Act.11「己に戦士を問い続ける者」
第61話「初恋は夢へと消えて」
少年は夢にまどろむ。
暗い闇の中では、寒さも暑さも感じない。上下も左右もない中で、蘇る記憶へと意識は吸い込まれていった。
彼の名は、
数奇な運命に翻弄される中で、禁断の力を身に招く宿命の子だ。
初めて現実のヴェサロイドを操縦し、気を失った彼は……全ての始まりへと回帰していた。
『アキラ! アキラは現実でも、アキラなのね……本名だった』
『そ、そうだよ。そういうカグヤだって』
『じゃあ、変わらないでいられるわよね? いつものあたしと、いつものアキラと』
『……じゃあ、やっぱりカグヤも僕のことを? 僕がそう想うように?』
『ふふ、秘密っ! アキラ、勝負よ! 凄い……本当の空を飛んでるみたい』
風を感じて、雲の海を飛んだ。
スペースコロニー、
だが、実際にその中へと飛び出してみるとわかる。
人間が宇宙で暮らすためには、やはり大地と空が必要だったのだと。
それを晃に教えてくれた少女が、笑顔で振り返る。
二人は今、小さな観光用のライトプレーンで飛んでいた。
声を弾ませる少女の名は、
『待ってよ、カグヤ! ねえ、並んで飛ばないの!?』
『勝負よ、勝負……競争。ね? あのゲームでも……アーカディアンでもそうしてきたじゃない。アタシはね、アキラ。戦ってるアキラのこと、好きだな?』
『そっ、そういうこと言うから! 僕はじゃあ、本気で!』
『そゆこと、じゃあ……カッ飛ばすわよっ』
夢のような時間だったことを、夢の中で思い出す。
それはとてもきらびやかで、晃があのゲームを……『
かぐやは晃にとって、常にゲームのライバルであり、最も親近感を感じるプレイヤーだった。それが今、親密さを増して互いに惹かれ合っている。そのことが嬉しくて、晃も
『ほーら、アキラ! 頑張んなさいよ、ふふ……アタシを掴まえてみてっ!』
『それ、言ってみたいだけだろ! 待てよっ』
『……そりゃ、言ってみたいよ。アンタだから、言うんだもん』
『なに? 聴こえないよ、カグヤ! なんか言った!?』
『んーん、なんでもないっ!』
だが、その先の現実を晃は覚えている。
まばゆい光景は全て、自分が
ただ、過去を追体験するしかない時間が進む。
二人の運命を分かつ、その瞬間に向けて。
『やっぱカグヤって、センスなんだよな。初めて乗った飛行機だって、こんなに』
『なにー? アキラ、聴こえなーい!』
『負けてなんか、って言ってるの! ……ん? なんだ……この音、これは……?』
軽快なモーター音を響かせる二人の飛行機は、静かなものだ。その一定のリズムを掻き消すように、重金属音が高鳴る。腹に響くような振動が伝わり、不意に眼下の
晃は慌てて、少し先を飛ぶかぐやに追いつこうとする。
だが、その行く手を
それは、神話や伝承に登場するドラゴンを
そして、晃は突然現れた
『なっ……こ、これは!? どうして……何故! 〝インロン〟じゃないかっ!』
その巨大な竜の名は、〝インロン〟。形式番号のAVD-05が示す通り、
だが、現実に目の前に〝インロン〟が飛んでいる。
その迫力は、ゲームとは比較にならないほどに圧倒的だ。
メカニカルなノイズを
『これはなにかの……いやっ、違う! 撮影やイベントなんかじゃない!』
叫ぶと同時に晃は、雲の中へと機体を投げ出した。
レジャー用のライトプレーンは、失速寸前で白い闇の中へと
それは、先程まで晃が飛んでいた空間を、巨大な爪がえぐり取ったのと同時。一瞬でも判断が遅れていれば、今頃晃は機体もろとも木っ端微塵になっていただろう。
訳がわからぬ中で、身体は
そして見る……雲を突き抜けた先に広がる、様変わりしてしまった光景を。
『これは……高天原が攻撃されている!? ……あれは、カグヤッ! カグヤァァァァァッ!』
眼下の光景が燃えていた。
無数の〝インロン〟が飛び交う中で、ゲームである以上に現実感のない惨劇が広がる。それは、ゲームから飛び出したVDによって、燃える炎に包まれてゆく町並みだ。その向こうに、ハッキリと目撃する。
一機の〝インロン〟が離脱してゆく。
その手には、晃が乗っているものと同じ飛行機が握られていた。
間違いない、かぐやを乗せた機体だ。
それを確認した瞬間、衝撃に晃は奥歯を噛み締める。
『くっ、尾翼をやられた? 奴は……宇宙港へ、その先は……軌道エレベーターかっ!』
〝インロン〟の口部
身を翻した晃は、万が一に備えて着用させられたパラシュートを確認、同時に中空へと身を踊らせた。
そして見る……無数の〝インロン〟に
黒い爆煙の向こうに、かぐやは連れ去られてしまった。
パラシュートを開いて風に身を委ねるや、晃は呆然とそのまま流されてゆく。
だが、その時だった。
不意に呼ぶ声がしたような気がして、周囲を見渡す。
その瞬間を今も、気を失って混濁する意識の中で覚えている。
確かに晃は聴いた、そう感じた。
自分を呼ぶような、それは獅子の咆哮。
その先へと視線を走らせれば、一台のトレーラーが放置されている。晃が懸命にパラシュートを
その中から現れたのは――
