第70話「覚醒、アルターエゴ」

 真道歩駆シンドウアルクは目を疑った。

 ピージオンの姿を盗んでいつわる、人を模した模造獣イミテイト

 その額には、女神像めがみぞうの代わりに一人の少女が縛り付けられていた。模造獣となかば一体化して、取り込まれつつある渚礼奈ナギサレイナ。彼女は、いつも歩駆と一緒だった女の子だ。

 そういえばIDEALイデアルの基地で、月影瑠璃ツキカゲルリが言っていた気がする。

 避難民達の中で、とても優しく強い少女に会ったと。

 それはやはり、間違いなく礼奈だったのだ。


「クソッ、誰だ! 誰が撃ったんだよ! あれには、デビルピージオンには人が! 礼奈が!」


 思わず激昂げきこうを叫ぶ歩駆は、絶体絶命ぜったいぜつめいな中でゴーアルターを前へと進ませる。アームドウェアで動きが鈍い分、重々しい足取りは安定感を伝えてくる。すでに愛機と呼べる程に、歩駆とゴーアルターは数多あまたの戦場を駆け抜けてきた。

 だが、今は戦うことができない。

 黒いジェネス……シエルに取り込まれた、フィリア・アイラ・エネスレイク。

 ついにその名を現した、佐々総介サッサソウスケの陰謀。

 そして、偽ピージオンことデビルピージオン。

 そのどれもが、今までの歩駆達リジャスト・グリッターズの戦いとは違う状況をいてくる。単純に攻撃が躊躇ためらわれる中、後手ごてに回らざるをえない。なによりも人命優先だったし、歩駆に礼奈が撃てるはずがなかった。

 しかし、振り向けば自衛隊の部隊が銃口を向けている。

 尾張十式おわりじゅっしきのカスタムタイプと思しき機体の銃は、くゆ硝煙しょうえんが舞い上がっていた。

 通信には、若い自衛官の声が響いてくる。


楯野隊長タテノたいちょう! なんで……なんで撃った! あの模造獣は、多くの市民を取り込んでいると司令部から通達があった。ここはIDEALの部隊と協力して――』

『貴様……流郷飛鳥一等陸士リュウゴウアスカいっとうりくし! あらゆる脅威はこれを殲滅せんめつし、すみやかに帝都を防衛する! 正義の戦いは時として、犠牲を最小限に抑えることも試されるのだ!』

『犠牲が前提だって言うのかよ、アンタはっ!』

『私情を殺せ、流郷! 誰かがやらねばならんのだ……オレとて、オレとてっ! だが、ならばオレが部下達の代わりに銃爪ひきがねを引く!』


 再度、尾張十式・改はマイクロミサイルを放った。

 白い雲を引く無数の弾頭が、デビルピージオンに爆発の花を飾る。

 悲鳴と絶叫が響けば、思わず歩駆は自衛隊へとゴーアルターを向けた。

 そうしている間にも、ジェネスとシエルは硬直状態で動けず、デビルピージオンに相対あいたいするアカグマやピージオン、そしてヴァルクも緊張感を増している。

 自衛隊の決断を前に、総介だけが悠々ゆうゆうと笑みを浮かべていた。

 まるで、全てを掌握しょうあくする者として睥睨へいげいし、人間達の選択を試すような笑みだ。

 歩駆は回線の向こうへと叫ぶ。


「おいっ、アンタ! 攻撃をやめてくれ! あのデビルピージオンには……人型の模造獣にはまだ市民達が!」

『なんだ、貴様……ん、その機体は! IDEALのexSVエクスサーヴァント! あの時のっ!』

「なにっ……ゴーアルターを知っているのか!?」

『そう、知っているぞ……あの時、新宿で! オレの身体をも奪い、今も命を縮め続けている事件……その中で、お前のその機体はぁ!』


 なんと、尾張十式・改が両手で抜き放ったオートマグナムをゴーアルターに向けてくる。自衛隊の部隊は味方、今は帝都を襲った怪異を退しりぞけることが先のはずだ。

 その自衛隊の隊長機が、歩駆とゴーアルターに敵意を向けてくる。

 害意、そして殺意をもたばねてそそいでくる。

 戸惑とまどう歩駆の前で、尾張十式・改は隣の機体に遮られた。

 追従する部隊の多くは右往左往していたが、一機だけすぐに動いた。アーマーギアの戦陣せんじんが、身をていして隊長機を抑えようとしている。確か先程、流郷飛鳥と呼ばれていた男の機体だ。


『やめろぉ、楯野隊長っ! 今は模造獣や黄泉獣ヨモツジュウ、イジンや神話生物が先だ! それに、市民の犠牲は最小限にって言うなら……限りなくゼロに近付け、ゼロを求めて戦うのが俺達の筈だ! 自衛隊はいつだって、そういう力だった筈だ!』

『ぬるいことを抜かすなっ、流郷!』


 内輪もめをしだした自衛隊の救援部隊だったが、隊長機は一回り小さな戦陣を引き剥がす。そしてなんと……ゴーアルターへも攻撃を向けてきた。

 強固なアームドウェアの装甲が、高速徹甲弾の着弾で激しい衝撃を歩駆に伝える。

 だが、歩駆は混乱の中で自分をよくりっしていた。

 あの中東、砂の海のちかいを忘れてはいない。

 例えダイナムドライブを封印していても、ゴーアルターの力は強過ぎる。

 神にも悪魔にもなるゴーアルターに、人の心と魂を宿やどすことこそが歩駆の役目なのだ。

 それに、歩駆には一緒に戦う仲間がいる。

 今も回線の向こう側では、その一人が声をあげていた。


『自衛隊の皆さんっ! 僕はIDEALの協力者、リジャスト・グリッターズのアレックス・マイヤーズです。この異変に際して、上層部同士で協力体制の確認があった筈……今は共に、バケモノ達への対処を提案しますっ!』


 だが、理性を総動員するアレックスの言葉が裏切られる。

 自衛隊の隊長機は、他の機体にも銃を向け始めた。


『自衛隊特殊陸戦部隊とくしゅりくせんぶたい隊長、楯野ツルギ一尉いちいだ。……そうか、貴様等がリジャスト・グリッターズ……あの非合法組織IDEALがかくまってる、謎の武装集団だな?』

『そういう定義の話をしてるんじゃないんです! 今は僕達の仲間だってピンチだし、回りを見て下さい! 人間同士でいざこざをやってる場合じゃないんですよっ!』

『人間同士? ……フン、人間同士か。!』

『な、なにっ……貴方だって人間の人でしょうに!』

『オレは、もう……人間をやめた! そこのexSV、ゴーアルターとかいう機体のせいでな!』


 ツルギが語る話に、誰もが言葉を失った。

 人間をやめた? その意味とは?

 歩駆も言葉を失った、その時だった。

 空虚くうきょ拍手はくしゅの音が不思議と響き渡る。

 黒き偽りのジェネス……シエルの肩に立つ総介が手を叩いていた。


『いやはや、愉快。なかなかに面白い出し物かと。されど、道化ピエロの戦士は狂気に踊る……私から説明しましょう。彼は、楯野ツルギは……真道歩駆動君、君が初めてゴーアルターに乗って次元転移ディストーション・リープに巻き込まれた時、現場にいた人間の一人です』

「な、なんだって……!?」

『突如再び姿を現した模造獣を前に……あの日、新宿で君はゴーアルターに乗った。人の身ながら、神をかたどる姿となったのです。そして……渚礼奈と市民を守るため、なにより自分の正義感を表現するために戦った。謎の次元転移に巻き込まれる、その直前……さあ、思い出して下さい』

「そ、そういえば……あ、ああ」


 あの日、新宿へと歩駆は珍しく遠出していた。大人気ゲーム『機巧操兵きこうそうへいアーカディアン』の最新バージョンをプレイするために。礼奈も一緒だった。そして、模造獣の襲撃を前に……白き機神に出会った。

 真っ直ぐな正義の心を持った少年は。己というしんを通して立てるためのうつわを知ったのだ。

 その時、確かに近くにいた。

 緊急発進スクランブルで展開した、自衛隊の部隊が。

 大破し擱座かくざした機体のコクピットを這い出し……歩駆に遅れながらもゴーアルターに乗ろうとした男がいた。その自衛官を、総介は目の前のツルギだと言うのだ。


『彼は、あの時の負傷と模造獣の侵食、そして次元転移の余波によって……死線を彷徨さまよう中で人間の肉体を捨てた。いえ、正確には……捨てざるを得なかったのです』


 総介の言葉尻を拾って、ツルギが絶叫する。

 彼の乗る尾張十式・改が全ての武器を周囲に向けた。威圧に異形達がすさび、憎しみが広がってゆく。


『そうっ、オレは人間を捨てた……失ったんだよ! 真道歩駆、お前が……お前がゴーアルターに乗った時にな!』

「な、なっ……それは」

『全身を義体サイボーグ化し機械にすることで、オレは命を繋いだ。ならば、この命は正義のため、人々のために使う! それは今……お前達人間にできない選択を決断し、英断でもって悪と戦うこと! 尾張十式・改、フルファイア!』


 尾張十式・改の全武装が解き放たれた。

 それは今、デビルピージオンを全てロックオンしている。

 ありったけの火力が歌う中、歩駆はゴーアルターを走らせる。

 その背中は、歓喜に笑う総介の声を聞いていた。

 仲間達も決死の行動で道を開けてくれる。

 アカグマやピージオン、ヴァルクが怪物達を抑える中、ゴーアルターは走った。

 だが、拘束具こうそくぐにも似た装甲は重く、歩駆には止まって感じられた。

 僅かな距離が、なかなか縮まらない。

 ミサイルが、弾丸が向かう先へと進めない。

 気付けば歩駆は、手を伸べ絶叫していた。


「逃げろ、逃げてくれ……礼奈あああああああっ!」


 爆発がデビルピージオンを包んだ。

 炎に包まれた人型のシルエットが、燃え盛る中で身悶みもだえ暴れ狂った。

 取り込まれた人々の悲鳴が幾重いくえにも重なり広がる。

 そして……デビルピージオンの額に縛られた少女は動かなくなった。

 揺れる炎の陽炎かげろうではっきりと見えないが……黒い影となってしまった。

 次の瞬間、歩駆の世界から色彩が消える。

 声と音とも消え去る。

 あらゆる五感が霧散する中で、別の感覚が全てを飲み込んでゆく。

 己の発した声さえも今、彼の知覚へと響いてはいなかった。


「お前……お前はあ! なにを、したか、わかっているのかあああああっ!」


 瞬間、天へとえる叫びが空を裂く。

 ゴーアルターを中心に、低く垂れ込めた暗雲が消し飛んだ。

 全身に装着されていたアームドウェアの鎧が、次々と外れてゆく。ボルトが飛び散り、特殊素材の装甲板がひび割れてゆく。そして……人の怒りが神意しんいとなって、増幅された憎しみの光がゴーアルターを包む。

 そして歩駆は、激しい怒りの中で限りなくゴーアルターと一体感を感じる中……自分ならざる自分の声を聴くのだった。

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