第107話「胎動、光が呼ぶ破壊神」
シルバーの世界は暗転した。
ジェネシードの
シルバーが即座にサンダー・チャイルドを射線へと放り投げなければ。
そこまでは覚えているが、全身の感覚が鈍く薄れてゆく。
(あれ……私、は……死ぬんだ?)
なにかが頭の中でバチバチと弾ける。
先程の攻撃は恐らく、
他ならぬシルバーのサンダー・チャイルドが、歩く広域破壊兵器だ。
ただ歩くだけで、大地の下へと文明を埋葬してしまう鉄巨神……その力はまだ、半分以上が眠っているのだ。
(眠っている? そうなの? あれ……なんか記憶が……変だな、知らないことを覚えてる)
ふわふわと虚無の中を漂う、シルバーの意識。
上も下もない空間を、ただ浮かんでたゆたう中……不意にヴィジョンが
シルバーはその時、突然別の場所へと放り込まれた。
そして、初めて目にする光景が記憶の中に刻まれている。
(あれは……地球? えっ、ここどこ!? ……どこなんだろう
見上げる
――地球。
間違いなくそれは、かつて水の星と歌われた地球だった。行き来している鯨や周遊魚は、全て宇宙船である。
シルバーの知る地球は、
そのことを瞬時にシルバーは思い出していた。
だが、教えられたことなどない。
これはどこの、誰の記憶なのか。
シルバーは今、終わり終える前の地球を見上げる、清潔な部屋に立っていた。周囲には緑が
一歩踏み出せば、重力が酷く弱くて浮き上がってしまう。
(わわっ、なに!? あ……お月さま? そうだ、これって確か)
ふわり浮かんで、天井へと両手で着地する。そのまま頭上を押し返して、再びシルバーは床へと着地した。
そんな彼女を見守る、一組の男女がいた。
一人は、真っ白な髪に赤い目の女性。そしてもう一人は、壮年の理知的な雰囲気を持った男性だ。二人共白衣で、シルバーを見て
(パパと一緒にいる人、誰だろう。……えっ、パパ!? そうだよ、あの人パパだよ)
理解ではなく、感じた。
とても優しい目で、その男はシルバーを呼ぶ。
だが、上手く声が聞き取れない。
「――や、これこれ、――! あまりそうはしゃぐんじゃないよ。お行儀よくしてなきゃ駄目じゃないか。他の研究員にも笑われてしまう」
白い髪の女性も、外の廊下を行き来する者達も皆、笑顔だ。
ここには、破壊と略奪しかない地球、
燃えたぎるような情熱も、活況に満ちた笑い声もない。
ただただ漂白された、
シルバーの父親らしき人物は、やれやれと肩を
「まだまだ子供気分が抜けないようだね。困ったものだ」
「いいではないですか、教授。……お子さんを、大事に思っているんですね」
「そうか、確か君は」
「私にも息子がいました。それはもう、遠い遠い時間と場所……この時代から見て、過去か未来なのかもわかりません。そして、奪われてしまいました。一瞬で、永遠に」
シルバーは、この女性を思い出せそうで思い出せない。
ただ、母親でないことはわかった。
彼女は自分の母親ではないが、かつて子を持つ母だった。そして、その幸せな時間は
シルバーの父親はじっと目の前の女性を見詰めて、そしてタブレットを受け取った。
「……どうしても行くのかね、
「ええ。それが私の使命、そして宿命です」
シルバーは突然思い出した。
そう、白い髪の女性は
刹那は
「教授には感謝しています。なんの前歴も持たない私を、
「フッ、君は私の優秀な生徒だよ。娘の――も、君にとても
「……私には、やらねばならぬことがあります。必ずあの男を探し出す……そして、息の根を止めます。ただ殺すだけでは無駄……
どうやら別れの時のようだ。
不思議とシルバーにも、切なく
「私は再び、パラレイドを追います。教授……この月での数年間を、私は忘れないでしょう」
「君達リレイヤーズを縛るシステムについては、よくわかっている。調査の結果、観測できないレベルでこの時空にも、我々の現実世界にもそれが同時に存在していることが確認できた。観測のみできないという一点において、存在するとしか結論付けられない」
「ええ、あのシステムは全ての平行世界に存在し、そのどこにも存在しません」
「……砂漠の針を拾うような旅だな。成功の確立は何万分の一か、何億、何兆……無限に分岐する未来は、その数だけ無限の現在と過去に繋がっている」
「それがたとえ、
「はは、確かに一部の原理主義者は研究に反対しているがね。だが」
声が、遠ざかる。
シルバーの意識が、本来あるべき場所へと引っ張られていった。
そして、覚醒……焦点の定まらぬ
だが、不思議なことに声が出なかった。現実の全てが認識できるのに、見えて聴こえる全てに声が届かない。自分の中にしか、発する言葉が響かない。
現実の戦場に戻ったシルバーは、
(あ、あれ、どうして! 身体が……いや、それより、みんなっ!)
戦場と化した首都は今、強大に過ぎるビームの
だが、大地に倒れたサンダー・チャイルドは今、原子炉の全てが緊急閉鎖され沈黙していた。
焦土と化した大地に、エンターのゼルアトスが降り立つ。
地響きと共に風圧が舞い上がり、燃え尽きた街を薙ぎ払った。
そして、エンターの感心したような、どこか高揚感に燃えるような声が響く。
『ほう、街を守ったか。そんなお前をまた、仲間が守る……いい
シルバーは目を見張った。
倒れたサンダー・チャイルドの上に、光が浮かんでいる。白と赤の機体の、その名を叫んだが声が出ない。
あれだけの熱量を浴びて、サンダー・チャイルドが原型を留めている理由がわかった。
『ジェネシード……お前等ぁ! 戦うなら、俺達とだけにしろっ! どうしていつも、いつもいつもっ! こうやって、無関係な人達を巻き込もうとするんだ!』
絶叫は
彼のアイリス・プロト
そして、先程とは違って現在の刹那の声が響く。
『ばっ、馬鹿な! パナセア粒子の覚醒だと!?
だが、
それはまるで、パナセア粒子の
大輪の花が光と咲き誇って、アイリス・プロトVの全身から高濃度のパナセア粒子が解き放たれる。それは、不思議と温かな光で周囲を包んだ。
まるで戦いに荒らされた大地を癒やし、不安げに見守る人々を守るようなぬくもり。
『ほう……二つの地球、その片方でパナセア粒子に目をつける人間がいたとはな。だが、地球人類には過ぎたるもの……その力は、我がジェネシードの民にこそふさわしい!』
『うるさいっ! 力なんかいらない……でも、お前達が力を人に向けるなら、俺達は力がなくても戦う! それが、俺の……俺達のっ、強さだ!』
不思議な光に包まれる中で、その時シルバーは聴いた。
酷く冷たく平坦な、それは自分の声。
自分という意思、意識を封じているなにかが、自分に代わって静かに
「……パナセア粒子、高圧縮……発動、確認。プロテクト解除……
それはシルバーにとって、私ではないわたしの声だった。
同時に、
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