第100話「戦友 ~ COMRADES ~」

 ナオト・オウレンは戻ってきた。

 感慨かんがいもなく、勿論もちろんだが感動もない。

 故郷とさえ思えず、母国への気持ちも持たない、帰還。

 エークスの首都郊外にて、仲間達との陽動作戦が続いていた。


『ナオト、その調子だ。せいぜい半端はんぱにやられてもらえ。撃破判定にこだわるなよ!』


 耳元では通信で、戦友のルーカス・クレットが軽口を叩く。

 彼からの援護射撃が、ナオトの死角に回り込もうとした敵機へなまりつぶてを浴びせていった。膝から腰にかけての一斉射で、その場に旧型の前世代機、第二世代型のトールが擱座かくざする。

 撃墜、撃破は、しない。

 周囲にはすでに、中破以上で身動き不能な敵機が無数に転がっている。

 全て、首都防衛大隊しゅとぼうえいだいたいに所属するトール、そしてヴェサロイドだった。

 勿論、今でも友軍だと思っている。

 だから、破壊はしない……無論、パイロットの生命優先と同時に、もう一つの目的があるからだ。


「助かる、ルーカス!」

『気にするな、戦友。それよか、ちょっと突っ込みすぎだ』

「わかってる。でも、多少強引にでも引っ掻き回さないと!」


 MNCSマナクスを通じて繋がる機体が、疲労を感じさせながらも馴染なじんでゆく。

 こんなにも長時間の戦闘、それも全力戦闘は初めてだ。

 だが、ここで首都防衛大隊の半数を引き受けねばならない。

 もう半数は、隊長であるバルト・イワンドが一人で背負っているからだ。


『二人共、突出し過ぎないように。どの道、敵には我々を無視するという選択肢は存在しないからな』


 この場の指揮を執る副長、リーグ・ベイナーの声は落ち着いている。

 彼もまた、戦友……同胞はらからであり、上官と部下、同じチーム。

 そうした中でも、戦友という言葉は一番重い。

 そこには、年齢も性別も、階級さえも超えたシンパシーとリスペクトがある。それをナオトは、この試験先行運用部隊で得ることができた。超法規的独立部隊ちょうほうきてきどくりつぶたいリジャスト・グリッターズに参加してからは、さらに強く感じることができる。

