第105話「開かれた匣に残されたもの」

 ユート・ライゼスのほおを、冷たい汗が滑り落ちる。

 その不快な湿度が、ヘルメットの中を息苦しくしていた。

 何度となく戦場へ飛んで、幾度いくどとなく戦いから生還した。敵は倒し、友軍は支援する。それはなにも変わらない。ユートはこの歳にしてプロフェッショナル、一流の兵士だ。

 そんな彼でも、戦慄せんりつに身を震わせることがある。

 そのことを恥ずかしいと思う余裕すら、今は持てなかった。


「各機! 母艦が追いついてきた。サクラ付きがユウ世代セダイ響樹ヒビキと来てくれる。持ちこたえるぞ!」


 自分に言い聞かせるような言葉に、周囲からも声があがる。

 だが、一歩引いて戦場を俯瞰すれば、自然と旗色の悪さが感じられた。

 御門晃ミカドアキラはギアを一段上げ、ユートとの特訓の成果を遺憾なく発揮してくれている。だが、その動きにも疲れが出てきた。アキラはまだ中学生、リジャスト・グリッターズの皆にとっては弟のようなものだ。

 勿論もちろん、ユートは相手が誰であれ特別扱いはしない。

 そのような扱いをせずとも、戦友は皆が皆、特別なものだ。

 しかし、アキラをそれ以上に感じて心配する声が回線に響いた。


『アキラ、無理をしちゃ駄目だ。ゴーアルターは……やはり、強い。そして、あの新型は』


 佐甲斐燕サカイツバメの声で、ユートも確認している。

 ひっくり返ったコンテナを破壊しようとして、アルクのゴーアルターが舞い降りた。

 だが、その時……鎧武者もののふにも似た鋼鉄の巨人が、コンテナの中から現れたのだ。

 機体の識別は味方機を示している。

 そして、どこかその姿はゴーアルターに少しだけ似ていた。

 膠着状態こうちゃくじょうたいが生まれた中で、焦れる気持ちだけが滲んでゆく。

 それに、空を見上げれば時間がないのは明らかだった。


「見てくれ、つば姉! 空が……こいつは次元転移ディストーション・リープの前兆だ。あ、いや、済まない、ツバメ准尉じゅんい

『私なら構わないぞ? お前は言うなれば、もう一人のアキラの師匠。そういう少年になつかれるのは悪い気がしない。それに、アキラの呼んでくれるつば姉は……と、特別な私だからな』

「ん? そ、そうなのか? ……わからん、コードネームのたぐいか? それとも、暗号……」


 ユート・ライゼスは若くしてベテランのエースパイロットだったが、戦いのない場所のことにはうとかった。そして、それが戦いを影で支えてくれるという発想もない。

 だが、空を睨めば不気味な虹がゆがんでオーロラのよう。

 初めてそれを目にするツバメに、ユートはかいつまんで説明する。


「次元転移ってのは、俺達の地球……惑星"アール"を侵略するパラレイドの侵攻手段だ。時間や場所を選ばず、瞬時に大軍を送り込んでくる。それは、謎の敵ジェネシードも同じ」

『あれが……ブリーフィングで聞いていたが、その、なんだ』

「どうした、ツバメ准尉?」

『いや……不気味なんだが、その……少し、綺麗、だな』


 戦いを見下ろす空は今、先程の青空が嘘のように暗雲が垂れ込めている。

 低く這うような黒雲は、物凄い速さでうずを巻いていた。

 そして、ゆらゆらと妖しい光が七色に明滅を繰り返している。

 それは、もし自然現象ならば、この上ない美しさを感じただろう。だが、明らかな敵意を持って攻撃してくる、敵の出現を暗示する凶兆なのだ。

 そんな中でも、真道歩駆シンドウアルクの声が絶叫を張り上げる。


『パラレイドか、ジェネシードか……お前に構ってなんかいられないっ! 俺は……俺はっ、今度こそ! ヒーローになる……俺のための俺じゃない、みんなのための俺になる!』


