Act.20「決断の先へ進む者」

第114話「二人がそれぞれ選んだ道」

 戦いは終わった。

 リジャスト・グリッターズに対して、正式にエークス軍からの停戦の申し出があったのだ。それを確認した後、バルト・イワンドもコスモフリートへと帰還する。

 今更いまさら戻れる身分でないとも思えたが、最後まで報告の義務がある。

 一連の戦闘が、自分の個人的な理由にたんを発していることから、バルトは逃げるつもりはなかった。

 だが、そんな彼を出迎えたのは意外な言葉だった。


「お疲れ様です、バルト大尉。無事でよかった……また会えて、嬉しく思います」


 着艦したトール一号機から降りると、そこにはシファナ・エルターシャの姿があった。彼女もまた、先程の戦闘の中を駆け回っていたという。

 柔らかな微笑ほほえみで迎えられて、バルトは少し戸惑った。

 優しさを向けられるには、自分の愚行が大き過ぎる。

 だが、慈愛の眼差しは柔らかく細められ、シファナの笑みには祝福が満ちていた。


「おかえりなさい、バルト大尉。ここにはまだ、貴方あなたを必要とする人間がいます。勿論もちろん、私もその一人」

「しかし、俺は」

「貴方は私達を裏切った訳ではありません。むしろ、私達の想いを一人で背負ってった……違うでしょうか」


 シファナは不思議な少女だ。

 彼女がいるだけで、格納庫ハンガーの空気がそこだけ澄んで透き通るようだ。スメルの姫巫女ひめみこという身分すら、彼女の本質的な威厳と気高さの前では、ただの肩書でしかない。

 そのシファナが、全てを許すように微笑ほほえんでいる。


「大尉にお会いしてほしい方がいます。もう、おわかりですね?」

「……俺に、その資格があるだろうか」

「軍人としての貴方は、一人の人間でしかない貴方によってかたどられています。その本質は、秩序を重んじ誰かのために戦う勇気……だからこそ、自分の行動の結果に向き合ってほしいのです」


 シファナの背後から、二人の少女が歩いてくる。

 一人は、真道美李奈シンドウミィナだ。そして彼女が手を引く、せた小さな矮躯わいくは――


「大尉! バルト大尉っ!」

「……ミラ准尉」


 ミラ・エステリアルは、救出した時より少し顔色がいいように見えた。あのあと、仲間達の手によってコスモフリートに収容されたのだ。短い時間だが、休息を取ったのだろう……弾んだ声とは裏腹に、彼女はあっという間に大きな瞳を決壊させる。

 乙女の涙が、再会の歓喜がバルトにもはっきりと感じられた。

 自分が、軍規を犯してでも救いたかった者が、目の前にいる。

 そして、仲間達は誰もがそれを後押しし、迎え入れてくれたのだ。

 バルトの行動は軍人として間違っており、決して許されることではない。だが、それをつぐなう場所はここだと、シファナ達リジャスト・グリッターズの仲間達が教えてくれているようだった。

 抱きついてくるミラを受け止め、その髪を撫でる。

 優しい言葉をかけたかったが、どうしてもバルトの言葉は不器用になってしまった。


「ミラ准尉、報告を……隊の部下達、そしてリジャスト・グリッターズに損害はないな?」

「は、はい、あの……ナオト少尉のトール四号機が中破、少尉自身も負傷しました。今、リーグ中尉とルーカス少尉が医務室でついています」


 また、あの謎の黒いトールが現れたという。

 神出鬼没しんしゅつきぼつで正体不明、しかし明確な殺意を持った敵。極端なコンセプトにかたよることで、常識にとらわれない戦闘力をバルトは思い知らされた。

 リミッターを解除したトール四号機とナオト・オウレンを、歯牙しがにも掛けず撃破する。

 それは、決して無視していい驚異ではない。

 ただ、外観的特徴や関節部の構造、駆動音や動力波形……あらゆるデータが、敵がトールか、それにるいする人型機動兵器と断定している。つまり、あの黒い敵はエークスかゲルバニアンか、どちらにしろこの大陸で開発されたものなのだ。


