第120話「激闘は内なる海へ」

 ――西へGO WEST、西へ、西へ。

 欧州ヨーロッパを目指すリジャスト・グリッターズは、平穏な日々を過ごしていた。すでに敵対勢力は存在せず、ドリル獣や模造獣イミテイト、神話生物やイジンといったバケモノ達も出現していない。

 なにより、欧州では話し合いの場、国連総会が待ち受けている。

 望んで戦う者など、この部隊にはいない。

 建設的な対話が前提の旅は、どこか少年少女の心を軽くしていた。

 真道歩駆シンドウアルクも、久々に平穏な時間を感じていた。


「チェックリスト、よし! っと。メンテナンス完了だ」


 タブレットに並ぶチェック項目が、全て緑色の表示に変わった。

 新たな愛機、Gアークのコクピットを出れば、笑顔の少女が見上げてくる。

 宇宙戦艦コスモフリートの狭い格納庫では、今も無数の機動兵器が各々にメンテナンスを受けていた。オイルと火薬の匂い、人熱ひといきれ……その中で、少女の笑みだけが涼し気だ。


「歩駆様、Gアークはいかがですか?」

「ああ、うん。いい、と思う。ってか、俺がもらっちゃっていいのかよ」

「歩駆様のためのGアークですから! まだまだフルスペックには程遠いですが」

「わ、わかった。けど……その、歩駆様ってのは、いい加減やめないか?」


 少女の名は、織田竜華オダリュウカ

 ゴシックロリータのエプロンドレスも手伝って、その名のごとはなやかな印象がある。まさに、むさ苦しいこの格納庫に咲いた、花。しかし、同時に竜の激しい激情をも秘めている。

 彼女は、トヨトミインダストリーの新社長……に、なる予定の人物だ。

 可憐な容姿に似合わぬ豪胆な少女で、いつも歩駆はタジタジである。


「でも、わたくしにとって歩駆様は歩駆様ですわ」

「いやぁ、ちょっと恥ずかしいんだよ。だってさ、その……仲間だろ? 俺達。仲間同士で様付けは。あとほら、見ろあれを」


 溜息ためいきこぼしつつ、クイと歩駆は親指で背後をさす。

 そこには、ニヤニヤとしたしまらない笑みを浮かべた少女が二人。

 年齢不詳の麗人ビューティコンビは、互いを横目に似てはにんまりと頬を崩す。


「ういういしいのう……見たかや? アトゥちゃん」

「ええ、ええ。見ましたとも、リリスちゃん」

「どうやら脈アリと見たが、どうじゃ。この部隊の子等は、ほんにうぶよのう」

「サスケもそう……我輩わがはい、すっごくちょっかい出し甲斐がいがあって、もうね、もう!」


 リリスとアトゥの二人組だ。

 さささ、と二人は早足でやってきて、歩駆と竜華を囲む。うりうりとひじ小突こづかれつつ、歩駆は謎の美女に内心ドギマギとした。

 リリスは見た目こそ同年代だが、不思議な存在感がある。

 アトゥはアトゥで、まだまだあどけなさを残すものの、その魅力は妖艶ようえんだ。


「のう、歩駆や」

「な、なんですか、リリスさん」

「どうじゃ、このへんで……しっぽりと」

「し、しっぽりと?」

「なんじゃ、にぶい奴じゃなあ。まあ、そこがよいのじゃが」


 竜華は竜華で、アトゥにいじられまくっている。

 こういう日常の平和が、今はとても貴重に感じられた。もう一つの地球……惑星"ジェイ"に来てから、戦いの連続だった。群雄割拠ぐんゆうかっきょの暗黒大陸、クリーチャーが跳梁跋扈ちょうりょうばっこする日本、そしてユーラシア大陸での激戦……リジャスト・グリッターズの戦士達には、疲れることすら許されていない。

 だが、ようやくこの星の人間達は、互いに話し合うために集まり出した。

 御門晃ミカドアキラの話では、ルナリア王国をおこした月の民も、代表団を送ってくるらしい。

 そうこうしていると、整備を終えた御門響樹ミカドヒビキがやってくる。


「おいおい、リリス。アトゥちゃんもさ。あんまし二人をオモチャにするなよ」

「むうう、そうかや。ま、まあ、響樹が言うなら……のう?」

「ふふ、そうねぇ。あっ! じゃあ、リリスちゃん。愛鷹アシタカの方に行ってみましょうよ。ふふふ……ほら、アキラ君にね、氷威コーリィちゃんが……ふふ、ごにょにょにょにょ」


 なにかアトゥに耳打ちされ、フムフムとリリスは大きくうなずいた。

 絶対、よくないことを話してる……すぐに歩駆は察したが、隣で響樹が肩をすくめている。部隊きってのトリックスター、リリスとアトゥはトラブルや色恋沙汰いろこいざたに目がないのだ。

 二人は早速、内火艇ランチの行き交う作業用の搬入ゲートへと行ってしまった。

 コスモフリートは、メインとなる格納庫の他にも、複数の作業用搬入口がある。機動兵器の出入りは不可能なサイズだが、内火艇で各艦との行き来をしたり、補給物資を出し入れするのに使われていた。


