第106話「鳴動、雷神の申し子」

 シルバーが操るサンダー・チャイルドが、ユーラシアの大地に地響きをとどろかせる。

 市街地を避けつつも、エークス首都の中央部へと向かわなければならない。

 空には今、次元転移ディストーション・リープの光が巨大な人型機動兵器を現出させていた。その姿は、間違いなくジェネシードだ。雪崩なだれのようにデータが流入してきて、頭の中が焼ききれそうである。

 だが、耳元でがなる御堂刹那ミドウセツナを無視して、シルバーは自分の分身を操る。ヒステリックな声に先回りする、ヨゼフ・ホフマンの声が冷静だった。


「シルバー! 水切りの用量だ。前方500mに空き地、その先300m、今度は貯水池だ」

「ありがと、おやっさん! つまり……ホップ、ステップ、ジャンプだねっ」

「やめんかシルバー! これ以上エークスとことを構えて……いや、それよりあの敵は!」


 周囲をリジャスト・グリッターズの機動部隊が飛び交う中、サンダー・チャイルドが市街地へと加速する。その一歩が、あっという間に巨体を加速させた。

 これだけの質量が持つ運動エネルギーは、計り知れない。

 それを今、どうにか戦場となった飛行場へと突入させる必要があった。


「っし、いっくぞお! おりゃあああああっ!」


 シルバーの絶叫と共に、サンダー・チャイルドが地を蹴る。

 完全に踏み切って、300mもの巨体が空を舞った。

 わずか一瞬の浮遊感の中で、シルバーの両手が周囲のコンソールをかなでてゆく。雷神の化身、稲妻を響かせる巨大な私生児しせいじの心臓にして脳味噌は、シルバーだ。その繊細にして大胆な操縦が、力強いストライドで巨躯きょくを飛ばす。

 すぐに、市街地の真ん中に空いた空白地帯へと着地する。

 土砂が舞い上がる中で、周囲のアスファルトではマンホールが水柱に踊っていた。

 だが、迷わず更にもう一歩。

 ヨゼフの声は嫌に落ち着いていた。


「よーし、いいぞシルバー。そのままブッ飛ばせ」

「あいさー!」


 ぐっと足元が沈み込む感覚と共に、再びサンダー・チャイルドはんだ。

 その先には、戦闘が停止した空港が広がっている。

 先程、アレックス・マイヤーズのピージオンが戦域に突然現れた。その機体から発せられたマスター・ピース・プログラムは、あらゆる戦闘行為を一瞬で奪い去った。そして、永遠に奪われ続ければいいとシルバーは思う。

 そうは思うが、祈り願う前にやらなければいけないことがあった。

 そして、シルバーは回線越しに苦しげな声と、それに叫ぶ刹那の絶叫を聴いた。

 不思議とシルバーは、刹那のこの声、こういう言葉を知っている気がした。


『全軍、戦闘を……停止、し、て……』

『パイロットのコンディション、レッドゾーン……心拍数上昇。ワタシの搭乗者として、不適格』

『やめろ、フリーズ……今、このいましめを……いちゃ、いけ、ない』

『マスター・ピース・プログラム、解除。バイパス、リリース』

「アレックス・マイヤーズ! ええい、どうした! 死んだら殺すぞ! しっかりせんか! シルバー、急げ! アレックス・マイヤーズが!」


 轟音を響かせ、サンダー・チャイルドが着地する。

 その衝撃で、周囲に駐機していた輸送機や旅客機が吹き飛んだ。

 だが、構わずシルバーは全火器のセフティを解除する。

 巨砲が旋回して向く先に、サンダー・チャイルドを超える巨大な威容がそびえていた。全高700m……過去最大の大きさだ。そして、その姿はどこか城のようでもあり、甲冑を着込んだ騎士のようだ。

 大きく膨れ上がった両肩の装甲は、それ自体がマントのように全身を包んでいる。

 両手両足だけでも、サンダー・チャイルドくらいの大きさがあるのだ。

 そして、空気を引き裂く凛冽りんれつたる声が響く。


『我が名は、エンター! キィ様をお守りする近衛騎士このえきし、キィボーダーズの長! 三銃士が一人にして、ジェネシードの民を守るつるぎ!』


 サンダー・チャイルドの中から見上げるシルバーは、思わず奥歯をギリリとむ。

 通信の途絶えたピージオンはもう、周囲の戦力を凍結させる力はなさそうだ。そんなことよりもシルバーには、アレックスのことが心配である。あの時叫んだ彼の意思、その決意と覚悟……それは、機械でできたシルバーの心に今も燃えている。

 熱して焦れるシルバーの心に、アレックスが火をつけたのだ。


「でっか! 大き過ぎでしょ……えっと、エンターさーん! ちょっとそれ、困る!」

『ん? なんだ? 広域公共周波数オープンチャンネル……そこもとは誰だ!』

「私、シルバー! この子はサンダー・チャイルド!」

『……ほう? まさかこの世界、この時代で歩行戦艦ウォーカーを見ることになろうとはな。異なる時空の地球を踏み締め踏み鳴らし、ただ歩くだけで世界を滅亡させた悪魔の兵器』

「いやあ、それほどでも……ってそれ、めてないよね! それより、もうやめようよ! エンターさん、私達はシフトさんやタブさんとも戦ったよ! 勿論もちろん、オルトさんとも!」

『報告は受けている……リジャスト・グリッターズの戦士達に敬意を評して、我が最強の愛騎、をもってお相手しよう!』


 ――ゼルアトス。

 そびえる城塞にも似た、巨大な人型機動兵器の名前らしい。

 身構えるシルバーは、周囲を無数の情報が錯綜する中で味方を確認した。すでに市街地から撤退してきて、隊長に復帰したバルト・イワンドの指揮系統が回復しつつある。

 そんな中で、アレックスのピージオンも無事に回収されたようだ。

 だが、状況は全く好ましくない。

 過去に三度、リジャスト・グリッターズはジェネシードの超兵器と対決している。ダルティリア、アウラミスラ、ポルポストラス……どれもが人智を超越した強力な破壊力を誇っていた。

 だが、目の前のゼルアトスは別格、そして明らかに別次元だ。


『諸君、こちらはバルト・イワンド大尉だ。これより再び諸君等の指揮を取る。私はゆえあって、立場を一度捨てた。その上で元の居場所に戻れるなどとは思っていない。だが……この局面を諸君等と超えていきたい。そのための最初の命令を発する。諸君――』


 バルトの声は落ち着いていた。

 いつものあの、厳しくも優しい声だ。シルバーは何度も、バルトの優しさに触れたことがある。若い少年少女に混じって、シルバーが楽しく過ごしている日常も……気付けば大人達が見守り、支えてくれている。

 バルトは優しさを迷わない男だった。

 だから、リジャスト・グリッターズを出ていった。

 その上で、異常な事態を前に引き下がれる人間ではないのだ。

 そんなバルトの声が、回線を通じて多くの戦士達を奮い立たせる。


『諸君……! この局面で誰一人として、死ぬことは許されない。生還を前提に、眼前の驚異を速やかに排撃はいげき撃滅げきめつする。各々の力と技、愛機と仲間を信じろ。以上だ』


 かくして、戦端は開かれた。

 シルバーは血も涙もない鋼の肉体が、熱く燃えたぎるのを感じた。

 サンダー・チャイルドの全砲門が、大地に降り立つゼルアトスを捉えて火を噴く。

 仲間達の声も、自分が感じているものを体現して叫ばれる。


『おう、手前ぇ等! ヘマすんじゃねえぞ……ガキ共、俺より前に出るなよ! この喧嘩けんかぁ、俺が買った!』

『俺達が、でしょう! アサヒさん! やるぞ……やってやる! こちらユウ! ナガレ雄斗ユウト! 援護射撃頼むぜ……みんなと突っ込む!』

『ユート、流狼ルロウ! それに佐助サスケ! まだ動ける? 戦えるよね? 私が神牙シンガで突破口を開く。あのデカブツに取り付いて! 関節部を狙えば、あの巨体でも――』


 リジャスト・グリッターズの全戦力が、再び一つの意思の元に集った。

 そして、本当に一つになってゆく。

 仲間のために出奔しゅっぽんし、立場も責任も捨てた大人がいた。

 重圧に耐えられず、守るべき者達を捨てた少年がいた。

 閉ざされた地下で全てを失い、それでも抗う男がいた。

 そう、バルトが、アレックスが、旭が……そうした者達の背中を見る誰もが、立ち上がった。必死の抵抗を見せるリジャスト・グリッターズの熱意が、不思議な現象を起こす。

 この戦場に満ちた混乱と混沌の中で、小さな光がまたたき出した。

 確かにともった光は、まだ見えぬ明日を探して闇を照らす。


『こちら首都防衛大隊、バルト大尉の指示に従う!』

『ここは俺達の国、俺達の首都だ! ……見ろ、さっき突然フリーズしたシステムが戻ってる』

『やれるぞ……戦える! 各員、謎のアンノウンを迎撃! 目標、超弩級人型兵器、ゼルアトス!』

『空港の避難率、87%! 引き続き、一般市民の保護を最優先します!』


 信じられないことに、エークスの軍が援護をしてくれた。中には戸惑いを見せる者達もいた。だが、アレックスが一度止めた戦争は、ジェネシードという名の驚異を前に……皮肉にも、人類を一つに束ねて同じ方向を向かせた。

 未来を向いたんだと信じたい。

 シルバーには難しいことはわからない。

 ただ、グッと感じた想いを、この場の全てがグオオッと共有したのだ。アレックスが止めた戦いは、再び始まる中で……本当の敵をガキーン! と皆に知らしめたのかもしれない。シルバーにはそれで十分だったし、そうであるならシルバー自身も戦える。


「とりあえず! 思うままにやってみる! おやっさん、原子炉のコントロールをお願い! 刹那ちゃんは火器管制、今日はジャンジャンバリバリ撃っちゃうよー!」


 かくして、ユーラシア大陸最大の戦いが始まった。

 サンダー・チャイルドが、砲撃の爆煙に黒く染まって、その巨体を煙る中に隠す。だが、発射された50cm砲と46cm砲の全てを、ゼルアトスは耐えてみせた。その巨体に砲弾が接触する直前、不思議な力場が火力を無効化する。


「ああっ、ずるい! グラビティ・ケイジ! ……あ、あれ? 私は今、グラビティ・ケイジって言った……なにそれ、知らない。知らないのに、覚えてる」


 何かしらのバリア機能があるらしく、仲間の攻撃も全てゼルアトスは遮断した。

 その上で、天へと高く高く右手を掲げる。


『健気な……その団結、その決断! 素晴らしい! だが、そこもとには死を与えねばならん……キィ様の慈悲深き戦いに、そこもと等は歯向かい、無駄な抵抗をしている!』


 シルバーの脳裏に、何かが弾けて爆ぜた。

 直感と呼べるものが、電流となって全身を駆け巡る。

 サーキットである神経を電気信号のパルスが走る、これは生身の人間もシルバーも同じだ。結局、人類は肉体に張り巡らされた神経に走る電流で支配されている。それは、鋼鉄の肉体を持ったシルバーも変わりはない。

 だが、シルバーの反応速度と反射神経は、咄嗟にサンダー・チャイルドを押し出す。


「やばいよ、これ! やばいのが来るっ!」


 ジェネシードの騎士クラス、いわゆるキィボーダーズの持つ巨大な人型兵器は、皆が等しく広域破壊兵器を持つ。その強力な破壊力が広がる瞬間……空港周囲を薙ぎ払うエネルギーの奔流の中で、シルバーはサンダー・チャイルドを盾にして仲間達を守った。

 薄れゆく意識は、ヨゼフと刹那の悲鳴の向こう側に……不思議と懐かしい声を拾っていた。

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