Act.19「穿孔し突破する者」

第109話「拳で語り、剣に問えば」

 激しい衝撃と振動の中、天原旭アマハラアサヒの闘志は真っ白に燃えていた。

 身も心も今、虎珠皇こじゅおうへと重ねての一撃……繰り出すドリルは、サンダー・チャイルドの爆発的な推力でくさびとなった。

 そのまま彼は、機体ごと敵の奥深くを穿うがってつらぬき、深々とえぐる。

 ジェネシードのしょう、エンターの操るゼルアトスの中枢までもぐって、そこでようやく虎珠皇は停止した。全高700mもの超弩級人型兵器ちょうどきゅうへいきは、その中へと小さな小さな虎珠皇を招いて沈黙する。


「……やったか? いや、違うなこいつぁ……まだこの喧嘩は終わっちゃいねえ!」


 ゆっくりと虎珠皇を立ち上がらせながら、慎重に旭は周囲を見渡す。

 全く人の気配がしない。

 敵意も殺気も感じられず、ひたすらに冷たい虚無きょむが広がっているかのようだ。これだけのサイズの兵器が、エンターという一人の女によって動かされる筈はない。それなのに、野生の本能で敵を求めても、静まり返った空気からはなにも感じ取れなかった。


「薄気味悪いぜ、まるであの世じゃねえか。ま、中にはいっちまえばこっちのもんよ! ……そら、おいでなすったぜ!」


 巨大な空洞区画を進めば、すぐに敵が姿を現した。

 確か、ライリードとかいう敵の量産型兵器だ。リジャスト・グリッターズに世話になってまだ日が浅いが、旭はうとうとしながらバルト・イワンド達の説明を聞かされていたのだ。

 無貌の不気味な人型は、のっぺらとした顔面に「」カクヨムの記号を明滅させている。

 そして、文字と思しき無数の紋様が、真っ白な全身を縦横無尽じゅゆおうむじんに走っているのだ。

 機械的な動きで、あっという間に旭は包囲される。

 だが、たけたかぶる彼にとっては、それは有象無象うぞうむぞうでしかない。


「邪魔すんじゃねえ! 俺ぁこれから、エンターとかって女に用があんだ! どけって、言って、ん、だ、よおおおおっ!」


 猛虎の化身となって虎珠皇が吼える。

 流石さすがにゼルアトスの内部であることを気遣ってか、ライリードは数が多いが動きは緩慢かんまんだ。ここで大規模な戦闘を起こせば、ゼルアトス自体に内側からダメージを与えてしまうからだろう。

 歩兵達も群がって銃口を向けてくる中、旭は容赦なく襲いかかる。

 あっという間に無数の敵が、回るドリルの金切り声に切り裂かれていった。


「へっ、大したことねえな……奴は、エンターはどこだ? ……ん? こ、これは――」


 耳障りな非常警報が鳴り響く中、ゆっくりと旭は虎珠皇を進める。

 鎧袖一触がいしゅういっしょく、ライリードを蹴散らし進む中……ふと、目を落とした足元に驚きの光景が広がっていた。全員が同じヘルメットを被り、ジェネシードの兵士達はバイザーで顔が見えない。

 だが、無残にも巻き込まれた歩兵達の死体は……それは、かつて生きていた者達の成れの果てではなかった。


「こいつら……機械でできてやがる。人間じゃねえ」


 人の姿をした、それは冷たい殺戮装置キルマシーン

 心を持たぬジェネシードの兵は、。その何割かは身体を激しく欠損しながらも、金属の肉体をうごめかして足掻あがいている。

 見ていて気持ちのいいものではなく、旭は無視して虎珠皇を進めた。

 外からは爆発音が遠く、断続的に地面が揺れる。

 仲間達がまだ、外からこのゼルアトスを攻撃しているのだ。


「派手にやってやがんな、俺も負けちゃいられねえ!」


 戦闘アンドロイド達がさざなみのように引いてゆく足元に、一人の麗人が立っていた。

 優雅ないでたちはまるで、羽衣はごろもまとった天女のようだ。だが、美しい姿には不似合いな剣を背に背負っている。酷く大きな両刃の長剣で、女の細腕が振るう得物えものとは思えない。

