Act.13「大地と月を繋ぐ者」

第73話「出撃は茜色に燃えて」

 危機は去ったかに思われた。

 だが、御門晃ミカドアキラはまだ胸騒ぎが収まらない。

 なんとか異形達の群れから逃れ、晃は吹雪優フブキユウ達と一緒に避難所に身を寄せていた。明治神宮野球場めいじじんぐうやきゅうじょうは今、あふれ出した避難民でごった返している。ようやく先程、食料と水、そして毛布が配られたところである。

 晃は今、黙ってバックスクリーンのモニターに映る緊急ニュースを眺めていた。


『都民の皆さん、命を守る行動を最優先して下さい。現在、模造獣イミテイトは軌道エレベーター付近に集結しつつあります。また、先日現れた黄泉獣ヨモツジュウやイジンといった新種の怪物も――』


 緊迫した声を見詰める周囲の人達も皆、表情の消え失せた顔を強張らせている。

 晃もそれは同じだったらしく、不意に背後からポンと肩を叩かれた。


「よ、アキラ。ちゃんと食ったか?」

「あ、優さん。はい、ちょっとだけ……でも、食欲がなくて」

「食える時に食っとけよ。本隊に合流できれば、俺達だって戦える。今、戦わなきゃいけない気がするんだ」


 そう言って優は、固形食料をかじる。

 山梨の県立第三高校けんりつだいさんこうこうで彼等がどんな目に合ったかは、晃も少しだけ話を聞いたことがある。パナセア粒子の実証実験と、それに伴う人型機動兵器の技術試験。国家的陰謀に仕組まれた中で、日本を……もう一つの地球、惑星"アール"の日本皇国にほんこうこくを乗っ取った者達との戦いをいられた。

 それでも優は、強い心で戦っている。

 再び学園生活を皆で取り戻すため、自分を奮い立たせている。

 そして今は、それだけが彼の目的ではないと知っていた。

 そんな優は、味気ない配給食を平らげるや喋り出す。


「なあ、アキラ……なんとか本隊に、リジャスト・グリッターズに連絡を取る方法はないかな」

「えっ、それは……今、携帯もつながらないし、それに」

「……まだ、怖いか? 〝オーラム〟のことが。戦うことが」

「す、少しは。でも、平気です!」


 嘘だった。

 やはりまだ、怖い。

 怖いが、同時に恐ろしい。

 自分が恐ろしいのだ。

 震えが込み上げる程に萎縮いしゅくしているのに、また〝オーラム〟で戦おうとしている。周囲に広がる避難民達のため、この東京と日本のために戦えてしまう。

 それは、ただの中学生だった晃には恐ろしかった。

 短い期間でのIDEALイデアルの訓練と、リジャスト・グリッターズの仲間達が自分を変えてくれたのだ。だから、今はこれは武者震いだと自分に言い聞かせる。

 だから、晃もまた優と一緒に今は待つ。

 背後で声が響いた恩は、そんな時だった。


「連絡ならすでに取ってますわ。私のメイドを走らせました。こういう時は通信より、実際にかちで人員を派遣する方が得策ですし」


 そこには、先程まで気絶していた於呂ヶ崎麗美オロガザキレイミが立っていた。

 どうやら彼女は、メイドとして臨時で雇っているロキを本隊へ走らせたらしい。晃は、ロキがどういった事情でリジャスト・グリッターズに身を寄せてるかを知らされていない。

 そもそも、

 ただ、先程の運転を見ても只者ではないことはよくわかった。

 あるじが助手席で気絶していても、細腕一本で大型車を自在に振り回す操縦技術。加えてロキは銃火器やサバイバルの術にも詳しく、小柄で華奢きゃしゃな身が嘘のようにタフであった。


「あのメイドさんが? 女の子が一人で危ないんじゃ……確かに凄い人でしたけど」

「ああ、アキラ。ロキはな――」

「いけません! 優さん、それ以上はいけません。……まあ、ここを出て既に一時間以上ってます。私のメイドですもの、しっかり言いつけを守るはずですわ」


 どういう訳か、優は苦笑しつつ晃から目をらした。

 可憐かれんな容姿に似合わず、完璧な護身の術を身に着けた少女……やはりロキには、なにか特別な事情があるのだと晃は悟った。だから、えて詮索はしない。

 もう手が打たれているなら、あとは気持ちをしずめて待てばいい。

 ふと周囲を見渡せば、ボランティアを手伝って市川流イチカワリュウ小原雄斗コハラユウトが働いている。こんな時でも彼等は、冗談を言い合い積極的に働いていた。

 自分も身体を動かしていた方が気が紛れる……手伝おうと思った、まさにその瞬間。

 突然、巨大モニターのニュース映像が乱れた。

 そして……ノイズで歪む向こう側に、突然一人の女の子が映し出された。

 その姿を見て、晃は絶句する。

 それは、晃がよく知る少女の初めてみる表情だった。


『地球の皆さん、ごきげんよう。突然のことで驚きかと思います。まずは、公共の場を一時的に専有する無礼をお許し下さい。私は――』


 そう、美しい少女が軍服姿で映っている。だが、髪を結ってティアラを頭に飾った姿は、どこか幻想的な騎士を思わせた。りんとしてすずやかで、見るもの全ての言葉も呼吸も奪う美貌びぼう見目麗みめうるわしきその少女の名は――


『わたくしは十六夜イザヨイかぐや……月のコロニーに住まうルナリアンを代表する者です』


 そこに映っているのは、十六夜かぐや……晃の初恋の人、そして恋人のかぐやだった。

 彼女は、まるで別人のように表情を凍らせている。

 隣でなにか優が言ってくれているが、全く晃の耳には入ってこなかった。


『今、日本列島を無数の怪異かいいが襲っております。本日、わたくしが明かす真実は、必ずしもその惨劇と無関係ではありません。……広義の意味では、わたくし達の協力者によって、日本は一時的に不安定な状況となっているのです』


 晃は耳を疑った。

 かぐやはいったいなにを?

