第110話「鋼の心、鋼鉄の心臓」

 人型機動兵器ひとがたきどうへいきの内部とは思えぬ程に、巨大な構造物が延々と続く。

 敵将エンターを追う虎珠皇こじゅおうの手に乗って、東城世代トウジョウセダイは前だけをにらんでいた。かたわらの東埜ヒガシノいちずが、ぎゅむと手を握ってくる。その体温に応えるかのように、世代もまた手を握り返した。

 特に深い意味はなかったし、今の世代は一つのことで頭がいっぱいだった。

 そして、それを見透かすようにいちずが話しかけてくる。


「なあ、世代。やっぱり、今……この巨大な魔生機甲レムロイド、というか、ロボット? とか言うんだったな? そのことを考えているのか?」


 風に髪を押さえながら、何故なぜかいちずはふてくされたようにくちびるとがらす。

 その愛らしい仕草しぐさ、この緊迫した中で緊張を和らげようとする気持ちが、世代には伝わっていないようだった。

 いちずの質問にきょとんとした世代は、疑問に疑問を返してしまう。


「えっ? どうしてそれがわかったの?」

「あ、いや……わかった上に確信できる自分が、ちょっと悲しいぞ……」

「だって、全高600mだよ? サンダー・チャイルドの倍もあって……あ、思い出した! あとでシルバーさんにメールしとかなきゃ。あの変形、もっと見せてもらわないと」


 今の世代は、頭の中がワクワクで一杯だった。

 戦いは嫌だし、戦争は怖い。

 しかし、その中で多くのロボットが百花繚乱ひゃっかりょうらん、揃い踏みなのだ。味方だったロボットでさせ、まだ見ぬ機能を秘めていると知らされた。

 なにより、ジェネシードと名乗る連中のメカは、リジャスト・グリッターズのどの機体にも似ていない。完璧に、二つの地球とは異なる文明圏のテクノロジーで建造されているのだ。

 それがわかるからこそ、世代は無理を言って乗り込んできたのだ。

 仲間達をサポートするつもりもあるが、一番の原動力は好奇心、そして探究心だ。


『たっくよお、世代! お前さんは本当にロボットバカだな』


 虎珠皇のコクピットからは、天原旭アマハラアサヒの笑い声が響いた。

 ロボットバカ……自分でもそう思う。

 何故、こうもマシーンに心かれるのだろうか? それも、人の姿をしたロボットに強く魅入られているのか。その答を探すこともまた、世代の目的の一つだ。

 彼は相応にして、自分に対して一番正直であることをモットーとしていた。


「旭さんの虎珠皇も今度、詳しく見せてくださいよ。こうして乗ってる手が、瞬時にドリルに変形する……実に興味深いです」

『だってよ、虎珠皇! 隅々すみずみまで調べないと、世代のやつは納得しそうもないぜ?』


 疾走する虎珠皇が、ぶるりと身震いしたように感じた。

 どの機体よりも生物的な雰囲気を持つ虎珠皇だが、世代にとっては全てのロボは同じだった。特別意思や感情を持たない機体だって、彼から見れば常になにかを表現している。

 作った者、整備する者、そして操縦する者の気持ちを体現しているのだ。

 そんなことを脳裏に思い出していると、不意にいちずが身を乗り出した。


「見て、世代! 旭さんも! あそこ……大きな扉がある!」


 けたたましいサイレン音と共に、防護シャッターが閉じようとしている。

 その奥に、アンドロイド兵士達が集まる巨大な扉があった。

 サイズからして、まず間違いなく機動兵器が出入りするものだ。

 その奥は恐らく、格納庫だろうか?


『っしゃ、しっかりつかまってな! あの奥へ突っ込むぜ!』


 旭の声はまるで、荒野を疾駆しっくする猛虎もうこのようだ。

 そのまま虎珠皇は、世代達二人を乗せた手とは逆の腕をドリルへ変える。耳にキンと響く金切り声が響いて、高速回転するドリルが防護シャッターを突き破った。

 回転するドリル自体が、不可視の力場フィールドを発生させている。

 それは、ドリルの大きさに口を開けた穴へ、あっという間に虎珠皇を通してしまう。

 さらに数枚、隔壁をブチ抜いて辿り着いた先は……闇。

 暗がりの中で、幾重にも重なる機械的な重低音が腹に響いた。

 そして、遥か頭上から声が降ってくる。


『よくぞここまで辿り着いた! リジャスト・グリッターズの戦士よ。やはり、追ってきたか、天原旭。そして、小さき戦士達。歓迎しよう』

『おう、来てやったぜ! 姿を見せやがれっ、エンター!』


 旭の声が叫ぶ通り、相手はジェネシード三銃士の長、エンターだろう。

 先程オスカー小隊に便乗してこの巨大人型機動兵器ゼルアトスに乗り込んだが、世代は素直に相手の声にシンパシーを感じた。そして、そこにはリスペクトも込められているような気がする。

 狡猾で残忍だったシフト、豪放で闘争を愛するタブとは、また少し違う。

 そこには、高潔な意思と誇りが感じられる気がした。

 だが、如何いか崇高すうこうであっても、世代に相手を許すつもりはない。

 基本的に、意識高い系の人間は苦手なのである。


『ご丁寧ていねいに、自分の機体ん中に通路やら扉やら造りやがって……けど、この音はどうだ? ひょっとしたら、ここがこのデカブツの心臓部じゃねえのか!』


 雄叫おたけびのような旭の声は、世代が心の中で思ったことをそのまま言ってくれた。

 鳴り響く重金属の音に、周囲に満ちたオイルの臭い。そして、暗闇に目を凝らせば、無数の光が明滅している。強大なエネルギーが生み出され、巨体の隅々に送り出されているのだ。

