第112話「起死回生、禍ツ星よ天へ昇れ」

 空気をいてがす、高出力ビームの奔流ほんりゅう

 今、天原旭アマハラアサヒ虎珠皇こじゅおうが繰り出したドリルが、その流れを吸い上げていた。さながらそれは、ゼルアトス・テスタロッサを核とした巨大な惑星から、大気の層を巻き取ってゆくようだ。

 流石さすがのエンターも、驚きに声を失っている。

 だが、辛うじて絞り出した称賛が、東城世代トウジョウセダイに意外な感情を気付かせてくれる。

 打倒すべき敵でありながら、エンターに敬意をも感じてしまうのだ。


『……見事だ、DRLの戦士よっ! 螺旋らせんの回転ならば、その力場によって張り巡らせたビーム障壁は絡め取られる。道理でもあるが、それを可能とするはお前の勇気、そして意思!』

『うるせぇ! ……へっ、近所の宵宮よみやじゃあ、ガキ相手にわたあめだって作ったことがあんだよ。そいつの要領だ……オラオラァ、そのバリアを引っがしちまうぜぇ!』


 すさぶ虎珠皇の右手が、唸り声と共に回転数をあげてゆく。

 ゼルアトス・テスタロッサの周囲でバリアが、どんどん薄く細くなっていった。

 その瞬間を、世代は見逃さない。

 すでにヴァルクはかなりのエネルギーを消耗している。そして、それを魔力として絞り出しているのは……背後の東埜ヒガシノいちずなのだ。

 彼女は文字通り一途いちずに、なにも言わずに信じてくれる。

 その信頼に信頼で応えるには、今が決断の時だった。


「ごめん、いちずさん……あと少しだけ、いいかな」

「っ……世代! なにを言ってるんだ。お前とは既に一蓮托生いちれんたくしょう、最後まで一緒だ!」

「いちずさん」

「あ、いや、勘違いするなよ! そういう意味ではないのだ! ただ、その、うむ、あー、ゴホン! ……お前の操縦と私の魔力、二つで一つの魔生機甲レムロイド。それがヴァルクで、私の答えだ」

「じゃあ、それは……僕達の答えだね」


 世代は、背後でうなずく気配を拾ってヴァルクを身構えさせる。

 今、虎珠皇のドリルがビームを撹拌かくはんし、バリアを乱している。

 このタイミングで、エンターが選択する行動は一つしかない。そして、それは最善手であり、最適解ベストアンサー。世代達にとっては詰みの一手となる。

 だが、その前ならばチャンスはある。

 そして、最悪の絶望が最強であるゆえに、その力で世代は勝負をひっくり返せるのだ。


「いくよ、いちずさん……旭さん! バリアを瞬間的にもっと弱められますか?」

『おう、世代ぃ! ……やんのか?』

「ええ。今がその時って、思っちゃったんで。その、がらにもなく」

『っしゃ、任せろ! ケツはしっかり持ってやる。お前の全てをぶつけて、こいっ!』


 虎珠皇の咆哮ほうこうが嵐を呼ぶ。

 いよいよ激しく回転するドリルが、そのまま真上へとゼルアトス・テスタロッサを持ち上げてしまった。虎数皇を中心として、ビームでできた竜巻が上昇気流を発生させる。

 そして、大半のバリアが回転の力に吸い取られた。

 瞬間、世代はその嵐の中心へとヴァルクを飛び込ませる。

 このタイミングでしか、肉薄できない。

 何故なぜならば――


『見事だと言っておこう、DRLの戦士よ。だが、我がゼルアトス・テスタロッサのビームバリアを、さらに強める! その全てをドリル一本で撹拌しきれるかっ!』

『やってみろ、騎士様よぉ! バリアを最強モードにしたら、そんときゃ……お前の負けだ、エンター!』

『笑止! 出力最大……受け止めきれずに四散するがいい、天原旭!』


 ゼルアトス・テスタロッサの全身がまばゆく輝く。

 その眩しさの中へと、世代は迷わず吶喊とっかんした。

 そして、衝撃波が周囲に荒れ狂う。

 最強の出力を絞り出したゼルアトス・テスタロッサは、その名の通り全身が赤く変色していた。恐らく、最大出力のビームバリアを張った反動で、冷却システムが赤熱化しているのだ。

