第122話「ほのぐらい海の底から」

 爆発の激震が、鉄巨神ギガンテスを揺るがす。

 ゆれるサンダー・チャイルドの甲板で、真道美李奈シンドウミィナは精一杯の集中力を発揮していた。もともとサンダー・チャイルドは、母艦としての運用を考慮された設計ではない。

 その名の通り、歩行戦艦ウォーカー……従える艦載機を必要としない兵器なのだ。

 圧倒的な破壊力は、ただ歩くだけで星を平らげ不毛の地へと変えてしまう。


「でも、あの時……あの時、確かにサンダー・チャイルドは変形しました。そのことを、シルバーはあまり覚えていない。それは、言うなればミステリー」

『なにか仰いましたか、お嬢様!』

「なんでもありません! それより今の攻撃、海中からのようですが」

『はい、通常弾頭のミサイルのようです』


 執事のセバスチャンの声も、心なしか上ずっている。

 今まで奇跡の勝利を重ねてきた、リジャスト・グリッターズ……しかし、大地と大空、星の海を征する無敵のスーパーロボット軍団にも、弱点があった。

 それは、海中および水中の敵に対して、戦力がとぼしいことである。


「水中での戦闘では、光学ビーム兵器のたぐいが大幅にパワーダウンしてしまいます。かといって、通常の実弾兵装でも、それは同じ。加えて、水圧という最大の敵に手を焼きます。ですが!」


 黒海沿岸に立ち尽くすサンダー・チャイルドの、腰部に増設された甲板をアストレアが進む。そこから先は断崖絶壁だんがいぜっぺき、黒海の波濤はとうが待ち受けていた。

 そして、遠くの映像を拡大すれば、宇宙戦艦コスモフリートが愛鷹あしたかと共に高度を上げつつある。カタパルトを使用せず、格納庫から出るスサノオンが見えた。死角である艦底キールへの攻撃、これを避けるためだ。

 さらには、ブレイライトが輸送機を両手で持ち上げ、そのために無防備になっていた。

 再び海面に水柱が立ち、無数のミサイルが打ち上がる。

 どうやら、先程のイジンとは別種の敵が水中にいるらしい。


「レヴァンテインなどの汎用兵器では、咄嗟とっさの防水処置では不安が残ります。ここは、真道美李奈がアストレアで行きます!」


 あお守護神ガーディアン巨躯きょくが、わずかに身をかがめる。

 次の瞬間、美李奈はアストレアを跳躍させた。

 空の青が包んで、その中で回転……小さく水音を立てて、海の青へと吸い込まれる。ウルトラCクラスのエントリーを決めたが、水中は驚くほどに暗かった。

 そこは、太陽の光さえ弱い薄闇の世界。

 すぐに美李奈は、アストレアの瞳をライトにして周囲を照らす。

 遠くにもう一つ、派手な着水音が確認できた。


『お嬢様、前方に響樹ヒビキ様とリリス様、スサノオンです』

「了解です、セバスチャン。音響センサーに注意を、それと水深、水圧も」

『お任せを、お嬢様』


 かつて、この海を大国が奪い合い、覇権を争っていた時代がある。

 美李奈の地球、惑星"アール"では旧ロシア領に近く、同国の黒海艦隊が駐留していた地域でもある。ロシアは古来より、冬季に凍らぬ南の海を欲していたのだ。

 やがてソビエト連邦になり、二度の冷戦を経て……今はもう、ロシアは半分しかない。

 東西に分かれたあと、片方のロシアはパラレイドとの激戦で消滅してしまったのだ。


「しかし、こちらの地球ではエークスとゲルバニアンによって、ユーラシア大陸の勢力図は大きく違います。星としての広さ、質量も異なる……やはり、二つの地球は――」

『おいっ、美李奈! なんか近付いてくるぞっ! リリス、真っ暗で何も見えない! なんとかならないのか?』

『お待ちあれ、っと……今、音響データを立体化して映像に落とし込んでおる』


 背後のスサノオンから、通信だ。

 向こうも二人乗りで、どうやらバタバタしているらしい。

 そして、美李奈のアストレアにも、無数の敵意が殺到するのが確認された。

 スクリュー音を引き連れた、それは巨大な魚雷である。

 ミサイルに続いて魚雷、やはり既存きぞんの技術か、それを元にした通常兵器のようだ。


「スサノオンの盾になります! セバスチャン、ヴィブロナックルです!」

『お嬢様、水の抵抗を再計算、遠隔誘導プログラムを補正します』

「ありがとう。では、アストレア……ぶちなさい!」


 アストレアの突き出した両手が、超振動で海を泡立てる。

 同時に射出された鋼鉄の拳が、魚雷に向かって解き放たれた。

 直後、着底……深度は今、100m前後だ。水圧もまだまだ、許容範囲内である。だが、長らく静けさをたもっていた海底は、巨大なアストレアをにごる水で包んだ。舞い上がる砂が海流に絡んで、あっという間に視界を奪ってゆく。

