第62話「特訓! 少年よ大志を抱け」

 炎天下の中、御門晃ミカドアキラはフル装備で山野を歩いていた。

 全身には今、疲労物質が蓄積して脚がパンパンだ。溜まった乳酸にゅうさんが筋肉の中で、にぶい痛みを全身へと響かせている。背には50kgの装備を背負って、その重さが肩に食い込んでくる。

 誰も助けてはくれない。

 仲間たちは一緒だが、もうずっと前を歩いている筈だ。

 傾斜のきつい森の中、晃は一人だった。


「まずい、随分遅れちゃった……それに、後続の人にも追いつかれちゃう」


 周囲に人の声、街の音はない。

 コロニー住まいが長かった晃には、地球の本物の自然は驚きに満ちていた。

 コロニーの森は閑静かんせいで、皆が集まるいこいの地だ。セントラルパークは樹木も多かったし、少し宇宙港の方へ行けばハイキングだって楽しめる。

 しかし、それは造られた自然……人間が楽しむためのアトラクションだったのだ。

 ここは違う。

 風にそよぐ木々の枝葉は、周囲をくまなく覆って歌っている。

 虫の声、鳥の声、そして遠くから動物の声。

 土は舗装されておらず、不規則な路面で晃の体力を容赦なく削った。


「体力、付けなきゃ……これも、絶対に……必、要、うわっ!?」


 足元が滑って、晃は背後へとひっくり返った。

 自分よりも重い背嚢はいのうが、転んだ晃を地面に縫い付ける。

 立てない。

 起き上がれない。

 極限の消耗状態。

 訓練コースは15kmだが、まだ半分も歩いていないはずだ。

 だが、晃の体力は既に限界に近付いていた。

 ふと、今朝のことが思い出されて、脳裏に記憶となって映像を広げていった。




 巨大な二隻の軍艦は、所属をリジャスト・グリッターズと名乗った。

 自衛隊や政府の高官が接する中で、一定の歓迎を受けたようである。そして、この日本を救うために協力すると申し出たのだ。そして、今はIDEALイデアルと呼ばれる模造獣対策機関に保護されている状態だ。International Defend EArth Loyalty……かつて起こった全地球規模の模造獣イミテイトとの戦いから生まれた、謎の特殊組織である。

 晃は、自ら志願してリジャスト・グリッターズへの参加を申し出た。

 自分にはやらねばならないこと……救わねばならない人がいる。

 謎のヴェサロイドにさらわれた十六夜イザヨイかくやを救うため、晃は覚悟を決めていた。

 そんな彼が呼び出されたのは、IDEALが管理する大規模な演習場だった。

 周囲には、自分と同じ年代の少年たちが沢山いたのが驚きだった。


「やあ、歩駆アルク。……その顔、どうしたんだい」

「ああ、流狼ルロウ。なんか、殴られた……天涯無頼テンガイブライとかっておっさんに」

「これは……痛いだろう? かなり強くたれたみたいだ。武道の心得がある人の拳だね。ただ……この殴り方はきっと、いや」

「なんか、納得いかねえよな。突然会うなりだぜ? それを……ん? おい、流狼」


 最初に仲良くなったのは、同じ訓練を受けることになった二人だ。

 名は、真道歩駆シンドウアルク飛猷流狼トバカリルロウ

 二人共高校生で、晃にとっては先輩のお兄さんだ。

 しかし、気さくに話しかけてくれて、気を使わせずに輪に加えてくれる。二人はすぐに、輪をに広げて周囲の少年たちをも呼び込んだ。


「へえ、お前があの金獅子きんじしロボの……よろしくな、アキラ。僕は吹雪優フブキユウ。で、こっちの二人が」

市川流イチカワリュウだ。……む! お、おお……アキラ君、君を歓迎するぞ。ありがとう、そしてありがとう!」

「ごめんね、アキラ君。こいつ、自分より小さい子を見ると嬉しいらしくて。俺は小原雄斗コハラユウト、よろしく。で、アキラ君……あの〝オーラム〟って、凄くない? あとで詳しく見たいんだけど!」


