第108話「目覚めよ、世界を埋葬せしもの」

 それは、怒れる雷神の絶叫。

 光を発して浮かぶアイリス・プロトファイブへと、シルバーは手を伸べる。

 だが、同じように巨大な手をあげるサンダー・チャイルドからは、不気味な鳴動が響いていた。それを聴いて感じるのに、シルバーは異変の中で声無き声を叫ぶ。


(あ、あれっ? 私、どうして……こ、声が出ない。私じゃないのが私を動かしてる!?)


 周囲で表示される数字や文字が、全て真っ赤に染まっていた。

 今、サンダー・チャイルドは眠れる力を呼び覚ます。

 それをシルバーは見ているが、実際に読み取る肉体は勝手に動いていた。まるで、自分が自分じゃないようで、それを俯瞰ふかんして見せられているような感覚。

 そして、脳裏に声が響く。

 それが誰の記憶かもわからない。


御堂ミドウ君、成功だ! 君の発見した未知の粒子で、安定した常温縮退炉じょうおんブラックホールエンジンが実現する。無論、平和利用に限定し、まだ極秘扱いだがね。素晴らしい!』

『おめでとうございます、教授。私はただ、自分の知識を伝えただけ……それを応用し、発展させ、自分の研究を完遂させたのは教授自身の力です』

『いや、それを言うならば我々二人、そして多くの職員達の力だ。うむ、この粒子はどうする? ミドウ粒子? それともセツナ粒子? 君の功績だ、是非その名を』

『教授……で新発見されたこの粒子には、すでに名前が存在します。……、と』


 空に咲く光の花へと、鉄巨神が手を伸ばす。

 シルバーは確かに、モニターの向こうでわずかにたじろぐエンターのゼルアトスが見えた。見えたのだが、それを見詰めて冷たくつぶやく声も聞く。

 それはシルバーの声ではなかった。

 シルバーは抑揚よくように欠く声の持ち主を、その背中を遠く高くから見ているのだった。


(だ、誰……私の身体! 勝手に使っちゃ――)


 ゴゥン! と轟音が響き、それは徐々に高鳴りながら連鎖してゆく。

 まるで深い眠りから目覚めるように、サンダー・チャイルドはゆっくりと巨躯きょくを立ち上がらせた。周囲の仲間達の光も、ただただ唖然あぜんとしながら周囲に浮かんでいる。

 そして、知らない自分の声が響いた。


「――防御システム、作動開始」


 そして、いかずちの化身は永き眠りから目覚める。

 シルバーの知らない武装が、サンダー・チャイルドの全身で産声をあげた。

 まるで自分が自分じゃないように、自分の知っているサンダー・チャイルドではなくなってゆく。小さな小さなテリトリーを守る、かつて究極の戦略破壊兵器と呼ばれた歩行戦艦ウォーカー。たた闊歩かっぽするだけで全てを蹂躙じゅうりんし、地球を廃惑星はいわくせいへと変えた力の復活だった。

 エンターの声が僅かに逼迫ひっぱくする。


『ガイドビーム? 光学照準か、ならば!』


 立ち上がるサンダー・チャイルドに大して、倍の大きさを誇るゼルアトスが両手を広げる。そのまま挟み込むようにして、手の中に圧縮しようと迫る。

 だが、自分ならざるシルバーの声は落ち着いていた。


「縮退炉、出力37%……クォータードライブ。戦略誘導光学砲タクティカルホーミングレーザーシステム、不調……使用不能。戦術オプション更新」


 大質量がぶつかり合う音と共に、ゼルアトスの両手が左右からサンダー・チャイルドに叩き付けられた。だが、サンダー・チャイルドもまた両腕で、その力を押し返す。

 あまりに巨大過ぎる二機の激突に、リジャスト・グリッターズの戦士達は声を失っていた。

 光の花を広げて叫ぶ、吹雪優フブキユウ以外の全員が。


『シルバーッ! 力に力でぶつかると、潰される! 流せっ、受け流すんだ!』

「パナセア粒子反応、増大……この声は、吹雪優、お前か。お前がその機体に」


 優はよくシルバーと遊んでくれたし、おやつを一緒に食べたり映画を見たりした。

 仲良くしてくれた友達だった。

 その声を拾ってまばたきすらしない、精密機械のような自分が目の前にいた。

 そんな今のシルバーに、沢山の仲間達の声が響く。


『サンダー・チャイルド、健在。各機、サンダー・チャイルドを援護だ』

『了解だ、バルト大尉! オスカー小隊……ヒルクライム、アタック! 奴を、ゼルアトスを登るぞ!』

『空港組も合流しました! 消耗の激しい機体から補給を!』

『行くぞ、ブレイ! ヘルパーズ! 俺達は市街地で市民の救助だ!』

『さっきのやつをこれ以上、やっこさんに撃たせるな! いいからコスモフリートで射線をふさぐんだよ!』


 皆が皆、戦っていた。

 強大過ぎる力に抗っている。

 その激情にも似た熱の中で、シルバーだけが凍れる冷たさに身をゆだねている。シルバー自身ではないなにものかは、ただ冷静にサンダー・チャイルドを操っていた。


「……了解した、吹雪優。今のわたしには時間が惜しい。協力を要請する」

『俺になにかできるか、シルバー!』

「縮退炉の安定稼働に必要なパナセア粒子が足りない。炉心のシュヴァルツシルト半径を圧縮するために……お前のパナセア粒子をもらうぞ」


 わたしって、誰?

 私じゃないわたしは、誰なの?