『あれは……そうか、〝インロン〟があるってことは。僕を呼んでくれてるか、〝オーラム〟ッ!』
金色の装甲を輝かせ、胸に
そこからのことは、あまりよく覚えていない。
気がつけば晃は、周囲の〝インロン〟を撃破しつつ、かぐやを追っていた。
かぐやを助けたい……その一心で、軌道エレベーターの外壁シャフトを使って大気圏を突き抜け、日本へと舞い降りたのだ。
『そうだ……そして、僕は。地獄のような日本で、守りたくて……守れなくて。ああ、カグヤ……ごめん。君を救えない、助けられない。僕は……なにも、守れなかった』
覚醒する意識が、次第に鮮明に現実へと自分を呼び動かす。
肉体へと完全に感覚が戻った時、晃はベッドに寝かされていた。ぼやけて焦点の定まらぬ視界を左右に揺らす。白い壁に白いカーテン、どうやらここは医務室かなにかのようだ。
そして、枕元に軍服姿の女性が座っている。
彼女は晃が目覚めたのに気付くと、ぱっと表情を明るくさせた。
「気付いたな、アキラ! ふふ、無茶して……やっぱ男の子ってことか。どう? 具合は悪くない? 食欲はあるか?」
「えっと、あなたは」
「わたしは……えっと、
氷威……その名を聞いて晃はベッドに上体を起こした。
それは、戦友であり、仲間の名前だ。ゲームの中の架空の世界で、一緒に戦ったパイロット。彼女は本名を
驚く晃は、言葉が上手く出てこない。
だが、ようやく知っている人間に会えて、それが現実世界では初めてでも、安心した。今までの見えない孤独から解き放たれ、一気に張り詰めていた気持ちが弛緩してゆく。
気付けば晃の頬を、一筋の涙が伝っていた。
「あ、あれ? おかしいな、どうして……それより佐甲斐さん! 大変なんです、カグヤが……あ、僕はさっきまでカグヤと一緒で。そう、あのカグヤなんです! ぼくの――」
不意に晃は、燕に抱きしめられた。
豊かな胸の膨らみに顔を埋めて、呼吸を甘い匂いに奪われる。苦しくはない、むしろ安らぐ体温が行き交って、鼓動が落ち着いていった。燕は優しく髪を
「……今は詳しくは話せない、けど……カグヤのことは、ごめんなさい」
「え? どうして佐甲斐さんが謝るんです? そう、僕はカグヤを助けたくて……助けたい一心で、勝手に〝オーラム〟を。敵を倒して……人やバケモノを、この手で」
「落ち着いて、晃。よく聞くんだ。お前は罪には問われないし、戦う必要ももうない。不幸な事故だった……あとはわたしたちに任せてくれればいいさ」
「あの、ここは」
「ああ、宇宙戦艦の中さ。宇宙戦艦コスモフリート……突然太平洋の向こう、
なにを言ってるのかわからない。ただ、燕に包まれていると涙が
自分の無力さが情けなく、自分の夢見た夢の正体を知った。ゲームチャンプの晃は、現実世界では〝オーラム〟を乗りこなせない。そして、20m級の人型機動兵器というのは、本物ともなれば
多分、マシーンが持つオーラに飲み込まれ、酔っていたのかもしれない。
かぐやを救いたい、ただそれだけの気持ちが暴走したようにも思えた。
そう考えていると、不意に背後で扉が開いた。
現れたのは、精悍な顔つきの軍人だ。
「ああ、そのままで構わん。君が、御門晃君……間違いないだろうか?」
「え、ええ。あなたは」
「あの金色のVD、〝オーラム〟を民間人が動かしたと聞いたが、こんな子供とは。気を失うのも無理はない。あれは訓練された人間しか乗れないものだ。……エークスやゲルバニアンでも、トールとは別ラインの兵器開発は行われていたか……ミラ准尉のオンスロートに、各地で研究されていたVD。きな臭いな」
男はバルト・イワンド大尉と名乗り、語った。
晃の独断が、多くの者たちの証言で不問に処されたこと。一緒に戦った
その目の輝きはもう、
「バルト大尉、お願いがあります! 僕を……僕を一緒に戦わせてください!」
「それは駄目だ。君は民間人で、ただの
「それでも! 訳がわからないんです、カグヤが……大事な人がさらわれて、僕はなにも、なに一つ守れなくて。そして、このまま去るなんて……できない」
バルトは燕を見て、首を横に振る彼女に溜息を零す。厳しい表情が不思議と、晃に向けて
「御門晃君。我々は常に戦力を欲しているが、守るべき一般市民を戦場に巻き込む訳にはいかない。君たちを守るために、君たちを戦わせぬために、我々軍人は存在するのだから」
「なら、どうすれば……僕はどうすれば軍に!」
「君のゲームの腕は、報告を受けている。我々もこの日本……こちらの日本に帰ってきたのはつい先程なのだ。だが、一つだけ。君が選択肢を自分で選ぶというのなら……もしそうならば、試す価値はある。君は君を試してみたまえ。その上で、改めて決断して欲しい。君は、誰にとっても大事な未来の
バルトはそう言って、晃の頭をポンと撫でた。
こうして、晃の日常は一変してしまった。あの時、本物の〝オーラム〟に乗った時から、変化していたのだ。そして、そのうつろいゆくスピードを、晃は必死に追いかけ始める。ただ真っ直ぐ、その先に初恋の恋人を
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