第111話「倒せ! 巨神の心臓部!」

 東城世代トウジョウセダイの胸を今、無数の想いが焦がす。

 たぎ血潮ちしおの全ては、仲間とロボットのために……この戦場に満ちた、全ての意思と機体のために全身が燃えていた。

 自分でも、こんなに熱血な状況に驚いている。

 そして、不快感も不安もない。

 それは、同じ闘志をみなぎらせた男が隣にもいるから。


『おっしゃ、世代っ! ぶちかましてやろうぜ……お高く止まった女騎士様によぉ!』

「うん……行くよ、いちずさん。――構築ビルドッ!」


 ジェネシード最強の騎士、エンターは動かない。彼女を乗せたゼルアトス・テスタロッサは、腕組みその場に立ち尽くしている。

 まるで戦いの儀礼を重んじて、世代達と対等の勝負を望んでいるかのようだ。

 それも、度が過ぎれば傲慢ごうまんである。

 一方的に状況を押し付けながら、戦いにおいては公平さを望む。

 そのいさぎよさをどうして、もっと前に、もっと違う形で使えないのか。


「そのことを僕は伝えて……でも、でも……」

「世代? どうした、集中しろ!」

「あ、ああ。でも、いちずさん……あれさ」

「なんだ、世代!」

「格好いいよね! どんな秘密があるんだろう、もっと近くで見たいな」

「せーだーいーっ!」


 手にした魔生機甲設計書ビルモアの輝きが、光の奔流ほんりゅうとなってあふれ出る。

 その中で、静かな怒りと共に世代は目を凝らした。

 ゼルアトス・テスタロッサ……三銃士最強の騎士が乗る機体ながら、その手に武器をなにも持っていない。そして、すらりとスマートな姿は固定武装も見られなかった。

 あまりにもシンプル、ゆえに流麗かつ質実剛健しつじつごうけん……柔と剛の見事な調和を感じる。

 素直に世代は、巨大な超弩級兵器であるゼルアトスの心臓を美しいと思った。

 しかし、自分を包んで顕現けんげんするヴァルクも、決して引けは取らないという自負がある。

 あっという間に世代は、相棒の東埜ひがしのいちずと一緒にコクピットに積まれた。


『それがお前の機体か、少年。ふむ、暗黒大陸のニッポンで製造される魔生機甲レムロイドだな。だが、見事な仕上がりだ。よほどの鍛錬を積んだ一流職人の手によるものだろう』

「世代、褒められているぞ? ……よし、魔力を安定させた。思いっきりブン回せ!」

「ありがとう、いちずさん」


 ヴァルクは隣の虎珠皇こじゅおうと共に、目の前の敵へと身構える。

 視界のすみに小さな画像が浮かんで、その中に世代はまじまじと虎珠皇を見やる。とても興味深い構造だし、なによりドリルに心をかれた。あとで時間ができたら、パイロットの天原旭アマハラアサヒに頼み込んで見せてもらわなければいけない。

 そんなことを考えていると、背後からいちずにポカリと叩かれた。


「ちゃんと前を見ろ、世代! 生半可な敵ではないのだぞ」

「おっと、確かにね」


 戦いの準備を察したのか、ゼルアトス・テスタロッサも身構える。その手に光が集束して、巨大なビームの剣が現れた。

 どうやら騎士の機体だけあって、剣戟けんげきをメインに戦うらしい。

 しかし、ビームの発振器であるつかの部分が存在しない。

 敵は文字通り、光の刃そのものを握っているのだ。


「そうか……わかったぞ。あまりにシンプルだから、気付けなかった。あの機体は、。つまり」

『素晴らしい洞察力だな、少年っ! では、いくぞっ!』


 エンターの声が、闘争の高揚感に満ちて響く。

 同時に、ゼルアトス・テスタロッサが躍動した。

 動力部であるフロアのスペースには余裕があり、空中戦さえ可能だろう。ヴァルクの武装は問題なく、その全てが力を発揮できる。にもかかわらず、世代は真っ先に回避を選択した。

