Act.21「女神の元へと集う者」

第119話「エウロパの詩へ誘われて」

 宇宙の光はまたたく命。

 惑星"ジェイ"と呼ばれる地球は、衛星軌道上に無数の爆光を飾っていた。すでに国連決議で、あらゆる戦闘行為の停止が勧告されている。

 だが、暗黒のそらはまだ燃えていた。

 自由と尊厳を燃える者達の、魂の輝きが幾重いくえにも広がる。

 その最前線で、十六夜迦具夜イザヨイカグヤは愛機〝シルバーン〟を駆っていた。


「前列、交代っ! 敵の第七波が来るわ!」


 今、衛星軌道上に巨大な構造物が浮いている。

 建造中のコロニーで、基礎工事が七割がた終わったものだ。これからラグランジュ・ポイントまで運ばれ、内装の整備が始まる。

 宇宙の民にとって、新天地……新たな生活の場。

 それを今、カグヤ達は強奪するべく武力侵攻していた。


『カグヤ様もお下がりを!』

『かれこれもう、18時間……御身おんみが持ちませぬ!』

「構いません! 貴方達あなたたちは後続と交代して、補給と休息を。時間は……?」


 姿勢制御の光を全身にともして、〝シルバーン〟が身構える。そのコクピットでカグヤは、モニターの隅に表示されたカウントを目で拾った。

 あと48時間……それが国連総会までのリミットだ。

 勿論もちろん、ルナリア王国の代表としてカグヤも出席予定だ。

 だから、それまでに国連軍を制圧し、コロニーを奪取したい……カグヤが再三呼びかけているにも関わらず、列強各国は全く交渉に応じようとしないからだ。全ては国連の場で、の一点張りである。

 話し合いは望むところだが、ルナリアンをみちびく女王としてはおよごしも許されない。

 国連総会の停戦決議が発行されるまでに、コロニーを一ついただくつもりだ。


「沢山の命が、散ったのね……敵も、味方も」


 いても悔やみきれぬのは、虚空こくうの惨劇。冷たい真空は今、無数の死にいろどられていた。カグヤを信じ、月のために戦った者達。コロニーを守るべく戦いに応じた、敵の兵士達。両者は等しく、死にいだかれて周囲に散らばっていた。

 彼等をそうさせたのは、間違いなくカグヤなのだ。

 そのことに言い訳もなく、申し開きもしない。

 ただ黙って、華奢きゃしゃ双肩そうけんに背負って歩く……ってでも進む。

 全ては、しいたげられてきた月の民のために。


『カグヤ様! 前列交代完了です。カグヤ様もバックパックの交換を』

「ありがとう、頼みます。……ッ! 駄目っ、避けて!」


 友軍機が、交換用のサフィールパックを牽引してきた。換装のために〝シルバーン〟は一瞬停止、今まで装備していたエメロードパックをパージする。

 その間隙かんげきが狙われた。

 わずか一瞬にも満たぬ瞬間に、ビームの光がエメロードパックを貫いた。

 そして、その光条が接近した味方機をも切り裂いている。

 カグヤが投棄したバックパックをブラインドに利用しての、精密な射撃だった。

 瞬時にカグヤは、〝シルバーン〟をひるがえす。

 バックパックを再合体させてるひまはない。爆散する味方機が手放したサフィールパックから、振動長刀ヴァイブロウォーブランドだけをひったくった。そのまま爆発を背にスロットルを叩き込む。

 身軽になった〝シルバーン〟が、その名の通り銀翼ぎんよくとなって闇を切り裂いた。


「敵は、どこ……? まだこんな手練てだれが国連軍に」

『カグヤ様! 地球より上昇する敵機、確認! 数は……数は、一!』

「単騎で? ……あれね!」


 重力のくびきに逆らい、一機のヴェサロイド……VDヴィディが浮上した。

 ブースターと一緒に、長大な狙撃用ライフルを捨てる姿が、一際強く加速して向かってくる。その加速は、まるで互いの距離を塗り潰すような鋭さだ。

 両手で剣を構えさせたまま、カグヤは難なく射撃を回避する。

 だが、浮足立った味方が次々と爆発に飲み込まれた。


「くっ、このままでは戦線が……これ以上はやらせないっ!」


 すでに疲労はピークに達していた。

 半日以上、カグヤはパイロットスーツに密閉されている。汗の臭いが入り交じる、息苦しいほどの密閉感。ヘルメットを抜いでも、そこは狭いVDのコクピット、そしてその外は無限に広がる宇宙である。

 一流のパイロットとしてある以上に、月の女王がここにあることが肝要なのだ。

 兵士を鼓舞こぶし、誰よりも前で敵と戦う。

 陳腐ちんぷ偶像アイドルでも構わない……誰よりもまず、自分の命を使って戦うのだ。


「この動きは……ゼラトッ! そう、よね……あのアキラだって、VDに乗ってたもの!」


 僅かなくせや挙動から、すぐに相手が知り合いであることを察した。かつて、同じゲームで腕を競った仲間だ。友達と言ってもよかったかもしれない。

 敵機はOVD-02〝ルベウス〟だ。

 機動性と運動性に優れた、軽量級のVDである。

 その細身の鋭角的なシルエットを、完全に乗りこなす声が回線に響いた。


『やっぱ射撃じゃ落とせねえか……おいっ、カグヤ! そこの〝シルバーン〟はカグヤだな! 女王様ごっこなんかやめろよ。見ていて痛々しいぜっ!』


 間違いない……かつて同じチームで、大人気ゲーム『機巧操兵きこうそうへいアーカディアン』を遊んだ仲間だ。本名も素顔も知らないが、確かにきずなを結んだチームメイトの声が刺さる。

