第63話「己が研ぎ出す刃の輝き」

 御門晃ミカドアキラの特訓の日々は続く。

 体力は勿論、知識と経験をもやしなってゆく日々が、少年の中に徐々に戦士の気構えをはぐくんでいた。徹底して鍛えられる中で、晃は一途な想いだけを支えに日々を耐える。

 ゲームで芽生えたセンスは今、現実での晃の力に変わろうとしていた。

 今は昼休みを挟んで、午後の講習に参加している。

 他の少年少女たちと各班に分かれて、整備や修理の勉強だ。


「よーし、上手いぞ御門君。って、二人共御門なんだよなあ。まあ、とにかく上出来じょうできだ! アキラ君!」


 面倒をみてくれている、ハイジ・アーデルハイドが笑ってうなずく。

 絶縁テープや補修材を用いての、簡単な応急処置の実習だった。

 だが、軍手を機械油で汚しながらの作業も、められるとやはり嬉しい。額の汗を手の甲で拭いながら、晃は隣の御門響樹ミカドヒビキと笑みを交わした。

 晃の班には、響樹とあと二人だ。

 真道歩駆シンドウアルクとミスリルも、二人一組の作業を終わらせたところのようだ。


「っし、いい調子だぜ。ミスリル、オッケーだ!」

「ふう……基本は操御人形と変わらないが、複雑な作りをしてるんだな」


 ミスリルや佐々佐助サッササスケ、アレックス・マイヤーズ等は、体力育成のカリキュラムには参加していなかった。だが、メカニックの知識はあって困るものではない。

 リジャスト・グリッターズの若者たちは皆、旺盛おうせいな意欲を競い合うように発揮していた。

 ハイジはそんな少年たちの前で、実習結果を確認しながら呟いた。


「しかし、お前らのような子供がなあ……少し、自分が不甲斐なくなるな」


 ハイジは人類を守る模造獣対策機関、IDEALイデアルのパイロットである。今は機体が整備中で、シフトからも外れているため教官を務めてくれていた。

 親子ほども年も離れた男は、豪快かつ大雑把に修理箇所を点検する。

 それは一見して雑なようにも見えたが、ちゃんと晃たちの作業内容を余さずチェックして、細かな点を教えてくれた。晃も他の者たちも、額を寄せ合うようにしてハイジの手元を覗き込む。

 ハイジは自分でもお手本を見せつつ、まるでぼやくような言葉を続けてくる。


「お前たちみたいな子供を守るために、俺たちは戦ってるんだがなあ。あの『』、正規パイロットが乗り損ねた挙句、消えちまうからよ。次元転移ディストーション・リープだっけか? なあ、歩駆君」

「あの、色無しって」

「君の乗ってるexSVエクスサーヴァントさ。ゴーアルターって呼んでるな、ヤマダ博士は。……なんか野暮ったい装甲を着せられちまったなあ、あれ」

「あれは……俺の未熟さを覆う鎧ですよ。アームドウェアと通常火器での戦闘なら、ゴーアルターの危険な力を最小限に押さえて戦える。……もう、あんなことはゴメンだから」


 晃は日々の訓練の中で、多くの友を得ていた。

 その中で、歩駆のことは本人から聞いている。

 戦いの中、力に酔うあまりに危険な扉を開いてしまった……結果として、敵とはいえ多くの人間を消し飛ばしてしまった。不用意に無知なまま、人ならざる力を振るってしまったのだ。

 そのことを後悔するからこそ、今の歩駆は迷いながらも進む。

 力ではなく、強さを求めて。

 少し上の少年が晃には、どこか求道者のようにも見えるのだった。

 少しシリアスな顔になっていただろうか? 小さく笑って響樹がポンと肩を叩いてくれる。同じ苗字の少年が、不思議と晃は兄のように頼もしく思えていた。


「だがな、少年たちよ。ここで降りる選択肢もある。今後、IDEALはリジャスト・グリッターズとの協調体制を取るつもりだ。行方不明のメンバー捜索にも協力するし、元の惑星"アール"……もう一つの地球に戻る手段についても現在検討中だ。だから――」


 ハイジの言葉は何気ないものだったが、声音は真剣だった。

 そして、それに真っ先に答えたのはミスリルだった。

 茜青両眼オッドアイの少年は、自分の中に答を探すように言葉をつむぐ。


「確かに、僕がやらなくたってさ。軍人さんとか、外の世界の誰かとか、そういう人たちに任せてもいい。そっちの方が上手くいくかもしれない。でも……それが、僕が戦わなくていい理由にはならないんですよ」