 すぐに晃の緊張感は、多くの仲間を得て薄らいでいった。

 両親ともはなばなれで連絡がつかず、なによりかぐやのことが気になってしかたがない。そんな日々の中で、初めて気心知れる友達ができた気がした。

 だが、これは学校でのレクリエーションではない。

 パイロットとして最低限のサバイバル技術や体力を養う、軍のカリキュラムに沿った訓練なのだ。そのために晃も、この場の少年たちと同じ思いで集まったのだ。

 そして、そのことを思い出させる人物が現れる。

 迷彩ズボンにランニングの、引き締まった肉体を揺らして男が現れた。


「全員、整列! 諸君の訓練の副担当教官、ルーカス・クレット少尉だ。宜しく頼む」


 全員、すぐさま整列して身を正した。

 勿論、小さな晃も最前列で気をつけの姿勢である。

 そうさせるだけの緊張感を、ルーカスは全身から放っていた。宇宙戦艦コスモフリートへの乗艦時に、手続き等でルーカスとは何度か会っている。気さくで屈託くったくがなく、とてもユーモアのある優しい大人というのが第一印象だ。

 だが、ここにいる人物はルーカスであってルーカスではない……そう感じた。

 鍛え抜かれた者特有の所作しょさで、動作の一つ一つが洗練されている。

 放たれる声は大きくはないのに、不思議と否定も拒否も許さぬ強さがあった。


「よし、まず俺から一つ言っておく。今回の訓練は、君たちが機動兵器のパイロットとして生き残るためのものだ。中には突然のアクシデントでパイロットになった者もいるだろうし、望まぬ境遇と感じてる者もいるだろう。だが――」


 一度言葉を切って、ルーカスは周囲を見渡した。

 晃も目が合って、直立不動で言葉を待つ。


「だが、状況がどうであれいちばん大事なのは、だ。今後を変えるにしろ続けるにしろ、絶対に生き残って欲しい。これはリジャスト・グリッターズ全員の総意であり、願い……希望だ。お前たちは若い。本来なら、お前たちのような若者を守るのが、俺たち軍人の務めなんだが。まあ、力を借りねばならん現状がある。だから、生き残れ! 以上だ」


 最後にルーカスは「メインの担当教官が到着した」と言って、一歩下がった。

 そして、少年たちは目を丸くしてしまう。

 勿論、晃もそれは同じだ。

 はっきり軍人とわかる、その洗練された動きはルーカスと同じだ。

 まとう空気など、ルーカスよりも張りつめた、一種清冽せいれつな雰囲気がある。

 なのに……それなのに。

 晃たちをこれからしごく鬼教官は、意外な人物なのだった。


「皆さん、楽にしてください。指導を担当するソーフィヤ・アルスカヤです」


 現れたのは、白い肌の少女だ。

 プラチナに輝く金髪は、どこか永久凍土の雪原を思わせる美しさだ。

 そう、美少女だ。

 目の前に、人形のように目鼻立ちの整った女の子がいた。

 格好はルーカスと同じで、ランニングを内側から控えめの胸が盛り上げている。

 晃がそうであるように、周囲の少年たちも面食らったようだ。


「今日は初日なので、軽く行軍訓練です。全員の現状での体力や技能、精神力を見ますので。それと、えっと……ん、あとは……なにかあったかな」

「ソーフィヤちゃん? あの」

「あ、ルーカス少尉。……思い出しました、ちょっと待っててください。こんなこともあろうかと、雪梅シュエメイからメモを預かってますので」


 心配そうに駆け寄ったルーカスを、ソーフィヤは手で制した。

 澄ました表情に感情は乏しいが、ただ黙っているだけで不思議な雰囲気がある。まさに、絶世ぜっせいの美少女という形容を全身で体現した芸術品のようだ。

 そのソーフィヤが、ズボンのポケットから手帳を取り出した。

 そして、端正な無表情でそれをめくり、読み出す。

 抑揚に欠く淡々とした声は、不思議と神秘的な容貌に似て美しい。

 だが、吐き出された言葉にその場の全員が凍りついた。


「ゴホン! ……。貴様等は今、なんの価値もないゴミ虫野郎、生まれたての蛆虫うじむしにも劣るクズの中のクズだ」


 場の空気が凍った。

 だが、構わず棒読みでソーフィヤは言葉を続ける。


「今日は貴様等の無価値に等しい存在を、ワンランク上のクズへと鍛えてやる。それがわかったら返事の前と後ろにサーをつけろ、ゴミクズ共。さあ、返事をしてみろ」

「サ、サー! イエッサー!」

「お、おい、これって……」

「馬鹿、雄斗! ハッ倒されるぞ! サー!」

「いい……凄く、いい。目覚めそうだ……新しいなにかに」

「お前もいいから合わせとけ、流っ!」


 少年たちは今、目を白黒させながらも声を張り上げる。

 ただただメモ帳を読み上げるソーフィヤの前で、晃も謎の恐怖を感じた。


「返事だけは一丁前いっちょまえだな、この※#&Pi――――野郎。さあ、地獄の行軍の始まりだ。各自、装備を背負って5分おきに出発しろ。山岳コース15km、脱落した奴はクソをひり出すケツ穴をダース単位で増やしてやろう。いいから走れ、走れ、走れ」