 だが、心配は無用だ。


『これは……スサノオンの響樹様から、海中のリアルタイム映像です!』

主様マスターもそうじゃが、われも乗っておる。これセバスチャン、こっちで目になるゆえ探知は任せい』

『恐縮です、リリス様』

『よいよい、さっさと片付けて海水浴は切り上げたいのう』


 CGコンピューターグラフィック補正されたような、どこか輪郭の大雑把おおざっぱな映像が送信されてきた。

 だが、視覚で改定の地形を捉えられるのは好都合だ。

 そして、放った左右一対のヴィブロナックルが音源へと直撃する。

 水中に高性能化役の爆発が広がり、あっという間に海流が嵐のように逆巻いた。機体の姿勢を安定させつつ、美李奈は暗い海の向こうを睨む。

 魚雷を全て破壊した両の拳が、再びアストレアに合体した。

 そして、通常回線でしわがれた声が響く。


『ほう! ほうほう! 憎きブレイライトの前に、まずはニッポンでの礼をせねばなあ? 蒼きはがなの守護神像よ!』


 老人の声が、異様と共に迫る。

 咄嗟のことで、美李奈は驚きに声をあげてしまった。


「まあ! ロブスター? それも、大きい!」

『お嬢様、これは……これが、敵の正体!』

「え、ええ。そうですね……車海老くるまえび、かもしれません」

『お嬢様?』

「冗談です、セバスチャン。煮ても焼いても食べられそうもありません」


 それは、アストレアを超える巨体の甲殻類こうかくるいだ。

 鋼鉄のハサミをうならせ、エビ反りにジェット水流で移動している。間違いない、イジンのような人外のバケモノなどではなかった。それは、鋼鉄の肉体を持つ水中用の機動兵器である。

 そして美李奈は、驚きの声を背後から拾う。


『これ、美李奈』

「リリスさん?」

『信じられぬが、一度しか言わぬ。心して聞け。あの機体は――』


 リリスの声はいつものように、不思議な神々しさを感じる。全てを達観し、憐憫れんびんでもってでるような声色……記憶の奥に埋もれた、母親の声を思い出させるのだ。

 だが、彼女が語る真実は驚愕きょうがくに満ちていた。


『あれは魔力で動いておる……暗黒大陸、ニッポンで使われるじゃ』

「サーキメイル? しかし、暗黒大陸は」

『うむ。の地は閉ざされ、何人たりとも出られぬ世界。出たくば、絶氷海アスタロッテを歩くしかあるまい。空路や陸路は勿論もちろん、海底さえも閉ざされておるが……?』

「ですが、目の前の海老は現実! この敵意も本物……ならば、私は戦います!」


 思わず、乾くくちびるを自然と舐めた。

 赤く塗られた巨大な海老は、鋼鉄の装甲を纏った水中専用のカスタム機だ。それも、魔力で駆動するサーキメイルだという。暗黒大陸から決して出られぬ、魔法の兵器がどうして黒海に?

 だが、見れば見るほどそれはプリッとした海老に見えてくる。

 海老天、エビフライ、刺し身にお寿司……もう何年も、食べていない。


「どんな敵であれ、叩きます! 覚悟なさい、海老さん!」

『ホッホッホ、お嬢ちゃん! このシーベッドマイナーはザリガニ型のサーキメイル! 天才錬金術師アイザック様の傑作じゃあ!』

「ザリガニ……それでも、料理の仕方次第では!」

『むむ、じゃから食えんて!』


 ――アイザック。

 その名に、かすかに覚えがある。

 以前、ライト・ジンが教えてくれた。暗黒大陸で一番の交易都市、ニッポンに暗躍する悪の錬金術師だ。強力な戦闘用のサーキメイルを作り、街の平和を脅かす犯罪者である。

 例え悪に染まっていても、その天才的な頭脳は本物とも聞かされていた。

 だが、鋼の巨躯には正義の心、そして勇気と魂を宿らせてるのがアストレアだ。

 水中のため、普段よりも動きは鈍い……それでも、美李奈はアストレアを前へと押し出す。


「セバスチャン! 私は……私は、海老が食べたいのです! その気持ちを今、力に!」

『おっ、おお、お嬢様! やや、はしたのうございます!』

「ザリガニ、というのは確か」

『アメリカザリガニであれば、日本に戦後に食用として流入し、それが野生化したものですが……気を確かに、お嬢様。これはサーキメイル、ザリガニ型ロボットです』

「わかっています。ええ、とてもよくわかっています……ですが! 乙女といえど、お腹は空くのです!」


 再びヴィブロナックルを解き放つ。

 即座に、敵は機敏な回避運動で避けた。

 やはり、海中での行動では専用機の向こうに分がある。今のアストレアは、普段の半分も力が出せていないのだ。

 だが、半分でも二つを持ち寄れば、それは十全とした力になる。

 美李奈は一人ではなかった。


『美李奈! 挟み撃ちだ。俺が奴を追い込む!』

「響樹さん。お願いします! 攻撃は全て、私が引き受けました!」


 スサノオンも、悪鬼羅刹あっきらせつごとき戦闘力がかげっている。

 だが、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうたる金剛力士像こんごうりきしぞう彷彿ほうふつとさせる巨体が、重々しい足取りで走り出した。

 魔神の力か、それとも御門響樹ミカドヒビキの気迫……のなせる技か。

 スサノオンから発せられる闘気に、海底の濁った水が渦巻いてゆく。


『あれが話にあったスサノオンかのう……くわばら、くわばら! ならば、まずはこっちじゃ!』


 大地をも引き裂く鉄拳を、スサノオンが振りかぶる。

 単純な格闘攻撃、ただパンチを繰り出すだけでも、その力は神話の域へと敵を葬る。

 だが、やはり水圧は鬼神からスピードを奪っていた。

 そして、シーベッドマイナーはジェット水流で身をひるがえすや……アストレアに襲いかかった。


「ぐっ! う、動きが!」

『お嬢様! ……はっ!? これは、さらに深い海の底へ……いけません、水圧が!』


 巨大なクローで胴体を挟まれ、アストレアが水中へと引きずり込まれる。

 そこから先は、未知の領域……宇宙の深淵にも等しい、闇。そして、もぐ都度つど強くなる水圧は、針の穴より小さいキズも逃さない。

 コクピットに水が入ってきたが、美李奈は落ち着いて機体を安定させるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る