Act.24「旅の終わりを告げる者」

第137話「全てが繋がり、貫かれる時」

 巨大な戦艦の内部を、全速力で東城世代トウジョウセダイは走った。

 その目の前を、神塚美央カミヅカミオは迷いなく進む。

 どうやら、ここまでの潜入も逃亡も、彼女にとっては予想通りのようだった。だが、こちらの地球……惑星"ジェイ"の美央とは、一緒になるのはこれで二度目だ。

 どこか他人のような気がしなくて、世代は思ったことをそのまま口にする。


「えっと、美央さん? あなたは、どうしてこのふねに? ……やっぱり気になるんですよね、変形機構が!」


 世代の率直な言葉に、美央が肩越しに「まさか」と笑う。

 まだ、そんな余裕があるらしい。

 先程の大立ち回りも、どこか訓練された人間のように感じられた。

 自分たちがいた地球、惑星"アール"の美央とは何度か話したことがある。リジャスト・グリッターズは同世代の少年少女が多く、共同生活をしていれば多くの友人や仲間ができた。美央もその一人で、クールで知的な美人さんだと思っていた。

 それは目の前の美央も同じだが、二つの地球の同一人物には、決定的な差がある気がした。


「っと、世代! と、双葉フタバ、だっけ? 二人共、こっち! 少し寄り道してくから!」


 美央は小さな携帯端末を取り出し、地図らしきものを確認して廊下を右に曲がった。

 道中、誰とも会わない。

 先程からサイレンが鳴っているが、敵兵が迫ってくる様子はなかった。

 妙だと思ったし、世代は楽観を今は自分に戒める。

 そして、流れてきた艦内放送が一つの手がかりになった。


『本艦はこれより警戒態勢に移行する! 上空に次元転移ディストーション・リープ反応アリ! 繰り返す、上空に次元転移反応アリ! 奴らが……監察軍かんさつぐんが現れる可能性もある!』