 咄嗟とっさに機体を急反転させ、相手のレンジへカグヤは飛び込んだ。

 相手は近接距離での格闘戦を最も得意とする。

 〝ルペウス〟の腕部にマウントされた振動杭打機ヴァイブロパイルドライバーは、全てをつらぬ粉砕ふんさいする必殺武器である。


「その声、その動き……ゼラト! あたしは女王様ごっこなんかじゃない!」

『なら、なんだ! ハーメルンの笛吹ふえふきか! その声で誰も彼も、戦争という名の大河に落っことすつもりか!』

「ごっこなんかじゃないって、言って、るのっ! あたしは月の女王! あたしが導くのは、平和へつながる勝利!」


 躊躇ちゅうちょなくカグヤは、ゼラトの間合いへ踏み込んだ。

 突き出された〝ルペウス〟の左腕に、合金製のステークが光る。その破壊力は折り紙付きだが、実際にはゲーム内でも非常に取り扱いの難しい武器だ。それを器用に使いこなすあたり、ゼラトは凄腕のプレイヤーである。

 だが、ゲームでつちかった反応と判断力なら、カグヤも負けてはいない。


『おいおい、今のをさばくかっ!? かーっ、たまんねえな。腕はなまっちゃいないってことか!』

「お互いにね、ゼラト! ゼラトこそ、どうしてアースリングのために戦えるの?」

『戦いをなくすためなら、俺は英雄ヒーローだって道化ピエロだってやってやる! こんな馬鹿騒ぎを、今すぐにでも、止めたい、の、さぁ!』


 二度三度と、鋭い杭が突き出される。

 それをカグヤは、直感で見切っていなした。

 長い振動長刀の刀身は、攻撃時の破壊力に優れるものの、受けに回ると取り回しが悪い。だが、カグヤの力量はそれを感じさせぬ太刀筋を生み出し、二人がぶつけ合う攻撃が宇宙に新たな星座を刻んでいた。

 相手がエース格ならばこそ、剣筋も読める。

 それほどまでに、ゼラトの動きは洗練されていた。

 だが、二人だけの一騎討ちは、そこまでだった。


『チィ! 水入りか……勝負は預けた! それと、言ったぞ! 俺は、言った! 女王様なんざ、やめちまえ! お前、アキラを泣かせるつもりかよっ!』

「その名を忘れてこそ、あたしは戦えるのっ! ……誰も、泣かせたくなんかっ!」


 月側からの援護射撃に、ゼラトの〝ルペウス〟が離れた。

 彼の背後にも、無数の機影が近付きつつある。

 先行していたゼラトに、本隊が追いついてきたのだ。

 ようやく一息ついて、カグヤはスーツのヘルメットを脱ぎ捨てる。汗を吸った髪をほどけば、濁るように重い空気がまとわりついてきた。

 そして、〝シルバーン〟のとなりに一機のVDが滑り込む。


『あまり心配をかけさせないでほしいですね。女王陛下……カグヤ様?』

「……悠仁ユージン。わかってるわ、そろそろ潮時ね。コロニーの奪取は難しいみたい。このままあたしが殿しんがりに立つ、全軍を後退させて」

『ええ。それと、ドレスの準備を……地球へ降りていただきますので』

「国連総会、ね。わかってる、女王様をやるのもあたしの務めだもの」


 どんな形であれ、公の場でカグヤに発言の機会が与えられた。国連に参集する国々は、ルナリアンの蜂起ほうきと建国を認めたのだ。その上で今度は、外交で叩き潰そうというのである。

 だが、望むところだ。

 話し合いの余地があるならば、論破し、説き伏せるのみ。

 虐げられた人々のためならば、カグヤは完璧に女王を演じてみせる自信があった。

 信じられない言葉を聞いたのは、その瞬間だった。


『……で、奪えないのであれば……。……ふむ、時間です』


 悠仁の冷たい声が、光を呼んだ。

 宇宙に突然、にじのような発光現象が広がってゆく。


「なっ……なにっ!? あれは!」

次元転移ディストーション・リープの予兆……ふむ、はずいぶんと時間に律儀な方のようですね』


 突然、なにもなかった空間で光が弾けた。そして、全てのモニターが回復した時、センサーはそこに超巨大な質量を感知していた。

 信じられないことに、突然目の前に超弩級ちょうどきゅうの宇宙戦艦が現れた。

 目測でも、全長は約1.2kmキロ……こんなにも巨大な艦船ふねは、国連軍にも登録がない。

 突如現れた宇宙戦艦が、左右に割れ始めた舳先へさきをコロニーへと向ける。

 刹那せつな苛烈かれつな光が宇宙の深淵を煌々こうこうと照らした。

 開発中のコロニーが、ビームの奔流ほんりゅうへと飲み込まれてゆく。敵の艦隊ごと、無数の反応がレーダーから一瞬で消失した。

 カグヤはゼラトを気付けば案じていたが、それを口に出すのを辛うじて思いとどまった。


「……今の、は。悠仁……説明しなさい、なんですか! 何故なぜ、コロニーを!」

『落とせない、奪えないのであれば……我々の力をしめすために消えてもらうまでです。あの巨艦は、そうですね……さしずめ、善意の異邦人エトランゼ、とでも呼びましょうか』

「馬鹿な……月の民が待ち望む大地を」


 信じられない衝撃は、まだまだ続いた。

 国連軍の残存部隊を無視し、悠々ゆうゆう巨鯨きょげいごとく真空を泳いで……謎の艦は大気圏への落下コースを取った。その先には、宇宙はおろか海も空も閉ざされた、神秘と謎の暗黒大陸が広がっている。

 禍々まがまがしい存在感の方舟はこぶねは、そのまま赤熱化しながら絶氷海アスタロッテへと降下してゆくのだった。

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