第101話「兵士、大人、そして男として」
超大国エークスの首都は、
味方の
逆の立場ならば、バルト・イワンドも驚いただろう。
冷静で優れた軍人ほど、セオリーと前例を加味する。それを全てと盲信することがなくとも、戦いの歴史から何かを学んで判断しようとする。その
「動きが散漫な……そんなことでは生き残れんぞっ!」
センサー系を集中させた頭部だけを、アサルトスピアで突き貫く。
過去の
逃げ惑う大衆に、警備の軍人達……皆、今日の公開処刑のために集まった人間だ。
いつからエークスは、前時代的な統治に逆戻りしたのだろうか?
国家として完璧な存在というものは、これは存在しない。
そんな中での、突然の蛮行。
バルトは凶行の根源、暗躍する闇を確信していた。
「
人間の尊厳と生命、それに勝るものはない。
とすれば、その全てを人権や財産と一緒に守るのが国家だ。
そして、国とはその土地、そこに住む民でもある。
それをみだりに危険へと追いやる者を、バルトは軍人として許せない。許せる筈がないのだ。
そんなバルトのトール一号機に、ビルの影から敵機が迫る。
『このぉ、よくも首都でテロなどと!』
突き出されたコンバットナイフが、鋭い切っ先でトール一号機を擦過する。
瞬時に反応したバルトの意思を、
まだ若い、青年パイロットの声だ。
少し、部下のナオト・オウレン少尉に似ていた。
だが、感傷も
『クッ、新型の方が出力が上か!』
「抵抗するな。その腕では俺には勝てん」
『この国を、街を守るんだ! 俺がアンタに勝てるかどうかなんてぇ!』
尋常ならざる決意と覚悟は、時として人間の力を最大限以上に引き出すことがあるのだ。だが、それは悲壮な崖っぷちと同意義であることが多い。
真の軍人こそ、そうした精神論や極限状態を回避するものだ。
ただ、バルトの今の解釈では、一つだけ身を委ねてもいい感情、想いがある。
それは同胞を、仲間を救いたいと思う願いだ。
「貴官の階級と名前は? それらを明かした上で、貴官に与えられた任務を述べよ」
『誰がテロリストなんかにっ!』
「テロとは、軍事力、暴力による政治行動の表現、及び行使だ。俺は極めて個人的な理由で原隊を不当に離脱し、単独で行動中である」
『そういうのを、テロリストって言うんだよ!』
「……ならば、軍規に反した非人道的な公開処刑は、テロと同等の卑劣な行為だとは思わないか!」
二機のトールが、刃を押し合いながら路上で組み合う。
バルトは前言を心の中で撤回した。
思ったよりは、やる。
首都防衛大隊は、陸軍でもエリートだけが集う最精鋭だ。その実態は、金持ちや軍人一族の子息ばかりを集めた、もっとも戦死率が低い安全な部隊である。
眼の前の男もそうだと思った。
だが、血気に
『俺はゼイン・カピターン! 首都防衛大隊所属、階級は
「ゼイン准尉、君と同じエークスの准尉が今、不当に処刑されようとしている」
『……知ってるさ! でもなあ……俺達軍人は、命令以外の戦いをしてはならない!』
「貴官の判断力は正常だ。だがっ! それが正しくとも、正しさだけでは誰も救えない!」
正しさは誰も救わない。
正しいだけでは、一人も助けられないのだ。
それをバルトは、あの戦場で知った。
妻を失い、大敗を喫したあの街の戦場で。
その追憶を振り切り、バルトの声でトール一号機がパワーを増す。
『なっ……しまった!』
ナイフを突きつけてくる相手に対して、バルトは力のベクトルを
押し合い
トール一号機は、刃を捩じ込んでくるその力を、そのまま受けて引き込んだ。同時に、両膝関節、腰のスイング関節が瞬発力を発揮する。
「法の
だが、構わず若きゼイン准尉の機体を
それは、柔道でいう一本背負いのような形になった。
そして、アスファルトに背中から敵を叩きつける、その反動でフルブースト……全スラスターの推力を一点に収束して、トール一号機は空へと駆け上げる。
一秒前のバルトを、無数の火線が蜂の巣にした。
『外した!? 目標ロスト、いや――』
『上だっ! ジャンプして……各機、散開っ! 散れっ!』
『馬鹿め、飛び上がった以上は重力からは逃げられねえ! 落ちるところを』
『馬鹿は貴様だっ! 射撃による攻撃の失敗は、即移動! 基本だろうが!』
議事堂へと
バルトの視界に、展開中のトールとヴェサロイドが全て見えた。
次々とロックオンし、全兵装をそれぞれマニュアルで割り振る。
「死なない程度に黙ってもらうぞ……フル・ファイア!」
トール一号機に増設された全兵装が、一斉に火を吹いた。
大通りが強力な多薬室砲の射撃でめくれあがり、爆風が歩兵や随伴車両を薙ぎ払う。市民の退避が完了していたのは見計らっていたが、それでも生身の人間にはひとたまりもなかあった。
また、建造物の影に待ち伏せしていた機体も、上から見下ろせば一目瞭然。
全てがミサイルとグレネードの餌食になって、中破、ないしは大破して止まった。
そして、バルトは愛機と共に着地、議事堂に背を向け立ち上がる。
背後には、置き去りにされた少女が目隠しで固定されていた。遮られて尚も見上げる視線、叫ぶ声をセンサーが拾う。
『ああ……バルト、
もう、何年も聴いていないような気がする。
失ったかとも思えた時もあった。
しかし、失いたくなかったと今は感じる。
その想いを、共有してくれる仲間達がいる。
バルトは、トール一号機を身構えさせ、不要になったミサイルポッド等をパージしながら外部マイクに静かに語った。
「ミラ・エステリアル准尉、報告を」
一瞬、足元で息を飲む気配があった。
まだまだ首都防衛大隊の戦力は、たった一機のトール一号機を包囲せんと向かってくる。
ロックオンを警告する無数のアラートで、コクピットが赤く染まった。
「どうした? ミラ准尉。現状を報告せよ」
『だ、駄目、です……大尉! バルト大尉っ、逃げてください!』
「くりかえす、現状を報告せよ。お前はなによりもまず、俺の……部下だ」
『大尉……』
無数の弾丸が放たれた。
だが、もうもうと立ち込める煙の向こうで銃口は増えてゆく。
それでも、平常心でバルトは言の葉を
「ミラ准尉、報告せよ……お前の言葉を、声を聴きに来た。俺は、お前の隊長だからだ」
『バルト大尉……』
『私は……ミラ・エステリアル准尉は! バルト大尉の部下として、
「了解した、ミラ准尉。貴官を異変調査団改め、
『リジャスト……グリッターズ……』
「お前の帰える、仲間の待つ場所だ、ミラ准尉。今すぐ――うおっ!?」
縛られたミラを守って動けぬバルトへと、ありったけの火力が浴びせられる。文字通り身を盾にして爆発に包まれながらも、バルトは足元の振動に勝利を確信していた。
そして、突如背後で絶叫が迸る。
敵の射撃を、その
『やるじゃねえか、バルトの隊長さんよぉ……なら、この
縛られたミラが突然、持ち上がった。
そして、彼女を片手で
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます