第102話「高みへ挑み、その先へ」

 エークス首都郊外、民間と軍が共用で使う空港は混乱していた。

 ひっきりなしに響くサイレンの中で、全ての発着便が待機のままだ。そして、スクランブルの軍用機が次々と空に吸い込まれてゆく。

 戦慄せんりつに支配された空へと、巨大な宇宙戦艦うちゅうせんかんは全速力で突入した。

 超法規的独立部隊ちょうほうきてきどくりつぶたいリジャスト・グリッターズ総旗艦そうきかん、コスモフリートだ。

 フォトン・カタパルトに接続されたオーラムの中で、御門晃ミカドアキラは機体の最終チェックを手早く済ませる。愛機のコクピットに乗ると、酷く落ち着く自分がおかしかった。


「全システム、オールグリーン。ルベウスパック、接続完了。全兵装、オンライン」


 狭いコクピットの中で、デジタルの表示が画面に走ってアキラを照らす。

 無数の光に囲まれ、高揚感こうようかんに心が踊った。

 大きな作戦、決死の救出を援護する中……やはりアキラは、人型機動兵器を、巨大ロボットを操縦する喜びを感じずにはいられない。

 スーツのヘルメットに、通りの良い声が響いたのはそんな時だった。

 オペレーターを一時的に務めている、エリー・キュル・ペッパーが誘導してくれる。


『〝オーラム〟、発進位置へ。粒圧りゅうあつ最大、出力100%……臨界』

「了解。脚部ジョイント、よし。カタパルト同調」

『アキラ君……さっきも言ったけど、アレックスのことはいいからね。彼、昔から思い詰め過ぎるとこがあるから』


 さっきの話というのは、アレックス・マイヤーズのことだ。

 以前、家出した彼に佐々佐助サッササスケが接触することに成功した。だが、持ち帰られた情報は、アレックスが佐々総介サッサソウスケの率いる一団と行動を共にしていることだった。

 リジャスト・グリッターズの戦いに嫌気がさした?

 それで今度は、敵の側に寝返ったのか?

 その答えを今、誰もが持ち合わせていない。

 ただ、アキラはパイロット仲間の皆と共有している想いだけは確かである。


「エリーさん、大丈夫ですよ。アレックスさん、きっとどこかで見てます……だから、僕達が行動で示したものを、きっと感じ取ってくれるんです」

『アキラ君……』

「今は目の前の戦いに集中します。でも……アレックスさんをもし見つけたら、見かけたら。その時は、僕もそうだし誰かが手を差し伸べますよ」

『……ふふ、はげますつもりが励まされちゃったな。じゃあ、約束して。必ず生きて帰ってくること。カグヤちゃんを助けるため……ツバメ准尉じゅんいを守るために。いい?』


 大きくうなずき、小さなウィンドウのエリーに親指を立ててみせる。

 そうしてアキラは、混迷の戦場へと自らを打ち出した。


『EVD-01〝オーラム〟、発進どうぞ!』

「御門晃、〝オーラム〟はルベウスパックで出ます!」


 粒子フォトンを圧縮したカタパルトが、弾けるように飛び出す。

 強いGを感じた次の瞬間、モニターが映す〝オーラム〟の視界が蒼穹そうきゅうに染まった。黒炎が風に揺れて煙る、戦場の空だ。

 すぐに自由落下で、オーラムは姿勢を制御しながら空港の制圧へと降りてゆく。

 目的は二つ……バルト・イワンド大尉の援護と、欧州行きの補給物資の確保だ。IDEALイデアルの方で手配してくれた装備品が、この空港で足止めを食らっている。ならば、陽動作戦も兼ねて直接受領してしまおうというのだ。

