第68話「再会は死の恐怖に飾られて」

 アレックスを襲う戦慄せんりつ、そして震撼しんかん

 目の前に今、信じられない光景が広がっていた。

 ピージオンの姿を盗んだ、いつわりの電脳神サイバーマキナ……全く同じ容姿の模造獣イミテイトが立ち塞がる。その全身には、苦悶の表情でなげき叫ぶ人々が浮かび上がっていた。

 そして、女神像に代わって捧げられたのは、生贄いけにえの姫君。

 暴力的な光が浮かぶ双眸そうぼうの上には、一人の少女がはりつけになっていた。

 思わずアレックスは、攻撃を躊躇ためらう中で相棒へと声を走らせる。


「クッ、エラーズ! 攻撃中止だ、現状維持! 映像を後続と司令部に送って!」

『了解』

「バルト大尉や東堂トウドウさんの指示を待つか? だが、攻撃再開の命令が出たら、僕はっ!」


 脳裏を最悪の事態がよぎる。

 勿論もちろん、それを否定したい気持ちは仲間達全員と共有している。そのつもりだし、そう信じれる毎日を重ねてきたはずだ。だが、大人達は……例え良識に溢れたバルト・イワンドや東堂清次郎トウドウセイジロウでも、決断はくださなければいけない。

 この東京を火の海にしている怪物達を、野放しにはできない。

 そして、目の前の偽ピージオンが、これから広げる被害をも考えなければいけないのだ。

 答のない問答を自分に課していたその時、目の前のモニターで偽ピージオンが銃を向けてくる。本物と全く同じだが、表面の泡立った流動体でできたベイオネットライフル……その銃口が火を吹いた瞬間、アレックスは操縦桿を握って回避運動に愛機を投げ出す。

 かたわらにいた東城世代トウジョウセダイのヴァルクも、逆方向へと避けて攻撃ポジションを失っていた。


『ちょっと世代! ほらっ、もっと避けて! かすった!』

『パワーを温存してるんです、美央さん。あと、ちょっと痛いです。まないでくれますか』

『あっ、こら! また振り返って! 見るなっ!』

『スカートの中なんか見てる余裕はないですけど。でも、これはまずい』


 リジャスト・グリッターズが誇る二機の高機動型が、そろって脚を殺されたまま包囲されている。徐々に周囲では、黄泉獣ヨモツジュウやイジン、神話生物といったクリーチャーが増えて固まり出した。

 敵意をひきつけ集めることで、市民の避難や建物の被害を減らせるなら、それでいい。だが、今の状態では八方塞がりというものだ。


「とにかくっ、周囲の雑魚ざこを減らす! 世代っ!」

『ん、じゃあそういうことで……アレックスは周囲を頼めるかな? こっちはちょっと、省エネでいかないといけないので。それに……アレックス、戦えないよね』

「それは君だって同じだろう! あれは攻撃できないっ!」

『まあ、僕はなんだけども。今は。ただ、なにか手があると思う』

「ならっ、そっちは任せる! でもっ、あの人達の無事を最優先だ!」


 アレックスがにらむメインモニターに、補助AIであるエラーズの表示するマーカーが浮かんだ。このピージオンに内蔵された疑似人格であるエラーズは、常に最適な補佐でアレックスの操縦を助けてくれる。

 効率よく順々に、アレックスは群れなす有象無象うぞうむぞうから片付け始めた。

 ベイオネットライフルの火線が走り、次々とぬめるような破裂音が体液を撒き散らす。この世のものとは思えぬ怪物が相手であれば、アレックスは銃爪ひきがねを引くことができた。

 だが、世代のヴァルクが動きのにぶいのをいいことに、偽ピージオンはアレックスの機動にまとわりついてくる。まるで、どちらが本物かを決する戦いに挑んでくるようだ。


「クッ、邪魔を! バルカンクー・クーで足止めだけならっ!」


 有線制御の浮遊砲を打ち出す。

 空気を切り裂き飛翔する銃口へと、アレックスは威嚇射撃を命じた。

 直撃を避けて周囲に弾幕を張るバルカンクー・クーは、やはり重力下では動きが鈍い。それでも、手加減を念じて飛ばすだけなら十分だった。

 しかし、偽ピージオンはそんなアレックスの内心を見透かすかのように飛び込んでくる。

 慌てたアレックスに生じた迷いが、制御用のワイヤーを伝ってバルカンクー・クーを停止させた。あるじの声に忠実な下僕しもべは、あっという間に偽ピージオンの手に落ちる。


『バルカンクー・クー、一番二番共に停止。敵に抑えられました』

「くっ、巻き戻せない! ……パワーまでピージオンと同じだっていうのか?」

『ワイヤー制御用モーター、けます。負荷限界』


 偽ピージオンは、左右の手でそれぞれ一基ずつバルカンクー・クーを鷲掴わしづかみにしている。そして、じりじりとアレックスのピージオンを引っ張り出した。

 そして、アレックスは目撃する。

 偽ピージオンの手が徐々に、バルカンクー・クーを侵食、一体化しようとしているのを。

 模造獣に関しては資料で読んだが、不明な点も多い。宇宙からの侵略者とされているが、こちらの地球……惑星"ジェイ"の人間達にとっても未知の存在なのだ。一度は根絶されたものの、再び動き出した害意は止まらない。そして、重点的に狙われる日本列島には、イジンや黄泉獣、そして神話生物といった魑魅魍魎ちみもうりょうあふれかえっていた。

 拮抗きっこうする力と力の中で、結ばれたワイヤーが悲鳴をあげる。

 徐々に偽ピージオンに取り込まれるワイヤーを通じて、人々の助けを求める声が響いてくるような気がした。

 焦れるアレックスはその時、砲声を聴く。


『援護射撃、後続の到着を確認』

「助かった! 仲間がいるなら頼れてしまうからっ!」


 背後からの狙撃が、二つのピージオンを結んでいたケーブルを撃ち抜く。

 同時にバルカンクー・クーを破棄はきしたアレックスは、バーニアを吹かして後方へとジャンプした。背後には味方の第二波が展開中で、その後ろには宇宙戦艦コスモフリートが浮いている。

 リジャスト・グリッターズの本隊は、本格的に都心部への展開を開始したのだ。

 そして、今しがたの射撃でアレックスを救ってくれた声が響く。


『大丈夫か、アレックス! ありゃなんだ? 偽ピージオン、っていうか、デビルピージオン! 的な! ありえる展開っぽくて凄いな!』


 片道三車線の大通りを踏み締め、ゴーアルターがアドバンスライフルを構えている。白亜の神像は今、無骨な外部動力を兼ねた装甲に包まれていた。現用火器を中心とした武装形態で、本来の姿を封印されているのだ。

 それでも、搭乗する真道歩駆シンドウアルクが変わることはなかった。

 彼は群がる周囲の化物へと、満載された射撃武器を解き放つ。

 爆発と黒煙が広がる中から、ズシリとゴーアルターが踏み出してきた。


「歩駆っ! 助かった、だが待ってくれ。この偽物にはまだ、人が!」

『ピージオンが送ってくれたデータで見たっ! 今、対策をバルト大尉達が考えてくれてる。だから今は……やるぞ、アレックス! 世代も! 少しでも周囲の被害を食い止めるんだ』


 そして、頼れる援軍はゴーアルター・アームドウェアだけではなかった。

 機体の小ささを上手く使って、小型機の仲間達が足元をすり抜ける。ピージオンより二回りほど小さい、それは暗黒大陸あんこくたいりくで仲間になった者達だった。

 白い閃光と赤い稲妻いなずまが、周囲の瘴気しょうきを切り裂くように突出する。

 それは、ジェネスを駆るシファナ・エルターシャと、アカグマに乗る飛猷流狼トバカリルロウだった。


『アレックスさん、こちらのけがれし異形は任せて下さい。浄化じょうかの力が通じるかどうか……試してみる価値はあると思います!』

『フィリアさんは後方を! 俺は姫巫女ひめみこさんをフォローする! アレックスは周囲のデカブツを頼むっ!』


 偽ピージオンからほとばしる弾丸が、まるで血の一滴のように次々と往来をらしてゆく。その中を、前後左右に位置を変え距離を変え、一陣の風となって二人は馳せた。

 巧みな回避運動を続けるジェネスが、広げた両手を組み合わせて複雑ないんを結ぶ。

 ほのかに光りだした純白の聖神輿ホーリィアークを前に、偽ピージオンがひるむ。

 その一瞬を、流狼の拳は見逃さなかった。


『今です、流狼さんっ!』

『アル、サポートを頼むっ! ……動いてくれよ、俺の拳……俺の拳となれ、アカグマッ!』

『歩駆のデビルピージオンってネーミング、イイネ! で、ボクが見るに……取り込んだ人間達と完全に一体化してる訳ではないみたいだヨ。あと、デビルピージオンの取り巻きをまずやっつけないとネ!』


 ジェネスは何度も複雑に印を結び直して、その都度つど輝きを増してゆく。そして、自らをまつ神騎しんきの中心で、シファナは祈りをつむいで祝詞のりとささげた。ジェネスは前腕部に装備されたいしゆみへと、祝福されし矢をつがえる。


