第113話「その矢、勇気と絆を束ねて」

 すでに勝敗は決した。

 だが、勝者などどこにもいない……バルト・イワンドは、鋼鉄の装甲越しにそのことを感じ取っていた。そう、勝者も敗者も存在しないのだ。この戦いの目的は、バルトにとって一人の少女を救うこと。そのために捨てた仲間達が、彼を助けて彼の故国までも守った。

 そして今、全高600mもの超弩級人型機動兵器ちょうどきゅうひとがたへいきが沈黙している。

 胸元から光が飛び出して以来、ゼルアトスは動きを止めてしまった。

 最大望遠で光学映像を捉えて、バルトは目を見開く。


「あれは……世代セダイ、そしていちず! 子供達が……守っているのは、ユウのアイリスか!」


 まるで煮え立ち燃えるような、真っ赤な機体が浮かんでいる。その前で、少年少女を抱えて守ろうとするのは、吹雪優フブキユウのアイリス・プロトファイブだ。その手が、東城世代トウジョウセダイ東埜ヒガシノいちずを握っていた。

 あれでは、まともな攻撃オプションが選択できない。

 人型機動兵器の利点は、人間と同等の五体を持ち、五指を得たマニュピレーターにある。状況に応じて武器を持ち替え、必要とあらば拳で殴り、爪を立て、そして細やかな作業のために器用さを発揮する。

 だが、二人を守る優のアイリス・プロトⅤはその全てを封じられていた。

 いな……それが失われると知っていても、彼は仲間を守っているのだ。


「チィ! なにか手は……手はないのかっ! 大人が子供の戦いを救えず、守れることもできないのか!」


 一人、鋼鉄のコクピットにえる。

 だが、同時にバルトは愛機トール一号機をひるがえした。背後に迫った敵機の、正確無比な射撃を回避する。正確過ぎる機械的な照準だからこそ、研ぎ澄まされた感覚が反射的に機体を操った。

 ジェネシードの尖兵せんぺい、ライリードと呼称される人型機動兵器。

 その頭部に向けて、抜き放つコンバットナイフを投げつけた。

 不気味な紋様の文字列をうごめかせながら、ライリードが動かなくなる。

 その間にも、バルトが遠くに見やるしかない部下の命が削られていった。


「優、聞こえるか! 吹雪優! 離脱しろ! 生身の人間を抱えての戦闘など無理だ!」

『へへ……そう、みたいだな。流石さすがは隊長さんだよ、わかってるじゃん』

「優、お前は……まだ、俺を……隊長と」

『違うのかよ? なら、俺達の隊長なんかどこにもいない。だれでもない。バルト隊長じゃなきゃ、誰が俺達をまとめるってんで――ガアアアッ!』


 衝撃音と共に、優の声がノイズの中に消えた。

 そして、ゼルアトスの巨体が思いがけない俊敏しゅんびんさで動いた。すぐにトール一号機に届くデータが更新される。リジャスト・グリッターズは、イルミネートリンクされた情報網の中に、まだバルトのトール一号機を登録していた。

 敵味方識別装置、いわゆるIFFはまだ……バルトを味方として情報を送ってくれる。


「あの赤いのが、デカブツのコアユニットだと? 動力部……だが、短時間なら互いに分離した形で稼働可能と推測、か。やってくれるな、ジェネシード!」


 ゼルアトスは、その頭上にコアユニットたるゼルアトス・テスタロッサを浮かべたまま、動いた。その巨大な手が、優のアイリス・プロトⅤを鷲掴わしづかみにする。

 圧倒的な質量の前に、パナセア粒子の光が広がりあらがう。

 だが、あまりにも力が違い過ぎた……今まさに、アイリス・プロトⅤは囚われのちょう。ゼルアトスの手の中で、燐光りんこうは激しくまたたほとばしるが、それだけだ。

 そして、広域公共周波数オープンチャンネルりんとした女の声が走る。

 ジェネシードの幹部クラス、三銃士の一角たるエンターの声だ。


「リジャスト・グリッターズ、見事! 見事なり……この私をここまで追い詰めるとは。だが、今はキィ様の勅命ちょくめいを果たすが優先。だが……行き掛けの駄賃だちんに、覚醒せしパナセア粒子の申し子は頂いてゆく! これはお前達には、まだ過ぎたるもの!」


 ゼルアトスの巨体が、信じられないことに浮き上がった。

 先程驚異的な変形と機動を見せたサンダー・チャイルドでさえ、普段から浮遊することはできない。しかし、倍近い大きさのゼルアトスが不自然な程に宙へ舞い上がる。

 明らかに、こちらの科学力を上回る技術が作用していると見て取れた。

 そして、空に不気味なにじゆがんでのたうつ。


「むう……次元転移ディストーション・リープの反応! 奴等、優達を連れたまま逃げる気か!」


 仲間達の攻撃は続いている。リジャスト・グリッターズはありったけの火力を叩き込んでいた。だが、ゼルアトスはここにきてバリアらしき力場を展開、あらゆる火力を押し留めている。

 瞬時にバルトは、リンクされた友軍機からのデータを拾った。

 空間の歪曲率わいきょくりつが肥大化し、一種の次元断層を広げている。

 次元転移の応用か、敵は空間さえも捻じ曲げて自らのよろいとしているのだ。

 ギリギリと奥歯が鳴るほどに、バルトは歯の根を圧する。悔しさが込み上げる……たった一人の少女を救いたかった自分が、仲間の危機を招いてしまった。行動に後悔はないが、敵を前になにもできない。子供達にしてやれることがない。

 この瞬間までは、本当にそう思っていた。

 だが、ジェットの轟音を響かせ、回線の向こうから声が響く。


『バルト大尉! 隊長代理の亮司リョウジから伝言よ! これを受け取って』

『大尉、亮司を隊長代理に指名した……大出世。でも、隊長はやっぱり……バルト大尉が、いい』


 それは、虹雪梅ホンシュェメイとソーフィア・アルスカヤの声だった。

 そして、見上げる空に二人の飛行機雲が並んで刻まれる。

 高度を下げてくる二機のアーマード・モービルが見えた。二人の望天吼ウォンテンホウとチャイカだ。その二機が、ワイヤーで一緒になにかをぶら下げている。バルトがそれを確認するより速く、二人はワイヤーをパージして、それをトール一号機の頭上で切り離した。

 咄嗟とっさにバルトは理解した。

 まだ、自分にできることがある。

 同時に、使用済みの装備と装甲を、一斉に強制排除する。

 内側から炸薬さくやくで爆破され、トール一号機は多薬室砲装備たやくしつほうそうびを脱ぎ捨てた。

 落下してくる巨大な円筒状のユニットを、全身を使って受け止める。


「これは……! しかし、エネルギーバイパス回りが」


 受け取ったのは、本来トール一号機に装備されていた陽電子砲ようでんしほうだ。だが、本体とを接続するユニットが装着されておらず、そこにはとってつけたような急造のエネルギーケーブルが生えている。

 大砲があっても、エネルギー源がなければ使用は不能だ。

 だが、迷わずバルトは愛機にそれを構えさせる。


「右脚部、パイルバンカー……機体を固定する!」


 そのまま片膝をつくなり、地面に轟音とともに鉄杭バンカーを打ち付ける。

 トール一号機は、この段階で動けぬ砲台と化した。

 しかし、砲へはエネルギーの供給がない。

 この瞬間、この時までは。


『バルト大尉! 俺達のエネルギーを使ってくれ!』

「君達は……ヘルパーズ!」

『ライトに言われたからじゃねえ、ブレイに教えられたからでもねえ……俺達はヘルパーズ! 誰かが求める限り、誰にでも手を差し伸べる!』


 暗黒大陸から仲間になったヘルパーズの面々が集ってくれた。彼等は皆、サーキメイルという魔法の人型機動兵器が主流の土地からきてくれた者達である。皆がケーブルを手に取り、各々自分のコネクターへとつないでゆく。