 過去も家族も持たぬ青年にとって、誇れるものができたのだ。

 だから、それを一番身近で体現してくれる男のため……その男を超えるため、戦う。


「クッ、数が減らない。けど、そうだ……お前達だって、友軍は助けたい。そうだろっ!」


 リーグの立てた作戦は、単純なものだ。

 三機でそれぞれ、近距離、中距離、遠距離のレンジを担当する。決してお互いのフォーメーションを崩さず、不利な時は躊躇ちゅうちょせずに後退する。

 一番後でリーグのトール二号機が、電子戦と索敵でサポートしつつ援護射撃。

 中央でルーカスのトール三号機が、前衛の撃ち漏らし確実に各個撃破する。

 そしてナオトのトール四号機は、肉薄の距離で敵と戦い続ける。


『クッ、奴らめ……実験部隊は伊達じゃない、いい腕じゃないか』

『おい、四人来い! そっちの東側の機体から救助するぞ。担架たんかを持て! 機体は大破してるが、パイロットを救出するんだよ!』

『動けなくなった機体からは、即座に脱出しろ! 動力の完全停止を忘れるな!』


 すぐ側に首都の街並みが見える。

 手を伸ばせば届きそうだ。

 近代化された高層ビルが立ち並び、その外縁を住宅や商業施設が取り囲んでいる。人口一千万の大都市は今、突然の襲撃でサイレンが鳴りっぱなしだった。

 裏切りのトール部隊による、突然の強襲。

 そうとしか向こうからは見えないが、ナオトには興味がなかった。


「次っ、13機目! 悪いが動きを止めさせてもらう!」


 逆手に握らせたコンバットナイフを翻して、ナオトの機体が疾風かぜになる。

 甲高い駆動音が響いて、土煙が彼の残像を飾った。

 敵機から見れば、恐ろしいだろう。

 ナオトだって恐ろしい。

 だが、その恐怖を克服できるだけのものを、たゆまぬ努力でつちかってきた。だから、怖いと思う気持ちを捨てず、そこからも逃げずに戦えるのだ。

 アサルトライフルを乱射する敵のトールの、その死角へと飛び込む。

 即座にひざの裏、装甲の薄い関節駆動部へとコンバットナイフを捩じ込んだ。


『クソッ、脚が……こいつ、まとわりつきやがって!』

「右足を完全に破壊した! 今すぐ機体を停止して戦闘をやめろ!」

『裏切り者が、なにをいまさらっ!』

「チィ! なら、少しそこで頭を冷やすんだな!」


 崩れ落ちる敵のトールから、即座に離れて大地へ機体を投げ出す。

 巨大な鉄人が、しなやかな猫のように前転で転がりながら地面をつかんだ。

 先程までいた場所へと、弾丸が無数に打ち込まれる。

 だが、少数のこちらに対して向こうは焦れて不自由を感じているはずだ。


『味方の損傷機をどけろ! 邪魔だ!』

『待ってくれ、撃つな! パイロットの回収ができない!』

『動けないなら、せめて邪魔はするなっての……どけよっ!』

『援護射撃だけでも……まだ腕は、手は動く!』


 横たわりながらも、サブマシンガンを向けてくる損傷機。

 その椀部を、後方からリーグの銃弾が撃ち抜いた。

 すぐさま態勢を立て直して、ナオトはトール四号機を躍動させる。

 だが、次の瞬間……散らばる戦闘不能な機体へと、無数の光が降り注いだ。


「なっ、なんだ!? 味方の援護? ……いや、違うッ!」


 ナオト達三人が生み出した、半端に擱座かくざさせただけの機体達。

 その全てが、爆発の火柱になって天をく。

 轟音を響かせる中……空には、まるで無力な虫けらを睥睨へいげいするような姿があった。腕組みしながら、背の巨大な翼で飛ぶ、それはまるで神の如き威容。


「あれは……ゴーアルター!」

『ああ、ゴーアルターだ……しかし、歩駆アルクの奴の話じゃ、あれは確か――』

『ナオト、それにルーカス。取り乱すな。決してファイティングポーズをといてはいけない。……奴の気配は、こちらを敵とすら思っていないようだ』


 リーグの言う通りだ。

 不遜ふそんなパイロットの態度を、機体がそのまま演じている。

 そのようによそおっているのか、酷く傲慢ごうまんな強さをナオトは感じた。

 そして、ゴーアルターから声が響く。

 真道歩駆シンドウアルクと同じようで、全く違う冷たい声だ。


『人間は何故、こんな無駄なことを……敵対して置きながら、手心を加える。同時に、敗者を助けようとする人間の愚行を考慮して作戦を立てる。……むなしいな』


 ナオトの背筋が、冷たいなにかに貫かれる。

 まるで感情を感じさせない、どこか超越ちょうえつして達観たっかんした声音だった。

 そして、やはりよく聞けば歩駆に声の響きだけは似ている。


「お前は……歩駆、なのか? どうしてゴーアルターに乗っている!」

『世界の均衡きんこう、そして調和。それを佐々総介サッサソウスケが小さく、決定的に崩した。失われた者をとりもどし、それに釣り合うだけの存在を引き寄せたのさ』

「……ひょっとして、アトゥさんのことを言っているのか」


 ナオトは思い出す。

 アトゥさん、と呼ぶたびに「ちょっとぉ? 我輩わがはいのことはアトゥちゃんて呼んでくれる?」と魅力的な笑みを浮かべる少女を。その美貌を。

 彼女は、佐々総介が蘇らせた『』と釣り合いを取るだけの存在として、呼び出された。そのことに激しい怒りを感じていた筈である。

 そして、もうひとりの歩駆は語る。


『俺はアルク……そうだな。人間達にわかりやすく言えば、

「イミテイター……それは模造獣イミテイトということか!」

すでに我々は獣ではない。人間をもして、その形より生まれ直す。かたから入って型を出る、それを姿すがたと言う!』

「我々……お前達は、イミテイターは複数いるということか!」


 ナオトの声を突き放すように、ゴーアルターは首都を向く。

 その瞳が、まるで戦いの行く末をめつけているかのようだ。


『いかなきゃ……もう一人の俺が、待ってる』

「逃がすかっ! ルーカス、リーグ中尉も! 援護をお願いします!」

『人間の相手は、人間にしてもらおう。……悪鬼オーガごときその力を、それでもまだ人間と呼ぶならね』


 不意にナオトは、強烈な殺気を感じた。

 同時に、トール四号機がナオトの判断でリミッターを解除する。MNCSでの接続領域が、より敏感に広がってナオトを飲み込んだ。

 またも、全身が拡張してゆくような感覚。

 洗練される鋭敏な感覚が、漆黒の影が放つ一撃を避けた。

 


「クッ、避けきれなかった!? ……なんだ、この機体は! トール、なのか?」


 地獄と化した戦場で、謎の黒いトールが躍動する。

 その機動は、まるで中に同サイズの人間が入っているかのようになめらかだ。

 そして、避けた筈の攻撃が右肩を撃ち抜いた原因を、ナオトは瞬時に見破る。


「右腕部に固定武装……パイルバンカーか? そうか、撃発式げきはつしきの……それで急にリーチが伸びたように感じたのか」


 仲間達の援護射撃を得て、ナオトは一旦その場を飛び退く。

 だが、恐るべきことに……リーグとルーカスがありったけの火力を投じても、黒きトールは爆炎と黒煙の中を悠々と歩み寄る。

 無傷。

 損傷ナシ。

 その姿にナオトは畏怖いふし、その恐怖すら捩じ伏せ機体を操る。


「リーグ中尉、ルーカスとあとを頼みます。……リミッターの限界設定を変更、数値をマニュアルで……もっとMNCSの奥へ……淵へと繋がれれば」


 黒き暴狼フェンリルが地を蹴る。

 同時にナオトもまた、意識がフラットアウトする中で未知の領域へと飛び込んだ。

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