第72話「父と子とを見送る比翼」

 佐々佐助サッササスケのにらいだ激情は今、視線の先に集約されていた。

 今の今まで飲み込んできた、疑問符クエスチョンの数々。それは胸の奥で膨らみながら、黒い疑念を育ててきた。今この瞬間にも爆発しそうな想いがつのる。

 だが、ケイオスハウルの中の自分を見上げる眼は、不思議とんでいた。

 父一人子一人、愛犬とのつつましい暮らしをしていた頃の父だ。

 日本皇国にほんこうこく御典医ごてんいである以上に、一人の医者として命に向き合ってきた人の顔がそこにはあった。

 高鳴る心臓を胸の上から押さえつけ、佐助は落ち着いて言葉を選ぶ。


「父さん……父さんなんだろ! なあ……俺に説明してくれよ。どうしてこんなことに? そして、どうしてそんなことをするんだ」


 じっと見詰めて見上げる佐々総介サッサソウスケは、静かに言い放った。

 その声音も口調も、自分のよく知る父のものだ。

 いつでも落ち着いていて、どんな時も佐助を優しくさとしてくれる……そういう父の声だった。


『佐助か。久しぶりだな』

「父さん……」

『まだ、僕と父と呼んでくれるのか。……優しいな、お前は』

「色々あって、事情を知りたくて、でも父さんは……なにがあっても俺の父さんだよ。だから困ってるんだよ! ……苦しいんだよ」


 だが、今という状況は異常だ。

 周囲には無数の異形が満ちて、まるで地獄絵図じごくえずだ。

 そして、大事な仲間の真道歩駆シンドウアルクを乗せたゴーアルターは、憤怒ふんぬ形相ぎょうそう憎悪ぞうおを撒き散らしている。豹変してしまった赤黒き魔神は、今も模造獣イミテイト黄泉獣ヨモツジュウ、イジンに神話生物といった怪異を蹴散らしている。

 その歩む先へと眼を向けて、うっそりと総介は言い放った。


『見なさい、佐助。人をよそおい神のうつわを満たそうとした結果……その結実けつじつが、あれだ』

「結実……? なんのみのりがあるっていうんだ、父さんっ!」

『この世界、地球をふくむ宇宙を一つの生物だと考えてみなさい。必定、生物であれば二重螺旋にじゅうらせん遺伝子DNAがある。それは時には、対をなす比翼ひよく巫女みこであり、その復活をうながす二人のにえであり……因果いんが摂理せつりを超えれば、白き神像もまた二つの螺旋へ枝分かれするだろう』

「な、なにを言って……それよりっ、話はあとだ! みんなとまずは歩駆を!」


 だが、遅かった。

 バケモノ達の血と体液を浴びながら、ゴーアルターは自衛隊の部隊へと歩み寄る。隊員達の恐怖がすぐに、佐助には見て取れた。戦慄せんりつに震える搭乗者の恐怖が、居並ぶ戦陣せんじんの挙動に現れている。

 唯一冷静な機体から、隊長機である楯野タテノツルギの尾張十式おわりじゅっしき・改へ通信が向けられる。


『楯野隊長……いやっ、楯野ツルギ! 手前てめぇ、どうするつもりだ! ……クッ、とにかく今は市民と仲間を守ら――!?』


 すぐさま銃声が響き、小さな爆発と共に戦陣が崩れ落ちる。

 脚部を撃ち抜かれた部下の機体を一瞥いちべつして、尾張十式・改はゴーアルターに向き直った。

 そこには、すでに部隊の指揮官という立場を放棄した戦士……狂戦士バーサーカーが立っていた。憎しみの炎を燃やすゴーアルターに、同じ憎しみをくゆらせる男の意地が叫ぶ。


流郷飛鳥一等陸士リュウゴウアスカにとうりくし、だから貴様は無能なのだ。あのexSVエクスサーヴァントを、ゴーアルターを破壊せねば……ゴーアルターによってゆがめられたオレだからこそ、その決断を選ばねば!』


 部下達を捨て置いて、ツルギの尾張十式・改が加速する。

 全ての武装はセフティを解除され、ゴーアルターはロックオンされていた。だが……思わず手を伸べ割り込もうとするピージオンやヴァルク、アカグマは間に合わなかった。

 無造作にゴーアルターは手を突き出す。

 まるで陽炎かげろうのように、見えないなにかがゴーアルターから湧き上がって周囲の景色を揺らがせていた。沸騰ふっとうするマグマのような色で、ゴーアルターは一瞬にして距離を詰める。

