Act.16「過ちを犯す者」
第91話「雷雲児、咆哮」
どこまでも続く地平線の彼方へと、
ただただ、歩く。
全高300mを超える巨体を、シルバーは歩かせる。
我が身にも等しいサンダー・チャイルドのコクピットは、少しだけ周囲が騒がしい。タラップの下では、おやっさんことヨゼフ・ホフマンの
「お嬢ちゃん、おっぱじめるけどかまいませんね!」
「お嬢ちゃんではないっ、
「はは、了解です。では特務三佐……ちょいと揺れますぜ? どこかに座っててもらいましょうか」
シルバーはいつものように、コクピットを通してサンダー・チャイルドと一つになる。巨大な構造物は、その全てが戦うための純粋な兵器だ。
ウォーカーとは、ただ
「えっと、こっち側をやっつけていいんだっけ」
レーダーには、左右に割れた大軍勢。
それと、高速で遠のく光点が二つ。
仲間の戦艦、コスモフリートと
今、緊急の信号を受信して、二隻が先行している。地上を歩くサンダー・チャイルドよりも、高高度での高速移動ができる二隻の方が速い。
「
これだけの巨大な兵器を
全火器の
「シルバー! わかってるな。北から寄せてくるゲルバニアン軍だけだ!」
「うん、わかった。えっと、南のエークス側とは話がついてるんだよねー?」
「だいたいな! 細かくはこれからだ!」
言ってるそばから、ずっと下のフロアでヨゼフが通信機を取り上げる気配。
このサンダー・チャイルドは、純然たる
だが、サンダー・チャイルドには余力があったし、艦内もかなり整備された。
今では、リジャスト・グリッターズの機体を搭載する能力もあるし、艦内のデッドスペースには居住区もある。無論、ブラックボックスになっている区画も多いが。
「もしもし! ああ、騒がせて悪いな。何、すぐ出ていくさ」
『こちら、第808国境監視大隊。ドルテ・クローニン大佐から指示は来ている! 当方は一切関知せず。よって迎撃行動は取らない。だが、ゲルバニアン軍の実力による排除を要請するものであり――』
「助かりまさぁな……ま、通行税だと思って引き受けましょう」
『話が早くて助かる。しかし何だ……悪い夢をみてるようだよ。なんてデカさだ』
エークスの仕官の声に「だろうなあ」なんて、のんびりした言葉が口を突いて出た。
だが、敵ではないし、シルバーにも敵意はない。
皆が父のように
でも、シルバーには気になることもあって、下へと聞いてみる。
「ねえ、おやっさん! あっちも少し突っついたらさ、ミラちゃん返してくれないかな!」
「おいおいシルバー! そいつぁ駄目だ。バルト大尉にも立場が……あ、いや、すまない。こっちの話だ。そう、夢だよ。一眠りする頃には出ていくから、よろしく頼む。ああ」
通信を終えたヨゼフが、すぐ近くまで登ってきた。
いよいよ増速するサンダー・チャイルドが、激しい揺れの中で高音を
三基搭載された原子炉が、全力運転で巨神を押し出していった。
「だってさ、おやっさん。ミラちゃん、捕まってるんでしょ?」
「そうだ。
「助けようよ!」
「……そうだな、助けたい。だが、大人には手順と手続きが大事なんだ」
「そなの?」
「そうだ!」
何だか、よくわからない。
話が凄く難しい。
だが、シルバーはよく覚えている。ミラ・エステリアルという、どこか
ドバイとかいう海の街で、一緒に遊んだのが遠い昔のようだ。
あの惨劇でこっちの地球、惑星"
そして先日、彼女の身柄がエークスに拘束されていることを知る。やはり、
「でもなあ、なーんで銃殺刑なんだろ。自分ちの兵隊さんなのにさ」
「シルバー、お前さんがこれからサンダー・チャイルドでドンパチやろうって時に……俺が逃げ出したら、どう思う?」
「えー、おやっさんは逃げないもん。私を置いて、逃げたりしない」
「……もしもの話だ」
「えっとぉ、んー、んん? しょんぼりする、かな?」
「そういうことだ」
軍隊って難しい。
あの汚染された荒野で、テリトリーを守っている時はシンプルでよかった。皆が自分達の生活圏を守ったし、皆でその勝利を分かち合った。負ければ略奪、最悪追い出されて
どうして、豊かで広いエークスというテリトリーは、そうではないのだろう?
シルバーが見てきたどんなテリトリーよりも、大きくて大勢いるのに。
だが、それを考えるのはあとにする。
「よっし! じゃあ、片付けちゃおうか。こっちの下がってく方がエークスで、逆に
二つの超大国が
その緊張状態の、ほぼド真ん中をリジャスト・グリッターズは横切ろうとしているのだ。
だが、シルバーがやることはシンプルである。
サンダー・チャイルドで仲間の元へと駆けつける。
その過程にある障害は、全て乗り越える。
時々は踏み潰したり、
まさに今が、その時だ。
「
シルバーの繊細にして大胆な操縦で、サンダー・チャイルドが大きく踏み出す。
巨大な右脚が持ち上がり、関節部にオイルを
その振動と衝撃の中で、さらなる一歩をシルバーは相棒に命じた。
どんどん加速するサンダー・チャイルドに、彼女は
『くっ、な、何だっ! 地震か!』
『現在、
『デカい……何だありゃ、あんな兵器が!?』
『戦列を乱すな!
散発的な砲撃がサンダー・チャイルドを襲う。
だが、余りにも巨大過ぎるその図体は、それ自体が空間を
猛スピードで迫る雷神の巨躯を前に、
シルバーは嵐のように
「当てちゃうよ……はいっ、ドーンッ!」
サンダー・チャイルドの全砲門が火を吹いた。
それは
迫る激震の震源地から、無数の砲火が天を裂く。あっという間に敵の戦線は崩壊した。だが、サンダー・チャイルドは止まらない。
いつ、いかなる時代であっても……歩き出したウォーカーは止まらない。
この星が
激しい砲声と轟音の中で、シルバーは完全にサンダー・チャイルドをフルコントロールする。艦内はなるべく揺らさないようにしてるつもりだし、解析不能な慣性と重力の制御がなされているという話も少し聞いていた。
だが、天と地をひっくり返したような中で、シルバーの子供は徹底的に敵を
「っと、やり過ぎたかな? ねえ、おやっさん! コスモフリートと愛鷹は?」
「戦域外、無事に先へ進めたみたいだな。さて……どうする? も少しやるかい?」
「えー、やめとこうよ。兵隊さんだって大変だし」
「いい子だ。エークスの連中も仕事が減って助かるだろうし、恩は売れる時に売っておいた方がいいからな」
「そゆこと!」
拳に親指を立ててみせるヨゼフに、同じポーズでシルバーも
これ以上の攻撃は必要ないだろう。
小銃や拳銃、ナイフやスコップで立ち向かってくる
だが、そこまで追い詰める必要はない。
そう、これは通行税なのだから。
「んー、刹那ちゃん! 艦内被害、ほーこくーっ!」
「ええい、だから御堂刹那特務三佐だと何度言えば……報告? 私がか?」
「そだよ、私はここにいると下のことわからないもん」
「ぐぬぬ……ま、まあいい。艦体ダメージなし。というか、まともな戦いにならん。原子炉は三基とも正常に稼働中だ。それと……
「なになに? え、どったの」
「シルバーの使ってるマグカップが落ちて割れたそうだ」
「ぐぬぬっ、
少女の小さな悲鳴を乗せて、ゆっくりとサンダー・チャイルドが再び西を目指す。
その先でもう、
背後からの
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