第121話「照らせ航路、勇気の光で」

 広がる水面の名は、黒海。

 古来より要衝の地であり、数多あまたの戦いの歴史がある。

 その黒海の上空にて、敵に襲われている輸送機が存在した。自身に内蔵されたレーダーとセンサーとで、ブレイはその詳細を確認する。

 空を引き裂く音速の飛行形態は、仲間からはブレイウィングと呼ばれていた。相棒であるジン・ライトのスカイブレイブとお揃いのようで、密かに気に入っている。翼は常に、空を求めて羽撃はばたくものだから。


「こちらブレイ! ライト、目標を補足した。敵はイジン、飛行タイプだ」

『了解だ! ブレイ、先行してくれ。俺もすぐ行くっ!』


 後方にライトの声を聞いて、うなずくように翼をしならせる。

 さらに増速するブレイウィングは、すぐに補足した輸送機へと追いついた。日本の自衛隊で運用されている、非武装の輸送機である。

 その周囲を、おぞましい姿の異形が包囲していた。

 前肢が翼になった、酷く攻撃的な鋭角で象られた怪物……生体反応は、イジンであることを示している。まるで、古い映画に出てくる怪獣だ。


「輸送機は、まだ無事か! これ以上は、指一本触れさせはしない!」


 入り乱れて飛ぶイジンの中へと、加速してブレイウィングが飛び込んでゆく。我が身を翼に変えたブレイは、まるで打ち込まれたくさびのように敵の陣形をかき乱した。

 そしてすぐに輸送機に並び、コクピットを確認する。

 パイロット達は皆、必死で回避運動を取っていた。

 その一人一人が、ブレイにとっては守るべき人間だ。

 勿論もちろん、積荷や乗ってる要人VIPも同じである。


「チェーンジッ! 勇者、ブレイッ!」


 太陽へと上昇して変形、見栄みえを切って敵意をにらむ。

 すぐにイジン達の半数が、ブレイへと群がってきた。

 本来の人型に変形することで、ブレイの機動力とスピードは失われる。しかも、ここは踏み締める大地のない空中なのだ。滞空するだけならば問題はないが、ブレイにとっては得意な戦場ではない。

 だが、そうして注意を引き、少しでも輸送機の負担を減らすことが肝要かんようなのだ。

 勇者とは、誰かのために傷と痛みを引き受けられる者。

 それを人は、勇気とうたうのだ。


「さあこい、バケモノ共っ! ライト達が来るまで、私が相手だ!」


 あっという間に、四方八方から攻撃が殺到する。

 飛行型のイジンは、例えるならコウモリの姿に似ている。そして、口から発せられるのは指向性の超音波だ。同心円状に広がるそれは、肉眼で確認できる程に空気を震わせている。直撃すれば恐らく、ブレイの装甲とてただではすまないだろう。

 だが、恐れる気持ちを胸へと沈める。

 はがねの心は常に、平和のために奮い立つのだ。


「固有の振動波による音波攻撃! しかし、私には当たらないっ! 行くぞ、ブレイブ・バルカンッ!」


 肩の装甲がスライドして、中から大口径のバルカン砲が唸りを上げた。

 同時に、近付く敵を蹴り上げて踏みつける。必要最低限の制動と加速で、イジンの群れの中を駆け上がる。

 鋼鉄のつぶてが弾丸となって、次々と敵を撃破した。

 輸送機の方も、囲みを突破して加速を始める。


『こちら航空自衛隊! 援護に感謝する!』

「私に構わず離脱を! 大丈夫、必ず守ってみせる!」


 だが、流石さすがに数が多い。暗黒大陸のニッポンでは、サーキメイルや機兵、操御人形などが主な相手だった。勿論、神話生物などのクリーチャーとも戦ったことがある。

 しかし、空を飛ぶ敵が大挙する戦いは、自然とブレイを劣勢へと追い込んでいった。

 わずかなあせりが回路を走り、一瞬の迷いは動力系に僅かな不協和音を響かせる。

 勇気を振り絞る奮闘は、すぐに頼れる仲間の声を聴いた。


『待たせたな、ブレイ! 合体して一気に決めるぞ!』

『援護するじゃん、ブレイ! 俺の力も使え!』


 振り向けば、ライトの乗ったスカイブレイブが近付いてくる。

 その背後には、ヘルパーズの一人、ヘルプフライヤーが飛んでいた。機体には、合体に必要なランドブレイブを複数のワイヤーでぶら下げている。

 地面のない空中での合体は、経験がない。成功率を瞬時に計算して、その数字をついブレイは口にしてしまった。シミュレーションでは何度もやったが、実戦では初めてなのである。