「行っちゃった、な」

「で、ですわね、歩駆様。……意外とライバルの多い部隊ですわ、ここは! 美少女偏差値、すっごい高めですの」

「ん? なにか言ったか? 竜華」

「いっ、いいえ! なんでもありませんの!」


 竜華はそう言って微笑ほほえみ、歩駆の持つタブレットを手に取る。

 彼女はトヨトミインダストリーの次期社長で、このGアークにも関わった天才エンジニアでもあるのだ。そのGアークを今、響樹が見上げている。


「どうだ、歩駆。新型には慣れたか?」

「ああ。ゴーアルターとは少し違うけど……俺は、ゴーアルターを取り返すためにこいつを頼る。もう一人の俺を倒すまで、こいつを信じて戦い抜くさ」

「……いい気迫だ。心配する必要はなかったな」

「俺を? 響樹がか?」

「俺だけじゃないさ。アサヒの兄貴や、他のみんなも気にしてた」


 暴走して、恐るべき力の片鱗を見せたゴーアルター。そのことに関して、ヤマダ・アラシからの説明はなかった。だが、明らかになにかを知っている、そんな雰囲気を今も歩駆は覚えている。

 眼の前で渚礼奈ナギサレイナを殺された、その絶望が歩駆は飲み込まれた。

 あらゆる負の感情が、自分の全てを反転させたのだ。

 アルターエゴと呼ばれる状態へ変貌したゴーアルターの力は、凄まじかった。そして、力そのものとなったゴーアルターは、歩駆を残して去った……新たな歩駆、もう一人のアルクを主として迎えて。


「もう一人の俺、アルクは……佐々総介サッサソウスケと繋がってるらしい。全部、アレックスから聞いた」

「ああ」


 ちらりと見やれば、格納庫の隅にピージオンが固定されている。まるで拘束具のように、ケイジに埋まっている。そして、コクピットからは何本ものコードやケーブルが伸びて、今も解析作業の真っ最中だ。

 歩駆も、かつてピージオンのパイロットだった、アレックス・マイヤーズの話を信じている。彼は嘘を言う人間ではないし、同じ仲間同士だから目を見ればわかる。


「俺はさ、響樹。難しいことはわかんねえよ。ただ……ヒーローになりたいだけの自分より、もっと大事なものが見つかりそうなんだ」

「だな。みんな同じさ……俺も、スサノオンでそれを目指す。仲間も沢山いるしな」


 おぼろげながらにも、歩駆達少年少女にも見えてきた。

 敵は大きく分けて、二つの勢力がある。

 一つは、ジェネシード……あらゆる国や軍の背後に暗躍する、古き宇宙の民だ。キィと呼ばれる少女がべる、圧倒的な力を持った放浪ほうろうの徒……かつて、二つの地球を生み出した者達。

 もう一つは、世界の闇に潜む謎……魔人、佐々総介とその一派である。そう、佐々総介は仲間を増やしている。ジェネシードとも接触しているし、天原旭アマハラアサヒの故郷滅亡に関わった男とも親しい。

 つまり、無数にいるかに見える敵には、縦横の不思議な繋がりがあるのだ。


「そういや、佐助サスケは? ……あいつさ、最近少し……空元気からげんき? てのかな? ちょっと、見てて辛いからよ」

「死んだと思ったオヤジさんが生きてて、しかも世界中を混沌にブチ込んでるんだ。身内としちゃ、辛いよな……歩駆、お前も無理はするなよ?」

「俺が? 無理?」


 タブレットを抱き締め、隣の竜華もブンブンと首を縦に振る。


「歩駆様、ゴーアルターとアルクを倒すのは、歩駆様だけではありませんわ! 皆の力を一つにたばねて、きずなの結束で戦いますの。わたくしも微力ながら、全力を尽くしますわ」

「はは、ありがとな」


 Gアークの整備は完了したようだ。最後にチェックしてくれた竜華も、太鼓判たいこばんを押してくれる。

 だが、突如としてけたたましいサイレンが鳴り響いた。

 それは、緊急のスクランブルを打ち鳴らす戦鐘ゴング


「歩駆、響樹も! 出撃だ!」


 真っ先に動き出したのは、同じ格納庫で作業中のライト・ジンだった。彼は一度だけ脚を止めて、二人の頷きを拾う。

 どうやら、黙々とスカイブレイブを整備していた彼にも話が聴こえていたらしい。


「行こう、二人共。俺達はもう、一人じゃない。。そうだろ?」


 無言で頷き、歩駆もGアークへの昇降機へ駆け出す。

 今、出撃の時……終わりの見えぬ戦いに、終わりを探して歩駆は戦う。

 整備員達が忙しく行き交う中で、艦内放送にバルト・イワンドの声が響いた。


『リジャスト・グリッターズ、緊急出動。黒海上空にて、輸送機が所属不明の敵アンノウンに襲われている。輸送機には、国連総会の極秘ゲストが搭乗しているとの情報がある。ただちに出撃、これを救出せよ。それと――』


 皆が信頼する部隊長は、一度言葉を切ってから重々しく言い放つ。


『先程、衛星軌道上で建設中のコロニーがルナリア王国軍に襲われた。防衛艦隊は、コロニーごと消滅……なんらかの戦略兵器が使われたと思われる』


 こちらの地球、惑星"J"の国際情勢は大きく動き出した。

 憎しみが怨嗟えんさとなって満ちる中で、最後の希望は国連総会だ。話し合いの場でなら、各勢力の代表が言葉を交わせる。そこには打算や妥協があっても、血が流される何万倍もマシなはずなのである。

 ならば、歩駆は戦いの終わりを目指して戦うだけだ。


「竜華! メンテ、付き合ってくれてありがとな!」

「歩駆様、御武運ごぶうんを!」

「それさ……ま、いいや。なあ、竜華! とりあえず歩駆様でもいいけどさ……いつか、呼び捨てで呼んでくれよな」

「えっ? そ、そそ、それは」


 一瞬、一人の少女が脳裏を過る。

 あの日、異形に取り込まれた挙げ句、無残に殺された乙女……その非業の死が、歩駆を狂わせた。決して忘れない、忘れられない人のためにも、歩駆は戦う。

 今、内海の波濤はとうを揺るがす新たな戦いが始まろうとしていた。

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