 拮抗きっこうする力と力が、ゆっくりと傾き始める。

 新たな鉄巨人は、瞳に光を走らせるや、えた。

 まるで武人が叫ぶときの声だ。

 甲高い駆動音と共に、鎧武者のような巨躯がゴーアルターを押し返していた。

 そして、そのコクピットからは歩駆ともう一人、少女の声が聴こえる。


『歩駆様っ! Gアークは現状でまだ、40%程度の力しか……』

『Gアーク、それがコイツの名か……押し返せ、Gアークッ! これ以上、ゴーアルターに……スーパーロボットに、破壊と殺戮をさせちゃいけないんだ!』


 重々しく立ち上がる、その名はGアーク。

 酷く趣味的なその外観は、見た目だけのハリボテではない。瞬時にユートはその質実剛健な構造、実戦主義的な兵器としての本性を見破った。

 ある意味では、ゴーアルターよりもいかつく刺々とげとげしい、本物の巨大ロボット兵器である。

 だが、振りかざしたこぶしを受け止められながらも、ゴーアルターからは笑いが割れ響く。


『ハハハッ! なるほど、ね……人間にしてはやるじゃないか』

『人間を見下すなっ! もう一人の俺、アルクッ! お前はいったいなにが目的なんだ!』

『……時間だ。俺は佐々総介サッサソウスケと合流しなきゃいけない』

『答えろ、アルク! その名ごとゴーアルターは返してもらう……その前に、俺の質問に答えろ!』

『――比翼ひよく巫女みこ。その再臨を目指したのは、佐々総介だけじゃないということさ。俺は……俺達イミテイターは、模倣もほう模造もぞうされる中から……なにかを比翼とつかんで、己の比翼に足して飛ぶ。その時……人類には裁きのときが訪れるだろう』


 アルクのゴーアルターが、腕を振り払って宙へと飛んだ。

 ジェットフリューゲルのエンジンが真っ赤な炎で雲を引く。

 そして、Gアークはやはり完調状態ではないようだ。

 ユートは背後に母艦の接近を確認し、地響きの中で機体を身構えさせる。戦いはまだ、終わっていない。極力足元の被害を避けつつ、サンダー・チャイルドが戦域に入ったことで状況はさらに悪化していた。

 先程シルバーは、こともあろうにマイクを使って叫んでいた。

 通信制限と無数の暗号化されたデータが行き交う戦場で、ありえない。

 だが、その破天荒はてんこうな仲間達のフォローをするのもユートの仕事、ユートが選んだ自分のポジションだった。


「サンダー・チャイルド、来たか……みんな、無事だな? 流狼ルロウ佐助サスケ! アキラも!」


 すぐに仲間達の声がする。

 ツバメの安堵あんど溜息ためいきが、無線越しに僅かに感じられた。

 だが、戦いは終わらない。

 むしろ、首都の議事堂前や空港を抑えられたことで、エークス軍は本格的に反撃態勢を整えたようだ。既にここは戦場……誰もが望まぬ市街戦は続く。


「コスモフリート! エリー・キュル・ペッパー! 状況を確認してくれ。なるべく正確なデータがほしい」

『わかったわ、ユート。現在、複数のエークス軍機動部隊がレンジ・イン! 近場の全基地から集結中ね……その数、400機以上』

「……俺等の目的は首都の占領でもないし、無駄な被害は出せない」

『ええ。今、亮司リョウジ少尉が指揮を取って郊外へ退くわ。あと……バルト大尉、無事よ。ちゃんとミラちゃん、救出したってアサヒさんが』

「知ってるよ」

『えっ? そ、そうなの?』

「大尉は軍人だ。これと決めたら必ずやり遂げる。それが任務かどうかは関係ない」

『そういうもの、なの? ……ふーん、いいね。なんか、男の子って』


 不意にエリーがそんなことを言うので、ユートは調子が狂ってしまう。

 だが、状況は厳しい。

 リジャスト・グリッターズは、特殊な戦力を集結させた一点突破型いってんっとっぱがた超法規的独立部隊ちょうほうきてきどくりつぶたいだ。その性質上、攻めに回れば電光石火、あらゆる障害を乗り越え敵を排除することが可能だ。