 先程までヴァルクが立っていた場所が、あっという間に溶断される。

 高出力のビームソード、それ自体はありふれた武器だ。

 だが、最強の騎士が持つ剣技を完璧に発揮することで、どれもが必殺の一撃になる。

 それは逆側に逃げた旭も理解したようだ。


『野郎っ、デカい上にリーチがダンチだぜ……だがよぉ!』

「旭さん、危ないです! 迂闊うかつに踏み込んでは」

『迂闊で結構っ、見てな世代! まずは風穴、ブチ空けてやるぜっ!』


 虎珠皇がすさぶ。

 怒りの猛虎が振り上げた拳は、瞬く間に回転するドリルへと変形した。周囲の空気を渦巻かせ、旭の気迫が虎数皇を走らせる。

 だが、俊敏な加速力をもろともせず、ドリルの一撃をエンターはさばいた。

 虎珠皇のサイズに合わせて、ビームの剣が僅かに短くなったのだ。

 ショートソードになった刃は、鉄壁の守りでドリルをそらしていなす。


「世代っ、援護だっ! 旭の虎珠皇に奴は気を取られてるっ!」

「だね。じゃあ……僕も続くよっ!」


 世代の操縦に呼応して、ヴァルクがブレードランチャーを発射する。

 だが、脚を使って動き回る虎珠皇と戦いながら……背を見せたゼルアトス・テスタロッサに弾丸は届かなかった。

 二発、三発と斉射された射撃が、ことごとく無効化される。

 まるでそう、見えないバリアに弾かれたかのように消し飛ばされた。


「バリア……ああ、そういう。ビームを自在に操るということは、なるほど……いやあ、参考になるな」

「世代、なにを関心しているっ! まだ手があるはず! 死角を狙うんだ」

「ん、そうだね……もう少し様子を見たいし」


 両手をかざしたヴァルクから、無数の羽根が舞い踊る。

 全てが無線誘導の攻撃砲台、フェザービットだ。射撃は勿論もちろん、それ自体をぶつけることでもダメージが期待できる。フェザービットが周囲を不規則に舞い、あらゆる角度からの攻撃でゼルアトス・テスタロッサを襲う。

 完全にランダム機動の飽和攻撃、それも全て別タイミングで。

 全身にバリアを張っていたとしたら、その範囲や大きさがわかる筈だ。

 世代の予想通り、ゼルアトス・テスタロッサを球状に包む力場フィールドが目視できた。モニター越しに肉眼でも見えるほどに、その展開された力は強く大きい。


「くっ、ならフェザービット自体をぶつければ……世代? おい世代、ビットを」

「いや、ここは……旭さんっ!」


 世代の声に『おうっ!』と声が走った。

 野生の闘争心を解放し、闘争本能そのものと化した旭の虎珠皇が走る。

 虎珠皇は、ゼルアトス・テスタロッサの切っ先をギリギリで避けながらジャンプ……宙を舞う無数のフェザービットを足場に飛び回った。その機動が加速する中で残像を生み、敵を分身の中へと閉じ込めてゆく。

