第81話「いつもの日々を閉じ込めて」

 ユート・ライゼスの毎日は、忙しかった。

 日本列島での戦いが終熄しゅうそくし、限定的だが平和が訪れた。その中でリジャスト・グリッターズの戦士達は、束の間の休息で機体を休める。

 だが、ユートの日々は忙しかった。

 ――忙しいはずなのだ。


「さあ、ユート! 勝負デス! ワタシ達の力、思い知らせてヤるデスヨ?」


 機体の整備にレポートの提出、要人警護の仕事だってある。

 なにより、緊急の大気圏突入を余儀なくされた宇宙戦艦愛鷹あしたかが今、日本海に浮かんでいるのだ。現在、IDEALイデアルの総力を注いで改修中で、その現場の警備ローテーションにも入っている。

 忙しい、本当に忙しい筈なのだ。

 だが、何故なぜかユートは

 どうしてこういうことになったかと言えば、話は数時間前へとさかのぼる。


                  ※


 その日もユートは、バルト・イワンド大尉から頼まれた任務をこなしていた。

 停泊中の宇宙戦艦コスモフリートへとタッチダウンで、今日のカリキュラムをこなして着陸する。後続は今、ふらふらと危なげな機動で着艦シークエンスに入ろうとしていた。

 愛機EYF-X RAYレイのキャノピーを開放し、ヘルメットを脱ぐ。

 密封されたコクピットから飛び降りるなり、ユートは駆け寄ってくる壮年の男に声をかけた。


唐木田カラキダさん、お疲れ様です。ちょっと、いいですか?」

「おう、どうした? ユートのボウズ」

「ボウズはよしてくださいよ。それと……少し右の水平尾翼がガタつくんです。変形と旋回の時、それが気になって」

「わかった、見ておこう。他にはなにかあるか?」

「いえ、いい調子です。ただ」

「ただ……?」

「もう少しエンジンのチューニングを詰めていける気がしますが……現状ではちょっと。予備のエンジンもないし、リジャスト・グリッターズの台所事情は厳しいですからね」


 愛機の性能に不満はない。

 だが、これからも激化する戦闘の中で、更なる高みへとぶことができる筈だ。

 そして、ユートとRAYの強さはそのまま、作戦の成功率と仲間の安全に直結する。

 自分一人が戦っている訳ではない。

 それでも、自分もまた多くの仲間と同じく戦っているのだ。

 そう思っていると、唐木田がバインダーの上の書類にサインして、ニ、三の確認を求めてくる。ユートは愛機のコンディションには一切の妥協をしない。そして、独立治安維持軍どくりつちあんいじぐんでメカニックを任されていた整備班の鬼班長おにはんちょうは、そんなユートにいつも腕で応えてくれる。

 それでも、異世界たるもう一つの地球、惑星"ジェイ"ではパーツ確保にどの機体も難儀していた。


「よし、わかったぜ。ボウズ、やれるだけやってみるから、なんでも言ってくれよ?」

「助かります、唐木田さん」

「で……連中はどうだ? ものになりそうかい?」

「本人たちがその気ですし、喰らいついてきてますよ。ただ……追いすがってくるからこそ、本気で蹴落けおとさないといけない。それで落ちていくなら、その方がいいですから」

「はは、獅子しし千尋せんじんの谷へナントヤラ……だな」


 そして、ユートに遅れて二機の機体が着艦シークエンスに入る。

 格納庫から伸びるフォトンカタパルトが輝き、甲板作業員達が慌ただしく走り出した。

 サイレンが鳴る中で、ユートは小脇にヘルメットを抱えたまま仲間を出迎えた。

 先にアプローチを決めたのは、御門響樹ミカドヒビキのスサノオンだった。

 やや危なっかしいが、マニュアル通りに減速して定位置で停止する。とても素人しろうとの一般市民とは思えない程、この短期間でパイロットとして成長しているのをユートは認めていた。本人にそれだけ強い意志があったのもある。

 だが、意思や決意、覚悟だけではパイロットは務まらない。


「響樹はまだいい。問題は……ん、戻ってきたか」


 甲板作業員達がどよめく中、フラフラともう一機の機体が戻ってきた。

 黄金に輝く獅子を頂くヴェサロイドは、ペイント弾で汚れ放題だ。それはスサノオンも変わらないが、着艦体制に入る〝オーラム〟の挙動は酷く頼りない。

 機体へのダメージはないに等しいが、搭乗者の憔悴しょうそうが手に取るようにわかる。

 〝オーラム〟はどうにか軸線に乗って着艦、オーバーランしたが響樹のスサノオンが全身で受け止める。だが、そのまま〝オーラム〟はひざを突いて停止してしまった。

 整備班の面々が駆け寄る中、ユートもゆっくりと歩き出す。

 搭乗者の御門晃ミカドアキラは、響樹と一緒に今……ユートの生徒だ。

 二人の仮想敵アグレッサーとして、ユートは戦技教導団せんぎきょうどうだんのような仕事を毎日こなしていた。


「アキラ、降りてこいよ。……自分で動けないくらい、へばったか? 一度の実戦を生き延びたからといって、ここでは誰も特別扱いはしない」

「おいおい、ユート。晃はまだ中学生なんだぜ? そりゃ、お前の気持ちもわかるけど」


 響樹も疲れた顔をしているが、まだ自分で立って歩けるくらいには元気だ。スサノオン自体が神話の時代から引き継がれた、ある種のミステリアスな機体である。そのことと、リリスが選んだパイロットである響樹の屈強さは無関係ではない。

