Act.12「シンカの扉を開く者」

第67話「悲劇の幕があがる」

 眩い光の中から猛禽もうきん堕天使ルシフェル屹立きつりつする。

 構築ビルドされたヴァルクのコクピットで、東城世代トウジョウセダイは疑念が確信へと変わるのを感じた。周囲の敵影はレーダーに光点となってあふれ、すでに数え切れない。

 目の前では、こちらの死角をカバーするようにピージオンが周囲を睨む。

 強力なジャミングと同時に、イルミネート・リンクの回線が確保された。またたく間に戦術情報が共有される。電子作戦機でもあるピージオンとの作戦行動では、アレックス・マイヤーズと相棒エラーズがホストを努め、ゲイジングを集めて情報を管理してくれた。

 サブモニタを流れる模造獣イミテイト黄泉獣ヨモツジュウ、そしてイジンや神話生物の情報を眺めていると……不意に世代は後頭部をグリグリとみにじられた。


「ちょ、ちょっと! どういうこと、これ……説明しなさいよ。あっ、こらバカ! 振り向くなっ!」


 言われるより早く振り向いた世代の視界で、後部座席の少女がスカートの奥を手で隠す。彼女の名は、神塚美央カミヅカミオ。荒ぶる黒暴竜ヒューベリオン神牙シンガのパイロットだ。

 だが、世代は気付いていた。

 そして、今は確信している。

 彼女は神塚美央だが、

 そう思って見詰めていると、彼女は顔を赤らめ視線をそららす。

 世代の視線の高さに、ぴっちり閉じた膝と膝とが並んでいた。

 ほおを赤らめた美央は、世代を見下ろし問い詰めるような口調で言い放つ。


「で……これ、なに? 突然現れたんだけど。しかも、このコクピットの配置……いいから前! 前、向きなさいよ」


 言われるままに前を向けば、ヴァルクとピージオンは周囲を取り囲まれていた。

 瞬時にアレックスが、必要な情報を送ってくれる。

 どうやら御門晃ミカドアキラ吹雪優フブキユウといった仲間たちは、どうにかこの場を脱出したようだ。

 だが、以前にも増して大量の異形が押し寄せ、東京の街は魔都まとと化していた。世代は油断なくヴァルクを身構えさせながら、前だけを向いて手短に説明を始める。


「改めてどうも、僕は東城世代です。そして、これは僕の愛機……ヴァルク」

「ヴァルク?」

「魔力によって魔生機甲設計書ビルモアで構築される、魔生機甲レムロイドです。……そう、魔力」


 以前、世代は相棒の東埜ヒガシノいちずから聞いていた。

 魔生機甲を構築するには、魔力が必要だと。普通の少年である世代に魔力がないので、彼がヴァルクを顕現けんげんさせるためには、いちずの力が必要だ。以前少し試してみたが、神守双葉カナモリフタバと一緒でも構築は可能だった。

 二人の少女は、共に暗黒大陸のニッポンで育ち、生まれながらの魔力の素養があるのだ。

 では、背後で今この瞬間、周囲を見渡しながらポンポンと世代の頭を踏んでくれる少女は? 神塚美央であって神塚美央でない、彼女はどうなのだろうか? それも、世代にはある程度の憶測があって、それは今は現実になっている。

