第80話「淵よりくるモノ」

 佐々佐助サッササスケはあれから、忙しい日々を送っていた。

 宇宙での決戦から帰還した彼を待っていたのは、各種組織の聴取と尋問だった。どの組織も機密を理由に、別個に軟禁してくるからタチが悪い。日本特有の縦割り行政である。

 自衛隊の陸幕諜報部りくばくちょうほうぶ内閣調査室ないかくちょうさしつ、そしてIDEALイデアルの面々。

 佐助はここ数日だけで、同じ供述きょうじゅつを何度もさせられていた。


「サスケ、大丈夫かな? 少し疲れてるようだ。まあ、無理もないがね」


 相棒のチクタクマンは気楽なもので、左手の妖神ようしんウォッチに笑顔の顔文字を浮かべている。妖神ウォッチは佐助がケイオスハウルから離れている時、常時チクタクマンとコンタクトが取れるように装着された腕時計だ。

 佐助は憂鬱ゆううつそうに溜息をつきつつ、苦笑交じりに相棒へと返す。


「どこの組織もさ、同じことを聞いてくるんだよ。それも同じ順番で」

「それが事情聴取というものだろう。とはいえ……ナンセンスな質問ばかりだったな」

「そう……俺は何も知らない。また、何もわからなかった」


 佐助が何度も様々な組織に問い詰められた内容は、ただ一つ。

 父の佐々総介サッサソウスケに関することだ。

 すでにその手の組織の中では、魔人佐々総介は危険度SSSトリプルエスクラスの指名手配犯らしい。そして、その足取りは全く掴めていない。ただ、暗躍しては混乱を生み出し続けていた。

 そして、佐助はいつも後手後手に周り、足取りさえもつかめない。

 父の真実を追う程に、その影は手の中をすり抜けていくのだ。

 トボトボと歩く佐助は、コスモフリートの格納庫ハンガーへと辿たどり着いた。


「あっ、サスケ! お疲れ様、大変だった? なんか、すっごい疲れた顔してるよ?」

「マモル、ただいま。はは、流石さすがにちょっと疲れたかな」

「えっと、何か飲む? 今、三時の小休止でみんなにドリンクを持ってくんだ」

「じゃあ、向こうでみんなともらうよ」


 生活班のマモルが、様々な飲み物を積んだカートを押している。彼女は今日も、非戦闘員として多くの人間を地道に支えていた。

 本当はきっと、真道歩駆シンドウアルクのことが心配なはずだ。

 いつもマモルは、ずっと歩駆のあとを付いて歩いてたから。

 だから、佐助には彼女の笑顔がまぶしくて、少し痛々しい。


「マモル……歩駆のこと、なにかわかったか?」

「ううん、全然。みんな探してくれてるけど……」

「そっか。……俺も明日から捜索のローテーションに入れてもらうよ。ケイオスハウルとチクタクマンがいてくれるし、きっと見つかるさ」


 チクタクマンは妖神ウォッチの中から「イグザクトリー!」と調子を合わせてくれる。

 マモルは大きくうなずき、カートを押しながら進んだ。

 鉄と油の臭いが充満する格納庫では、激戦を終えた機体がアチコチで修理とメンテナンスを受けている。佐助のケイオスハウルもそうだが、比較的小型の機体がコスモフリートに搭載されていた。大型の機体はサンダー・チャイルドの格納庫を使っている。

 マモルが声を掛けると、作業員達はすぐに集まり人だかりになった。


「マモルちゃん、いつも悪いなあ! まったく、忙しくてかなわんぜ」

「IDEALから資材も人材も借りれて、それでも作業が山積みさ」

「冷たいコーヒー、ある? ミルクだけ入れて頂戴ちょうだいよ」

「はいはーい! 並んで並んで! 順番にね」


 たちまちマモルは作業着のツナギ姿に囲まれてしまった。

 目が回るほどに忙しそうで、一生懸命働く姿から自然と佐助は離れる。

 少し人目を避けるように、格納庫を奥へ奥へと進んだ。並ぶ機体を眺めながら歩けば、メリッサも神牙シンガもメンテナンス中だ。他の機体も大なり小なり損傷が激しく、自然と整備班の忙しさに頭が下がる思いである。

 そうこうしていると、奥で二人組が佐助に振り返った。


「やあ、佐助。今日はもういいのかい? 事情聴取」

「外界も国の役人ってさ、変わらないよな。ちょっとだけ自分が特別だってさ。そういうの、感じるんだよ。ま、お疲れさんだな」


 佐助を迎えてくれたのは、飛猷流狼トバカリルロウとミスリルだ。二人と一緒に並んで佐助は、改めて目の前の機体を見上げる。その漆黒しっこく巨躯きょくは、うずくまるように格納庫のすみへと置かれていた。