 すぐに旭は、虎珠皇を屈ませコクピットから躍り出る。

 無論、銃どころかナイフ一本持っていない。

 ずらりとアンドロイド達が囲んでくる中、堂々と旭は女の前まで歩いた。


「よぉ、あんたがエンターかい」

「いかにも! 私がジェネシードが三銃士の長、近衛騎士団長このえきしだんちょうエンター! そこもとは、かなりの手練てだれと見たが」

「覚えておきな、俺の名は天原旭! 手前てめぇを倒す男の名だ」

「よい気迫だ……これほどの相手に恵まれたこと、キィ様に感謝せねばなるまい! 周り、手出しは無用だ! 武人同士の一騎討ち、誰にも邪魔はさせぬ。参るぞ!」

「なにが武人だ、なにが……こいつは喧嘩だッ! 罪もねえ奴等を女子供まで無差別に……気に喰わねえからブン殴る! それだけだぁ!」


 両者は同時に地を蹴った。

 背の巨剣を抜刀したエンターの、鋭い太刀筋が風をはらむ。

 無数の斬撃が乱れ飛ぶ中、旭は真っ直ぐに突進して拳を振りかぶった。

 致命打となる攻撃だけを避け、残りはかするままに切らせ、擦過さっかするままに裂かせる。血煙を引き連れ、旭は最短距離でキィの懐に潜り込んだ。

 振り降ろした拳が、唸りをあげて空気を揺るがす。


「チィ! やるではないか……それでこそだ!」

「じゃがしい! 俺はよぉ……俺はぁ! とっくの昔にキレてんだ! 仲間を、故郷を……家族を失くした! 訳のわからねえ実験をされた挙げ句、DRLの戦士だなんだ……」

「むっ、ではやはりそこもとは……時命皇じみょうおうが言う、DRLの戦士か!」

「俺は旭、天原旭つってんだろ! ただのっ、一匹の、男だぁ!」


 エンターは流石に近衛騎士の頂点、三銃士をべる女だった。

 無意識に手加減してしまった旭の、風切るパンチを紙一重で避ける。同時に、質量を裏切る速さで大剣をひるがえした。

 旭もまた、獰猛な野生動物の如き本能で刃を避ける。

 それは見る者が見れば、男女がむつまじく踊っているかのよう。

 だが実際には、互いの命を握り合っての死の輪舞ロンドだ。

 そして、そのテンポが破滅的に加速してゆく。


「我が剣を避けるか! 流石だ、DRLの戦士……見事だ! 天原旭!」

「綺麗な顔しておっかねえぜ、おねえちゃんよお!」

「フッ……生身で私と互角に戦うか。やはりそこもとは、リジャスト・グリッターズは私が相手をするにふわさしい戦士!」

「じゃかしいっ! ……チィ、いけねえ!」


 エンターが一歩下がって、身をよじりながら力を凝縮してゆく。

 大技が繰り出される予兆を感じ取って、旭は迷わずその射程内に突っ込んだ。こういう時、並の人間ならば警戒して距離を取るだろう。だが、旭は会えて死地に飛び込み、死中に活を求める。