 自問するシルバーは答を得られぬまま、自分を乗っ取った少女を見詰める。

 そして、正面モニターにそびえるゼルアトスをにらみながら、自分ではないシルバーは小さく叫んだ。


「炉心部、強制解放。パナセア粒子を取り込むっ!」


 浮かぶアイリス・プロトⅤを中心に広がる、光の花。その花びらがゆらりと揺れて、まるで散るようにサンダー・チャイルドに吸い込まれてゆく。

 同時に、不気味な轟音がさらに高まっていった。

 サンダー・チャイルドの頭部に並ぶ十字のセンサー群が、赤から青へと変わってゆく。

 そして、奇跡が起こった。


『なにっ!? 私のゼルアトスを押し返すというのか!? やはり、その機体……のろわれし禁忌兵器きんきへいき、歩行戦艦!』

「縮退炉、稼働安定……出力解放」


 徐々にサンダー・チャイルドが、ゼルアトスの力に力を拮抗きっこうさせてゆく。真正面から受け止め、そのまませるようにあらがってゆく。

 圧巻の光景に誰が言葉を失う中、ゼルアトスの全身が光り出した。

 再びあの広域破壊兵器MAPWを使う気だ……零距離ゼロきょりで浴びれば、今のサンダー・チャイルドでもただではすまない。しかし、避ければ背後の町並みは一瞬で灰燼かいじんに帰す。

 そして、二人のシルバーが出した答は一つだった。


(なんとかして、私っ! 今は私をやってるんでしょ、シルバーなんでしょ!)

「最適解は回避、離脱……却下。敵の発光から、発射まであと80秒。選択できるオプション、検索……ヒット。これより驚異を排除する!」


 山のような豪腕の中から、サンダー・チャイルドはパワーにものを言わせて抜け出した。縮退炉の鼓動も高らかに、その巨体がずしりと重々しい一歩を踏み締める。

 激震に揺れる空港の滑走路は、無数のひびを走らせ崩壊し始めた。

 二人のシルバーは同時に、同じ選択を決断した。

 先程のあの恐るべきビームを撃たれる前に、ケリをつける。

 そう思った時には、退

 サンダー・チャイルドは今、のしかかるように圧してくるゼルアトスへ、逆に踏み込んで肉薄する。突然両手の中の力が失せて、ほんの僅かだがゼルアトスは体勢を崩した。

 その一瞬の刹那せつなわずかな間隙に勝機チャンスがちらつく。


船体形状変更開始トランスフォーメーション

(そう、それ! それでやっちゃえー! ……あれ? なんだっけ、それって)

「原子炉冷却装置直結。縮退炉出力上昇。兵装放棄。投棄開始」

(確か、んと……とにかく、当たってぶつかれ! サンダー・チャイルドッ!)


 サンダー・チャイルドの脚部が火を噴いた。まるで月を目指す大昔のロケットにも似て、周囲に爆煙が広がる。瞬時に冷却材が放出されたが、まるで硝子片ガラスへんのように氷が舞い散った。

 ゆっくりとサンダー・チャイルドは、ゼルアトスの腕をすり抜け飛び上がった。

 宙空ちゅうくうへと浮かびながら、その巨体が徐々に輪郭を変えてゆく。

 歩行戦艦は今、星の海を渡る姿へと変形を始めていた。

 後付あとづけされた砲塔やミサイルランチャー等、不要な火器がパージされて落下する。そして、ゆっくりと巨大な方舟はこぶねが姿を現した。ただ歩くだけで全てを滅亡へと埋葬する、歩行戦艦……そのもう一つの姿が顕現けんげんする。

 まるで倒立するように、舳先へさきが真下のゼルアトスへと向けられた。


「兵装選択――――航行形態、対艦衝角突撃戦術ラム・アタック

(潰れちゃえええええっ!)


 背後へ伸ばされ一繋ぎになった脚部の、その全スラスターが天の火を歌った。

 完全に巨大なふねへと姿を変えたサンダー・チャイルドが、その質量をそのままゼルアトスにぶつけてゆく。

 受け止める形になったゼルアトスの中で、エンターもまたたけえた。

 ジェネシード随一の将、三銃士の筆頭騎士が叫ぶ。


『素晴らしいぞ、歩行戦艦! 素晴らしいぞ、リジャスト・グリッターズ! それでこそだ! だが、この程度では私のゼルアトスは――』

「やかましいっ! 黙れ、そしてえ! 耳の穴かっぽじってぇ、よぉぉぉく、聞けぇ!」


 突進するサンダー・チャイルドの艦首に、小さな光が舞い降りた。

 それを見て、無言のシルバーと声をあげるシルバー。


(あ、あれは……アサヒっ! 旭だ、旭の虎珠皇こじゅおうだっ! え、なにを……ええーっ!?)

「もう一押しっ、行くぜダメ押しぃ! こいつの力に俺のドリルを乗せるっ! ええ? 戦艦ってなあ、艦首にゃあ……ドリルが常識だろうがあああああっ!」


 慟哭どうこくにも似た虎珠皇の声、それは正しく天地を穿うが神虎しんこの咆哮。

 旭は「俺に続けぇ!」と叫ぶや……ゼルアトスの両手で押されられた、サンダー・チャイルドの艦首の、その先へと光になって突き進む。

 同時に、虎珠皇の輝きはそのまま二重螺旋にじゅうらせんスパイラルを広げた。

 その力に身をゆだねて、サンダー・チャイルドは深々と衝角しょうかくで敵を穿孔せんこうした。

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