 それが優れた構造で、無理なく放熱していることが世代にはわかる。

 素晴らしい、もっと調べてみたいと思うほどに理解できるのだ。

 何故なら……


『なにぃ! お前は……少年っ!』

「ビームバリアをさらに強く展開、厚く張り巡らせることは知っていた」

『なんと……では!』


 そう、ヴァルクはゼルアトス・テスタロッサの眼前にいた。

 そのまま身を浴びせるようにして、しがみついてゆく。

 今、世代といちずはビームバリアの内側へと侵入を果たしていた。

 ガン! と頭部同士がぶつかる。すぐにヴァルクの右拳が振りかぶられた。だが、そのパンチをゼルアトス・テスタロッサが左手で受け止める。同じように世代も、ヴァルクの左手で落ちてくる手刀を受け止めた。

 そのまま空中で、両者は身動きを封じあったままで震える。

 パワーでは圧倒的にゼルアトス・テスタロッサが上だ。

 さらに、いちずの消耗が激しい。

 だが、背後の相棒を信じて世代は叫んだ。


「エンター! バリアを最大出力にしたことで、機体の攻撃力は逆に失われた! ビームの剣は出せないんじゃないかな? その分の力を今、バリアに回してるからね!」

『少年っ! この距離での単純なパワー勝負、そちらに分があると思うのか!』

「いいや、もう限界かな。でもね……限界なんて、今まで何度も超えてきた! 旭さん、今ですっ!」


 まるで輝く恒星のような、ビームの球体。その中で、ゼルアトス・テスタロッサとヴァルクは組み合い肉薄の距離で押し合う。

 このままパワー負けすれば、背後のビームバリアの内壁に沈められる。

 その瞬間、ヴァルクは蒸発してしまうだろう。

 だが、球形のバリアの外には、仲間の旭がいるのだ。


『世代っ、待ってろ! その強力なバリアァ、そのままもらうぜっ!』


 虎数皇のドリルが、再びビームバリアへ干渉する。

 だが、先程とは桁違いに力場が厚く、撹拌して引き剥がすことができない。

 しかし、それは世代にとって想定内だ。

 そして恐らく、以心伝心いしんでんしん阿吽あうんの呼吸……旭もわかっているはずだ。

 むしろ、この無敵のバリアはこのままでいい。

 最強のたては同時に、最高のほこたりえるからだ。


『いっくぜぇ……気張れぇ、虎珠皇ぉ! ドリルの回転をっ、バリアの流れに変えろ!』


 身構え深く沈んだ足元の虎珠皇が、ドリルを突き出し跳躍した。

 同時に、世代もヴァルクの全スラスターを最大出力で噴射する。眩い光を背負って、ヴァルクはゼルアトス・テスタロッサを徐々に押し始めた。

 背後でいちずが、悲鳴を噛みしめるように殺していた。

 だが、今の世代は彼女を信じてパワーを受け取るしかない。

 少年少女の気迫、そして男の意地が巨大なビームの彗星すいせいを打ち上げた。


『ばっ、馬鹿な! まさか』

「そのまさかさ。ドリルが波立たせたバリア自体は、今……回転している」

『おうよっ! 手前てめぇは世代に押されて……このままのぼっていきなぁ! このデカブツの中をよ!』


 ヴァルクの崩壊は既に始まっていた。

 供給する魔力の、質も量も限界を超えていた。辛うじて機体を維持できているのが、むしろ奇跡にさえ思える。

 だが、これは奇跡ではない。

 これがいちずの実力で、世代が受け取り信じた力なのだ。

 そして世代は、その力を強さへと変えてゆく。

 ヴァルクはゼルアトス・テスタロッサのビームバリアを、天井へぶつける。そして、分厚ぶあつ隔壁かくへきをブチ破って天を目指す。