 だが、〝オーラム〟はこちらの世界での一般的な人型機動兵器だ。

 ――これから普及すべく、先行してゲームで認知されていた

 やがて、小柄なパイロットスーツ姿が〝オーラム〟から降りてくる。

 よろけて崩れ落ちる側へ響樹が走れば、ユートも冷ややかな顔で歩み寄る。


「おい、アキラッ! 大丈夫か。なあ、ユート。少し厳し過ぎないか?」

「何がだ? その言葉をお前は、戦場で敵にも言うつもりか」

「そうじゃないけどさ」


 寄り添い支える響樹を手で押しやり、ヘルメットを脱いで晃が立ち上がる。

 本物のコクピットでGを受け、絶え間なく攻撃にさらされる中での思考と反応、そして判断の連続。それは少年にとって、ゲームで体験する何倍も過酷な筈だ。

 だが、ユートは一切の手加減をしないし、する気もない。

 他ならぬ晃本人が、厳しい特訓を望んでいるからだ。


「晃、お前は今日だけで14回死んだ。……明日は何回死ぬつもりだ?」

「ハァ、ハァ……ッ! あ、明日は……10回、くらいで……」

「そうだ、明後日あさってはそれでも、7、8回は死ぬだろう。誰だってそうだ。だが、それでも模擬戦プラクティスで死なない程度になってもらわなければ……誰もお前を仲間として認めてはくれない。戦場では誰もお前を守ってはくれないし、俺達が皆で守るのは、仲間そのものじゃない」


 ――超法規的独立部隊ちょうほうきてきどくりつぶたいリジャスト・グリッターズ。

 国家間のしがらみや既存きぞんの指揮系統にとらわれない、自己の判断で地球と民のために戦う特殊部隊……牙無き者の牙となるべく結成された特別な組織だ。

 そこでは皆が同志で家族、そして仲間だ。

 だから、仲間だからこそお互いよりも優先して守るものがある。

 守るもののために戦うには、相応の強さが必要とされた。

 それを誰よりも知るからこそ、ユートは心を鬼にして晃を見下ろす。


「ユートさん、響樹さんも……あ、ありがとう、ございました」

「フン、一休みしたらミーティングだ。お前達は二人一組でも俺一人に勝てない。そういう現状を変えつつあるが、時間も惜しい。だから……徹底的にやらせてもらう」


 それだけ言って、ユートは晃に背を向けた。

 自分と擦れ違いに、晃へと佐甲斐燕が駆け寄る。

 振り向かなくても、背後で晃が頭を下げる気配が伝わる。素直で健気で、そして強い心を持った少年だ。だからこそ、響樹のように親身になる者達も多いし、ユートもその実は気になってしかたがない。

 まるで昔の自分とは真逆まぎゃくだとユートは思った。

 孤高の少年兵として戦いの空を飛んでいたユートにも、仲間がいた。

 だが、誇り高き蒼穹そうきゅうの騎士達は、一人、また一人と去っていった。

 パラレイドと呼ばれる謎の敵性機械群てきせいきかいぐんの、光学兵器を用いた絶対対空能力……心なき侵略者の大軍は、ユートの空から翼の仲間達を消し去ってしまったのだ。

 そんなことを思い出していると、突然背後でキンキン響く声が張り上げられた。


「チョット! 待ちなさいヨ、そこのパイロット! どうしてアキラにばかり、過剰に厳しくするのデス? 陰湿な……ワタシ達もVDヴィーディで戦う、アキラの未熟さはワタシがフォローしまス!」


 振り向くと、小柄な少女が肩をいからせ近付いてくる。

 青い瞳に強い光がともって、じっとユートをにらんでいた。短い金髪がウェーブを揺らめかせれば、殺風景な格納庫に咲いた一輪の花のように綺羅きらびやかに思える。

 ふと、全く似てない筈のその少女に、惑星"アール"での日常が蘇る。

 ユートの脳裏に、少年エースパイロットを日常生活に繋ぎ止める女の子が浮かんだ。

 だが、それはすぐにうたかたの夢のように消え去る。


「……俺がただアキラをいびっているように見えるなら、お前もそれまでということだな、リズ・ウェルチ。それとも、ヨモギって呼んでやろうか? ゲームのエースさん」

「グヌヌ……確かニ、ワタシ達はまだ実戦の空気に不慣れデス! でも――」


 彼女の名は、リズ。晃と同じ『機巧操兵きこうそうへいアーカディアン』の有名プレイヤーだ。ゲームチャンプの晃とも親交が深く、月のルナリア王国から脱出して合流を果たしたのだ。

