第90話「螺旋が渦巻き紡がれる先」

 天原旭アマハラアサヒの目の前に、はるかなる地平が広がっていた。

 頭上をさえぎる岩盤は今、ない。

 どこまでも解放的な、雲一つない青空が果てなく続く。


「これが……世界! これが地上か!」


 一瞬、あまりの壮大な景色に旭は憎悪ぞうおを忘れた。

 虎珠皇こじゅおうが連れてきてくれた、夢のような奇跡。初めて出会った外の全てが、生まれ直した旭を祝福してくれてるような気がした。

 コクピットのハッチを開ければ、冷たい風が吹き込んでくる。

 その冷気すら、裸の肌に心地いい。


「……オヤジやおふくろ、メイにも見せたかったぜ。世界はこんなにも、広い」


 こみ上げるものがあったが、旭はぐっと目を瞑って涙を仕舞しまむ。

 再びコクピットを閉じると、すぐに虎珠皇を身構えさせる。

 今、この高揚した気分に水を差すように……強烈な敵意が近付いてくる。自分がいた場所と同じ、地下からだ。その振動が今はもう、はっきりと感じられる。

 すぐに頭の中へと、虎珠皇の戦術が流し込まれてきた。


「武器があるんだな? よしっ、さっきの連中、美央ミオ歩駆アルク達とも違う……なら、そいつは俺の敵だっ!」


 低く構えた虎珠皇の脇腹から、特殊な魚雷発射管ぎょらいはっしゃかんが現れた。

 そして、先端がドリルになった地中魚雷が発射される。

 まるで波間を泳ぐ闘魚ランブルフィッシュのように、あっという間に地中魚雷が地の底へと消えてゆく。残った穴だけが、ずっと舞い上げられる土を吐き出していた。

 やがて、爆発が足元で響いた。

 ぐらりと揺れた地面の向こうへと、旭は気配を読むべく神経を尖らせる。


「チィ、外れたようだぜ、虎珠皇よう。なら……あとは真っ向勝負!」


 そして、目の前の大地が真っ二つにひび割れた。

 裂けた地割れの底から、黒い巨人の威容が飛び出してくる。その姿は、大小無数のドリルを屹立きつりつさせていた。そのどれもが、呼吸と鼓動に呼応しているかのように回転を続けている。漆黒のドリル巨人が全身に浮かばせる斑模様まだらもようは、揺らめく炎か太刀たち刃紋はもん想起そうきさせた。

 ゆっくりと虎珠皇に向き直るや、身構えるでもなく堂々と近付いてくる。


「何者だ、手前ぇっ!」


 闘志もあらわに叫べば、虎珠皇がえる。

 だが、全く動じずに黒いドリル巨人から声が響いた。


『……お前は、虎珠皇というのか』

「喋った!? さっきのバケモノとは違うってのか? なら、何故俺を狙うっ!」

『虎珠皇、お前の戦いは見苦しい。戦いには貴賎きせんというものがある……誇りがあるなら、渦巻く力をつらぬく程度のことはしてみせろ』


 旭の肌を戦慄の汗が冷たく伝った。

 あまりにも強烈な敵意、そして殺気……それは全て、虎珠皇に向けられている。

 乗っている自分を無視して、虎珠皇にだけ注がれているのだ。


「へっ、上等じゃねえか! 舐めんじゃねえよお!」


 即座に旭は、虎珠皇を押し出した。

 それはあたかも、恐怖を前に怯えて暴れだす小動物にも似ていた。圧倒的な覇気を受けて、緊張感に耐えきれなかったのである。

 うなる右腕のドリルを突き出し、まっすぐ虎珠皇は敵を穿うがつ。

 ――はずだった。

 だが、ドリル巨人はそっと左腕のドリルを回転させるや、打ち込まれる一撃にかさねてくる。荒々しく唸りをあげる虎珠皇のドリルが、相反するドリルの回転数に絡め取られていった。

 完璧にタイミングを合わせて、ドリル巨人は回転で攻撃力を相殺そうさいしたのだ。


「なっ! くそぉ、手前てめぇ!」

笑止しょうし! ……不甲斐ふがいなし』

「なら、こいつもらって、みろぉ!」


 身体をきしませパワーで耐える虎珠皇へと、旭は猛々しいたかぶりを流し込む。あるじの闘争本能に、身震いして虎珠皇が左腕のドリルも突き出す。

 だが、次の瞬間には旭は衝撃に身体を貫かれていた。

 ドリル巨人はそっと上げたひざで、軽く虎珠皇の脇腹を蹴り上げたのだ。

 そして、膝に生えたドリルが旧回転で火花を散らす。


「があああああっ! くっ、虎珠皇っ! ……俺のミスだ、こいつぁ……並の相手じゃねえ。そうとわかれば、喧嘩上等けんかじょうとぉ! 本気で行くぜっ!」


 キラキラと光を乱反射して、虎珠皇のボディを形成する超物質DRLが零れ落ちる。

 ドリル巨人は、全く力を入れた素振りを見せなかった。

 だが、ほんの僅かな力で放たれた膝蹴りが、深々と虎珠皇をえぐった。


「未熟……あまりにも未熟! きょうがれた。次またけものごと醜態しゅうたいを見せるようならば……この時命皇じみょうおうが粉砕してくれよう。誇り高き新種族DRLの戦士の名に書けて」