「それと、大尉。美央ミオさんが空港の輸送機から、私のオンスロートを見つけてくれました」


 そっとバルトから離れると、ミラは身を正して敬礼した。

 そこには、守るべきか弱い少女の姿はなかった。

 ミラ・エステリアル准尉は確かに、バルトの誇れる部下だった。


「ミラ・エステリアル准尉、これより原隊に復帰します。私も、戦います。助けて頂いた御恩ごおんむくいるためにも……私は、バルト大尉と一緒に、みんなで一緒に戦います!」

「……了解した、コード5。原隊復帰を認める。……死ぬなよ、准尉」

「はいっ!」


 涙に濡れたミラの、守りたかった笑顔がある。

 死から救った彼女を、バルトは再び戦いに駆り立てようとしていた。

 その愚かさもまた、部隊の隊長として自分が背負う十字架だと心に刻む。未曾有みぞうの異変の中、もう一つの地球を転……惑星"ジェイ"を流離さすらうリジャスト・グリッターズ。その戦いが未知の脅威に対しているなら、誰よりも先頭で指揮を執るべき人間がバルトだ。

 死と隣合わせの戦場で、少年少女や若者達を守るために戦うのだ。

 ようやくバルトは、自分がいるべき場所へ戻ってきたと感じた。

 だが、怒りに震える声が響いたのは、そんな時だった。


「貴様っ! 言ってる言葉の意味がわかっているのか! もう一度言ってみろ、アレックス・マイヤーズ!」


 声の主は、御堂刹那特務三佐ミドウセツナとくむさんさだ。

 その声のする方を振り向くと、人だかりの中から再度憤りが叫ばれる。


「貴様が乗らねばピージオンは動かん! そして、ピージオンが貴重な戦力であることはわかっているな? ならば、何故なぜだ! 何故今更、乗りたくないなどと、貴様は!」


 ヒステリックに叫ばれる声へと、バルトは歩き出す。

 見過ごせない事態だ。

 この場に恥を忍んで戻ったのは、リジャスト・グリッターズに所属する者達を守りたいからだ。それが自分という人間に課せられた責任であり、自らが望んで手にした立場なのだ。

 バルトが近寄ると、佐々佐助サッササスケ真道歩駆シンドウアルクといったメンバーが振り返る。

 誰もが、信頼に満ちた眼差しで見詰めてくれた。

 だから、静かに小さくうなずきバルトは人の輪の中へ立った。


「特務三佐、叱責しっせきをうけるならば俺が先の筈だ。敵前逃亡、装備の無断占有……軍法会議でも独房でも、好きにして欲しい。まずは俺からだ」

「ッ! バルト・イワンド! 戻ってきたか……覚悟はいいようだな」

「勿論です。ただ、罰を受けるのはこの部隊の隊長としてです。同時に、隊長として部下を守る義務がある。彼等は皆、俺が命を預かる立場にあるからだ」


 バルトは静かに、努めて冷静に言葉を選んだ。

 そこに、不退転ふたいてんの決意と覚悟をにじませる。

 それが伝わったのか、グヌヌと唸りながら刹那は黙った。

 だが、すぐに彼女は一人の少年を指差し声を張り上げる。


「アレックス・マイヤーズは今、! この非常時に無断で部隊を離れ、報告によれば敵と接触、行動をともにしてだ! その上でやっと帰ってきたかと思えば、今度はピージオンに乗らないと言うのだぞ!」


 指さされたアレックスは、なにも言わなかった。

 だが、その目を見てバルトは内心でうならされた。

 この年頃の少年というのは、少し見ないだけでも大きく成長して大人を驚かせるものだ。まさに、かわいい子には旅をさせろという訳だ。バルトには、部隊を脱走したアレックスの日々がよくわかっていない。にもかかわらず、強い光をともした瞳は、まるで別人のようである。