 達人が相手の時、不用意に間合いを外すことは危険だ。

 重火器を持たぬ剣士といえど、エンターほどの腕ならば間合いは無限にして自在。

 巨大な剣のその内側へと、さらなる加速で旭は拳を捩じ込んだ。

 瞬間、激しく立ち回る二人の動きが止まる。


「……そこもと、何故なぜだ。どうして、握った拳を振り抜かぬ」

「そういう手前ぇもだ、エンター。……俺に女は殴れねえよ」

「そうか……では私も、互角に戦いながらも迷う者は斬れぬ」

「迷っちゃいねえよ、決めてんだ。女子供は殴らねえ。それが、俺の信念だ」

「信念? そうか……それがそこもと等の力のみなもとか」


 エンターの形よい鼻先で、旭の拳は停止していた。

 熱く燃えるようなエンターの呼気が、肌で感じられる距離だ。

 エンターが横薙ぎに振り抜いた剣もまた、旭の脇腹に触れるか触れないかで止まっている。

 敵同士、言葉を介さずとも伝わるもので語らった。

 主君のため、仇のために戦った者同士が、確かに敵を認めたった瞬間である。

 先に手を引いたのは、旭の方だった。


「エンター、手前ぇ等はなんだ? ジェネシードとかいったな……手前ぇの剣には一種の独特な癖がある。なにかを背負って守る、そういう人間特有の剣筋だ」

「……我らジェネシードは、宇宙を放浪するいにしえの民。遙かなる太古、未来の新天地として二つの惑星をつくった……すなわち、お前達が地球と呼ぶ緑の星だ」

「本当に地球が二つあるらしいな。それで?」

「全てとは言わん……帰還せし我らジェネシードの民に、キィ様に……新天地を返して欲しい。どちらか片方でいい、私達にも緑の大地を与えて欲しいのだ」


 キィの目は嘘を言っていない。

 憎むべき敵だが、その瞳は澄み切って清冽せいれつなまでに美しい輝きを灯していた。

 だが、なにかが引っかかる。


「地球を二つこさえて、しばらく流離さすらって……帰ってみたら、俺等がはびこってたってか?」

「そういう言い方もできよう。だが、我らは――」

「それで手前ぇは、銃を! 剣を! 敵意を向けてくんのか! ほっぽりだした星に生まれた生命いのちを! まるで害虫を駆除するように殺そうとしたな!」


 エンターはなにも答えなかった。

 答えられないのかと思った、その時……再び無数のライリードが押し寄せてくる。エンターは素早く距離を取って下がると、剣を収めてアンドロイド達の奥に消える。

 その動きには、確かに戸惑いと疑念が感じられた。

 この巨大な人型機動兵器の中で、エンターだけが同じ人間みを感じられたのだ。だが、同時に違和感も残る。忠義に生きる騎士ながら、あまりにも清廉としたエンターの、迷い。それを彼女は、どうして主君たるキィにぶつけないのか。


「まぁいいさ……やるぜ虎珠皇! 今度は数が多いが、ヘッ! びびってられるかってんだ」


 アンドロイド達が、手にしたライフルからビームのつぶてを浴びせてくる。

 だが、背後から落ちてきた巨大なドリルがその射線を閉ざした。虎珠皇とは以心伝心、すぐにコクピットハッチが開いて、旭はその中へと飛び乗る。

 ライリードが整然と隊列を組んで迫る、その時……不意に敵の陣容が爆炎に包まれた。

 そして、頼れる仲間の声が響く。

 そう、仲間……リジャスト・グリッターズという新天地で、旭が得た新しい仲間だ。


『旭っ、無事か? ここはオスカー小隊が引き受けた。お前はさっきのエンターを追ってくれ!』

「よぉ、シナか。よく入り込めたな」

独立治安維持軍どくりつちあんいじぐんは、都市部を中心に限定的な戦場での戦いを想定して訓練を重ねてきた。お前が空けた風穴まで登って、そこからの侵入くらいはやってみせるさ』

『そゆこと! 貸しだかんね、ん! あとでなんかおごれー?』

『ちょっと、ミヤコ! 気を抜かないで。敵の数がまだ増える……行くわよ!』

アカリの言う通りだ。んじゃ、ま……行けよ、旭。このデカブツは中から破壊するのがよさそうだ。それと』


 すぐにオスカー小隊の四人が戦闘を開始した。まるで四機が一つの群体であるかのように、統一された意思のもとに連携して敵を排除してゆく。

 槻代級ツキシロシナ一条灯イチジョウアカリ皇都スメラギミヤコ、そして東堂清次郎トウドウセイジロウ

 清次郎のオーディンは少し身を屈めると、一組の少年少女を降ろした。

 旭は二人と共に、エンターを追ってゼルアトスのさらなる深部へと虎珠皇を走らせるのだった。

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