Act.19「穿孔し突破する者」
第109話「拳で語り、剣に問えば」
激しい衝撃と振動の中、
身も心も今、
そのまま彼は、機体ごと敵の奥深くを
ジェネシードの
「……やったか? いや、違うなこいつぁ……まだこの喧嘩は終わっちゃいねえ!」
ゆっくりと虎珠皇を立ち上がらせながら、慎重に旭は周囲を見渡す。
全く人の気配がしない。
敵意も殺気も感じられず、ひたすらに冷たい
「薄気味悪いぜ、まるであの世じゃねえか。ま、中にはいっちまえばこっちのもんよ! ……そら、おいでなすったぜ!」
巨大な空洞区画を進めば、すぐに敵が姿を現した。
確か、ライリードとかいう敵の量産型兵器だ。リジャスト・グリッターズに世話になってまだ日が浅いが、旭はうとうとしながらバルト・イワンド達の説明を聞かされていたのだ。
無貌の不気味な人型は、のっぺらとした顔面に
そして、文字と思しき無数の紋様が、真っ白な全身を
機械的な動きで、あっという間に旭は包囲される。
だが、
「邪魔すんじゃねえ! 俺ぁこれから、エンターとかって女に用があんだ! どけって、言って、ん、だ、よおおおおっ!」
猛虎の化身となって虎珠皇が吼える。
歩兵達も群がって銃口を向けてくる中、旭は容赦なく襲いかかる。
あっという間に無数の敵が、回るドリルの金切り声に切り裂かれていった。
「へっ、大したことねえな……奴は、エンターはどこだ? ……ん? こ、これは――」
耳障りな非常警報が鳴り響く中、ゆっくりと旭は虎珠皇を進める。
だが、無残にも巻き込まれた歩兵達の死体は……それは、かつて生きていた者達の成れの果てではなかった。
「こいつら……機械でできてやがる。人間じゃねえ」
人の姿をした、それは冷たい
心を持たぬジェネシードの兵は、全てが機械仕掛けのアンドロイドあった。その何割かは身体を激しく欠損しながらも、金属の肉体を
見ていて気持ちのいいものではなく、旭は無視して虎珠皇を進めた。
外からは爆発音が遠く、断続的に地面が揺れる。
仲間達がまだ、外からこのゼルアトスを攻撃しているのだ。
「派手にやってやがんな、俺も負けちゃいられねえ!」
戦闘アンドロイド達がさざなみのように引いてゆく足元に、一人の麗人が立っていた。
優雅ないでたちはまるで、
すぐに旭は、虎珠皇を屈ませコクピットから躍り出る。
無論、銃どころかナイフ一本持っていない。
ずらりとアンドロイド達が囲んでくる中、堂々と旭は女の前まで歩いた。
「よぉ、あんたがエンターかい」
「いかにも! 私がジェネシードが三銃士の長、
「覚えておきな、俺の名は天原旭!
「よい気迫だ……これほどの相手に恵まれたこと、キィ様に感謝せねばなるまい! 周り、手出しは無用だ! 武人同士の一騎討ち、誰にも邪魔はさせぬ。参るぞ!」
「なにが武人だ、なにが……こいつは喧嘩だッ! 罪もねえ奴等を女子供まで無差別に……気に喰わねえからブン殴る! それだけだぁ!」
両者は同時に地を蹴った。
背の巨剣を抜刀したエンターの、鋭い太刀筋が風をはらむ。
無数の斬撃が乱れ飛ぶ中、旭は真っ直ぐに突進して拳を振りかぶった。
致命打となる攻撃だけを避け、残りは
振り降ろした拳が、唸りをあげて空気を揺るがす。
「チィ! やるではないか……それでこそだ!」
「じゃがしい! 俺はよぉ……俺はぁ! とっくの昔にキレてんだ! 仲間を、故郷を……家族を失くした! 訳のわからねえ実験をされた挙げ句、DRLの戦士だなんだ……」
「むっ、ではやはりそこもとは……
「俺は旭、天原旭つってんだろ! ただのっ、一匹の、男だぁ!」
エンターは流石に近衛騎士の頂点、三銃士を
無意識に手加減してしまった旭の、風切るパンチを紙一重で避ける。同時に、質量を裏切る速さで大剣を
旭もまた、獰猛な野生動物の如き本能で刃を避ける。
それは見る者が見れば、男女が
だが実際には、互いの命を握り合っての死の
そして、そのテンポが破滅的に加速してゆく。
「我が剣を避けるか! 流石だ、DRLの戦士……見事だ! 天原旭!」
「綺麗な顔しておっかねえぜ、おねえちゃんよお!」
「フッ……生身で私と互角に戦うか。やはりそこもと
「じゃかしいっ! ……チィ、いけねえ!」
エンターが一歩下がって、身をよじりながら力を凝縮してゆく。
大技が繰り出される予兆を感じ取って、旭は迷わずその射程内に突っ込んだ。こういう時、並の人間ならば警戒して距離を取るだろう。だが、旭は会えて死地に飛び込み、死中に活を求める。
達人が相手の時、不用意に間合いを外すことは危険だ。
重火器を持たぬ剣士といえど、エンターほどの腕ならば間合いは無限にして自在。
巨大な剣のその内側へと、さらなる加速で旭は拳を捩じ込んだ。
瞬間、激しく立ち回る二人の動きが止まる。
「……そこもと、
「そういう手前ぇもだ、エンター。……俺に女は殴れねえよ」
「そうか……では私も、互角に戦いながらも迷う者は斬れぬ」
「迷っちゃいねえよ、決めてんだ。女子供は殴らねえ。それが、俺の信念だ」
「信念? そうか……それがそこもと等の力の
エンターの形よい鼻先で、旭の拳は停止していた。
熱く燃えるようなエンターの呼気が、肌で感じられる距離だ。
エンターが横薙ぎに振り抜いた剣もまた、旭の脇腹に触れるか触れないかで止まっている。
敵同士、言葉を介さずとも伝わるもので語らった。
主君のため、仇のために戦った者同士が、確かに敵を認めたった瞬間である。
先に手を引いたのは、旭の方だった。
「エンター、手前ぇ等はなんだ? ジェネシードとかいったな……手前ぇの剣には一種の独特な癖がある。なにかを背負って守る、そういう人間特有の剣筋だ」
「……我らジェネシードは、宇宙を放浪する
「本当に地球が二つあるらしいな。それで?」
「全てとは言わん……帰還せし我らジェネシードの民に、キィ様に……新天地を返して欲しい。どちらか片方でいい、私達にも緑の大地を与えて欲しいのだ」
キィの目は嘘を言っていない。
憎むべき敵だが、その瞳は澄み切って
だが、なにかが引っかかる。
「地球を二つこさえて、しばらく
「そういう言い方もできよう。だが、我らは――」
「それで手前ぇは、銃を! 剣を! 敵意を向けてくんのか! ほっぽりだした星に生まれた
エンターはなにも答えなかった。
答えられないのかと思った、その時……再び無数のライリードが押し寄せてくる。エンターは素早く距離を取って下がると、剣を収めてアンドロイド達の奥に消える。
その動きには、確かに戸惑いと疑念が感じられた。
この巨大な人型機動兵器の中で、エンターだけが同じ人間みを感じられたのだ。だが、同時に違和感も残る。忠義に生きる騎士ながら、あまりにも清廉としたエンターの、迷い。それを彼女は、どうして主君たるキィにぶつけないのか。
「まぁいいさ……やるぜ虎珠皇! 今度は数が多いが、ヘッ! びびってられるかってんだ」
アンドロイド達が、手にしたライフルからビームの
だが、背後から落ちてきた巨大なドリルがその射線を閉ざした。虎珠皇とは以心伝心、すぐにコクピットハッチが開いて、旭はその中へと飛び乗る。
ライリードが整然と隊列を組んで迫る、その時……不意に敵の陣容が爆炎に包まれた。
そして、頼れる仲間の声が響く。
そう、仲間……リジャスト・グリッターズという新天地で、旭が得た新しい仲間だ。
『旭っ、無事か? ここはオスカー小隊が引き受けた。お前はさっきのエンターを追ってくれ!』
「よぉ、
『
『そゆこと! 貸しだかんね、あさひん! あとでなんかおごれー?』
『ちょっと、
『
すぐにオスカー小隊の四人が戦闘を開始した。まるで四機が一つの群体であるかのように、統一された意思のもとに連携して敵を排除してゆく。
清次郎のオーディンは少し身を屈めると、一組の少年少女を降ろした。
旭は二人と共に、エンターを追ってゼルアトスのさらなる深部へと虎珠皇を走らせるのだった。
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