第107話「胎動、光が呼ぶ破壊神」

 シルバーの世界は暗転した。

 ジェネシードのしょう、三銃士のエンターが攻撃してきたのだ。全高700mもの超弩級人型兵器ちょうどきゅうひとがたへいき、ゼルアトスからほとばしる光。苛烈かれつな衝撃は、その巨体の直線上にある全てを無に返すはずだった。

 シルバーが即座にサンダー・チャイルドを射線へと放り投げなければ。

 そこまでは覚えているが、全身の感覚が鈍く薄れてゆく。


(あれ……私、は……死ぬんだ?)


 なにかが頭の中でバチバチと弾ける。

 先程の攻撃は恐らく、広域破壊兵器MAPWだ。Mass Amplitude Preemptive-strike Weapon……大量広域先制攻撃兵器たいりょうこういきせんせいこうげきへいきとも呼ばれる。一度に複数のターゲットを攻撃可能で、戦略兵器クラスの破壊力を持つ。

 他ならぬシルバーのサンダー・チャイルドが、歩く広域破壊兵器だ。

 ただ歩くだけで、大地の下へと文明を埋葬してしまう鉄巨神……その力はまだ、半分以上が眠っているのだ。


(眠っている? そうなの? あれ……なんか記憶が……変だな、知らないことを覚えてる)


 ふわふわと虚無の中を漂う、シルバーの意識。

 上も下もない空間を、ただ浮かんでたゆたう中……不意にヴィジョンがひらめいた。それは断続的にフラッシュバックして、声が流し込まれる。

 シルバーはその時、突然別の場所へと放り込まれた。

 そして、初めて目にする光景が記憶の中に刻まれている。


(あれは……地球? えっ、ここどこ!? ……どこなんだろう


 見上げる硝子ガラスの天井、無数のくじらが宇宙を泳ぐ向こうに……あおみどりの惑星。

 ――地球。

 間違いなくそれは、かつて水の星と歌われた地球だった。行き来している鯨や周遊魚は、全て宇宙船である。

 シルバーの知る地球は、廃惑星はいわくせい。濁った大気の底に、荒涼こうりょうたる不毛の大地だけが広がっている。文明の音も文化の歌も忘れ、人は旧世紀の残滓ざんしをすすって生きるだけの世界。

 そのことを瞬時にシルバーは思い出していた。

 だが、教えられたことなどない。

 これはどこの、誰の記憶なのか。

 シルバーは今、終わり終える前の地球を見上げる、清潔な部屋に立っていた。周囲には緑があふれ、ここだけが科学文明を感じさせる。無味無臭の清潔な空気は、その外に暗黒の宇宙を広げていた。

 一歩踏み出せば、重力が酷く弱くて浮き上がってしまう。


(わわっ、なに!? あ……お月さま? そうだ、これって確か)


 ふわり浮かんで、天井へと両手で着地する。そのまま頭上を押し返して、再びシルバーは床へと着地した。

 そんな彼女を見守る、一組の男女がいた。

 一人は、真っ白な髪に赤い目の女性。そしてもう一人は、壮年の理知的な雰囲気を持った男性だ。二人共白衣で、シルバーを見て微笑ほほえみ目を細めると、再び話に戻ってゆく。


(パパと一緒にいる人、誰だろう。……えっ、パパ!? そうだよ、あの人パパだよ)


 何故なぜかわかった。

 理解ではなく、感じた。

 とても優しい目で、その男はシルバーを呼ぶ。

 だが、上手く声が聞き取れない。


「――や、これこれ、――! あまりそうはしゃぐんじゃないよ。お行儀よくしてなきゃ駄目じゃないか。他の研究員にも笑われてしまう」


 白い髪の女性も、外の廊下を行き来する者達も皆、笑顔だ。

 ここには、破壊と略奪しかない地球、赤錆あかさびた廃惑星の臭いがしない。臭いがないのだ。そして、シルバーが不思議な現象で時間も場所も吹き飛ばされ、その先で出会ったリジャスト・グリッターズの仲間達もいない。

 燃えたぎるような情熱も、活況に満ちた笑い声もない。

 ただただ漂白された、諦観ていかんにも似た穏やかさが満ちている。

 シルバーの父親らしき人物は、やれやれと肩をすくめて隣の女性に苦笑してみせる。


「まだまだ子供気分が抜けないようだね。困ったものだ」

「いいではないですか、教授。……お子さんを、大事に思っているんですね」

「そうか、確か君は」

「私にも息子がいました。それはもう、遠い遠い時間と場所……この時代から見て、過去か未来なのかもわかりません。そして、奪われてしまいました。一瞬で、永遠に」


 シルバーは、この女性を思い出せそうで思い出せない。

 ただ、母親でないことはわかった。

 彼女は自分の母親ではないが、かつて子を持つ母だった。そして、その幸せな時間はすでに失われているのだろう。どこかさびしげに笑って、彼女はタブレットを操作する。なにかのチェック項目に触れて、それを少し躊躇ためらったあとで指を滑らせた。

 シルバーの父親はじっと目の前の女性を見詰めて、そしてタブレットを受け取った。


「……どうしても行くのかね、御堂ミドウ君」

「ええ。それが私の使命、そして宿命です」


 シルバーは突然思い出した。

 そう、白い髪の女性は御堂刹那特務三佐ミドウセツナとくむさんさに似ていた。いや、本人だと言えるくらいに酷似こくじしている。だが、シルバーの知っている刹那は、自分よりずっと幼い童女のような姿だ。目の前の女性は、なるほど一児の母だと言われても疑問を感じない、完成された大人の美しさでかたどられている。