『アレックスさんのピージオンから地図をもらっています。この地形……強い霊脈の流れがあるならっ! 土地に宿る全てよ、力を!』


 放たれた矢は偽ピージオンの足元に突き立った。

 そして、地面の矢を中心に幾何学模様きかがくもようが広がってゆく。

 あっという間に偽ピージオンは、魔法陣のような輝きの中へと封じ込められた。だが、その巨体を押しのけようと、背後に無数の魔物が群れなし迫る。

 その正面に真っ直ぐ、流狼のアカグマが飛び出していった。

 握る右の拳は今、ナックルガードのせいもあって巨大な鉄槌ハンマーにも等しい。

 そして、武道と体術で鍛えられた搭乗者の技を、アカグマは完全に表現するだけの力を持っていた。


『マスター、いけるヨ! デビルピージオンのことはとりあえず置いといて……まずは周囲の掃除だよネ』

『ふぅ、はぁぁぁ……ッ! ――穿うがつっ!』


 迷わずアカグマは、真っ直ぐ正拳突きを繰り出した。

 渦巻く空気が烈風れっぷうとなって吹き荒れる中……拳が偽ピージオンの下腹部へと吸い込まれた。そこにも無数の顔が浮かんでいたが、不思議と悲鳴や絶叫は響かない。

 アレックスの目にも、はっきりと見えた。

 1mメートルとない距離を置いて、アカグマの拳はピタリと静止していた。

 寸止すんどめ、流狼の一撃は偽ピージオンに触れていなかった。

 だが……わずかな一瞬の刹那せつな、静止した世界が再び動き出す。

 硬直した偽ピージオンの背後で、突き抜けた衝撃が荒れ狂う嵐となった。まるで、アニメかゲームのワンシーンを見ているようだ。アカグマの拳が静止したその先、偽ピージオンを挟んだ向こう側へと流狼の闘気が膨れ上がってぜる。


「凄い……エラーズ! あれなら!」

『偽ピージオンと呼称される模造獣へのダメージ、ナシ。後続の模造獣8、黄泉獣14、イジン7の撃墜を確認。なお、小型の神話生物に関しては撃墜確認不能な数です』

「ああいうやり方もある、これが……リジャスト・グリッターズの戦い」


 アレックスが小さな興奮に身を乗り出していた、その時だった。

 不意に背後で、無線越しに悲鳴が響いた。

 慌てて振り向くと、そこには立ち尽くすゴーアルターの背中が見える。

 そして、その向こうでは……信じられない光景が広がっていた。

 一機の人型機動兵器が、怪物達の中に埋もれて沈もうとしている。それは、サイズや意匠からアカグマと同じ機兵きへいに見えた。不思議な優美さを感じるデザインは、金色のエングレービングが各所にほどこされていた。エネスリリアという名だったとアレックスは思い出す。そして、乗り手の悲鳴が気丈な声に変わった。


『平気です、ロウ! 皆さんもっ! 私とて、これくらいのことでは……ッ!』


 フィリア・アイラ・エネスレイクの声がりんとして響いた。毅然きぜんとした態度を崩さぬ声音の中に、わずかな緊張と恐怖が読み取れる。彼女は暗黒大陸から出る長い旅路の中で、熱心に機兵の操縦技術を訓練していた。アレックスも時々、暗黒大陸の技術体系が珍しくて手伝ったものである。

 だが、王族である彼女にはまだ、慣熟した操縦技術は身についてはいない。

 それでも出撃してきたのは、王族故の誇りと自尊心……なにより民を見捨てられぬ気性からだろう。それが今はあだとなった。

 すぐに歩駆のゴーアルターが援護に向かった。


『っと、お姫さん! 待ってろ、今すぐ助けるっ!』

『アル・クゥ! しかし、私は足ばかり引っ張って、こんな』

『お姫さんは暗黒大陸で、俺達を沢山助けてくれたからな。気にすることないさ!』


 アレックスはフィリアの未熟さも気高さも、知っていた。そして、それ故に支えたいと思う気持ちは歩駆と一緒である。

 だが、今はそうした少年少女のきずなが通用するほど、甘い事態ではなかった。

 重々しい足取りで向かうゴーアルターが停止する。

 そして、回線越しに歩駆の声がひきつる気配をアレックスは拾った。


『なっ――人が? お、おいっ! 危ないぞ、逃げろ! そんなとこにいられちゃ』

『フッ……荒魂あらたまを封じられし、白き神像。今こそ、白無垢しろむく空白ブランクめられる時はきた』

『な、なにを……邪魔をしないでくれ、フィリアさんがっ!』

『ならば見よ、少年。その目でしかと見届けよ……ゆがんでからまりほつれた運命さだめの、その糸が結わえられた先を。偽りの電脳神に縛られた悲劇の乙女を見るがいい』


 アレックスは、徐々に異形に沈んでゆくエネスリリアの上に、見た。

 黒いスーツ姿の、壮年の男だ。

 この距離からでも、エラーズがズームしてくれるのではっきりとわかる……その男は、笑っていた。歓喜と感動に打ち震えるように、穏やかな愉悦ゆえつに笑っていたのだ。

 そして、振り返るゴーアルターの中で歩駆の絶叫が響く。

 偽ピージオンのひたいに拘束された少女の名を、この時初めてアレックスは知った。

 数奇な運命に縛り上げられた彼女の名は、渚礼奈ナギサレイナ

 歩駆は礼奈の名を叫んで、動揺もあらわにゴーアルターを静止させてしまった。

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