 ここは恐らく、旭が言うようにゼルアトスの心臓部、動力部に相当するところだろう。

 だが、エンターは小さく笑って意外なことを言い放った。


『入口? そこもとが入ってきた、あのゲートか……あれは、逆だ。DRLの戦士よ……。このゼルアトスが誇る最強の兵装が、戦場へと解き放たれるべき出口だ』


 頭上で光がともった。

 そして、その明かりが照らす中に……世代は異様な光景を見つけて目を見張る。

 確かにここは、ゼルアトスの動力部だ。巨大なリアクターと思しき装置が作動している。それだけでおおよそ、50m四方はあるのではという、巨大なものだ。無数のパイプとケーブルが伸びたその動力炉は……中心に人型のなにかが埋まっていた。

 そう、はりつけにされた聖人せいじんのように、動力部に巨大人型兵器が接続されている。

 極めて標準的なサイズ、18m前後……その中から、エンターの声が響き渡る。


『今こそ見せつけようぞ……ゼルアトスの全動力を産み出す、その心臓部! 真のゼルアトスの姿……我が切り札! ゼルアトス・テスタロッサを!』


 バシュン! と無数に冷たい音が響き、吹き出す凍気が周囲をけむらせてゆく。

 そして、その全身を拘束から解かれたゼルアトス・テスタロッサが目の前に降りてきた。すらりと細身だが、関節部や両手両足を見れば重装甲がすぐに知れる。武器は手にしていないが、"赤の頂点テスタロッサ"を示す通り、黒い機体の頭部には真紅の長い角が生えていた。

 ゼルアトス・テスタロッサは、見下ろす虎珠皇と世代達へツインアイを光らせた。

 だが、世代は物怖ものおじせずに声を張り上げた。

 その時、自然と背にいちずを庇ったことにも気付かない。


「エンターさん、ですよね? 僕は東城世代です。こんにちは」

『礼儀正しい少年だな。こんにちは、御機嫌よう。そこもともまた、リジャスト・グリッターズの戦士と見たが』

「一応、そんな感じです。それより……ちょっと、いいですか?」

『うん?』


 思った通り、エンターは攻撃してこなかった。

 こちらが生身だからだ。

 恐らく、騎士道を重んじ、自らの戦士としてのおきてに従っているのだろう。この手の武人キャラは、決して卑劣な真似、不公平な戦いはしないのがお約束なのである。

 だから、そのことについては世代はエンターを信用できた。

 そして、道すがら見てきた疑問をエンターへとぶつける。


「これだけのサイズのロボット、エンターさんが一人で動かしているとは思いがたいんですよ。ゼルアトス自体が、そのゼルアトス・テスタロッサを動力源とする、それはわかります。それだけの出力があるように見えますし」

『……なにが言いたい、少年』

「ここに来るまで、エンターさん以外に人間を見ませんでした。その、ジェネシードの民、ジェネシード人はいないんですか? 何故、全てがアンドロイド兵なんです?」


 旭が虎珠皇の中から『おいおい世代』と口を挟んだ。

 だが、いちずが振り向いて唇に人差し指を立てる。流石さすがの旭も、可憐かれんな少女に睨まれ黙っておとなしくなった。

 そんな中、最強の敵を生身で見上げて世代は言葉を続ける。


「先程の通信記録から、あなた達はパナセア粒子やウォーカーを知ってるような口ぶりだった。でも、少しおかしいんですよね……不自然なんです」


 世代は以前から不思議に思っていた疑問を、エンターへとぶつける。


「最初は、パラレイドのような無人兵器を使用する軍隊かと思いました。でも、兵力の全てがアンドロイド兵ですよね? これって……なんでです?」

『……愚問だな。我がジェネシードの民は、争いを好まぬ。我があるじキィ様がそうであるように、慈愛に満ちた平和の民なのだ。ゆえに、戦を司る武人は我らキィ・ボーダーズのみ。そして、戦いは全てマシーンによって行うのだ』

「平和だ平和って言う割に……今、僕達と戦争してますよね?」

『そこもと等が我らの地球返還要求に応じぬからだ!』

「大昔に、どっちの地球も我々が造りましたー、って言われても……ま、それより僕が聞きたいのはですね」


 世代は背のナップサックから、魔生機甲設計書ビルモアを取り出す。

 問いただすまでもなく、わかっている気がした。

 それでも尚、言葉にして伝え、相手の声で答えて欲しい。

 正義と悪の戦いである前に、世代にとって大事なことがある。


「自称平和なジェネシードの皆さんが、正義の戦争に使うのは兵隊ロボットっていうのは」

『無論、戦いは神聖なる武人のもの! 強者と戦うはほまれいさおし! ……だが、少年。キィ様はジェネシードの民が原住民を相手に、血を流すのを悲しまれる』

「ん、いや……もういいです。わかりましたから。つまり……ロボットで戦う、ロボットと共に戦う前に……、そういうんでしょう? なんか、そんな気がして」


 背後でいちずが息を飲む気配が伝わってきた。

 だが、黙って世代は魔生機甲設計書を開く。

 長い旅路の中で、今以上に怒りを覚えたことはないかもしれない。謎の異形や怪異とも戦ったし、違う地球の同じ人間とも戦った。

 だからこそ、いちずの魔力で輝く魔生機甲設計書に照らされ、世代は思った。

 ロボットを戦いの手段にしか使わぬくせに、平和をうたう人間に怒りを覚えるのだと。

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