第101話「兵士、大人、そして男として」

 超大国エークスの首都は、混沌こんとん震撼しんかんに支配されていた。

 味方のはずの……それも、謎の事故で消息不明となった試験先行運用部隊しけんせんこううんようぶたいの、襲撃。その隊長機であるトール一号機が、装備過積載状態オーバーウェポン強襲きょうしゅうしてきたのだ。

 逆の立場ならば、バルト・イワンドも驚いただろう。

 冷静で優れた軍人ほど、セオリーと前例を加味する。それを全てと盲信することがなくとも、戦いの歴史から何かを学んで判断しようとする。そのわずかな隙へと、バルトは付け込んだ……そして、その一点に最大の突破力を集中させる。


「動きが散漫な……そんなことでは生き残れんぞっ!」


 首都防衛大隊しゅとぼうえいだいたいの運用する、第二世代型のトールを破壊する。

 センサー系を集中させた頭部だけを、アサルトスピアで突き貫く。

 過去の撃墜記録スコアを更新し続けながら、バルトは議事堂前を目指した。この大通りからでも、遥か先での混乱が見て取れる。

 なげかわしい。

 逃げ惑う大衆に、警備の軍人達……皆、今日の公開処刑のために集まった人間だ。

 いつからエークスは、前時代的な統治に逆戻りしたのだろうか? 

 国家として完璧な存在というものは、これは存在しない。机上きじょう空論くうろんだ。だが、常に多くの人間の手で、モアベターが模索され続けてきた。

 そんな中での、突然の蛮行。

 バルトは凶行の根源、暗躍する闇を確信していた。


佐々総介サッサソウスケ……この借りは高く付くぞ」


 人間の尊厳と生命、それに勝るものはない。

 とすれば、その全てを人権や財産と一緒に守るのが国家だ。

 そして、国とはその土地、そこに住む民でもある。

 それをみだりに危険へと追いやる者を、バルトは軍人として許せない。許せる筈がないのだ。何故なぜなら、彼は国土と国民のためにゲルバニアンと戦い、必要とあらばエークスという所属国家とも戦う、誇り高き軍人だからだ。

 そんなバルトのトール一号機に、ビルの影から敵機が迫る。


『このぉ、よくも首都でテロなどと!』


 突き出されたコンバットナイフが、鋭い切っ先でトール一号機を擦過する。

 瞬時に反応したバルトの意思を、MNCSマナクスの補佐が機体へ伝えていた。巨大な全高20mの巨人兵は、左腕部の装甲に火花をちらして刺突しとつを受け流す。

 まだ若い、青年パイロットの声だ。

 少し、部下のナオト・オウレン少尉に似ていた。

 だが、感傷も感慨かんがいもなく、バルトはトール一号機の意思そのものとなって機体を躍動させた。繰り出される二ノ太刀にのたちの斬撃の、その手首を掴んで受け止める。


『クッ、新型の方が出力が上か!』

「抵抗するな。その腕では俺には勝てん」

『この国を、街を守るんだ! 俺がアンタに勝てるかどうかなんてぇ!』


 裂帛れっぱくの意思、という言葉がある。

 尋常ならざる決意と覚悟は、時として人間の力を最大限以上に引き出すことがあるのだ。だが、それは悲壮な崖っぷちと同意義であることが多い。

 真の軍人こそ、そうした精神論や極限状態を回避するものだ。

 ただ、バルトの今の解釈では、一つだけ身を委ねてもいい感情、想いがある。

 