 黒き負の力をつかさどる、邪神輿イビルアーク……シエル。

 白き姫巫女ひめみこ神輿ホーリィアークジェネスと対をなす、膨大な力の源にして器。

 宇宙で回収され、その中からフィリア・アイラ・エネスレイクが助け出されたあと、機体自体はこの場に保管されていた。だが、調査は遅々として進んでいない。一番詳しいであろうシファナ・エルターシャが、まだ体力的に回復しきっていなかったからだ。

 改めて佐助は、どこか禍々まがまがしさを感じさせる顔を見上げる。

 以前のような邪悪な気配は感じないが、どこか引き込まれるような迫力を感じた。まるで、深淵しんえんのぞき込んでいるかのように総身が震えてくる。

 だが、ミスリルが気にした様子もなく声をあげた。


「なあ、零児レイジ! なんの問題はないんだよな、これ」


 シエルの影から、一人の少年が呼ばれて現れた。

 八尺零児ヤサカレイジはスパナを片手に、シエルの周囲を回りながら手で触れる。彼は乗機のザクセンが使用不能になってから、ずっと整備班として働いてくれていた。

 佐助達の前に来ると、彼は腰に手を当て一緒に見上げる。


「メカニック的な見地から言えば、操御人形そうぎょにんぎょうもマシーンの一種だからね。現状でなにも問題はないように見える、かな? ただ」

「ただ? なんだよ、零児」

「このシエルは単純な人型機動兵器じゃない。もっと呪術的じゅじゅつてきな神器、祈りや願いといった概念がいねんの影響下にあるものだと思う。だから、安直な判断はできないよ」

「やっぱ、シファナに見てもらうしかない、か……あの人さ、絶対反対するんだよな」

「ん? 反対って?」


 佐助も首を傾げる。

 ミスリルはそのままじっとシエルを見上げて言葉を続けた。


「ベネルは木っ端微塵こっぱみじんになっちまったからさ。僕はこいつを使わせてもらおうって話。今は一機だって多く戦力が必要だよな? それに、なんか呼ばれてるんだよ。こいつに」

「えっ! ま、待ってよミスリル。僕はそんな話は聞いてないよ。バルト大尉や刹那特務三佐セツナとくむさんさに相談しないと」

「今、初めて話してるからさ……零児。なあ、頼むよ」

「頼むって言われても、僕は」


 どうやらミスリルは、これからの乗機としてシエルを使おうと思っているらしい。だが、それがどれだけ危険でリスキーなことかは、佐助も充分にわかっていた。

 だが、流狼は腕組みうなったあとで、自分の肩口へと語りかける。

 そこに座った小さなアルカシードのシンボルが、彼の言葉を受けて私感を伸べた。相棒のアル、アルカシードの妖精である。彼はトコトコと流狼の頭によじ登ると、主と一緒にシエルをじっと見上げた。


「アル、俺はもう邪気を感じないんだけど。こいつをアルカシードの拳でブン殴った時は、もっとおぞましい、なんていうか……波動? のようなものを感じたな」

「そうだね、マスター。ボクもそう思う、けど」

「けど?」

「シエルは先日、フィリアさんを救出した時以来……ずっと操縦席を閉ざしているんだ。そうだよね、零児? 色々手を講じたけど、外からは開かないんだ」


 そういえば、佐助も自室と取調室を往復する中で、そんな話を聞いたような気がする。シエルが運び込まれてすぐ、流狼は取り込まれたフィリアを救出した。アカグマでハッチをこじ開けようとした時、シエルが自ら己の身体を開いてフィリアを差し出したのだ。

 フィリアの回復を待って、事件の詳しい内容も洗い直さないといけない。

 そして、あれ以来外部からのアクセスを拒み続けるシエルも、引き続き調査しなければいけないだろう。それが終わらないうちは、ミスリルの愛機にする訳にもいかなそうだ。


「魔術的にも今、シエルの状態は安定してるネ。多分、ジェネスがそうであるように、この機体もうつわであり、ジェネスと真逆まぎゃくの力を集めることができるんだ。それは単純な善悪、光と闇、陰陽といった概念じゃないネ。ただ、扱いの難しい負の力、魔の力を司ってるんだヨ……ね、チクタクマン? 君はどう思う?」