 そして、そこにはなによりも強い意思がはっきりと感じられた。


「アレックス君、よければ事情を聞かせて欲しい。もしまだ……まだ、俺を部隊の隊長と思ってくれるなら、話がしたい」

「……はい。僕も、みんなには話しておきたいですから。謝りたいし、許されないと思っても……やっぱり、またここで僕も戦わせてほしいんです」


 ――

 アレックスは確かにそう言った。

 ピージオンから降りると宣言したにもかかわらずだ。


「佐助、この間はありがとう。僕を探してくれてたんだね。それに、みんなも……突然飛び出して、ごめん。僕は、さっきまで佐々総介サッサソウスケと行動を共にしていた。あとで詳しく報告するけど、彼等はジェネシードとも繋がっていたし、まだまだ争いを広げるつもりらしい」


 魔人、佐々総介。佐助の実の父であり、二つの地球に混沌こんとんを振りまいている。その意図は知れず、目的があるかどうかも不明だ。だが、その佐々総介がジェネシードと繋がっていた。先程のエンターの猛攻も、彼の意図するところだったのかもしれない。

 アレックスは一度言葉を切ると、刹那に向き直って再度言い放った。


「すみません、刹那さん。僕は……もう、ピージオンには乗らない。解析作業には参加するし、調査に協力する。けど、絶対にもうピージオンで戦わない。この機体は、戦いに使ってはいけないものになってしまったから」

「……私も驚いている。本来、ピージオンに搭載されたマスター・ピース・プログラムは、私達の地球である惑星"アール"の機体を支配するものだ。ユナイテット・フォーミュラ規格の機体をな。それが先程は、エークスのトールやヴェサロイドを」

「佐々総介の力によって、ピージオンは魔術的な力をも覚醒させてしまった。本当に、あらゆる兵器をべる存在になってしまった。もう、ただの機動兵器じゃないんですよ」


 アレックスは聡明な少年だ。きっとすぐに察したはずだ……ピージオンが真の意味で、あらゆる兵器を自由に支配できる機体になった意味を。恐らく、佐々総介にはアレックスの動揺と苦悩、そして決断までもが計算通りだったかもしれない。

 だが、迷える少年の決意を、バルトは決して無駄にはしないし、守ってみせるつもりだ。


「僕は今後は、生活班の一人として働きます。それが、僕の戦い……本当にみんな、ごめん。でも、もうピージオンの力を……マスター・ピース・プログラムを使ってはいけないんだ」


 彼は、あらゆる武力が一人の人間に握られることの恐ろしさを語った。それが自分だということに対して、恐怖を感じこそすれ、増長や野心を全く見せない。彼はまるで、力そのものよりも、力を与えられた自分を恐れているかのようだった。

 他者を殴るくらいなら、自分が殴られたほうがいい……彼はそういう少年だ。

 そんな彼が、最強の力を仲間のために振るう自分を想像し、その未来を確信して、思い悩んでいる。ならば時間も必要だと思ったが、バルトと同じ想いを刹那はいだかなかったらしい。


「……フン! 見損なったぞ、アレックス・マイヤーズ。結構だ、貴様はピージオンの解析作業にのみ立ち会い、以降は搭乗を禁止する! 脱走に関しては、司令官の東堂清次郎トウドウセイジロウに一任する。バルト・イワンド、貴様もだ」


 それだけ言って、大股の歩調に怒りを込めながら、刹那は去っていった。

 彼女と入れ替わるように、多くの少年少女達がアレックスに駆け寄る。その温かな輪の中で、バルトも黙って事実を受け入れた。アレックスの決断は、リジャスト・グリッターズをさらなる激戦へと誘うだろう。

 だが、リジャスト・グリッターズの誰もがそれを認め、受け入れる。

 最強の力のために、民間人の子供を戦わせることは、それは誰も望んでいないのだから。

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