「ライト、ランドブレイブが着地する地面がなければ、合体は難しい!」

『ああ、わかってる。だが、迷っている時間はない。それに』

「それに?」

「難しいことと、できないことは違うさ! そうだろ、ブレイ! ヘルプフライヤーも!」


 ブレイはイジン達を撃破しながら、はっと息を飲んだ。

 勇者として常に、誇り高き勇気を信じ、同時に蛮勇ばんゆうしずめてきた。

 だが、ライトの補佐役として冷静さを心がけるあまり、大事なことを忘れていると気付いたのだ。

 そして、ヘルプフライヤーも同じことを言ってくれる。


『しっかりしろよ、ブレイ! 思い出せ! 無茶で無謀とわかっちゃいても!』

「決して無理とは言わぬが勇者! ……そうだ、私達は勇者……不可能を可能にする者!」


 そして、勇者は一人ではない。

 ブレイとライトの合体を支援するように、無数のミサイルが飛び交う。咲かせる爆発が自然と、イジンを遠ざけ空に道を刻んでいた。

 合体に必要な加速領域へと、座標を合わせてブレイは飛ぶ。

 隣にはライトのスカイブレイブと、ヘルプフライヤーがいる。

 追いついてきた仲間の攻撃は、ブレイからイジンの金切り声を遠ざけてくれた。


『こちら篠原亮司シノハラリョウジだ。ブレイ、ケツは任せてもらおうか。行くぞ、雪梅シュエメイ! ソーフィヤ!』

『オッケー! 欧州ユーロまで行けば補給も受けられる、だったらミサイルの在庫処分よ!』

『と、いう訳で……エンゲージ。ブレイ達には誰も、近付けさせない』


 三機編隊のアーマード・モービルが、互いに競うように火線を織り上げてゆく。

 たばにした機関砲の一斉射撃は、次々とイジンを紙くずのように切り裂いていった。

 真っ赤に染まる空を今、ブレイはライトと共にぶ。


『よっしゃあ! ランドブレイブッ、射出っ!』


 背後で、人型に変形したヘルプフライヤーが、文字通り空中でランドブレイブを持ち上げる。そして、全力でブレイ達へと投げつけた。

 多少強引でも、勇気ある挑戦は必ずみのる。

 そう信じているからこそ、ブレイとライトは二人で一つの勇者なのだ。


「オーケー、今こそ合体の時っ! ブレイブッ!」

『ライト!』


「『アーップッ!」』


 光の中で、二つの翼が一つに重なる。

 失速寸前のランドブレイブが、その輝きへと吸い込まれた。

 轟音を響かせ、ブレイの全身が鋼鉄の鎧でパンプアップしてゆく。そこには、全長四十メートルの大勇者が姿を表していた。

 そして、今日はさらに心強い味方が一緒である。


『俺を使え、ブレイライトッ!』

「ああ! 頼むぞ、ヘルプフライヤー!」


 ブレイライトの背に今、偉大なる大空の翼が合体する。

 これぞ、ブレイライト・フライヤーだ。

 空中での戦闘能力は倍増し、さらなる運動性と機動力を得られるのである!


「これで百人力だ! 行くぞ、ライト!」

『ああ! 輸送機も長くは持たない……フルパワーで一気に決める!』

「了解っ! おおおっ! げんッ! かいッ! けんッ!」


 必殺の幻界剣を現出させると同時に、ヘルプフライヤーのメインウェポンであるエネルギーライフルをも手にする。

 双方を合体させることで、銃剣付きの巨大な砲身が姿を表した。

 その銃口に収束する光が、幻界剣のエネルギーをも巻き込んで渦巻く。

 ブレイはトリガーをライトに渡すと同時に、高度を取って砲口を向けた。


「放て、ライトッ!」

『一撃必殺っ、極光きょくこう流星弾りゅうせいだんッッッッッ!』


 苛烈かれつな光が空を両断する。

 あっという間に、何十匹ものイジンが爆ぜ散り、消滅した。

 死体すら残さず、消え去ってしまったのだ。

 それを見た残りのイジンも、明らかに動揺を見せている。やはりイジンは、野生の動物と同等の存在なのだろうか? 本能を持ち、意思すらもあるのではと言われる謎の怪物……その正体はまだ、誰にもわからない。

 だが、亮司達の掃討もあって、どうにか敵意は追い払われようとしていた。


『オーケー、ブレイ! ヘルプフライヤーも!』

「……いや、まだだ! ライトッ!」


 ブレイは即座に、安定飛行へと移行した輸送機の下へともぐり込む。

 それは、眼下の海面が爆発するのと同時だった。

 突如として、水中から巨大なミサイルが打ち上がる。潜水艦か、それにるいする兵器から発射された弾頭だ。

 咄嗟とっさにブレイライトが、ライフルを両手で構えて銃剣を向ける。

 斬撃が閃光となって突き抜け、ミサイルは一刀両断で断ち割られた。


『やったか!? ナイスだ、ブレイ!』

「いや、ライト……次が来る!」


 次々とミサイルが天をく。

 亮司達も対処に追われる中、ブレイも全ての内蔵火器を総動員した。

 だが、勇者の奮戦をあざ笑うように、ミサイルが輸送機の翼をかすめた。バランスを崩した巨体は、ゆっくり海面へと落ち始める。

 ブレイは瞬時に、ライトと同じ結論で行動を共にした。

 以心伝心いしんでんしん一心同体いっしんどうたい……ライフルを捨て、両手で下から輸送機を支えるのだった。

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