 晃がどうにか止めようとするが、リズは湯気が出そうなほど怒りもあらわだ。

 そして、見兼ねた響樹が双方の間に入る。


「ユート、リズもミーティングに出てもらっていいか? そこでお互い、納得行くまで対話すればいい。それと……ミーティングの場所を少し変えたいんだが」


 それが、今から数時間前。

 ユートは確かに響樹の申し出を了承した。

 シャワーを浴びて着替えて、ミーティングに集まったのは……どういう訳か、響樹が私室として使っている士官室だった。

 そして現実の時間軸へと話は戻る。


                  ※


 ユートは何故か、ゲームのコントローラーを握ってモニターに向かっている。

 隣にはリズがちょこんと座って、部屋が狭いからか肩と肩とが触れる距離だ。思えば、異性の少女がこんなに近いのも久しぶりだ。いつも火薬とオイルの臭いにまみれて戦い、飛んで戻って、寝るだけの生活。

 だが、リズからほのかに甘やかな匂いがして、ユートは困惑した。

 そう、部屋が狭いのだ……あまりにも響樹の部屋はにぎやか過ぎた。


「皆様、おやつと飲み物をお持ちしました」

「あ、いいのに! ごめんー、美李奈ミイナさん。入って入って!」

「うおーい、雄斗ユウト。コップ取ってくれ!」

「あいよ。んで……アキラ、毎日頑張ってるな。特別にこれを貸してやろう」

「ど、どうも、リュウさん。これは……ま、待って下さい! どうしてこれは……ハレンチです!」

「はいはい、そういうのは女の子がいないとこでやってねー。で、奥に詰めて詰めて!」


 ユートは思わず、ベッドに腰掛けくつろぐ響樹を横目に睨んだ。

 だが、漫画雑誌を片手に彼は、悪びれずに片目をつぶって笑う。

 そして、晃はと言えば隣にビッタリの『つばねぇ』こと燕に、何かの本を取り上げられている。

 酷く和気あいあいとした、和やかな雰囲気だ。

 ――ハメられた。

 いつの間にか、真面目なミーティングが同年代のレクリエーションになっているのだ。やれやれと溜息をこぼすと、隣でリズがグイと顔を近付けてくる。


「ワタシなりに考えマシタ! ユート、アナタは……意図的にアキラに厳しく接してますネ! ……今のままデハ、アキラが死んでしまうカラ」

「別に。弾はエースもルーキーも関係なく当たる。当たれば死ぬ、それだけだ」

「さっき、アカリサンやミヤコサンに聞きマシタ。これが……これが! !」

「………………はぁ!? ツンデレって、おい……あのなあ、リズ」

「さあ、ゲームスタートなのデス! ワタシがユート、アナタをデレさせるのデス!」


 背後では吹雪優フブキユウが笑いを噛み殺している。

 そして、ちゃっかり小原雄斗コハラユウト市川流イチカワリュウがポテチやらチョコレートやらを広げ出した。

 これでは、放課後に集まる高校生そのものである。

 そのことが思わず口をついて出るくらい、気付けばユートもゲームに集中していた。集中せねば即撃墜されるくらい、リズのゲームでの動きはするどい。流石さすがはヨモギの名をせたベテランプレイヤーの一角だ。

 慌ててユートも反撃に転じ、互角の攻防に周囲から「おおー!」と声があがる。


「クソッ、なんで俺がこんな……まるでガキだな。こんなことをしてる場合じゃ――」

「いやいや、ユート。こういうのだって大事だぜ?」


 コーラを飲みつつ漫画を読みながら、してやったりと響樹が笑っている。

 彼は渡辺篤名ワタナベアツナからお菓子を受け取りつつ、言葉を続けた。


「まるでもなにも、俺達はガキさ。みんなガキで、そのガキが戦わなきゃいけない現状がおかしいんだ。でも、そのおかしさを正したいから集まった……違うか?」

「そりゃ、そうだが……あっ! 待てリズ、今のは汚い! こいつ、かわいい顔して……えげつねえな、ったく!」

「ま、時には休息も必要だし、お前が憎まれ役を引き受ける必要はないさ。どれだけ厳しくしたって、晃も俺もへこたれるものかよ。な、晃?」


 晃も大きくうなずいている。

 そりゃ頼もしいことで、と……気付けば自然とユートの口元に笑みが浮かんでいた。それを見て、リズも皆も自然と笑顔になる。

 少年少女達の日々は、平和な日常を内包しながら次なる戦いに続いているのだった。

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