 だが、逆に防戦に回った時は意外ともろい。

 なにより今、個性的過ぎる若者達をたばねてみちびく、部隊長のバルト・イワンド大尉が不在なのだ。


「空港は俺が殿しんがりに立つ。順次撤退、部隊を集結して下がるべきだな。サクラ付きに伝えてくれ! こっちは最後まで踊る、でもダンスパーティはおしまいだ」

『嬉しくない二次会が待ってるけどね……あら? ま、待って、ユート! この反応』

「どうした? エリー」

『高速で戦域に侵入する機体……数は一機。この識別信号は……嘘、嘘っ!』

「報告は正確にだ、エリー・キュル・ペッパー!」


 その時、彼女が叫んだものをユートは肉眼で確認した。

 混迷の戦場に今……女神を戴く白亜の電脳神サイバーマキナが空を裂く。

 あの機体を操れる人間は一人しかいない。

 そして、あのリングブースターの加速に耐えられるのは、奴しか考えられなかった。


『識別確認! です! アレックスなのね、ねえ! 聞いてるの、アレックス!』


 突如としてピージオンが、迫るエークス軍が集結しつつある中へ飛び込んできた。

 アキラは勿論、飛猷流狼トバカリルロウ佐々佐助サッササスケといった仲間達も驚きの声をあげた。

 間違いなくそれは、ピージオンだ。

 しかし、全く応戦する素振りも見せず、無防備に敵の前で機体は両手を広げた。手にしたベイオネットライフルは、銃把グリップを握ってすらいない。まるで、杖を手に殉教じゅんきょうへ向かう聖職者のような悲壮感があった。


「なにしてやがる、アレックス! 戦え! お前が殺されるんだぞ!」

『……僕は、もう、殺さない。でも、殺してしまった罪とは、向き合う。そして……つぐなう僕の、これが! これがっ、身に受ける罰だ! ――フリーズッ!』


 その声が、全身を広げるピージオンから不可視の信号をぶちまけさせた。

 操縦をアシストする補助AIのエラーズが、もう一つの顔を見せる。

 冷たく凍る声が響いて、そしてユートのEYF-X RAYレイが強制的に全武装をロックされた。ユートだけではない……ユナイテットフォーミュラ規格ではないはずの〝オーラム〟や〝グラディウス〟、魔力的な神秘の力で動くアカグマやケイオスハウルまでも停止してしまう。

 それは、アレックス・マイヤーズが開いたパンドラのはこ

 彼は今、自らの手で禁忌を犯し、禁断の力で戦場そのものを消してしまった。


「くっ、なんだ!? セフティがかかって……くそっ、ダメージはないのに戦闘不能だと!?」

『僕の名は、アレックス・マイヤーズ! この戦場に集まる、全ての人に警告しますっ! 今の僕には、あらゆる機体を外から制御する力がある。自爆だってさせられる。でも、しない……させない! こんな戦いはもう、やめてもらいますっ!』


 ユートは信じられないものをみた。

 集結しつつあるレーダー上の光点が、一つ、また一つと消えてゆく。

 エークス軍のトールやヴェサロイドが、次々と動力を停止しているのだ。

 そして同時に、ユートの手に愛機のコントロールが戻ってくる。アレックスは一瞬で戦争を止め、同時に……リジャスト・グリッターズの戦士達に戦う力を返してくれた。

 それは、空が裂けて光の柱が屹立きつりつし……超弩級ちょうどきゅうの巨大兵器が次元転移してくるのと同時だった。

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