Act.12「シンカの扉を開く者」
第67話「悲劇の幕があがる」
眩い光の中から
目の前では、こちらの死角をカバーするようにピージオンが周囲を睨む。
強力なジャミングと同時に、イルミネート・リンクの回線が確保された。
サブモニタを流れる
「ちょ、ちょっと! どういうこと、これ……説明しなさいよ。あっ、こらバカ! 振り向くなっ!」
言われるより早く振り向いた世代の視界で、後部座席の少女がスカートの奥を手で隠す。彼女の名は、
だが、世代は気付いていた。
そして、今は確信している。
彼女は神塚美央だが、皆のよく知る仲間の神塚美央ではない。
そう思って見詰めていると、彼女は顔を赤らめ視線を
世代の視線の高さに、ぴっちり閉じた膝と膝とが並んでいた。
「で……これ、なに? 突然現れたんだけど。しかも、このコクピットの配置……いいから前! 前、向きなさいよ」
言われるままに前を向けば、ヴァルクとピージオンは周囲を取り囲まれていた。
瞬時にアレックスが、必要な情報を送ってくれる。
どうやら
だが、以前にも増して大量の異形が押し寄せ、東京の街は
「改めてどうも、僕は東城世代です。そして、これは僕の愛機……ヴァルク」
「ヴァルク?」
「魔力によって
以前、世代は相棒の
魔生機甲を構築するには、魔力が必要だと。普通の少年である世代に魔力がないので、彼がヴァルクを
二人の少女は、共に暗黒大陸のニッポンで育ち、生まれながらの魔力の素養があるのだ。
では、背後で今この瞬間、周囲を見渡しながらポンポンと世代の頭を踏んでくれる少女は? 神塚美央であって神塚美央でない、彼女はどうなのだろうか? それも、世代にはある程度の憶測があって、それは今は現実になっている。
魔力を持つ少女たちとの日々は、自然と世代に敏感な感覚を植え付けていた。
はっきりとはわからない、だが……魔力かそれに
「美央さん、ちょうど二人きりになる機会が持てて都合がいいです」
「な、なによ……この非常時に。それより、ほらっ! 前を見て!」
ピージオンは、ヴァルクの背後を守ってベイオネットライフルを発砲する。
世代もまた、ヴァルクからフェザービットを解き放った。
その間も静かに、淡々と怪異を処理し続けながら……世代はゆっくり言の葉を
「美央さんには、魔力のような力があるようですね。そしてそれは……僕のよく知る美央さんもそうでした」
「なに? 私以外に美央がいるの?」
「そうとしか説明できないこともあって、まあ。それで、ここからが本題なんですが――」
「だから、振り向くなっての!」
肩越しにちらりと振り返って、世代は顔面をパンプスで踏みにじられた。
だが、本気で踏んづけた訳ではない。
軽く小突かれ、改めて世代は前を向く。
先行して突出してきたピージオンに対し、リジャスト・グリッターズの本隊はまだ現れない。となれば、二機でこの戦線を維持するしかないだろう。
だが、必ず後続の仲間たちは来る。
短いリジャスト・グリッターズでの生活を経て、世代はそれが確信できる。
背後の美央に語り掛けつつ、彼はヴァルクを躍動させた。
「まず、晃たちは気付いてないみたいだったけど……
「な、なに? その、さっきから……リジャスト・グリッターズって」
「ほら、知らないじゃないですか。……リジャスト・グリッターズっていうのは、
「もう一つの、地球? っとっとっと、ほら、前! 押し込まれてる! ……なんか手伝えること、ある?」
「あ、大丈夫です。座っててもらえれば」
世代は美央と喋りつつも、危うげな中で異形たちを
だが、ヴァルクの動きは普段のキレがなく、世代の操縦に対してもパワーが追従してこない。本来ならフルパワー・コマンドで高出力の武器が使えるが、今は数基のフェザービットを操るだけで精一杯だ。
すぐにピージオンから直通回線で通話が飛んでくる。
小さなサブモニターに、アレックスの顔が映った。
『世代、大丈夫? って、あれ? 美央さん!? あれ、どうして……なんで、そこに座ってるんですよぉ!』
「あ、訳はあとで話します。とりあえず、すみません。ヴァルクは今、フルパワーが出せない状態でして。そういうことで一つ、よろしくお願いします」
『あ、ああ、うん。わかった。あと、いちずさんたちには秘密にしとくから』
「ああ、お気遣いなく。……それより、やっぱり美央さんですよね?」