 アキラの〝オーラム〟は制動のブーストをかけ、スラスターから青白い炎を吐き出し着地する。


「先に降りてる流狼ルロウさんと佐助サスケさんは……ッ! 殺気が!」


 肌にひりつく感覚が、一秒前のアキラを殺した。

 その前に実際の機体を翻した〝オーラム〟は、ビームの光条が突き抜ける中を振り返る。

 狙撃された。

 しかし、レーダーに反応はなく目視もできない。


「ライフリング光波形ひかりはけい、解析……97%の確率で、OVD-01〝アルマース〟だ。厄介だな」


 OVD-01〝アルマース〟は狙撃戦に特化したヴェサロイドだ。特殊なVDヴィーディで、光学迷彩こうがくめいさいマントを装備し姿を隠す。ステルス性能に優れ、赤外線や熱源探知、音紋解読も難しい。

 止まれば即座に撃ち抜かれる。

 加速力が自慢の強襲装備、ルベウスパックでは不利だ。

 射撃を避けながら、敵の数を数えての回避運動は続いた。


「セオリー通り、狙撃手は二機……でも、位置を特定できないっ!」


 自分を落ち着かせながら呟けば、陽気な声が通信に入り交じる。


『ヘイ、ユー! クールダウンだ、アキラ!』

「チクタクマンさん!? ケイオスハウルの位置は」

すでに佐助を通じて、この土地の魔力を支配しつつある。惑わされるな、アキラ。ひたいの奥に違う目を念じてみるんだ!』

「違う目……第三の目?」

隠遁いんとん射手しゃしゅは確かに存在する。この場所に、この空間に確かに。その実像が見えなくとも、同じ空気に接しているのだ。アーユーオーケー? 見えないと思うから、見えない。ならばその逆だ』


 トンチのような話だが、向こうの回線にも戦闘の爆発音が入り交じる。

 思い切ってアキラは、目を閉じた。

 そして、額への奥へとイメージを集中させる。

 チクタクマンの言葉は、まるで真言マントラだ……見えないと思うから、見えない。その逆は、見ようと思えば見える。そう思った瞬間、脳裏でなにかが触れた。

 すかさずアキラは、〝オーラム〟のルベウスパックが装備する背部3連装小型マイクロミサイルポッドの中身をブチまけた。

 同時に、放たれた狙撃を避ける。

 その光が放たれた根本へと、無数のミサイルが殺到して爆発。

 格納庫の影にかがんでいた〝アルマース〟が炎に包まれ擱座かくざした。


「まず一機! 次っ……しまった、後ろか!」


 機体を振り向かせた瞬間、光学迷彩マントを脱ぎ捨てる〝アルマース〟の姿が見えた。

 僚機りょうきを撃破されたことで、狙撃ポジションを失ったと判断したのだ。思い切りのいいパイロットだ……まだこの距離では、向こうの極光狙撃銃ビームスナイパーライフルがある。