「貴官の階級と名前は? それらを明かした上で、貴官に与えられた任務を述べよ」

『誰がテロリストなんかにっ!』

「テロとは、軍事力、暴力による政治行動の表現、及び行使だ。俺は極めて個人的な理由で原隊を不当に離脱し、単独で行動中である」

『そういうのを、テロリストって言うんだよ!』

「……ならば、軍規に反した非人道的な公開処刑は、テロと同等の卑劣な行為だとは思わないか!」


 二機のトールが、刃を押し合いながら路上で組み合う。

 バルトは前言を心の中で撤回した。

 思ったよりは、やる。

 首都防衛大隊は、陸軍でもエリートだけが集う最精鋭だ。その実態は、金持ちや軍人一族の子息ばかりを集めた、もっとも戦死率が低い安全な部隊である。

 眼の前の男もそうだと思った。

 だが、血気にたけ若人わこうどの声は、気迫がこもった兵士のそれだ。いい兵士になる、そんな若者だ。殺していい人間じゃない。そして、死んでいい生命などどこにもない。


『俺はゼイン・カピターン! 首都防衛大隊所属、階級は准尉じゅんいだ!』

「ゼイン准尉、君と同じエークスの准尉が今、不当に処刑されようとしている」

『……知ってるさ! でもなあ……俺達軍人は、命令以外の戦いをしてはならない!』

「貴官の判断力は正常だ。だがっ! それが正しくとも、正しさだけでは誰も救えない!」


 正しさは誰も救わない。

 正しいだけでは、一人も助けられないのだ。

 それをバルトは、あの戦場で知った。

 妻を失い、大敗を喫したあの街の戦場で。

 その追憶を振り切り、バルトの声でトール一号機がパワーを増す。


『なっ……しまった!』


 ナイフを突きつけてくる相手に対して、バルトは力のベクトルをひるがえした。

 押し合い拮抗きっこうしていた力のバランスが、あっという間に崩壊する。

 トール一号機は、刃を捩じ込んでくるその力を、そのまま受けて引き込んだ。同時に、両膝関節、腰のスイング関節が瞬発力を発揮する。

 幾度いくどとなく戦場でテストされ、そのデータを積み上げてきた機体だけが持つ、なめらかな……それはもう、バルト本人の肉体そのもの以上に反応する鋼鉄の筋肉。


「法の遵守じゅんしゅは立派だが、その中で考えることをやめるな……感じることを疑いながら、本当の戦いを探すのが軍人だ!」


 すでに無数のロックオンが、バルトのトール一号機を捉えていた。

 だが、構わず若きゼイン准尉の機体をかついで腰で跳ね上げる。

 それは、柔道でいう一本背負いのような形になった。

 そして、アスファルトに背中から敵を叩きつける、その反動でフルブースト……全スラスターの推力を一点に収束して、トール一号機は空へと駆け上げる。

 一秒前のバルトを、無数の火線が蜂の巣にした。


『外した!? 目標ロスト、いや――』

『上だっ! ジャンプして……各機、散開っ! 散れっ!』

『馬鹿め、飛び上がった以上は重力からは逃げられねえ! 落ちるところを』

『馬鹿は貴様だっ! 射撃による攻撃の失敗は、即移動! 基本だろうが!』


 議事堂へとびながら、空中で身をひねって眼下を一望する。

 バルトの視界に、展開中のトールとヴェサロイドが全て見えた。

 次々とロックオンし、全兵装をそれぞれマニュアルで割り振る。

 多薬室砲たやくしつほうによる砲撃は、一番密集している戦闘群の中心に。増設されたミサイルポッドやグレネードランチャーを、スモークディスチャージャーと同時にオートで設定。

 雷神トールが宙を舞う瞬間、その刹那せつないかずちが炎となって降り注いだ。


「死なない程度に黙ってもらうぞ……フル・ファイア!」


 トール一号機に増設された全兵装が、一斉に火を吹いた。

 大通りが強力な多薬室砲の射撃でめくれあがり、爆風が歩兵や随伴車両を薙ぎ払う。市民の退避が完了していたのは見計らっていたが、それでも生身の人間にはひとたまりもなかあった。

 また、建造物の影に待ち伏せしていた機体も、上から見下ろせば一目瞭然。

 全てがミサイルとグレネードの餌食になって、中破、ないしは大破して止まった。

 そして、バルトは愛機と共に着地、議事堂に背を向け立ち上がる。

 背後には、置き去りにされた少女が目隠しで固定されていた。遮られて尚も見上げる視線、叫ぶ声をセンサーが拾う。


『ああ……バルト、大尉たいい……どうして。何故、私なんかのために』


 なつかしい声だ。

 もう、何年も聴いていないような気がする。

 失ったかとも思えた時もあった。

 しかし、失いたくなかったと今は感じる。

 その想いを、共有してくれる仲間達がいる。

 バルトは、トール一号機を身構えさせ、不要になったミサイルポッド等をパージしながら外部マイクに静かに語った。


「ミラ・エステリアル准尉、報告を」


 一瞬、足元で息を飲む気配があった。

 まだまだ首都防衛大隊の戦力は、たった一機のトール一号機を包囲せんと向かってくる。

 ロックオンを警告する無数のアラートで、コクピットが赤く染まった。


「どうした? ミラ准尉。現状を報告せよ」

『だ、駄目、です……大尉! バルト大尉っ、逃げてください!』

「くりかえす、現状を報告せよ。お前はなによりもまず、俺の……部下だ」

『大尉……』


 無数の弾丸が放たれた。

 はりつけのミラの前に立ちはだかれば、コクピットが激震に揺れる。全身に張り巡らせたリアクティブアーマーが、文字通り火を吹いて機体を守った。

 だが、もうもうと立ち込める煙の向こうで銃口は増えてゆく。

 それでも、平常心でバルトは言の葉をつむいだ。


「ミラ准尉、報告せよ……お前の言葉を、声を聴きに来た。俺は、お前の隊長だからだ」

『バルト大尉……』


 すさぶ爆風の中、後部カメラが捉えるミラの映像がぶれた。目隠しを剥ぎ取られた彼女は、泣きながらバルトの背中に叫ぶ。


『私は……ミラ・エステリアル准尉は! バルト大尉の部下として、異変調査団いへんちょうさだんへの原隊復帰を希望します! 謎の次元転位ディストーション・リープ以降、突然エークス領内に……以後、監禁と尋問……拷問で――』

「了解した、ミラ准尉。貴官を異変調査団改め、超法規的独立部隊ちょうほうきてきどくりつぶたいリジャスト・グリッターズの一員として原隊復帰を認める!」

『リジャスト……グリッターズ……』

「お前の帰える、仲間の待つ場所だ、ミラ准尉。今すぐ――うおっ!?」


 縛られたミラを守って動けぬバルトへと、ありったけの火力が浴びせられる。文字通り身を盾にして爆発に包まれながらも、バルトは足元の振動に勝利を確信していた。

 そして、突如背後で絶叫が迸る。

 敵の射撃を、その銃爪トリガーすら躊躇ためらわせる、獣のごと怒号どごう


『やるじゃねえか、バルトの隊長さんよぉ……なら、この喧嘩けんかは俺で買わせてもらうぜぇ! アンタの喧嘩は俺の喧嘩、俺等の喧嘩よぉ!』


 縛られたミラが突然、持ち上がった。

 そして、彼女を片手でかかげてささげるように……大地の中から怒りの猛虎もうこが立ち上がる。それは、天原旭アマハラアサヒと共に咆哮ほうこうする虎珠皇こじゅおう雄々おおしい姿だった。

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