第104話「人の狂理、神の聖櫃」

 空へと開けた道が、戦いの炎と煙に飲み込まれてゆく。

 大空港は今、銃声と絶叫が響く戦場と化していた。

 阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図の中を、真道歩駆シンドウアルクは駆け抜ける。目的は唯一つ、日本のIDEALイデアルより欧州へと向かう、補給物資。その中に、今の歩駆へ力を貸してくれるものがある。……らしい。はっきりしたことはまだ、わかっていない。

 だが、今の歩駆にはわずかな可能性でさえ、全てをけるに値する。

 自分の弱さが招いた結果を、自分の手で精算するのだ。


「歩駆さん、こっちです……確かに、欧州への便が離陸中止になってる。積荷は向こうに!」


 一緒に行動してくれるのは、ザクセンのパイロットの八尺零児ヤサカレイジだ。

 思えば、彼とは惑星"アール"の日本、皇都廣島こうとひろしまからの付き合いだ。熱砂の砂漠でも一緒に戦い、時には支え合ってきた。そんな数奇な運命の共同体、そして共犯者……アルクも今、アサルトライフルを構える手が震えている。零児も一緒だと思いたいが、そんな彼の気持ちとは裏腹に落ち着いた声が響いた。


「この先……輸送機からコンテナを下ろして、七番倉庫に一時保管するつもりみたいですね」

「おっし、わかった。……サンキュな、零児」

今更いまさらですよ、歩駆さん。気にしないで……僕はみんなをサポートするために、リジャスト・グリッターズにいるんだから。それに、残念だけど荒事あらごとにも少し慣れてしまえてる」


 インカム越しに回線を沸騰させる、敵味方の声。

 その怒号どごうと絶叫を思惟しいから遠ざけ、歩駆は零児の境遇を思い出していた。

 惑星"r"と呼ばれる地球は今、滅亡の危機に瀕している。謎の侵略者パラレイドにむしばまれる中、人類は一つになれず地上と宇宙で争い続けているのだ。火星圏や木星圏は棄民政策きみんせいさくが生んだ流刑地るけいちとして、新たな火種を生み出している。しかも、月ではアラリア連合帝国が地球と全面戦争中なのだ。

 行く先々、戦いばかり。

 だが、それを知ってたけはやった以前の歩駆とは違う。

 ヒーローになりたいのではない……争いを無くしたいからこそ、ヒーローでありたいと願うのだ。


「零児、お前さ。確か以前は……だからか? 落ち着いてるよな」

「うん? そうだね……戦争が長く続きましたから。気付けば身よりもなくて、ジャンク屋まがいの何でも屋。でも、それで生きていけたから。銃も覚えたし、ザクセンがあったから困らなかったかな」

「お互いさ、なんか……機体がないって、歯痒はがゆいよな。ザクセンもずっと、キューブになったまんまだ。唐木田からきだのおやっさんも世代セダイも、お手上げなんだもんな」

「だね。でも、だからこそ、歩駆さん……絶対にゴーアルターを取り戻しましょう」


 うなずく歩駆の上空を、風圧を撒き散らしてなにかが飛び去った。

 同時に、インカムに鬼気迫ききせまる声が響く。


愛鷹あしたか、ブリッジ! アルマースパック、射出をお願いします! 20秒後にサフィールパック! 座標、1・8・1!』


 御門晃ミカドアキラの声は逼迫ひっぱくしていた。

 同時に、地響きを立てて眼の前へと〝オーラム〟が着地する。その背から被弾したバックパックをパージするなり、黄金おうごん獅子王ライオンハートは走り出す。

 その影を縫い付けるように、上空のゴーアルターから光が注いだ。

 砕けて割れる大地が空へと吸い上げられる中、〝オーラム〟は向かってくるバックパック換装用の自律飛行式無人飛行機〝メルキュール〟から長銃身のビームライフルをもぎ取った。


「アキラ君!? ギアをあげてる……でも、それじゃあ身体がもたない!」

「クソッ、俺は……俺達はなにをやってるんだ! アキラを助けてやれないばかりか、俺のゴーアルターが」


 〝オーラム〟は狙撃用のライフルを両手で構えて、ビルの影へと転がりながら腹ばいに射撃体勢を取る。スイッチと同時に苛烈かれつなビームがほとばしった。

 出力を上げすぎたのか、一度の射撃で赤熱化した銃身が溶けて爆発する。

 その時にはもう、アキラの〝オーラム〟は空中で振動長刀を手に突進していた。


『つばねえ、じゃない、燕准尉ツバメじゅんい! アキラのフォローを頼む! 流狼ルロウはそのまま突っ込んでくれ。ケツはもってやる、振り返らなくていいから! 佐助サスケはターミナルビル側を。民間人を殺しちゃ、リジャスト・グリッターズの名折なおれだからな!』


 ユート・ライゼスの声が走って、皆ができる最善の手を尽くしている。

 だが、それでもゴーアルターは神のごとく振る舞い、群がる攻撃の全てを軽々と無効化する。その力は、歩駆が乗っていた時とは桁違いだ。

 そのコクピットで笑うアルクの声が、歩駆の焦燥感を泡立てる。


『無駄な抵抗だ、人間。神のうつわを前に、人の装備が敵うはずもない』


 人装神器じんそうじんぎ……正しく、アルクの操るゴーアルターは魔神の如く世界を炎で包む。

 だが、それを黙ってみていられる程、歩駆は達観たっかん諦観ていかんも持ち合わせていない。


「行こうぜ、零児! 俺達の仕事は、七番倉庫で補給物資を確保することだ。……悔しいけど今は、それしかできない。なら、それだけはきっちりやりたいんだ!」

「その意気ですよ、歩駆さん。……じゃあ、行ってください!」

「お、おいっ、零児!」


 物陰から飛び出た零児が、狙いを定めてアサルトライフルの銃爪トリガーを引く。

 その発砲音で歩駆は、初めて自分達を狙った歩兵部隊を知った。

 ここは敵の勢力圏内で、エークスの空軍も使う空港なのだ。当然、こうした事態が発生すれば、あらゆる兵科がてんてこ舞いになる。空港の職員や積荷を保護するため、歩兵部隊も展開しているのだ。

 迷彩服の一団を牽制しながら、零児が叫ぶ。


「行ってください、歩駆さん! この先、奥に七番倉庫があります! 走って!」

「けど……いや、わかった! 悪ぃ、頼む……すぐ戻るっ!」


 発砲音を背で拾いながら、歩駆は走った。

 ゴーアルターのない自分が、ここまで非力だとはわからなかった。いな、本当は知っていた……知ってて、目を背けてもいた。完全無欠のスーパーロボットを手にした時、ヒーローになったと思っていたから。

 だが、ゴーアルターの力は無敵でも、それは歩駆の力ではない。

 それでも、ゴーアルターの力は歩駆に強さをくれた。自分の意志を体現し、理想や夢を追いかける強さ、理不尽と不条理にあらがう強さをもたらしてくれたのである。


「見えたっ、あれが七番倉庫か! って、逃がす、かよっ!」


 目的の倉庫から丁度、大型のトレーラーが出てきた。巨大なコンテナを数珠繋じゅずつなぎにしたタイプで、タイヤを鳴かせて走り去ろうとしている。恐らく、戦闘が拡大する中で移管する場所をさらに変えようとしたのだろう。

 歩駆は銃を投げ捨てると同時に、渾身こんしんの力でジャンプした。

 自ら投げ出した身体が、コンテナを並べたデッキに転がる。そのまま落ちそうになるが、痛みに耐えて歩駆は手すりの鉄パイプを握った。そのままなんとか立って、荒い運転に揺られながらコンテナの一つに潜り込む。


かぎはかかってない……けど、真っ暗だ。とりあえず、この先の運転席だな。トレーラーの運転手には悪いけど、一緒に避難して俺達にコンテナを渡してもら、ガッ!? ――っく!」


 強烈な衝撃と共に、歩駆の世界がひっくり返った。

 トレーラー自体が横転したのだと知った時には、歩駆は上下も左右もわからない闇の中に放り出されていた。まるで奈落アビスの底へと落ちたようだ。

 だが、不思議と怪我はない。

 後頭部になにか、柔らかい体温を感じていた。

 同時に、同世代とおぼしき少女の声が響く。


「イタタ……なんです? もぉ、なんなのです! って、どちら様? ちょっと、離れてください! どこになにを突っ込んでるんですか! ……あ、突っ込んでるのは……お顔ですね。それなら……駄目に決まってますわ!」


 乱暴に蹴り飛ばされた。

 ようやく闇に目が慣れてきたところで、わずかな光が差し込んで周囲を照らす。

 眼の前に、なにかのハッチを開けた少女の姿が浮かび上がった。


「誰だ……あんた」

「わたくしは、織田竜華オダリュウカ! そしてこれは、愛する歩駆様のための……ため、の? 愛する……まあ! まあまあ、まあ!」


 突然、竜華と名乗った少女は、ガシリ! と歩駆のほおを両手で挟み込んできた。そして、鼻と鼻とが触れる距離に顔を近付けてくる。

 間近でみれば、かなりの……いや、物凄い美少女だ。

 彼女は、何故なぜか歩駆の名前を知っていた。

 そして、驚く歩駆を開いたハッチへと引きずり込む。なかば押し倒されるように、かたむいたコンテナのなかで歩駆は見知らぬシートに座らされた。だが、わかる……知らず存ぜぬなコクピットが、不思議と歩駆にはすぐに馴染なじんでくる。

 竜華は歩駆のひざに座りながら、コンソールへと細く白い指を走らせた。

 すぐにメインモニターに、ゴーアルターの姿が映った。


「あら、ゴーアルターがこのコンテナを……ピンチです! さあ、歩駆様!」

「さあ、ってあのなあ……いや、わかる。わかるぞ、これは……な、なんだ? なんなんだ、コイツは!」


 誰にといわず発した問に、自分の全身が答えてくれた。手足は普段ゴーアルターを扱うように、全く違うレイアウトの操縦席にフィットしてゆく。そして、メインモニターに大映しになったゴーアルターが、鉄拳を振り上げたその時だった。

 コンテナを破壊する衝撃を、歩駆の意思が受け止めた。

 思って動かした、その操作に謎のマシンが応えたのだ。

 そして、冷たい蒸気を発散しながら、白く煙る中でコンテナが解放される。


「歩駆様! どうぞ、ご存分に……本当は、欧州での地球統一コンサートの時にお渡しするはずだったんですが」

「な、なにを……いや、こいつをか!」

「ええ。トヨトミインダストリー製のサーヴァント……限りなくexSVエクスサーヴァントに近い人形機動兵器。さあ、歩駆様! このえにし運命さだめ、そして奇跡! 頑張Gんばってください、歩駆様Aルクさま……竜華Rュウカを守る騎士Kイトとなって!」


 開けた視界が陽の光に染まってゆく。

 そして、ゴーアルターの鉄拳を受け止める、聖櫃ARKの守護神が立ち上がる。

 その名は、GアークARK……歩駆の新たな力となるか、その威容。確信は持てないまでも、歩駆は根拠のない直感で機体を操る。

 そして、見る……人をかたどるゴーアルターの頭部、その表情に驚愕きょうがく戦慄せんりつが浮かぶのを。

 戦火に燃える空の港に、奇跡を詰め込んだ鉄巨人が立ち上がった瞬間だった。

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