「……お前もあれか? ヒーローになりたい口か。歩駆のように」

「違いますよ、ハイジさん。逆です……ただの人でしかないから。人のままでやってやれって思うから、仲間とも協力するし、こうして勉強もしてるんでしょうって」

「なるほどなあ」


 ミスリルは暗黒大陸の出身で、決して裕福ではない中で育った少年だ。不自由はなかったらしいが、特殊な民族問題を抱える土地での暮らしは彼に特別な価値観を植え付けてしまった。その暗い影にあらがうように、彼は戦う道を選んだのだった。

 そのことを今は、誰もが好ましく歓迎して共に協力している。

 スメルの姫巫女ひめみこと呼ばれる少女も、陰ながら応援していると聞いていた。

 なんだか少し、晃はミスリルがうらやましい。

 そう思っていたら、思わずじっと見詰めてしまったのだろう。怪訝けげんな顔でミスリルは「おいおい、なんです?」とひじ小突こづいてきた。


「す、すみません。なんか……ミスリルさんは凄いな、って」

「凄くはないでしょ。僕だって、そうしなきゃいけない理由があって。そうできてしまっただけだから。響樹は?」

「俺は……ただ、守りたかったから。ほんと、手の届く範囲でいいんだ。それ以上へ手を伸ばす権利も力もないし、そこまで俺はデカいうつわじゃない。でも……今も守りたい。手の届く範囲だけでも。……アキラは?」


 気付けば皆が、じっと晃を見ていた。

 正直、自分の戦い理由は不純なのかもしれない。

 だが、今の晃のいつわらざる気持ちで、それは仲間なら知ってて欲しいことだった。


「僕は……助けたい人がいるんです。救いたい人が、って、痛いっ!」


 不意にバン! と、ミスリルが背を叩いてきた。

 港町育ちの少年は笑って歩駆と顔を見合わせる。

 響樹も腕組みうんうんと大きく頷いていた。

 そして、少年たちの意をむようにハイジが笑う。


「大事な人のために戦う、それはなにもおかしいことではない。ただ、そのために自分の一つしかない生命いのちけ、時には周囲の人間の生命さえ危険にさらす。その責任と意味は考えておいてくれよ?」

「は、はいっ!」

「いい返事だ。よしっ! 少し休憩にしよう!」


 ハイジは全員に合格点をくれると、立ち上がった。

 実習用にメンテハッチを開けていたmSVの戦人イクサウドから離れ、彼は行ってしまった。巨大な機体を乗せた台車の上から、ミスリルと歩駆も飛び降りる。響樹の手を借りあとに続いた晃は、今日習ったことを忘れぬよう、腰にぶら下げていたタブレットでメモを取った。

 その手元を覗き込みつつ、皆は呑気に笑っていた。


「なんか飲もうぜ、響樹。喉がカラカラだ。ミスリル、ジャンケンっての覚えたんだろ?」

「僕たちの国にも同じ遊びがある。ハサミの形が違うけどさ」

「チョキか? あー、お前それは田舎チョキだぜ。大昔の人かよ」

「その、ジャンケンはいいけど、あの自動販売機っての……あれは駄目だ」

「慣れろよー、お前さあ」

「知っているか、歩駆。響樹も。中に人は入っていないんだ。中の人なんていないと」

「……俺が悪かったよ、ミスリルはいつもの紅茶でいいんだな? アキラは?」


 歩駆が小銭入れを取り出し、ミスリルも作業服のポケットをひっくり返していた。響樹も率先して動く歩駆に礼を言って、ポカリヌメットの代金を渡す。

 晃はタブレットを再び腰のベルトに戻して、今度は財布を取り出した。


「僕が行ってきますよ。皆さんの分、買ってきます」

「そっか? あと、歩駆さんはよせって言ってるだろ」

「そうさ、アキラ。こいつは歩駆さんってがらじゃない。歩駆に響樹、僕はミスリル。んで、みんなの弟分というか後輩っていうか……仲間のアキラでいいさ。僕はほら、いつものあれだ。多分、お茶ならなんでもいいんだけど」


 三人から小銭を預かり、晃は小走りに駆け出す。

 機械の臭いと音に満ちたスペースは、IDEALの基地内にある格納庫だ。本格的な設備が整っているが、見たこともない人型機動兵器を多数受け入れて活況かっきょうに満ちている。晃も、まるでゲームのキャラクター選択画面を見るような光景に圧倒された。