「DRLの戦士だあ? それは」

「今は話す舌を持たぬ……さらばだ、未熟な戦士よ。……むっ!?」


 時命皇と名乗った敵が、退却する素振りを見せたその時だった。

 再び大地が隆起りゅうきして、大きく崩れて波飛沫なみしぶきのように土を舞い上げる。そして、その奥から闇より暗い黒に見を染めた竜が現れた。

 すさぶメカニカルな咆哮ほうこうに、周囲の空気がビリビリと揺れる。

 続けて、翼を持つ飛行タイプと、昆虫を思わせるフォルムの機体も飛び出る。

 そして、虎珠皇のコクピットに聞き覚えのある声が響いた。


『旭っ、無事? 援護するから、ここは退きましょうっ!』

『美央さん、後続のバケモノ達が上がってきます! 接触まで300秒!』

『旭さんっ! よかった、無事だ……クソッ、俺にもゴーアルターがあれば』

『隅でじっとしてな、歩駆! あねさん、ちとヤベェ相手みたいだぜ』


 先程の少年少女が追いついてきた。

 そして、気付けば旭はホッとしている自分に驚く。

 今まで喧嘩で負けたことはない。負けたことがあっても、負けたままでは終わらなかった。また、勝っても相手が挑む限り戦い続けた。

 そんな鉱山の荒くれ男が、安堵あんどしているのだ。

 仲間とも言えぬ、行きずりで一緒になった者達に。


「チッ、俺もぬるくなったもんだな。だがっ! ありがてえ! そして……そこで見てなっ、歩駆! お嬢ちゃん達も! こいつは俺の喧嘩だ!」


 再び虎珠皇に力が戻ってくる。

 双眸そうぼうに光が走って、その身体がグググと持ち直してゆく。

 まだ、時命皇の膝のドリルが脇腹に刺さったままだ。

 だが、明は痛みをこらえて、それを虎珠皇にも願って望む。人機一体じんきいったい一心同体いっしんどうたいだからこそ痛みを共有する。そして、気迫を叫ぶや攻めの姿勢を貫いた。

 ドリル巨人の声色が僅かに変わる。


『ほう? 竜とその下僕げぼくを従えたことで……己の闘争心を持ち直したか』

「うるせぇ! 竜は、竜はなあ……部下とか手下じゃねえ。竜ってな、虎と並び立つもんだ!」


 敢えて踏み込む中で、再び右腕のドリルを繰り出す。

 だが、次の瞬間……時命皇の全身のドリルが金切り声を歌った。信じられないことに、全身のドリルが高速過ぎる回転で……空気をかき乱して沸騰ふっとうさせているのだ。

 その猛烈な熱風と乱気流に、虎珠皇が吹き飛ばされる。

 慌てて黒き竜、確か神牙シンガという名の機体が支えてくれた。

 だが、エグリムとかいう飛行タイプが空中を飛べなくなる程の嵐が吹き荒れた。


「くっそぉ、なんて力だ! へへ……そうこなくっちゃなあ!」

『虎珠皇……乗り手を得たか? その者が螺旋らせんの試練に耐えられるかどうか』

「ゴチャゴチャうるせぇ!」


 だが、さながら竜巻の如きドリル巨人には、全く近付けない。

 それどころか、烈風を浴びせられて虎珠皇の全身が軋む。

 そんな時、か細い声が回線の中に響いてきた。

 声の主は、真道歩駆シンドウアルクだ。


『ゴーアルター……俺の、ヒーローとしての力。もう間違わない……今、お前の力が必要だ、必要なんだっ!』

『お、おい、歩駆? 姐さん、歩駆の様子が――!?』


 そして、突如とつじょとして時命皇の生み出す気流の嵐が止んだ。

 否……見えない何かに吹き飛ばされたのだ。

 突然のことで、旭は周囲を見渡す。

 空に今、翼を持つ白き巨神が浮かんでいた。

 全てを睥睨へいげいするその姿は、まさしく白亜はくあ神像しんぞうだ。


「な、何だ? あれは……」

『ゴーアルターッ! 来てくれた、のか? 俺の声が、聴こえたのかっ!』


 歩駆の心の声が、魂の叫びが呼び寄せた……その名は、ゴーアルター。

 だが、様子が変である。

 ゴーアルターと呼ばれた白き巨神からは、冷たい視線を感じる。

 そして、ゴーアルターのコクピット部分が開いた。

 現れた人物を見て、旭は目を疑った。


「な、何だありゃ……歩駆? !」


 そう、ゴーアルターのコクピットから顔を出したのは……真道歩駆その人だった。

 だが、様子がおかしい。

 彼は、声こそ歩駆と一緒だが、とても冷たい響きで話し続ける。


『俺は、アルク……比翼ひよくと比翼の再現を目指す、模造獣イミテイトをも超えてジンカを目指す者。そう、俺は、俺達は……


 ――イミテイター。

 その名はそのまま『模造もぞうする者』の意だろうか?


『俺達は再現する……二つの地球へ根付いた、二つの特異点とくいてん。進化の果ての二重螺旋が行き着く先、巫女と巫女とが目指した場所。それが、ジンカ』


 それだけ言うと、赤き翼を背負ったゴーアルターはアルクと共に飛び去った。

 同時に時命皇もまた、地中深くへと去ってゆく。

 嵐が過ぎ去ったあとには、静寂せいじゃくの青空が広がるだけだった。

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