 突然肉薄された尾張十式・改は、攻撃のタイミングを失った。

 次の瞬間にはもう……ゴーアルターの手は敵の顔面を鷲掴わしづかみにしていた。


「速いっ! まるで瞬間移動だ」


 驚きに思わず佐助は声をあげる。

 だが、どうやら父の総介には驚くに値しないようだ。


『縦、横、高さ、そして時間……次元や空間といった概念がいねんは、神の領域に踏み出したモノにはさしたる問題はない。ただ、敵をつかむという結果を生み出せれば、過程は見るものが見たようにしか再現されないものだ』


 尾張十式・改は全身をきしませながらも、なんとかゴーアルターを振り払った。

 だが、怒りの鬼神が握る手の中で、胴体から引っこ抜かれた頭部が圧縮されて潰れる。そして、ツルギの声はどんどん悲壮感を帯びる中で平常心を失っていった。


『まだまだぁ! とっておきだ……戦略級の殲滅兵器で、バケモノ共ごとぉ! 消し飛べぇ!』


 半壊した尾張十式・改が空へと舞い上がる。

 その胸部が開いて、ミサイルと思しき弾頭が射出された。

 すぐに佐助にもわかった……

 同時に、かつて歩駆が中東で使ってしまった禁忌きんきの兵器を思い出す。リジャスト・グリッターズに合流時、資料で読んだことがあった。その一件があったからこそ、ゴーアルターは動力部であるダイナムドライブのほぼ全てを封印され、アームドウェアといわれる仮初かりそめの鎧に包まれたのだ。

 アームドウェアは身を守る装甲である以上に、危険を封じる拘束具こうそくぐ

 だが、それは既に脱ぎ捨てられてしまった……もっとも危険な力の発現と共に。

 とっさのことに、周囲の仲間達もすぐに動き出す。


『アレックス、測距そっきょデータを全機にリンクさせて! 僕達で狙撃する!』

世代セダイっ、頼めてくれるか! ……ええい、ままよっ!』

『クソッ、俺はシファナさんとフィリアさんを!』


 ――神は賽子サイコロを振らない。

 ただ、望む結果を選んで決定するだけだ。

 佐助が見上げる空で、ゴーアルターはあっさりと大型ミサイルをキャッチし……そのまま見えない力で粉砕してしまう。周囲を消滅させる程の力が、ゴーアルターの手の中で眩く光って消えた。

