第82話「戦禍の大陸へ」
バルト・イワンド大尉が緊急の呼び出しを受けたのは、補給作業で忙しい午後だった。
ノックに「入り
「おお、来てくれたかバルト大尉。丁度よかった、此方へ」
薄暗い通信室には、リジャスト・グリッターズの総指揮官である
トップクラスの権限を預かる責任者の二人がバルトを迎えてくれた。
そして、二人の背後の巨大なモニターに、見覚えのある軍服姿が映っている。
それで初めて、バルトは感慨めいたものを自覚した。
この地球、惑星"
『久しぶりだな、バルト・イワンド大尉。確か、最後に会ったのは
「ハッ! 何の報告、連絡もなく戦線を離れたことをお
『事情は今しがた、IDEALの天涯指令を通して聞かせてもらった。エークス軍では部隊単位での脱走とみなして捜索中だったが……ふむ、見つからぬ訳だ。まさか、別の天体……もう一つの地球に行っていたとはね』
――ドルテ・クローニン。
エークス軍でも改革派の
厳格な軍人であり、軍人である以上の全てを己に
だからこそ、軍と企業との
久方ぶりに見るドルテの顔は、心なしか疲れて見えた。
だが、彼は重く響く落ち着いた口調で話題を切り出す。
『諸君等、
「はあ、しかし」
『現在、長らく
話を促されて、無頼が口を開く。
バルトの印象では、常に緊張感を
「我々の日本では、ゲルバニアンから提供された超物質DRLによって、軌道エレベーターの恩恵を受けています。そのため、高度に政治的な取引を介した武力派遣を断りきれない側面がありました」
無頼が説明しているのは、先日の戦いで軌道エレベーター内に出現した黒いトールのことだ。バルトは交戦中に不意を突かれ、トール一号機の陽電子砲ユニットを破壊されてしまった。
あの遭遇戦は今も、バルトの中で冷たく沈殿している。。
思い出す度に背筋が凍る思いだ。
間違いなくあの黒いトールは、いわゆる第三世代型と呼ばれる最新鋭のトール……バルト達四人のトールを凌駕する性能を見せつけたのだ。
バルトはそのことを、モニターのドルテに正直に報告する。
『陽電子砲ユニットについては、先程代替の改修案をIDEALに送信しておいた。そちらの資材で多薬室砲ユニットの建造をお願いする。で、ふむ……謎の黒いトール。もしや過去の』
「その可能性は否定できません。しかし、連中に関しては情報が少な過ぎます」
『こちらも外交ルートを通じて、日本政府に働きかけてはいる。だが……もしかしたら我がエークスの内部にも、なにかしらの影響力を行使する存在がいるのかもしれん』
「内通者、ないしは黒いトール一味の協力者、ですか」
画面の中のドルテが重々しく
当面は
誰もが俯く中で、無頼が話題を変える。
「そういえば、ドルテ大佐。頼んでいた件、よろしいか?」
『ああ、そうでしたな。天涯司令……これは機密度の高い情報なので内々に。決して口外しないことをお約束頂きたい』
「無論です、大佐。で……ゴーアルターは発見できたでしょうか」
どうやら無頼は、独自にコンタクトを取っていたらしい。
バルト大尉も、清次郎と顔を見合わせる。
リジャスト・グリッターズの仲間の一人、
赤黒く光を放つ、憎悪と闘争心の固まり。
それを無頼は、ゴーアルター・アルターエゴと呼んだ。
アルターエゴ、つまり別人格……ゴーアルターにしてゴーアルターにあらず、歩駆にして歩駆にあらず。最も近く密接した、心の裏側よりくる他我の姿である。
『まず、この写真を見てくれ給え。我がエークス軍が
画面が切り替わり、一枚の写真が表示された。
画質は荒く、光量不足で酷く
かろうじて判別できるが、それはゴーアルターと
『領空侵犯後、スクランブルで迎撃に出た部隊を振り切った……全く勝負にならなかったそうだ。そして、運が悪いことに……そのまま二機は交戦しながら北上、朝鮮半島の方へと消えた。御存知のように、朝鮮半島は38度線を挟んで我がエークスがゲルバニアンと睨み合っている危険地帯でもある』
エークス、そしてゲルバニアン。
巨大なユーラシア大陸を南北に二分する超巨大国家だ。
長らく戦争を重ねる中で、既に精算不能な因縁を宿命付けられた軍事強国でもある。この二国と日本、そして
欧州連邦を中心として国連は存在するが、既に形骸化して力を持たない。
そして、エークスはゲルバニアン、ゲルバニアンはエークスとだけ戦争を演じ続けていた。そこに講話や停戦のきっかけは全く見えない。
説明を聞いて無頼は腕組み唸った。
「ふむ、朝鮮半島か……こちらの方でも追跡の人員を派遣したいのだが、便宜を図って頂けますか? 大佐」
『善処をお約束しましょう。IDEALの構成員ですか?』
「いえ……外部から雇ったエージェントです。言うなれば……
『了解した、すぐにエークス領内での自由行動、並びに機動兵器の持ち込み許可を申請しておきましょう。……さて、今度はこちらからお聞きすることがありますが』
画像がもとに戻ると、回線の向こうでドルテが身を正す。
彼は机の上に手と手を組み直し、身を乗り出して声をひそめた。
『情報の提供をお願いしたい……佐々総介とは何者です?』
その言葉にバルトは、戦慄した。
あれだけの戦闘を演出して、リジャスト・グリッターズと日本を
むしろ、これから始まるとさえ感じられて
先日、整備班からも報告があったように、接収したシエルの内部から謎の美女が現れた。アトゥと名乗った彼女については、現在も
だが、彼女は確かに言ったのだ。
果たして、総介がこの世に呼び出した、呼び戻したものとは?