 刹那は真紅しんくの瞳に強い光を灯し、自分に言い聞かせるように話す。


「教授には感謝しています。なんの前歴も持たない私を、貴方あなたは手元に置いて自由を許してくださった」

「フッ、君は私の優秀な生徒だよ。娘の――も、君にとてもなついてる。まるで姉のように慕っていたじゃないか。私は――の笑顔をくれた君に、とても感謝している。だから……君さえよければ、ずっと月にいてくれてもよかったんだ」

「……私には、やらねばならぬことがあります。必ずあの男を探し出す……そして、息の根を止めます。ただ殺すだけでは無駄……めぐ輪廻reincarnationつかさどる、


 どうやら別れの時のようだ。

 不思議とシルバーにも、切なくさびしい瞬間が蘇る。この場所にいた記憶はないし、この瞬間を体験したこともないのに。それなのに、刹那がどこか遠くへ行ってしまうことを知っていた。自分がその別れを経験したかのような錯覚は、とてもリアルに感じられるのだ。


「私は再び、パラレイドを追います。教授……この月での数年間を、私は忘れないでしょう」

「君達リレイヤーズを縛るシステムについては、よくわかっている。調査の結果、観測できないレベルでこの時空にも、我々の現実世界にもそれが同時に存在していることが確認できた。

「ええ、あのシステムは

「……砂漠の針を拾うような旅だな。成功の確立は何万分の一か、何億、何兆……無限に分岐する未来は、その数だけ無限の現在と過去に繋がっている」

「それがたとえ、那由多なゆた彼方かなたでも構いません。私は繰り返しび続けます……未来にあらがうために、必ず奴の所在を突き止めます。お別れです、教授。どうか――を大事にしてください。それと、施設の警備レベルを最大に……嫌な予感がするんです」

「はは、確かに一部の原理主義者は研究に反対しているがね。だが」


 声が、遠ざかる。

 シルバーの意識が、本来あるべき場所へと引っ張られていった。

 そして、覚醒……焦点の定まらぬひとみが、ゆっくりと開かれる。

 だが、不思議なことに声が出なかった。現実の全てが認識できるのに、見えて聴こえる全てに声が届かない。自分の中にしか、発する言葉が響かない。

 現実の戦場に戻ったシルバーは、傍観者ぼうかんしゃとしての椅子に縛られていた。


(あ、あれ、どうして! 身体が……いや、それより、みんなっ!)


 戦場と化した首都は今、強大に過ぎるビームの奔流ほんりゅうかれていた。シルバーのサンダー・チャイルドがその大半を浴びたため、被害はこの規模にしては驚く程に小さい。

 だが、大地に倒れたサンダー・チャイルドは今、原子炉の全てが緊急閉鎖され沈黙していた。

 焦土と化した大地に、エンターのゼルアトスが降り立つ。

 地響きと共に風圧が舞い上がり、燃え尽きた街を薙ぎ払った。

 そして、エンターの感心したような、どこか高揚感に燃えるような声が響く。


『ほう、街を守ったか。そんなお前をまた、仲間が守る……いい戦友ともを持ったな。それでこそ、そこもとはこのエンターと戦うに値する戦士だ! ……その光、もしや……ふふ、これは僥倖ぎょうこう。キィ様へのいい手土産てみやげができるというもの』


 シルバーは目を見張った。

 倒れたサンダー・チャイルドの上に、光が浮かんでいる。白と赤の機体の、その名を叫んだが声が出ない。

 あわい光を揺らめかせて、一機の人型機動兵器ロボットが浮かんでいる。

 あれだけの熱量を浴びて、サンダー・チャイルドが原型を留めている理由がわかった。

 咄嗟とっさに仲間が、彼が飛び込んで盾になってくれたのだ。


『ジェネシード……お前等ぁ! 戦うなら、俺達とだけにしろっ! どうしていつも、いつもいつもっ! こうやって、無関係な人達を巻き込もうとするんだ!』


 絶叫は吹雪優フブキユウだ。

 彼のアイリス・プロトファイブが光に包まれ浮いている。それは、惑星"アール"の日本で密かに研究されていた未知の力、パナセア粒子の輝きだった。

 そして、先程とは違って現在の刹那の声が響く。


『ばっ、馬鹿な! パナセア粒子の覚醒だと!? 秘匿機関ひとくきかんウロボロスでもまだ、制御すらできずにいる……よせ、吹雪優っ! その力を解き放ってはいかん!』


 だが、激昂げきこうに叫ぶ優の声に呼応するように、光が弾けて四方へ広がる。

 それはまるで、パナセア粒子のつぼみほころび花咲いたかのよう。

 大輪の花が光と咲き誇って、アイリス・プロトVの全身から高濃度のパナセア粒子が解き放たれる。それは、不思議と温かな光で周囲を包んだ。

 まるで戦いに荒らされた大地を癒やし、不安げに見守る人々を守るようなぬくもり。


『ほう……二つの地球、その片方でパナセア粒子に目をつける人間がいたとはな。だが、地球人類には過ぎたるもの……その力は、我がジェネシードの民にこそふさわしい!』

『うるさいっ! 力なんかいらない……でも、お前達が力を人に向けるなら、俺達は力がなくても戦う! それが、俺の……俺達のっ、強さだ!』


 不思議な光に包まれる中で、その時シルバーは聴いた。

 酷く冷たく平坦な、それは自分の声。

 自分という意思、意識を封じているなにかが、自分に代わって静かにつぶやいた。


「……パナセア粒子、高圧縮……発動、確認。プロテクト解除……縮退炉ブラックホールエンジン、オンライン」


 それはシルバーにとって、の声だった。

 同時に、擱座かくざしたかに思われたサンダー・チャイルドは……その十字の瞳に暴力的な光を灯しで震え出した。

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