 魔力を持つ少女たちとの日々は、自然と世代に敏感な感覚を植え付けていた。

 はっきりとはわからない、だが……魔力かそれにるいする力を持つ者を、世代はなんとなく嗅ぎ分ける嗅覚のようなものを身に付けはじめていた。


「美央さん、ちょうど二人きりになる機会が持てて都合がいいです」

「な、なによ……この非常時に。それより、ほらっ! 前を見て!」


 ピージオンは、ヴァルクの背後を守ってベイオネットライフルを発砲する。

 世代もまた、ヴァルクからフェザービットを解き放った。

 その間も静かに、淡々と怪異を処理し続けながら……世代はゆっくり言の葉をつむいだ。


「美央さんには、魔力のような力があるようですね。そしてそれは……僕のよく知る美央さんもそうでした」

「なに? 私以外に美央がいるの?」

「そうとしか説明できないこともあって、まあ。それで、ここからが本題なんですが――」

「だから、振り向くなっての!」


 肩越しにちらりと振り返って、世代は顔面をパンプスで踏みにじられた。

 だが、本気で踏んづけた訳ではない。

 軽く小突かれ、改めて世代は前を向く。

 先行して突出してきたピージオンに対し、リジャスト・グリッターズの本隊はまだ現れない。となれば、二機でこの戦線を維持するしかないだろう。

 だが、必ず後続の仲間たちは来る。

 短いリジャスト・グリッターズでの生活を経て、世代はそれが確信できる。

 背後の美央に語り掛けつつ、彼はヴァルクを躍動させた。


「まず、晃たちは気付いてないみたいだったけど……貴女あなた、リジャスト・グリッターズの美央さんじゃないですよね」

「な、なに? その、さっきから……リジャスト・グリッターズって」

「ほら、知らないじゃないですか。……リジャスト・グリッターズっていうのは、超法規的独立部隊ちょうほうきてきどくりつぶたいです。惑星"アール"の……もう一つの地球の」

「もう一つの、地球? っとっとっと、ほら、前! 押し込まれてる! ……なんか手伝えること、ある?」

「あ、大丈夫です。座っててもらえれば」


 世代は美央と喋りつつも、危うげな中で異形たちをほふってゆく。

 だが、ヴァルクの動きは普段のキレがなく、世代の操縦に対してもパワーが追従してこない。本来ならフルパワー・コマンドで高出力の武器が使えるが、今は数基のフェザービットを操るだけで精一杯だ。

 すぐにピージオンから直通回線で通話が飛んでくる。

 小さなサブモニターに、アレックスの顔が映った。


『世代、大丈夫? って、あれ? 美央さん!? あれ、どうして……なんで、そこに座ってるんですよぉ!』

「あ、訳はあとで話します。とりあえず、すみません。ヴァルクは今、フルパワーが出せない状態でして。そういうことで一つ、よろしくお願いします」

『あ、ああ、うん。わかった。あと、いちずさんたちには秘密にしとくから』

「ああ、お気遣いなく。……それより、やっぱり美央さんですよね?」

『やっぱりって、そうとしか見えないでしょうって。それより、来るっ!』


 その時、おぞましい絶叫が周囲を引き裂いた。

 目の前に、奇妙な模造獣が躍り出る。

 ――模造獣。

 それは、かつて人類を脅かした宇宙からの侵略者、らしい。詳しいことは情報開示されていない部分も多いが、この惑星"ジェイ"の人類は、一致団結してこの脅威と戦い、激戦の末にほうむったのだ。

 完全に勝利したかに思われたが、模造獣はこうして今も生きている。

 だからこそ、専門の対策組織であるIDEALイデアルもまた、健在なのだ。

 世代とアレックスの前で、その奇妙な模造獣は……突然、立った。

 そう、

 後ろ足で突然、よろつきながらも直立したのだ。

 咄嗟とっさに背後の美央が指差し叫ぶ。


「な、なに? あの模造獣……あんなの、見たことない。立って……姿が!」


 こちらの地球の美央にとっては、模造獣もある程度は見慣れたものらしい。その彼女が驚くということは、やはりイレギュラーな個体だということだ。世代は警戒心を尖らせつつも、目を見張る。

 眼前の模造獣は、立ったままゆらゆらと揺れていたが、徐々に安定してくる。

 瞬時に、まるで生物が進化シンカするように肉体が変貌へんぼうしてゆく……あっという間に、後ろ足で立った獣は骨格レベルで豹変ひょうへんし、人間の姿へと変わった。

 確か、人型の模造獣というのは確認されていない筈だ。

 一応世代も、IDEALの資料にそれとなく目を通していたから、わかる。しかし、目の前で皮膚を泡立てる模造獣は、人間のシルエットで立っていた。

 そして、アレックスの悲鳴が響く。


『待てっ、世代! 撃つな……あ、あれは……撃てない! 撃たないでくれっ!』


 悲痛な声と共に、アレックスのピージオンが後ずさった。

 人の姿に変容した模造獣は……その表面に無数に人間の顔や身体を浮かべていた。恐らく、逃げ遅れた市民を取り込んだのだろう。そして、多くの悲鳴となげきが連鎖する中で、世代もはっきりと呟いた。


