Act.18「決断を選ぶ者」
第103話「甘き誘惑へと抗って」
巨大な首都が炎に包まれ、黒煙が
その光景を、アレックス・マイヤーズは
眼の前のセントラルパークで始まる予定だった、無慈悲な公開処刑。
たった一人、単機で救出に飛び込んできた仲間の背中。
全てアレックスは、その目で見て確かめた。
そんな彼の震える肩に、優しげな手がそっと触れてくる。
「素晴らしいとは思わないかい? アレックス君」
耳元で
甘やかなバリトンボイスが、耳の奥まで染み込んでくる。
アレックスは目の前の惨劇を背に、振り返った。
今、ミラ・エステリアルはバルト・イワンドによって守られ、
この馬鹿げた乱痴気騒ぎを演出した魔人は、
「もうすぐ
「エンターさんが? いったいなにを……まさか!」
「そのまさかだよ、アレックス君」
あくまで穏やかな紳士の顔を崩さない総介。
アレックスの脳裏に、もう一つの地球……惑星"
戦いとさえ言えない虐殺を広げて、リジャスト・グリッターズに立ち塞がったのである。
その惨劇が今度はエークスの首都で始まる。
アレックスは、全身が
おびただしい数の犠牲を想像するだけで、足元がぐらつき立っていられない。それでも彼は、屋上を囲む手すりに寄り掛かりながら総介を
「なにが……いったい、なにが目的なんですかっ! どうして
「こんなこと、とは?」
「破壊と、殺戮……戦争ですよ、これは! 戦争なんかして、いったいなにがほしいんです! 地位ですか? 名誉? それともお金ですか!」
アレックスの絶叫を吸い込む空に、戦闘機の爆音が響く。
どうやら
このままでは、市街地戦が広がるばかりだ。そして、その中で沢山の市民が犠牲になる。リジャスト・グリッターズが被害を最小限に止めようとしても、それをゼロにすることは難しい。
そして、失った命は決して戻ってこない。
そのことをアレックスは、誰よりもよく知っていた。
誰よりも強く、己の心に刻みつけていた。
だが、涼しい顔で総介は言い放つ。
「僕は常に、愛のために動いている。求め欲する、望むもの……それは、愛」
「愛……!?」
「そうだよ、アレックス君。君もいずれ、失ってみればわかる。人間はいかなる時でも、どんな立場でも……誰でも、失うことでしか本当の価値を知りえないのだよ」
「知ったふうな口をっ!」
だが、激したアレックスへと目を細めて、総介は後ろを向いてしまった。
丁度、重々しい音と共にドアが開いて、一組の男女がやってきたところだった。
小さな小さな少女、幼女とさえ言える女の子は、リン・カルタ。
そして、その
「総介様っ! ここでのお仕事は終わったのでしょう? アルクを急いで呼び戻した方がいいわ。あの子、少しずつ引きずられてる。このままでは
総介の前まで駆けてきて、リンがぴょんぴょん飛び跳ねる。
そんな彼女を撫でて抱き寄せる横顔は、ことさら優しい。とても、世界を
アレックスは、時々わからなくなる。
リジャスト・グリッターズを
そして、それを求められた意味をここで知らされる。
「時命皇、リンを頼めますかな?」
「
「彼とは、最後の話があります。さあ、決断の時だ……アレックス君」
向き直る総介が手を伸べてくる。
開かれた手の平をじっと見詰めて、アレックスは呼吸を忘れてしまった。
「選び
アレックスは
同時に、その誘惑が当然のようにも感じる。
ピージオンの力は、ユナイテットフォーミュラ規格のあらゆる兵器を席巻する。掌握して手中に握り、自由自在に操ることができるのだ。
だが、ここはそんなピージオンが造られた惑星"r"ではない。
もう一つの地球、全く違う軍事規格が入り乱れる惑星"
拒絶の言葉を発したつもりが、声は情けないくらいに震えていた。
「ピッ、ピージオンの力はそこまで万能じゃない。それに……貴方だったら、僕がいなくてもピージオンを扱えるんじゃないですか? そう、僕なんか」
総介は、想定された問答を完成させるかのように言葉を
静かで穏やかな声だ。
「君が必要だ……アレックス・マイヤーズ君。ピージオンに乗る、君こそが必要なんだ」
「
「
「違うっ! 僕は、そんなつもりで……ただ、守りたかった! 守れるうちは……それすら、できなかった。それなのに貴方は、僕の
総介はゆっくりと
「アレックス君。君が選ぶんだ……今やピージオンは、僕の魔術を必要とせぬ程に全知全能の力を宿しつつある。そう、ピージオンこそが世界に欠けたパズルのピース……それをはめ込むことで、僕の思い描く絵が広がる
「僕は……僕はっ!」
心配そうに見詰めてくるリンが、思わず駆け寄りそうになっていた。
それをそっと手で、時命皇が制する。
なにか言いたげに口を開いては噤むリンの、大きくつぶらな
絶叫が響いたのは、そんな時だった。
『おやっさん! 回線がこんがらがってるよ、全然通じない。だから、いいよね!』
『おいおい、待ちなって! シルバー!』
キーン、と耳に痛い音と共に、聞き覚えのある声が響き渡った。
驚いたことに、マイクを通した肉声である。
そして、その女の子の声には全く緊張感がなかった。
『うー、マイクテス、テステス! あー、ゴホン! バルトのおっちゃん! 街の上空に
シルバーの声だ。
同時に、立ち上がったアレックスは手すりの上に身を乗り出す。
大地を疾駆する
そのコクピットから、シルバーの声はずっと続いていた。
『バルトのおっちゃん、ミラちゃんみっけた? よね? 多分、助けたよね……そんな気、するんだ。だから、早くいつもの仕事に戻ってよ。みんな、待ってるよ! おっちゃんの命令を、指示を……声を、待ってる!』
その時、議事堂前の公園で片膝を突いていた機体が、僅かに動いた。ゆっくり立ち上がると、全身のリアクティブ・アーマーをパージする。
その背を守るように、雄々しき虎の化身が並び立った。
割れるように響くシルバーの声は、アレックスにも呼びかけてくる。
『そーれーとーっ! アレックスー、聴こえるー? 怒ってないから、帰っておいでよ! 私、一緒にゴメンしてあげるから。なんでも話せば、みんなわかってくれるよ! 帰ってこないと、話だってできないし、怒れないし。ねー、わかったー!』
突如として現れた巨神に、周囲の首都防衛大隊は明らかに浮足立った。
空港の方でも先程から砲火の光が飛び交っている。
そして、混迷の戦場では……空に怪しげなオーロラが広がっていた。この
呆気に取られていたアレックスは、ゆっくりと手すりから離れる。
もう、震えは止まった。
自分の脚で、立てる。
立って、歩ける。
「そうか、僕は……今まで、選んでこなかったんだ。みんなも仲間も、エリーも……敵さえも、殺さないようにって。でも、それじゃあまだ選び足りなかったんだ」
不意に頭がクリアになってゆく。
そして、そんなアレックスの表情を見て、総介は
「行くかね?」
「……はい。あ、あのっ! お、お世話になりました。リンさんも。その、僕は……僕は、母親を知りません。だから、上手く世話を焼かれてなくて、でも……嬉しかったです」
驚いた顔でなにかを言いかけたが、黙ってリンは大きく頷いた。
アレックスは、決めた。決意を改め、選び直した。
その選択が待つ結果へと、彼は走り出す……振り向かずに。
屋上を飛び出て階段を駆け下りれば、不思議と身体が軽かった。隠してあるピージオンへと向かって、アレックスは全速力で走り続けるのだった。
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