 バルトは即座に機体をチェックした。

 エネルギーゲインが、急激に上昇してゆく……発射可能状態まで、あと少し。

 だが、身動きのとれぬ彼とヘルパーズに、残存するライリードが襲いかかった。


「くっ、君達! ヘルパーズ! 俺に構うな、回避だ! 離脱しろ!」

『やだね、大尉! 俺達ぁ勇気だけに従う! あんたが勇気ある決断の元に命令するなら、迷わない。だが』

『だが、今この瞬間、この局面……あんた以外の誰が、あいつらを救ってやれるんだ!』


 ライリードはまさに、心を持たぬマシーンのように押し寄せる。

 バルトは迷ったが、その迷いをこそ笑った。不意に笑いが込み上げ、自分が滑稽こっけいだと思ったのだ。自分を信じてくれる者がいるのに、その者達を自分が信じずにどうするのか。そして、信じる仲間は彼等ヘルパーズだけではなかった。


『うおおっ! 大尉! バルト大尉! 雑魚は任せろ……やつを撃ってくれ!』

『アル、ピージオンのアレックスに繋げ! 照準を……あいつのデータが必要だ!』

『こっちもだ、チクタクマン。魔法、祈り、おまじない……なんでもいい! 大尉を援護するんだ!』


 ユート・ライゼスが、飛猷流狼トバカリルロウが、佐々佐助サッササスケが、皆が……バルトの一撃のために命を削る。ただ一つだけの命を、わずか一秒を稼ぐために使ってくれる。

 さらに、周囲にはオーラムやスサノオン、アストレアも駆けつけた。

 ヘルパーズと手分けしてコネクターを分かち合い、全ての動力を直列に繋ぐ。

 陽電子砲に再び、破壊神シヴァのいかずちをもしのぐ光が戻ってきた。


『頼むぜ、バルト大尉! 俺達の隊長なんだ、バシッと決めてくれよ!』

『バルト大尉! アストレアの全てをたくします!』

『オーラムのパワーも使ってください! 回します!』


 そして、頭上に浮かぶピージオンからもデータが届いた。

 あっという間に視界がクリアになってゆく。


『バルト大尉、測距そっきょデータを! ……僕は、自分の意思でリジャスト・グリッターズを出た』

「俺もだ、アレックス・マイヤーズ。そうまでして、俺には守りたかったものがある。お前は、なにかを守れたか? なにかを見つけて、見いだせたか」

『ようやく自分で自分のことを決められました。自分がピージオンを動かせる、ただ一人の人間であること……そんな自分になにができるか、なにがしたいか。今はこれです』

「……わかった、ありがとう。回りっ、対ショック姿勢! 陽電子砲を使用する!」


 高まるチャージの音と共に、バルトは愛機に構えさせた砲身を空へと向けさせる。

 ピージオンから送られてくるデータが、自動で照準を補正してくれた。そこにさらに、周囲の気温や湿度を感じてバルトがマニュアルで補正を施す。

 その間にももう、ゼルアトスはその巨体を光に変えて消え去ろうとしていた。

 次元転移が始まり出す、その瞬間を前にバルトはれる。

 だが、チャンバー内に凝縮されつつあるは確実に、仲間を連れ去ろうとする敵への牙を研いでいた。同時に、戦闘のダメージが蓄積したトール一号機が震え出す。


「一撃……ただ一撃でいい。俺に撃たせてくれ……俺達の一撃を、届けさせてくれ!」


 ――スイッチ。

 レティクルに浮かぶマーカーが重なり合って赤く光ると同時に、バルトはトリガーを引き絞った。

 光の奔流ほんりゅうが、今まさに次元転移で逃げようとするゼルアトスの腕を射抜く。

 閃光の彼方に、敵は巨大な鉄腕と、それに握られた仲間を残して消えた。

 同時に、全ての電源が飛んで停止し、そのままトール一号機は動かなくなった。

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