 なんだか晃は、顔面蒼白になってアワアワしてるルーカスが気の毒になった。だが、慌てて自分の背嚢はいのうを手にして、持ち上げるのに必至になる。背負うだけでもう、かなりの体力を使わされた。周囲でも、仲間たちは緊張感もあらわにスタート地点へ移動を始めた。


「ようし貴様等、楽しいパーティの始まりだ。万が一にも無事にゴールできたら、この私をファ○クウッフーン♪していいぞ。私の*%@Pi――――が拝みたかったら死力を尽くせ。……以上になります。では、くれぐれも怪我に気をつけて、事故のないように。合流地点でお待ちしてますので」


 全く表情を変えずに、ソーフィヤが手帳を閉じた。

 こうして、晃たちの地獄の特訓が始まったのだった。




 大地に身を横たえ、晃はそのまま水筒を手繰り寄せる。

 だが、中身はすでに飲み尽くされていた。

 いよいよ大の字になって、大自然の雑多な音の中に沈む。濃密な森の空気が、けた身体をそよ風で撫でていった。涼しくて気持ちがいいが、もう立ち上がることもできない。

 そんな晃が、人の影に包まれた。

 上を見れば、逆さまに一人の少年が立って見下ろしている。


「リタイヤか? 御門晃。……お前みたいな人間は、戦う必要ない。この部隊では特にな。戦うのは、戦える人間だけでいい。あ、いや……あっ、足手まといはいらないって意味だ!」


 その少年は、確かユート・ライゼスと言った。

 彼は自分の水筒を晃の目の前に置くと、そのまま一瞥いちべつして追い越していった。

 自分が不要だと言われた気がした。

 そう思ったら、晃の中でなにかが熱く燃える。

 直ぐに着火した心の奥底で、たぎる炎が真っ赤にはぜぜた。


「僕は……嫌だ。ここに……リジャスト・グリッターズ、に……いた、い……戦いたい! 取り戻したいんだ!」


 水筒を掴んで、全身の筋肉を使って起き上がる。

 立ち上がろうとした時、不意に身体が軽くなった。

 振り向けばすぐ横に、もう一人の少年が支えてくれていた。

 自分と同じ50kgの背嚢を背負って、見れば自分より疲れているようだ。きっと自分もこういう顔をしてるのでは……そう思える以上に、バテ気味な笑顔がそこにはあった。

 そう、だった。


「平気? 僕は……うん、もう駄目だな。一緒にリタイヤする?」

「え? あ、いや……駄目、なんですか? えっと」

「世代、東城世代トウジョウセダイだよ。で、どうする? 僕、インドア派だから肉体労働は苦手なんだ。それより、君のVDヴィーディに興味があるな。あのゲーム……『機巧操兵きこうそうへいアーカディアン』にも」


 それは不思議な少年だった。

 凄い素直に、悪びれなくを上げている。あっさりとギブアップを宣言している。

 だが、その瞳は何故か、晃に話しかけることでキラキラと輝いていた。


「えっと、それは……あの、世代さん。リタイア、するんですか?」

「まあね。あきらめも肝心だし、でも……君はどうする?」

「……僕は、続けます」

「そう、ならそうしよう。ねね、聞かせてよ……君の金獅子きんじしのVD。凄いね、あの背中のアタッチメントは追加装備が接続される構造じゃないかな? 僕が見た感じ、こう、ブッピガーン! ってバックパックがドッキングする感じだと思うけど。どう?」

「ゲームでは、そうだけど」

「うんうん、いいね。それでさ、やっぱり複数のバックパックを運用できるとしたら――」


 気付けば不思議と、晃は歩いていた。

 体力の尽きた身体が、世代の言葉を追うように歩く。

 世代は露骨ろこつに疲れた顔をしていたが、やはり笑顔で先を歩いた。

 こうして晃の訓練初日は完走で幕を閉じた。しかしそれは、まだまだ続く厳しい日々の、ほんの入口に過ぎないのだった。

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