 同時に、空へと舞う尾張十式・改を追ってゴーアルターは飛ぶ。

 二機はあっという間に見えなくなった。

 すぐに動き出したのはアレックス・マイヤーズで、ゴーアルターを追いかけようとする。だが……炎に包まれのたうち回りながらも、偽ピージオンが行く手をさえぎった。

 最悪の事態は回避されたが、危機は終わらない。

 そして、総介だけが楽しそうに目を細めている。


『さて、ではそろそろおいとましよう。……来るか? 佐助』

「なっ、なにを――」

『ついてきたかったら、僕と共に来なさい。お前もまた、必要だ』

「なんで……なんでそんなこと言えるんだよっ! 説明が先だろ!」

『事態は逼迫ひっぱくしている。比翼の巫女再臨計画は秒読み段階に入った。見よ』


 総介が両手を天へ高々とかざした。

 呼応するように、モノクロームの神輿みこしが浮かび上がる。ジェネスとシエルは、共に高貴なる少女を内包したまま空へと吸い込まれた。

 遠ざかる仲間達へと、佐助の声が言葉にならぬまま叫ばれる。

 絶叫する中、蒼穹そうきゅうへとジェネスが、次いでシエルが消えていった。


「父さんっ! 俺は……父さんとは行かない! 行けないよ! ……仲間がいるんだ!」

『……そうか。よかったな、佐助。仲間を大事にしなさい。僕は愛を選び、愛ゆえに孤独、そして孤高。だが――』

「もっと話してよ! どうしてか教えてよ……目の前にいるのに、父さんが遠いよ」


 うつむくケイオスハウルの手を、前へと、下へと突き動かす。

 黙って見上げる総介をつかもうとした、その時だった。

 耳元でチクタクマンの声がして、佐助を緊張感が包む。

 そして、激しい衝撃と共にケイオスハウルは吹き飛ばされた。辛うじて仲間達が支えてくれるが、ピージオンやヴァルク、アカグマも大地から引っ剥されそうになる。

 周囲のクリーチャー達を巻き込んで、巨大な質量が目の前に現れていた。

 例えるならそう、城……そびえ立つ要塞ようさいにも似た威容が広がっていた。


『佐々総介! 時間である……さあ、うたげぞ! 血と血で競い、汗と汗で争う……闘争の宴を今こそ!』


 それは、山のような巨大機動兵器だった。

 赤い装甲は直線的な無骨さで、巨体はまるで重騎士ファランクスのよう。全高はゆうに300mはある。肩から首へと横一文字に長い柄のメイスをかついでおり、両手をしどけなく預けていた。まるで、日本の伝説にある武蔵坊弁慶むさしぼうべんけいだ。

 重々しくも溌剌はつらつとした声のする機体は、その頭部に総介が立っている。


『我が名はタブ! キィボーダーズの三銃士さんじゅうしが一人、タブである! 見知りおけ、戦士達ッ! 今こそ、我があるじキィ様のため……ジェネシードの民のため! 我が豪鎚ごうついにて全てを平らげん!』


 まるで甲冑のバケモノのごとき巨体が、ケイオスハウルを見下ろしてくる。

 その頭部、フルヘルムのような強面こわもてに立って、総介は笑っていた。

 そして、タブと名乗ったジェネシードの騎士は……そのまま大地をゆるがせ飛び立つ。先に天へと消えたジェネスとシエルを追って、鈍重そうな姿が嘘のように雲を引く。

 あっという間に総介は、不可解な笑みを残して佐助の前から消えた。

 だが、まだ終わりではないとチクタクマンが告げてくる。


『サスケ! 気をしっかり持つんだ。まだショーの幕は降りていない……周囲の神話生物達と、あの異形! 女神飾めがみかざりを盗み取った姿、あれを我々は倒さねばならない!』

「あ、ああ……だが、どうやって。沢山の人が、まだ中に」


 どうしても佐助は、父の総介が頭の中から振り払えない。

 そんな彼に、東城世代トウジョウセダイの声が響いた。


『みんな、あれの動きを少しだけ止めてくれるかい? 僕が……僕と一緒の美央ミオさんがなにかやれそうだって言ってる。よくわからないけど、この美央さんは信じられる。美央さんは美央さんだからね、あ痛っ! ……踏み過ぎですよ、っと』


 偽ピージオンはまだ、多くの人々の悲鳴を内包していた。模造獣としての防御力が、皮肉にも吸収した人達の大半を炎と爆発から守ったようだ。

 そして、世代のヴァルクが右の拳を引き絞る。

 ヴァルクの握った手が光り出すのと同時に、佐助はケイオスハウルを押し出した。自然とアカグマもピージオンも続いてくれる。


『やるぞ、みんなっ! まずは目の前の障害から取り除く。あの人達を助けるんだ!』

『ああ、絶対に助ける……誰かを助けるために僕は、ピージオンに乗ってるんだ!』


 佐助もまた、チクタクマンの補佐で偽ピージオンへと吶喊とっかんする。三機がかりでようやく、すさぶ偽ピージオンの突進力を相殺そうさいした。

 何故なぜ、世代のヴァルクにあの神塚美央カミヅカミオが乗ってるのか?

 彼女ができるなにかとは?

 今は考えるよりも動く時、そうとわかれば佐助は全力を尽くす。

 そして、仲間達の期待に応えるようにヴァルクが偽ピージオンへと、振りかぶった鉄拳を叩きつけた。

 光が眩く輝く中、美央の声が響く。


『私だって許せないから! ちょっと、世代! 全部頂戴っ! 残ってる力っ、全部!』

『バッテリー残量の全てを回して……なんだ? この力は。美央さん、貴女あなたは――』


 ヴァルクの一撃が世界を白く染めた。

 真っ直ぐ偽ピージオンに吸い込まれた拳は、光芒の中へと敵意を消してゆく。おぞましい声を張り上げていた人型の模造獣は、ピージオンの姿を維持できなくなって溶け出した。まるで、浄化されるように薄れてゆく。

 そして、佐助は目撃した。

 同時に動かなくなるヴァルクの背に……巨大な光の比翼が屹立きつりつするのを。

 片羽根かたはね堕天使だてんしにも似た姿のヴァルクもまた、活動限界を超えて静かに消えつつあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る