それは、暗黒大陸に無数の伝説を残す、あの比翼の巫女なのだろうか?
『こちらでは、何も情報を掴めていないのです。ただ……』
「ただ?」
『あらゆる方面で調査を進めると、我がエークスでもゲルバニアンでも……佐々総介の名にぶち当たる。そして、その先には何も見えてこないのです。ただ、わかったことは唯一つ』
ドルテの険しい表情が真剣味を増す。
『その人物は女連れで、二人が既にエークスおよびゲルバニアンに潜伏、双方を行き来しているということだけです。そして……我が軍の一部が
それは大いなる災厄であり、無数の災禍を連れたハーメルンの笛吹だ。
総介は暗き理想を笛と鳴らして、その場所へとあらゆる
そして、女連れということは……その人物が、彼が復活させた比翼の巫女だろうか?
そこまで話したところで、画面内のドルテの背後に広報官が立った。彼は耳打ちをドルテに
ドルテはメモを見て目を見張った。
『それと、追加でお伝えすることがあります。……エークス軍は数日前、密かにミラ・エステリアル准尉とオンスロートを回収したとの報告が今しがた入りました。やはり、謎の発光現象と共に突然現れたようです。そして……』
バルトは思わず身を乗り出してしまった。
だが、そんな彼の肩に清次郎が静かに手を置く。
振り返れば、黙って頷く指揮官の瞳が全てを物語っていた。
『ミラ准尉を裁くための
どこの世界でも、脱走兵は銃殺刑が慣例である。無論、ドルテは最大限の便宜を図って、バルト達四人は勿論、五人目の仲間であるミラのことにも心を砕いてくれるだろう。
だが、果たしてそれが間に合うだろうか?
こうしている今も、あの酷く
自然とバルトの脳裏に、病弱で
それは、今まで黙っていた清次郎が口を開くのと同時だった。
「ご協力に感謝します、ドルテ大佐。では……我々リジャスト・グリッターズは超法規的独立部隊として、エークスとゲルバニアン、双方の領内で独自の活動を開始させていただきます」
思わずバルトは息を飲んだ。
まかり間違えば、二つの超大国を敵に回す行為である。
だが、清次郎の瞳に迷いは全くなかった。
「ミラ准尉は恐らく、二つの地球を行き来する
『……それは我が国に対する明瞭な領海及び領空侵犯、領土侵入を意味するが、よろしいか? 武装した戦艦に機動兵器を満載しての侵攻……そう解釈できるが』
「そのことについては己で身の
『了解した、貴官等が不当な入国を試みた場合、我がエークスは総力をあげてこれを迎撃する。……
ドルテは
『現在、ゲルバニアン軍と睨み合う戦線は
「……成る程、それもそうでしょう」
『識別不明の艦隊が移動していても、出撃命令がでないこともありましょう……我々としては、この戦線付近をうろうろされては対応不能ということです。では、小官はこれで失礼させていただきます。それと、バルト大尉』
最後に敬礼して、ドルテははっきりと明言した。
小隊長権限で、あらゆる独断を追認すると。
それだけ言って通信は途絶える。だが、それだけでバルトには全てが十二分に過ぎた。そして、リジャスト・グリッターズの旅は新たなる戦場へと続くのだった。
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