。一気に前線へと飛び込んだバルトは、スラスターを制御しつつ着地点を探した。

 すでにもう、パリは地獄絵図と化していた。

 はなみやこうたわれた街並みを今、無数の敵性機動兵器が跳梁跋扈している。

 逃げ惑う市民を見て、バルトは胸が痛んだ。

 話し合うために集った場所が、戦場になる。

 人類の歴史の中で、数え切れぬほど繰り返されてきた悲劇だ。そして、その都度つど悲しみに暮れながら愚かさを猛省し、それでも何度も繰り返してしまう。


「人のごう、これもサガか……だが、納得して受け入れることはできん。市民をおびやかす者がいるならば、戦うのみだ」


 どうにか大通りに着地し、素早くサブマシンガンを構える。

 丁度、向こう側から白いのっぺらぼうのような巨躯が近付いてきた。

 ジェネシードの尖兵せんぺい、ライリードとかいう無人機だ。十億人規模の宇宙漂流民、それがジェネシード……だが、バルトは幹部や女王キィ以外に、ジェネシードの人間を見たことがない。

 不気味な勢力だが、目的と要求だけははっきりしている。

 二つの地球のどちらかをよこせ……いな、返せというのだ。


「では、始めるか……リジャスト・グリッターズ各機、順次発進しつつ各個に迎撃行動へ移れ。市民の安全を最優先とする。……状況開始!」


 すぐにライリードは襲ってきた。

 しかも、今回は恐るべき力がバルトを驚かせる。

 不気味な光のモザイク模様を全身に明滅させ、ライリードが腕部を突き出す。ちょうど手の平に銃口のような穴があり、そこから燃え盛る火炎が吹き出した。

 あっという間に、往来が炎に包まれ燃え盛る。

 無数の悲鳴をセンサーが拾って、思わずバルトの怒りが撃発げきはつした。


「火炎放射器だと! 市民もろとも街を焼くか! 貴様等きさまら……なにと戦ってるつもりだ!」


 外では今、逃げ惑う人々が老若男女ろうにゃくなんにょ問わず、生きたまま焼かれている。

 その臭いも熱も、コクピットへは届いてこないが……絶え間ない絶叫となげきの中で、バルトはトール一号機を前へと押し出した。

 あっという間に距離を詰め、ライリードの一機に肉薄する。

 瞬時に機体から飛び出したアサルトスピアで、バルトは狙いたがわず敵の頭部を貫いた。ライリードは無人機な上に、のっぺりとしていてセンサー系やメインカメラの位置もわからない。

 だが、人の姿をしている。

 人型なのだ。

 ならば迷わず、頭部をまず一撃。

 そのままバルトは、たくみな操縦で胸部にもサブマシンガンの接射をお見舞いする。ライリードは手足をばたつかせて身悶みもだえつつ、そのまま動かなくなった。

 崩れ落ちた敵を片足で踏み締め、なおも増え続ける敵戦力をにらむバルト。


橋頭堡きょうとうほを確保した。ライリードを各個撃破で掃討しつつ……あのデカブツを落とす! もう、誰も死なせはしない……民も、仲間も! ……死んだあいつにちかって、もう二度と!」


 バルトの気迫を宿して、トール一号機が前進を開始する。

 その先、国連本部ビルがそびえる空に、巨大な機動兵器が浮いていた。

 ジェネシードの幹部クラス、オルトが乗るダルティリアだ。

 その威容はまさに、鎧姿の空飛ぶ要塞である。

 そして、ダルティリアの内部に高エネルギー反応が高まってゆく。以前のドバイのように、広域破壊兵器MAPWを使うに違いない。

 だが、同じ手を二度許すバルトではなかった。

 戦略兵器クラスの、周囲を焦土しょうどと化す無慈悲な一撃……それが放たれる前に、敵を討つ。


「チャージ前に近付ければ……」

『バルト隊長! 吹雪優フブキユウです! リュウ雄斗ユウトと前進中。右翼を固めます』

『こちらはシファナ・エルターシャ、左翼を務めさせていただきます。バルト大尉、どうか気負きおわずに……この非道を許す訳には参りませんが、痛みは皆で背負いましょう』


 続々と仲間たちが展開し、そこかしこで戦闘が始まった。敵の数は多く、十重二十重とえはたえに群がってくる。その防御にはばまれ、思うようにダルティリアへ近付けない。

 だが、以前バルトは少年少女たちに宣言した。

 部隊を預かる隊長として、この地球に……惑星"ジェイ"に来て最初に、命令したのだ。


、か……ふっ、俺も随分と偉そうなことを言ったものだ。だが、本心でもある。そして、今がその時! 今度こそ……俺は守り抜いてみせる!」


 多くの出会いを重ねた旅の中、故国に捕らわれた少女を助けることができた。ミラ・エステリアスという女の子だ。失い亡くすばかりの戦いで、確かにバルトは守るための戦いを貫いてきたのだ。

 ふと、追憶に浮かび上がる、かつて伴侶はんりょだった女性の面影おもかげ

 まだ会いにはいけないと自分に言い聞かせ、バルトは仲間たちと必死の攻防戦を開始するのだった。

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