 アルの声に、佐助の妖神ウォッチが喋り出す。


「オフコース! アル、君の言う通りだ。ただ……先程から妙な気配を感じている。この波動、どこかで――」


 その時だった。

 あまりにも唐突に、シエルに異変が起こった。

 突然、シエルは身震いしたかと思うと立ち上がり……従順な騎士のように片膝かたひざを突いて停止する。そして……己の手をえた胴体のコクピットを解放した。

 そして、真っ暗なコクピットの中から声がする。


「あら? やだわ、まあまあ……我輩わがはいってばこんな位相いそうに。変ね……奇妙な因果律いんがりつゆがみを感じるわ」


 女の声、それも若い女の子の声音だった。

 そして、ゆっくりとシエルの手に少女が降りてくる。

 そのむすめれたような黒髪を長く伸ばし、わずかに布一枚で華奢きゃしゃな裸体を隠している。そして、どこか神秘的な雰囲気を発散しながら一同を見下ろしていた。

 少女の視線にさらされ、誰もが混乱で沈黙してしまう。

 ようやく佐助が、佐助だけが声を絞り出すことに成功した。


「あ、あなたは? いったい誰ですか? どうやってシエルの中に」

「ん? 我輩? ふふ……人にを問う時は、自分から先に名乗ったらどうかしら」

「え、あ、はい……佐助です。佐々佐助。こっちは仲間の飛猷流狼とミスリル」

「そう、サスケ。貴方はサスケというのね? 我輩を三次元のこの時間軸に顕現けんげんさせた、いけない子……さて、どんなオシオキをしてあげようかしら」


 全く理解の及ばぬ話だった。

 加えて言えば、佐助にとっては濡れ衣である。

 だが、無関係とは思えないような気がした。

 もしかして、このシエルが父である総介の儀式に使われたからか? ジェネスと対をなす神輿みこしは、比翼ひよく巫女再臨計画みこさいりんけいかくに利用されたのだ。そのために呼び出され、フィリアを取り込みその力を吸い上げた。

 その際になにかが起こったとみるのが打倒なところだろう。

 そう思っていると、左手から声があがる。


「アトゥ! アトゥじゃないかね? その姿、まさしくアトゥ!」

「あら、チクタクマン? あなた、何をやってるのかしら。一緒ということは、もしやサスケは貴方の使徒ということ?」

「そのようなものだ。しかしアトゥ、君が何故ここにいる?」

「こっちが聞きたいくらいよ? ……呼び出されたの。何かを復活させる、その力の推移すいいともなうバランスを保つため。


 アトゥと呼ばれた少女は、けだるげに喋る。

 だが、すぐに佐助は隣の流狼と真顔まがおを向けあった。あまりに人知を超えた話が続き過ぎて、全く頭が理解してくれない。だが、漠然ばくぜんと思うところは佐助も流狼も同じようだ。

 目の前のアトゥと共に、同質の存在として呼び出されたもの。

 それはまかさ、総介が復活をもくろんでいた――!?

 恐るべき答を互いに導き出して、佐助も流狼も黙るほかない。

 しかし、そんなことを全く問題にしていない人物が一人だけいた。


「なあ、あんた! とりあえず降りてくれ。それと……このシエルは、他にはもうおかしなとこはないよな? これ以上、おかしな奴が出てこられても困るんだよ」

「な、なによ! ちょっと、あなた、不躾ぶしつけな上に不敬ふけいね!」

「そういうのはいいからさ。とりあえず、僕は今すぐにでもそいつが……シエルが必要なんだ。僕だって少しは、シファナを支えてやりたいって思えるからさ。さ、どいてくれ」


 物怖ものおじしないミスリルがそこにはいた。

 そして、アトゥはシエルの手から飛び降りるや、ミスリルへと迫る。


「カッチーン! ちょっとなに? なんなのかしら! あったまきちゃうわ」

「よし、零児! 準備の方、進めておいてくれよ。僕がシエルに乗る」

「ちょっと! 無視しないで頂戴! ……あら? あなた、その目」


 アトゥは鼻先をこすりつけるようにして、ミスリルを見詰める。

 彼女はミスリルの左右非統一ヘテロクロミアの瞳を覗き込み、蠱惑的こわくてきな笑みに唇をゆがめた。


「……ふーん、ちょっと面白いわ。あなた、随分と複雑な因果に縛られてるのね」

「なんだよ、じろじろ見てさ」

「ねえ、チクタクマン! それと、サスケ! とりあえず、事情が知りたいわ。あと、この子のことも。それと……我輩を、この我輩を! 何かを蘇らせるついでに、ただ世界のバランスを取るためだけに! このアトゥちゃんを呼び出した奴のことも!」


 そう言ってアトゥは、一同を見渡し鼻息も荒く瑞々みずみずしい声を張り上げた。

 気圧けおされつつ佐助は、再度シエルを見上げる。

 そこには確かに、もう忌避きひ嫌悪けんおを想起させる邪悪な気配はなかった。

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