「取り込まれた人たちは、まだ……生きてる」


 そう、苦悶の表情で手を伸べ足掻あがく市民たちは、模造獣の中でまだ生きていた。しかし、自力で脱出する力はすでにない。そして、徐々に取り込まれて、より深い場所へと沈んでいこうとしていた。

 そして、さらなる惨劇が世代の目の前で始まった。

 模造獣はその名の通り、目の前の白亜に輝く機体を……ピージオンを模造するかのようにうごめき出した。そのシルエットが、ピージオンと全く同じになってゆく。

 額には女神飾めがみかざりの代わりに、泣きじゃくる一人の少女が浮かび上がった。

 それを見た瞬間、背後の美央が身を乗り出してきた。


「あれは……礼奈レイナちゃん!? 間違いない、渚礼奈ナギサレイナちゃんだっ!」

「お知り合いですか?」

「以前、避難所で少し。でも、どうして彼女が! ちょっと君、世代だっけ? 彼女を助けて! 他の人たちも! ……難しいの、知ってるけど」

「努力はしてみますけど」

「……私じゃ、きっと……楽にしてやるくらいしか、思いつかないから」


 驚きのあまり、背後からポスポスと美央は頭を叩いてくる。

 世代がにらむメインモニターの向こうで、模造獣は完全にグロテスクないつわりのピージオンへと姿を変えていた。そのことに驚くアレックスの息遣いきづかいが、こちらのコクピットまで伝わってくる。

 そして、ピージオン型の模造獣からは、悲鳴が輪唱りんしょうとなって響き渡った。


『たっ、助けてくれ! 死にたくない!』

『脚が、腰が! 下が、もう感覚が……飲み込まれる!』

『ここから出してくれっ! 嫌だ……こんな死に方は嫌だっ!』

『自衛隊はなにをやってるんだ! クソッ、動けねえ! 動けねえんだよ!』


 阿鼻叫喚あびきょうかんという言葉がぴったりの惨状さんじょうで、初めての人型模造獣が身構える。

 当然、アレックスのピージオンは抵抗できなかった。

 咄嗟に判断が遅れたのだろう、人型模造獣のなにげないオーバーハンドの拳をピージオンは避け損ねる。慌てて世代はヴァルクを動かし、倒れそうになるアレックスの機体を支えた。

 だが、同時に世代にもあせりが浮かぶ。

 美央は、こちらの地球の美央は、確かに魔力に似たなにかしらの力を持っているようだ。しかし、それは魔力ではない。その証拠に、構築されたヴァルクは魔力ではなく、非常用のバッテリーで駆動している。だからフルパワーも出せないし、使える武装も限られている。

 なにより、稼働時間の限界が無情にも迫っていた。


「とりあえず……アレックス、下がってて。僕がやるしかないみたいだ」

『待てっ、世代! ダメだ、あの人たちはまだ生きている!』

「でも、周囲の被害も見逃せない。それに……今、彼らを救う具体案がないんですよ? だから……やるなら僕が、僕なりに。あるいは――」

『そういうレベルの問題じゃないっ! 謎の怪物から人を守りたくて、僕は再びピージオンに乗った! それなのに、助けるべき人を殺してなにが得られるんだ』

「正論です、けど……こうしている間にも、僕たちだってピンチですよね」


 じっと世代は、けがれに満ちた偽物のピージオンを見やる。本物にそっくりだが、その表面はどろどろと泡立ちうごめく中に人の顔が並んでいた。そして、額にははりつけにされたように一人の少女が飾られている。涙を流す少女の裸体は、女神像にまさるとも劣らぬ美しさだが……それゆえ悲劇的な状況をことさら悲壮感で飾っていた。

 身動きできぬまま、世代はちらりと残りの活動限界時間を見やる。

 このままでは、あと数分が限界だ。

 そうこうしていると、ピージオン型模造獣が手を伸べた。

 ずるりと手の平からなにかが生えてきて……それがベイオネットライフルだとわかった瞬間には、世代はアレックスと同時に回避運度に機体を投げ出していた。

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