 だが、あかい小さな影が走って、両者の間に割って入った。

 飛猷流狼トバカリルロウが駆るアカグマだ。


『チクタクマンだけに美味しい思い、させないぞっ! マスター、ガツンとやってこ☆』

『今度は俺の……俺達の番だっ!』


 アカグマの膨れ上がった前腕部が、赤き鉄拳てっけんを握り締める。

 流狼は迷わず、振りかざした拳を大地へと叩き付けた。

 迫る〝アルマース〟へと大地がひび割れ、滑走路が隆起して大地が波打つ。巨大な岩盤の津波が、あっという間に〝アルマース〟の自由を奪った。

 パンチの衝撃を受けて、地面がまるで波濤はとうのように逆巻さかまいたのだ。

 その間隙にアキラが距離を詰めて、雌雄一対しゆういっつい短機関銃サブマシンガンをお見舞いする。

 厄介やっかいな狙撃手が排除されたことで、アカグマは片膝を突いてコクピットを開放した。中から出てきたのは、真道歩駆シンドウアルク八尺零児ヤサカレイジである。

 二人はアキラの〝オーラム〟にも手を振ると、互いに目配せして散った。

 他にも多くの人員が、空港内の補給物資を探している。

 その間、ここを確保しておく必要があるのだ。


「流狼さん、佐助さん。後続が来るまで、僕達でここを維持しますッ!」

『了解だ、アキラ。チクタクマンが今、空港内のシステムに侵入している。情報が入れば、すぐにみんなに転送するよ』

『次のお客さんが来たみたいだな。……ちょっと数が多いが、やるしかないっ!』


 先陣を務めるように、アカグマが吠えるように地を蹴る。

 その先へと機体の首をめぐらし、アキラも視認した。

 恐らく駐留部隊が本格的に迎撃行動に移ったのだろう……その数、先発隊だけでも一個中隊レベルである。かなりの数がそれぞれ隊伍たいごを組んで、各々の装備を有効活用するレンジへ散らばってゆく。

 だが、すでに制空権はリジャスト・グリッターズにあった。


『すまない、アキラ! エークスのスクランブラーに少し手間取ってしまった!』

「つばねえ!」


 飛行形態のまま垂直に落下しながら、佐甲斐燕サカイツバメのCVD-01〝グラディウス〟が変形する。その影から、もう一対の翼がより速く、鋭く降下してきた。

 複雑な戦闘機動に踊る二機は、互いの死角をかばいながら変形、地表を掃射する。

 ユート・ライゼスのEYF-X RAYレイだ。

 ガンポッドからけた空薬莢からやっきょうが放物線をえがく。

 その動きがスローモーションに見えるほど、二機の連携は完璧だった。

 最後にユートは、倒れながらも反撃しようとする敵を踏み付け、その頭部になまりつぶてを吐き出させた。


『ツバメ准尉、アキラを頼む! みんな、まだやれるな?』

『お待たせ、アキラ。空港側に敵を集めれば、それだけバルト大尉が楽になる。ここが踏ん張りどころだよ』


 頼もしい援軍の到着に、敵側が浮足立つ。

 アキラは改めて、凛々りりしくすずやかなツバメの腕前に惚れ直した。あくまでパイロットとしての技術にだと自分に言い聞かせるが、同じアーカディアンのプレイヤーとして誇らしい気持ちは本物だ。

 そして彼女はまだ、彼女自信の真骨頂である高速での格闘戦を見せていない。


『ん? どうした、アキラ』

「いっ、いや! なんでもないんだ。それより、ありがとう。ユートさんも」

『そうそう、さっきユートが空の上で……ふふっ。わたしが背後を敵に取られた時、咄嗟とっさにユートが……。アキラの呼び方が伝染うつったみたいだったな』


 一瞬だけ、RAYの動きが止まる。その顔を覆うバイザーの奥で、光学センサーが微かなモーター音と共に輝いた。彼は『よしてくれ、つば……あ、いや、ツバメ准尉』とバツが悪そうに呟く。

 だが、和気藹々わきあいあいとした一瞬も終わりだった。

 突如として天から、苛烈かれつな光が降り注ぐ。


『オーマイガッ! サスケ、あれは……ゴーアルターだ!』

『こっちでも確認したヨー! ナオト達、やられちゃったみたいだ!? どうしよ、マスター!』


 白亜に輝く神像が、腕組みゆっくりと降りてくる。

 見上げるアキラは、言葉にできぬ威圧感に気付けば震えていた。敵意も殺意も感じられない。むしろ、恐ろしいまでに澄みきった平静……静謐せいひつとさえ言える空気がゴーアルターを取り巻いている。

 だが、その中で操っているのは、仲間の歩駆ではない……もう一人のアルクだ。

 思わず萎縮しそうになるアキラの耳朶を、いつもの鬼教官の声が叩く。


『アキラ、臆するな……全員で当たるぞ。それと』

「それと?」

『今のお前には、以前よりも力がある。……。俺が鍛えたお前は、耐える。耐えきれなくても、みんなで支える。全機、目標ゴーアルター……ATTACKアタック!』


 息をゆっくりと吸い、肺腑はいふに留める。

 そして、目を見開いてアキラはパネルを操作、一つ上の領域へと〝オーラム〟を放り込んだ。この空港でもまた、決して退けぬ戦いが始まろうとしていた。

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