 下では、絶えずドリルでビームバリアを回す虎珠皇も一緒に押してくれた。

 ゼルアトス・テスタロッサは今、自ら無敵のバリアを張った弾丸にされているのだ。


『おのれっ、少年っ! よくもこんな手を……そちらの機体がもたんぞ!』

「普通はそう思うんでしょうね。でも僕は、そうは考えない」

「そ、そうだ、世代……私の、私達の……魔生機甲は……この、ヴァルクは!」


 いちずの苦しげな絶叫が、世代の中の燃える闘志を赤くたぎらせる。

 ボロボロになりながら、ヴァルクは敵を押し上げ……最後の装甲板を突き破った。

 ゼルアトス・テスタロッサは今、超弩級人型機動兵器ちょうどきゅうひとがたきどうへいきであるゼルアトスの胸を突き破り……その頭上へと姿をさらしたのだった。

 だが、そこまでだった。

 徐々にヴァルクの輪郭がほどけてゆく。

 咄嗟とっさに世代は、背後で気を失ったいちずを抱き寄せた。

 そして、愛機が溶け消えるや……空中へと二人は放り出される。

 ゼルアトス・テスタロッサはバリアを解除すると、そっと手を差し伸べてきた。


『……見事だ、少年。名は? お前もまた強き戦士、心強き者。ここまで私を追い詰めた戦士は、今までいなかった』

「せ、世代……東城世代。こっちは、相棒の……東埜いちず」

『その名を我が胸にむねもう。もうお前の戦いは終わった。今、地上に――』


 エンターの申し出に、世代はゆっくり首を横に振る。

 何故なら……既にヴァルクが限界だったことは、承知済み。そして、限界を超えた先まで翔べると信じて、実際に飛び出た。

 その最果て、青い空のもとには……信頼できる仲間達が戦っているのだ。

 紅白に輝く機体が、飛行形態から変形しながら二人を手で抱き止める。

 燐光りんこうが舞い散る中、パナセア粒子の輝きは世代を暖かな光で包んでくれた。


『大丈夫かっ、世代! いちずさんっ!』


 それは、アイリス・プロトファイブ吹雪優フブキユウだった。

 普段から稼働状態のアイリス・プロトⅤを見てきたが、今は違う……世代は、霞む視界の中に光を見た。

 今まさに、パナセア粒子の力を解放した姿は、さながら光輪を背負う神の使徒。

 無限に溢れ出る光が、世代といちずに自然と手を握らせ合った。

 いちずが目を覚まして、世代も安堵に溜息がこぼれる。

 だが、エンターは再び身構えるや、続いて穴を出てきた虎珠皇を牽制しながら敵意をみなぎらせた。


『やはり、パナセア粒子……お前達地球の人間には、まだ早過ぎるっ! その力は、決して未熟な未開人が持っていい力ではない』

『黙れよっ! 俺は、俺達はっ! パナセア粒子のせいで、故郷も学校も失った! でもなあ……パナセア粒子があったから出会えて、こうして仲間のために戦えるんだ!』

『戦いにしか、パナセア粒子を使えない……それがお前達だ』

『違うっ! いつかこの光を、平和の灯火ともしびにする。そのために今、地球を守る強さに変えるんだ!』


 世代は確かに聞いた。

 珍しく激した優の、その決意を。

 そして知る……彼と同じ学校で過ごした日々、平凡な日常。それはもう、失われてしまったのだと。だが、取り戻したいし、無理なら新しく……そう、

 それが、自分の好きを力へ変える、その強さに形を構築ビルドして与える者の想いだった。

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