 時々ぶれてにじむ映像の中で、まるで高貴な姫君のようにかぐやは語る。威圧感もなければ敵意もない。ただ、見るもの全てをべる者のように、誰にも等しく自分の意志を示そうとしていた。


『日本、欧州連邦おうしゅうれんぽう、そしてエークスとゲルバニアン……地球の民たるアースリングの四大大国は、度重たびかさなる月との交渉で我々の要求を退しりぞけてきました。我々がいくら譲歩じょうほしても、決して月以外での生存権を認めず、月の真実そのものを握り潰そうとしたのです』


 アースリング? 地球人のことか? なら、かぐやだって……だが、彼女は先程ルナリアンと名乗った。それより……月の真実? なにを言っているのだろうか。

 球場内の雰囲気が不穏な冷たさに包まれる中、かぐやの声は続く。


『かつて月の資源開発のため、多くの貧しい者達が不当に月へと追いやられたのです。移民の名を借りた棄民政策きみんせいさくで、わたくし達は過酷な環境の月に封じ込められました。そして……地球の6分の1しかない重力は、じわじわとわたくし達の肉体を弱らせていきました』


 騒がしくなる周囲の音が遠ざかってゆく。

 月への移民が、棄民政策だった? その衝撃は、晃の脳髄のうずいを痺れさせる。彼はかぐやをよく知るからこそ、彼女が嘘をついていないと察した。彼女の言う現実が存在することを、否定したくても自分の中のかぐやを裏切れないのだ。


『今こそルナリアンに自由を! そして、尊厳そんげんと独立を! わたくしはここに、ルナリア王国の建国を宣言します。そして、わたくし達の血と汗をすすって繁栄するアースリングよ……わたくし達が望んだスペースコロニー分割移譲ぶんかついじょうの願いをにじってきた、そのむくいを受ける時が来ました。これよりわたくし達ルナリア王国軍は、。……この意味がおわかりな方の、賢明なる交渉再開を期待しています』


 放送は一方的に切れた。

 だが、晃にはわからないことだらけだ。何故、かぐや達ルナリアンは地球ではなく、スペースコロニーを求めるのか? そして、日本の軌道エレベーターを占拠する意味は?

 その問に半分だけ、麗美が答えてくれた。

 彼女は形良いおとがいに手をあて、ふむと唸るや喋り出す。


「私もこちらの日本の事情は聞いていますわ。ゲルバニアンからの技術提供により、謎の希少超物質きしょうちょうぶっしつDRLを使って軌道エレベータを建設した……これにより、地球のエネルギー問題は解決し、日本が率先して全世界をまかなう時代の訪れ。つまり、その軌道エレベーターが奪われれば――」

「日本中の、いや……地球中のエネルギーが停止する?」

「そう考えて差し支えないわね。だからこそ、占領して交渉材料にするつもりよ。逆を言えば、まだ交渉の余地を残しているということ。あのも切れ者に見えるけど、裏に誰かいる……もしくは、。多分、あの娘が」


 麗美の洞察力に晃は舌を巻いた。

 そして、スタジアム内が騒がしくなったのは、そんな時だった。

 避難民達が指差す空は今、夕焼けに染まりつつある。

 まるで、バケモノ達に蹂躙じゅうりんされた人達の血のような赤だ。

 その空から、二機の人型が舞い降りる。

 スタジアムの中央を避難民達が開けると、その場所で二機は片膝を突いた。


「あ、あれは……俺のアイリス・プロトファイブ! オートで? ……なるほど、そうか!」

「〝オーラム〟……僕の、〝オーラム〟だ」


 アイリス・プロトVを連れて誘導しながら現れたのは、〝オーラム〟だった。バックパックを装着せずとも、短距離ならジャンプ飛行ができる。恐らく、リジャスト・グリッターズの母艦から飛んできたのだろう。

 そして、〝オーラム〟のコクピットから意外な人間が顔を出した。


「アキラッ! お前の〝オーラム〟だ、持ってきた!」

「あ、あれは……響樹ヒビキさん!?」


 降りてきたのは、御門響樹ミカドヒビキだった。

 彼はすぐに晃を見付けると駆け寄る。


「俺のスサノオンも今、リリスが運んでくる。……乗るだろ? アキラ。もう、乗れるはずだ」


 響樹はずっと見守ってくれていたのだ。

 優達と同じく、晃の葛藤かっとうを気にしてくれていたのだ。

 訓練で身体を鍛える間、ずっと〝オーラム〟が怖かった。それはゲームの中の愛機ではなく、慣性と重力という物理法則に従って動く人型機動兵器だ。ゲームのように操作しても、晃の肉体は耐えられなかった。

 だが、今はわからない。

 短い訓練期間だが、肉体以上に晃の心は強くなった。

 それは、仲間達がいてくれたから。

 優がバシン! と背を叩く。


「行こうぜ、アキラ……俺のプロトVでお前を宇宙に連れて行く。飛行形態のパワーなら」

「優さん」

「詳しくは聞かないさ……ちょ、ちょっとうらやましいしな。あのさっきのお姫さん、お前となんかあるんだろう? なら、会いに行こうぜ!」


 晃は大きく強くうなずく。

 見上げる〝オーラム〟は今、夕日の最後の残滓ざんしを浴びて黄金に光り輝いていた。もうすぐ迫る闇夜を待たず、出撃の時が訪れようとしていた。

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