 次元転移とは、早い話がワープだ。

 世代たちの地球にも、多くの者たちが転移してきた。真道歩駆シンドウアルクやバルト・イワンドといった、人型機動兵器のパイロットが主である。

 だが、聞き慣れない言葉を耳に拾って、世代は疑問を呟いた。


? というのは」

「どうやら連中、その監察軍ってのと戦ってるみたいなの」

「ふむ……新地球帝國しんちきゅうていこくと、監察軍か」


 そうこうしていると、目の前に巨大な扉が現れた。

 合金製の重々しいもので、電子ロックで厳重に守られている。

 だが、美央は手慣れた様子でタッチパネルを操作し始めた。Pi! Pi! と小刻みに電子音が鳴って、あっという間に解錠してしまう。

 やはり、こちらの美央は特殊な技能を数多く取得しているらしい。

 世代の視線に、パネルを操作しながら美央は応える。


「ちょっと、やらなきゃいけないことがあってね。まあ、肉親の尻拭いよ」

「そうですか……それで。じゃあ、神牙しんがで戦ってるのも」

「そう。イジンを全て殲滅せんめつするために、神牙は造られた。文字通り、塚美央の戦うとしてね。……よし、開いた!」


 ゴゥン! と、巨大な扉が左右にゆっくり開いてゆく。

 白く煙った冷気が吹き出して、あっという間に世代は寒い空気に包まれた。自分以上に温度変化に敏感なのか、震えながら神守双葉カミモリフタバがひっついてくる。


「寒っ! ね、ねえ……ここ、出口じゃないよね? えっと、美央ちゃん」

「静かに。……なるほど、そういうことね」

「ちょ、ちょっと! え……なに、これ……嘘」


 双葉は言葉を失っていた。

 より強く、世代に抱き着いてくる。

 冷たいきりが徐々に晴れる中、美央は毅然きぜんと目の前をにらんでいた。

 そこは、なにかの研究施設のようだった。

 巨大な硬化硝子こうかガラスのポッドが、整然と並んでいる。

 その中身を見て、世代も思わず絶句し、ようやく言葉を絞り出す。


「これは……? 以前、東京を襲った異形の一つ、ですよね」


 黙って美央はうなずいた。

 この地球、惑星"J"の人類は、無数の異形によって驚異に晒されている。その中でもイジンは謎が多く、世界各国も手を焼いているのだった。

 そのイジンが、ここではまるで牧場のように培養されている。

 そして、世代に身を寄せる双葉が、思い出したように口を開いた。


「ねえ……これって、前にミスリル君が言ってたやつじゃないのかなあ」

「ミスリルの? ん、そういえば」

「ほら、あたしやいちずが住んでたニッポンで……世代たちは、街のために戦ってくれたよね」

「ああ、大量の肉竜にくりゅうが暴れ出した話だね? 裏では、あのジェネシードが暗躍してた」

「そう、それ! ……ミスリル君は言ってた。肉竜も、こうやって容器の中で育ててたって」


 奇妙な一致に、世代は腕組みうなった。

 だが……人工的に育てられたイジンの群れを前に、美央はブルブルと拳を震わせる。まるで、手の中に食い込む爪の音が聴こえてきそうだ。

 彼女は、神妙な面持ちで呟いた。


「……やっぱり、連中がイジンを……絶対に、許さない。父さんの、研究を……ッ!」


 そこには、暗い情念が燃えていた。

 美央の怜悧れいりな美貌が今、怒りと憎しみで彩られている。

 それは、基本的にロボットにしか興味がない世代でさえ、ぞっとさせられる。それほどまでに、哀しい美しさに彩られていたのだ。

 だが、背後で気配がして扉が閉まる。

 振り向くと、二人の少女が立っていた。

 片方は、世代が知ってる娘で、双葉をこの場所へ潜入させた理由でもある。


「閉じ込められた? それより……えっと、ミカさん、ですよね? ミカヅキ・クリスタルさん」

「ミカッ! あたしだよ、双葉! 迎えに来た、助けに来たの!」


 ようやく双葉は、世代から離れた。

 だが、そんな二人を一瞥して、最後に美央を牽制するように少女はにらむ。

 間違いなく、そのりんとしたたたずまいは、双葉の探していたミカである。

 彼女は隣の小さな女の子に目配せしてから、話し出す。


「……いちずは、来ていないようだな」

「全員で動くと、怪しまれるからって。でも、いちずさんもミカさんを心配してるよ?」

「そうであったか……拙子せっしとしても、心苦しい。ただ、こちらにも事情がある」

「事情?」

「そう……お前たち、リジャスト・グリッターズがニッポンを守って戦った、


 ミカをそっと、隣の少女が手で制した。

 そして、静かに落ち着いた口調で話し出す。


「ふむ、想定の範囲内ね……そこから先は、自分が話すね」


 少女は軍服を着ている。先程の、新地球帝國のものだ。兵士たちは何故なぜか、年端も行かない少年少女ばかりで、彼女もそうだ。

 どう見ても、12か13歳くらいの女の子である。

 彼女は静かに話し始めた。


「自分の名はフォー、またの名を……怪盗・魔法少女」

「えっ!? 怪盗……魔法少女!? あの有名な!」


 真っ先に反応したのは双葉だった。

 そして、フォーと名乗った少女は大きくうなずく。


「異世界から来た者たちが、ニッポンでゼンシア領事館の悪事を暴くこと、その裏にいたジェネシードと戦うこと……全てが想定外だったね。そして、そのあとに起こったことも全て」

「……聞かせてもらえるかな、フォーさん」

「東城世代、だったね? お前には知る義務がある……半端はんぱにニッポンを救った、暗黒大陸に光を招いた者の責任ね」


 世代たちリジャスト・グリッターズは、ジェネシードと肉竜からニッポンを守って戦った。そして、比翼ひよく巫女みこ伝説を追うように、絶氷海アスタロッテを超えて日本を目指したのだ。

 大国が牽制し合って拮抗していた、暗黒大陸をそのままに旅立ったのである。

 だが、リジャスト・グリッターズと入れ替わりに、とある勢力が暗黒大陸に次元転移してきた。それが、新地球帝國……先程のスルギトウヤとかいう子供が統べる軍隊である。


「フォーもそうね……皆、幼い子供ばかりで驚いてるはずね?」

「それは確かに」

「……。呪われた子供たちね……何度も禁忌きんきのシステムを使った結果、遺伝子情報が欠損して、成長限界が極端に早まってしまうね。フォーもこの姿で止まってから、もう十年以上経ってるね」


 衝撃の事実で、それが拒絶し難い現実らしい。

 世代は内心驚いたが、少しずつパズルのピースが集い出すのを感じた。おぼろげながら、完成図が見えてきた、その時である。

 背後で冷たい音が響いた。

 それは、拳銃の撃鉄げきてつを引き上げる音だった。

 振り向けば、美央が銃口をフォーに向けている。


「怪盗だか魔法少女だかは、どうでもいい。この施設はなに? どうしてイジンを!」

「……お前は、ふむ……想定内ね。まさか、博士の一人娘に出会えるとは、驚きね」

「答えなさい!」


 すかさずミカが、腰の刀を居合いあいに構えた。

 だが、それを手で制してフォーは言葉を続ける。


「暗黒大陸は、新地球帝國の介入によって大きく勢力図を変えたね。レオス帝国が巨大な力を手にし、武力による電撃作戦で各国を無血制圧、暗黒大陸を統一して外の世界へ出たね」

「それとイジンと、関係は!」

模造獣イミテイトや神話生物、黄泉獣ヨモツジュウ……そして、イジン。これらを兵器として使えないかと考えた奴がいるね。そう、同胞であるスルギトウヤは、まだ監察軍と戦う気ね」


 信じられない話だが、ミカが補足を付け加えてくれば納得するしかない。

 フォーは怪盗の立場を利用して、暗黒大陸でレジスタンス活動を続け、今こうして新地球帝國への潜入に成功したのだ。自分と同じリレイヤーズである、スルギトウヤを止めるために。

 そのこころざしに賛同し、ミカもまた自分をいつわりこの場所にいる。

 そう聞いたら、双葉は少し気持ちを落ち着けて、そして美央の銃口をさえぎ


「……ゴメンね、ミカ。あたしといちずが、世代についてっちゃったから」

「なんの、お気にめさるな。これもまた必定……拙子はただ、非道と悪事を正す。そのために、フォー殿に賭けてみたいのだ」

「なら、これを使って」


 双葉が世代を見てきたので、無言で頷いてやる。

 そして、双葉は一冊の魔生機甲設計書ビルモアを取り出し、ミカに渡す。


「世代が描いたんだよ? きっと、ミカに必要になる。あげるって、いちずが」

「なんと……し、しかし拙子は」

「あなたはあたしのライバル、そして友達。それはいちずも一緒でしょ?」

「……すまぬ」


 フォーは、脱出路を教えてくれた。美央はまだ納得がいかないようだが、いよいよ艦内が慌ただしくなる。どうやら上空に、大規模な次元転移が確認されたらしい。

 そして、世代は後に知る……この運命的な邂逅かいこうは、惑星"J"での最後にして最大の決戦の、プロローグでしかないのだと。

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