 咄嗟とっさのコンビネーションだったが、世代と旭は瞬時に連携を取ってみせた。

 論理の世代と、本能の旭……違う力を拠り所としていても、気持ちは近付き時には重なる。


『なるほど、単純な質量武器であるドリルならば、ゼルアトス・テスタロッサのバリアに干渉しない……そう思ったか! 甘いっ!』


 エンターの声と共に、ゼルアトス・テスタロッサが光の剣をしまう。

 同時に、その両手が広げられるや……虎数皇はスッ飛び隔壁へと叩き付けられた。ビームのさざなみを、手で制御して虎珠皇へと放ったのだ。

 即座に世代は、ヴァルクに背の太刀を抜かせる。

 真紅の刃を突きつければ、敵もまた再び光の剣を脱いた。


『ゼルアトス・テスタロッサの力は、全身の制御装置によるビームの高出力制御だ。ビーム攻撃は勿論、実弾兵装であろうと弾丸を溶かし、砲弾を灼くだろう』

「無敵の盾ってことだね。同時に、それは最強の剣でもある」

『そうだ、少年。お前達ではゼルアトス・テスタロッサに触れることすらかなわない』

「と、エンターさんは言ってるけど。ねえ、いちずさん……ちょっと耳、貸して」


 振り向く世代をいぶかしげに見下ろし、しかし溜息をついていちずは耳を向けてきた。

 諦観ていかんにも似た、一種あきれたようないちずの表情はいつものことだ。

 そして、同時に感心してもいて、世代を信頼して任せてくれる。

 暗黒大陸で出会ってからもう、二人は気付けばパートナーとしてのきずなを深めていた。勿論、いちずの友人である神守双葉カミモリフタバも同じである。

 二人はそれぞれに魔力特性が異なり、構築時のヴァルクにもそれが顕著けんちょに現れる。

 欲を言えば世代としては、もう少し違うタイプの魔力供給者も欲しい。だが、ヴァルクで世代の背後に座って欲しい人間とは、そう簡単にホイホイ交換できる存在ではないのだ。

 なにより世代自身が、不思議と心のどこかでそう思っていた。


「……世代、お前は無茶苦茶なことを考えるな」

「ありがと」

「褒めてない!」

「ま、いちずさんの魔力次第だけど……うん。本当にありがとね」


 世代は改めて前を向いた。

 いちずも身を硬くして、ありったけの魔力をヴァルクに注ぐ。

 真紅の太刀を両手で構えて、次の瞬間ヴァルクは地を蹴った。

 片手をかざしたゼルアトス・テスタロッサが、ビームのバリアを展開する。粒子の障壁が、実体剣である赤鷹ノ太刀を押し返す。そればかりか、無双の切れ味を誇る刀身を溶かしてゆく。

 世代の暮らしていた地球にも、ビーム兵器はある。

 だが、ここまで強力かつ繊細な制御は無理だろう。

 ゼルアトス・テスタロッサは、常にビームをまとって攻撃と防御に使い分けているのだ。

 そこにつけ入る隙が存在する。

 ゼルアトス・テスタロッサは完璧な機体、それは間違いないだろう。

 そして、搭乗者であるエンターはその完璧さを疑っていないのだ。


「くっ、刀身が溶けて……世代、下がれ! これ以上は私の魔力も」

「いや……今だね。旭さんっ!」


 世代の声が咆哮ほうこうを呼んだ。

 埋まった壁から抜け出て、虎珠皇が弾丸のように飛び込んでくる。

 ヴァルクの太刀筋を受け止めているゼルアトス・テスタロッサは、動けない。だが、自慢のバリアは再びドリルを弾き返すかに思われた。

 世代と旭以外の誰もが、そう信じて疑わなかったのである。


『やってくれたなあ、エンター! ならっ、倍っ、返しっ、だああああああっ!』


 激しい火花を散らして、ドリルが絶対の制空圏に触れる。

 それは世代の斬撃とは違う……超物質DRLでできたドリルは、鋭利な刃と違って。そして、その回転を推進力に変換する螺旋運動らせんうんどう……全てを穿うがつらぬくのがドリルなのだ。

 ゼルアトス・テスタロッサのビームの力場が、虎珠皇のドリルを中心に泡立った。

 そう、旭は世代が足止めした敵のバリアを、ドリルでかき回しているのだった。

 激しい回転の金切り音が、周囲へとビームのつぶてをばらまく。あちこちで爆発が咲く中、ビームのバリアが撹拌かくはんされていった。

 そして……わずかにエンターが身じろぎした、その瞬間を見逃す世代ではなかった。

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