 金属のかなでる雑多な音に、火薬やオイル、グリスの臭いがひといきれに交じる。冷たい飲み物が欲しくなるのも納得の熱気が、重く濃く充満していた。

 走る先に並ぶ巨人たちは大きさもまちまちで、その中に一際無残な姿が現れた。思わず脚を止めた晃は、ケイジの中にうずくまった大破状態の機体を見上げる。それは、人型機動兵器というくくりが嘘に思えるくらいに、流麗な造形美でかたどられていた。そして、その優美な姿が破壊の限りを尽くされている。


「これは……確か、エヴォルツィーネって機体だ。……酷い。こんなにグシャグシャに」


 スクラップに等しい機体を見上げ、晃は気付く。

 先程からその場所にたたずんでいたのか、一人の少女がエヴォルツィーネを見上げていた。輝く翼は片方が手折たおられ、片腕も失われている。全身をあらゆる異形に蹂躙じゅうりんされ尽くした熾天使は、もはや立っていることもできずに崩れ落ちていた。

 それを見詰める少女は、晃を見てへらりと笑った。

 晃も会釈えしゃくしつつ、再度エヴォルツィーネを見上げる。

 ゆるい笑みだが目だけは真剣な少女に、自然と晃も熱い胸の内を語った。


「きっと修理できますよ。直る……治るんです。それより、乗ってた人が心配で。この機体、世代セダイ君から少し聞きました。乗ってる人間の動きをダイレクトに表現する反面……機体のダメージが搭乗者に貫通するんです。一応フィジカル・クラッチもあるんですけど、強力過ぎる攻撃だとオートで切れなくて……あっ! す、すみません、あの、もしかして!」


 晃はつい、迂闊うかつにあれこれ喋ってしまった。

 だが、目の前の少女は満身創痍まんしんそうい松葉杖まつばづえを突いて、全身を包帯で覆っている。

 何故、気付かなかったのか……それは、全壊に等しいエヴォルツィーネに心を奪われていたから。あまりに痛々しいその姿に、一人の女の子が重なったから。晃にとっての天使、初恋の人も今……もしかしたら、酷いことをされてるのでは。眼前のエヴォルツィーネのように、謎の勢力によって……想像するだけで恐ろしい。

 だから、絆創膏ばんそうこうだらけの顔で笑う少女のことに気が向かなかったのかもしれない。それを恥じ入る晃に、彼女はほがらかにペッカーッ! と明るい笑みを向けてくる。


「そうなんです、えっと……そう、アキラ君! 御門晃君、ですよね! わたし、羽々薙星華ハバナギセイカです! 宇宙天使アークエンジェルラジカル☆星華@絶賛彼氏募集中って呼んで下さい!」

「え、ええと……その宇宙天使以下略星華アークナントカいかりゃくセイカさん。その」

「アキラ君はひょっとして、もしかして! 今、フリーさんですか? 恋愛とか興味ありますか! 年上大丈夫ですか!」

「あ、ごめんなさい。僕……うん。僕、好きな人がいるんです」

「がーん……そ、そうなんですか。しょぼーん……好みなのに。でもっ! 恋っていいですよね! わたし、憧れます! 好きですっ!」


 底抜けにほがらかな笑顔が、包帯姿とのギャップで不思議とまぶしい。

 そして、晃は気付いた瞬間にシュボンと顔に着火した。

 よく見れば、星華は包帯だらけで……


「あ、あの、星華さん! そ、その格好、まずいですよ……」

「え? あっ、安心してください! ちゃんとはいてますよ? それにこれ、見せパンですから。言うなればズボンですから」

「そ、そうですか。……エヴォルツィーネも星華さんも、よくなるといいですよね。ううん、大丈夫……きっとよくなりますよ。皆さん、頑張ってますし」

「はいっ! だから、わたしもまた戦うんです。みんなのために……なにより、

「自分の……ため?」

「アキラ君、おねーさんが教えてあげます! いいですか……彼女さんを幸せにするのはアキラ君! 晃君本人! その晃君が自分を大事にできないと……」

「で、できないと?」

「大変なことになります! だから……自分のためにも戦ってください。誰かが好きな自分のために、誰かを守る自分のために。わたしに優しいあなたのために。あと、はいこれ!」


 にっぽり笑って星華は、小銭を渡してきた。彼女は、冷え冷えミルクセーキのミント味なる奇っ怪な飲み物を注文して、晃を走らせる。言われるままに駆け足で、晃は自販機へと走った。

 不思議と心は軽くて、改めて胸の奥に誓う。

 大事な人のために戦う。

 戦う自分のために、自分を鍛える。

 前向きであることに必死だった晃は今、軽く背を押されて上を向いて走り出したのだった。

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