『やっぱりって、そうとしか見えないでしょうって。それより、来るっ!』
その時、おぞましい絶叫が周囲を引き裂いた。
目の前に、奇妙な模造獣が躍り出る。
――模造獣。
それは、かつて人類を脅かした宇宙からの侵略者、らしい。詳しいことは情報開示されていない部分も多いが、この惑星"
完全に勝利したかに思われたが、模造獣はこうして今も生きている。
だからこそ、専門の対策組織である
世代とアレックスの前で、その奇妙な模造獣は……突然、立った。
そう、立った。
後ろ足で突然、よろつきながらも直立したのだ。
「な、なに? あの模造獣……あんなの、見たことない。立って……姿が!」
こちらの地球の美央にとっては、模造獣もある程度は見慣れたものらしい。その彼女が驚くということは、やはりイレギュラーな個体だということだ。世代は警戒心を尖らせつつも、目を見張る。
眼前の模造獣は、立ったままゆらゆらと揺れていたが、徐々に安定してくる。
瞬時に、まるで生物が
確か、人型の模造獣というのは確認されていない筈だ。
一応世代も、IDEALの資料にそれとなく目を通していたから、わかる。しかし、目の前で皮膚を泡立てる模造獣は、人間のシルエットで立っていた。
そして、アレックスの悲鳴が響く。
『待てっ、世代! 撃つな……あ、あれは……撃てない! 撃たないでくれっ!』
悲痛な声と共に、アレックスのピージオンが後ずさった。
人の姿に変容した模造獣は……その表面に無数に人間の顔や身体を浮かべていた。恐らく、逃げ遅れた市民を取り込んだのだろう。そして、多くの悲鳴と
「取り込まれた人たちは、まだ……生きてる」
そう、苦悶の表情で手を伸べ
そして、さらなる惨劇が世代の目の前で始まった。
模造獣はその名の通り、目の前の白亜に輝く機体を……ピージオンを模造するかのように
額には
それを見た瞬間、背後の美央が身を乗り出してきた。
「あれは……
「お知り合いですか?」
「以前、避難所で少し。でも、どうして彼女が! ちょっと君、世代だっけ? 彼女を助けて! 他の人たちも! ……難しいの、知ってるけど」
「努力はしてみますけど」
「……私じゃ、きっと……楽にしてやるくらいしか、思いつかないから」
驚きのあまり、背後からポスポスと美央は頭を叩いてくる。
世代が
そして、ピージオン型の模造獣からは、悲鳴が
『たっ、助けてくれ! 死にたくない!』
『脚が、腰が! 下が、もう感覚が……飲み込まれる!』
『ここから出してくれっ! 嫌だ……こんな死に方は嫌だっ!』
『自衛隊はなにをやってるんだ! クソッ、動けねえ! 動けねえんだよ!』
当然、アレックスのピージオンは抵抗できなかった。
咄嗟に判断が遅れたのだろう、人型模造獣のなにげないオーバーハンドの拳をピージオンは避け損ねる。慌てて世代はヴァルクを動かし、倒れそうになるアレックスの機体を支えた。
だが、同時に世代にも
美央は、こちらの地球の美央は、確かに魔力に似たなにかしらの力を持っているようだ。しかし、それは魔力ではない。その証拠に、構築されたヴァルクは魔力ではなく、非常用のバッテリーで駆動している。だからフルパワーも出せないし、使える武装も限られている。
なにより、稼働時間の限界が無情にも迫っていた。
「とりあえず……アレックス、下がってて。僕がやるしかないみたいだ」
『待てっ、世代! ダメだ、あの人たちはまだ生きている!』
「でも、周囲の被害も見逃せない。それに……今、彼らを救う具体案がないんですよ? だから……やるなら僕が、僕なりに。あるいは――」
『そういうレベルの問題じゃないっ! 謎の怪物から人を守りたくて、僕は再びピージオンに乗った! それなのに、助けるべき人を殺してなにが得られるんだ』
「正論です、けど……こうしている間にも、僕たちだってピンチですよね」
じっと世代は、
身動きできぬまま、世代はちらりと残りの活動限界時間を見やる。
このままでは、あと数分が限界だ。
そうこうしていると、ピージオン型模造獣が手を伸べた。
ずるりと手の平からなにかが生えてきて……それがベイオネットライフルだとわかった瞬間には、世代はアレックスと同時に回避運度に機体を投げ出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます