第64話「大戦、対戦、再燃、再演」

  訓練は過酷で忙しく、御門晃ミカドアキラの夜は泥のように眠る日々だった。

 だが、人というものは鍛えれば成長するし、たくましくもなる。

 それを晃は毎日の中で実感していた。

 最初は食欲もなかったが、今では一日三食よく食べるようになった。筋肉痛に悩まされるのもれたし、一人でないこと、自分だけじゃないことがなにより力になった。

 それでも、一つだけ克服できないことがあって、それだけが気がかり。

 胸に抱えた不安が膨らむ中で、晃は急激に戦士へと成長していた。

 だから、久々の休日がこんなにも楽しくて、明るくて。そしてやはり、不安はつのる。

 そんな晃がいるのは、街のゲームセンターだった。


「どした、アキラッ! なんか遊ぼうぜ。こっちの地球の日本も、いろんなゲームが流行はやってるよな」

STGシューティングなら怒首領米ドドンマイとかメメディウスだな。格ゲーも流行ってるし、あとはやっぱりあれだろ! ! お前、チャンピオンなんだろ?」


 気付けば訓練仲間で、気安く接してくれる兄貴分で。今日も市川流イチカワリュウ小原雄斗コハラユウトは晃を囲み、アレコレと親しくしてくれる。

 だが、ゲームの名を聞いて晃は身体を強張らせた。

 その雰囲気が二人にも伝わってしまったが、流と雄斗は顔を見合わせ笑う。

 ――機巧操兵きこうそうへいアーカディアン。

 この世界、異邦人のリジャスト・グリッターズが惑星"ジェイ"と呼ぶ地球の大人気ゲームだ。ヴェサロイド、通称VDヴィーディと呼ばれるロボットを操り対戦する、ネットワーク対応型のゲームである。家庭版もアーケード版も大人気で、今も人だかりの山ができている。

 晃はこのゲーム、機巧操兵アーカディアンのチャンピオンだ。

 だった、と言うべきだろうか。

 今はその名を聞いただけで、妙な緊張感に意識が張り詰めてしまった。

 そんな晃を交互にポスポスと叩きながら、二人はほがらかに笑う。


「まあ、アキラはやり慣れてる、少し飽きてる頃かもな。そういう時は気分転換! 別のジャンルをアレコレ遊ぶのもいいぞ。例えば……」

「ふっふっふ、しょうがないな……じゃあ少し、大人の階段をのぼろうか? さっき一通り店内を見たが、チョイエロ系のゲームも充実している。クイズなないろDAY'S二次色町の奇跡だろ、ダンシングLOVEアイだろ、アイドル雀士じゃんしスーチーパイパイに――あいたっ!」


 不意に流が頭を抑えた。小柄な彼の後ろには、吹雪優が立っている。彼は今しがた炸裂させた鉄拳をほどくと、晃たちの話の輪に混ざってくる。

 少し年上なのに気さくで構い方も最低限、そんな優に晃はいつも助けられていた。

 彼は二人の仲間をたしなめつつも、店内を見渡し小さく笑った。


「お前ら、アキラを悪の道に誘うなよな? ……やるなら、アイドルマイスター・ゼノクラフトだろ! アイドル愛をいつでも忘れちゃいけないぜ。……なんてな、アキラ」

「は、はあ……あの、すみません」

「はは、なんで謝るんだよ。いーから四人でディシジョン&ドラゴンズでもやろうぜ」


 すかさず流と雄斗が「しからば拙者せっしゃ、エルフちゃんを使うでござる」「なんの、拙者がエルフちゃんを……おぬしはシーフちゃんでも使うでござる」と笑っておどける。気付けば笑顔にさせられてしまって、自然と晃も気持ちが明るくなった。

 因みにディシジョン&ドラゴンズは、最大四人で遊べるファンタジーなベルトスクロールアクションゲームだ。剣と魔法の世界で冒険者となり、モンスターやドラゴンと戦うゲームである。勿論、晃はあまりやったことがない。

 気付けばいつも、アーカディアンを遊んでいた。

 アーカディアンを通じて、友達も仲間も現実以上にできたし……恋もした。

 その初恋はみのった瞬間に、突然の戦争で奪われ引き裂かれた。

 あれ以来、晃はアーカディアンを遊んでいない。

 現実の〝オーラム〟に乗って以来、一度も。


「あの、優さん。流さんも、雄斗さんも」

「ん? どした、アキラ。両替行くか?」

「あっちでマターリとメダルゲームもいいよな」

「プライズ物も充実だぞ? アーカディアンのフィギュアストラップ、俺も欲しいな」


 また、アーカディアンという言葉に晃はビクリと身を震わせる。

 そんな晃を見て、優はまた優しく笑った。


「アキラ、アーカディアンのこと……少し怖いだろ」

「えっ? そ、そんなことは! ない、訳でも、ないです、けど」

「びっくりしたよな、ゲームだと思ってた世界が現実でさ。でも……ゲームは人を笑顔にするもんだから。それにお前は、アーカディアンでつちかったセンスと技術で、誰かの笑顔を守れる」

「優さん……」

「はは、がらじゃないんだけどさ! ただ……ヤならそれでいいんだ。触らなくたっていいし、〝オーラム〟にだって乗らなくてもいいさ。でも、毎日頑張って訓練に喰らいついてるの、俺らも見てるから。だから、いつかお前が自分で決めると思う。俺たちは、それを待つし、それまで守るよ」


 それだけ言うと、照れ隠しに笑って優はゲームセンターの奥へ先に歩く。流も雄斗も、交互にポンと晃の背を叩いて、後に続いた。

 晃はなんだか、急にお兄さんが沢山増えたような気がした。

 それが無性に嬉しくて、ちょっと気恥ずかしくて、妙に喜ばしい。

 だから、飾らない言葉が晃の中の不安にじんわりと浸透していった。

 さらわれた恋人の十六夜イザヨイかぐやを救う、そのために〝オーラム〟で戦う。人々を脅かす怪異や異形とも戦う。その意志は揺らがないつもりだ。

 つもりでいたが、ずっと不安っで胸が一杯だったのも事実だ。

 〝オーラム〟はゲームでの愛機であると同時に、厳然げんぜんとして存在する兵器なのだから。

 だが、その迷いも今は消えた。

 消えたようで見えなくなっただけ、まだ胸の底に沈んでいるかもしれない。

 それでも、迷いながらも進むことを晃は選んだ。


「僕は……やっぱり〝オーラム〟に乗ります。これからも、ずっと」


 晃の決意の声は、小さくつぶやくようで、ひどく頼りなくて。

 それでも、その声に振り返った三人は笑顔で頷いた。


「それがいいぜ、アキラ! な、雄斗。優も」

「ああ、ロボットはいつでも少年の夢を叶えてくれるからな! なにかを守れるし、なんにだって手を伸ばせるんだ」

「だな。じゃあ、アキラ……機巧操兵アーカディアン、もう大丈夫だな? どんな形であれ、お前の始まりなんだから、嫌いになれないお前でいろよ。……あいつもさっきから待ってるしさ」


 優の言葉で、今度は晃が振り向かされた。

 そこには、毎日一緒に訓練をこなす少年の笑顔があった。それは、普段からゲームで自分がそんな顔をしてた、こういう表情の仲間がいたと思い出させてくれる。興奮と感動で双眸そうぼうを輝かせているのは、東城世代トウジョウセダイだった。

 彼は人混みで賑わうアーカディアンの筐体きょうたいを見やり、そわそわと笑う。


「アキラ、僕とやるでしょ? さっき少し連勝してみて、だいたいわかった。けど……どうせ負けるなら、チャンピオンの腕をじっくり味わいたいなって。だからさ」

「世代さん」

「今度いつか、僕の地球で……惑星"アール"でBMRSも一緒に遊びたいな。バトル・マッチ・ロボティクス・シミュレーターってさ、自分の機体設計から始めるタイプで」

「あ、いいですね。……やっぱり、ゲームのロボットっていいですよね」

「だよね」


 それ以上、言葉はいらなかった。

 晃も世代の数奇な運命は、生活班を手伝う東埜ヒガシノいちずや神守双葉カミモリフタバから聞いている。彼はゲーム中の筐体から直接、次元転移ディストーション・リープと呼ばれる謎の現象に巻き込まれた。そして、一瞬でこの惑星"J"、それも未知の暗黒大陸に放り出されたのだ。

 何故か、わずかな時間が外では半月以上も時間が流れていたという。

 同じロボットゲーマーで、今は一緒にパイロットをやっている。

 不思議な親近感は自然と、世代と晃とを親しい友人のようにき付け合った。


「アキラは〝オーラム〟だよね? 僕は色々使ったけど、まずは〝シルヴァーン〟でプレイしてみてるよ。少し過敏な機体だけど、凄くいい感じ」

「あっ……その機体は」

「僕がこないだ双葉にあげたジルヴァラ・カットゥに似てるかな。色以外はそうでもないように見えて、コンセプトやしなやかさ、なんていうか、そもそも軽量級の高機動タイプって――あれ? アキラ? どしたの」

「いえ、なんか面白いなって。早速対戦してみましょう。僕も俄然がぜん、やる気が出てきました!」


 二人は頷き合って、互いの機体や他のゲームの話をしながら列に並ぶ。晃と同じで、実は世代もロボット系のゲーム以外はぼちぼちというタイプだった。だが、ロボットの登場するゲームとなれば話は別で、それはアニメや漫画でも同じだ。

 晃にとって、ロボットを作り手の視点で見ている世代の言葉は新鮮だった。

 やはり、息抜きに街に出てきて、こうしてゲームセンターに来てよかったと思う。

 悲鳴が響いたのは、そんな時だった。


「やっ、やめてくださいよぉ! オタクら、遊びたいなら並べばいいんでしょう?」

「アァ? 俺らに並べだあ? レベルの低いプレイヤーはすっこんでな!」

「こちらの方を知らないとは言わせないぜえ? へへ、この方はアーカディアンの世界チャンプ! 様なんだからな! おら、どけよぉ!」


 列の先、筐体の方でトラブルが発生していた。

 順番を待っていた眼鏡の青年を、大柄な男たちの集団が突き飛ばしたのだ。

 そして、その中心人物は……こともあろうに晃の名を名乗っている。アーカディアンの世界でアキラと言えば、御門晃本人しか存在しない。だが、常にアバターのアキラとだけ接してる多くのプレイヤーにとって、本当の姿などわからないのだ。

 とっさに晃は、見ていられなくて飛び出しそうになった。

 だが、その肩に手を置いて止めたのは、意外にも世代だった。


「世代さん!? あの、僕は――」

「駄目だよ、アキラ。店員さんを呼ぼう。率直そっちょくに言って最高に腹が立つけどね」

「でも!」

「ロボットを理由にして、原因にして、それで暴力は嫌だなあ。振るう方も、止める方もね。それはゲームでも同じはずだよ」


 世代の言葉は穏やかで呑気のんきで、そして不思議な響きがあった。

 晃は彼の言葉に、落ち着いて冷静さを取り戻す。

 大好きなゲームだからこそ、許せない。だが、度を越したマナー違反に、同じマナー違反である暴力で応じれば……晃もまた、連中と同じレベルになってしまう。それを世代は止めてくれたのだ。

 だが、世の中にはこうした事態を見過ごせない人間が存在する。

 わざわざ低レベルな場所まで降りてなお、力で黙らせることえて選ぶ者がいるのだ。


「あら、貴方あなたが有名なアキラ? ふーん、がっかり……ゲームでチラッと見た時は、もっと礼儀正しくてかわいい感じの男の子だったけど」


 ざわつく誰もが、空気を貫く声へと振り返る。

 不穏な雰囲気を切り裂いた美声は、一人の少女が発したものだ。凛々りりしいミニスカートのパーカー姿は、どこか中性的ながらも絶世の美少女という言葉を皆に想起イメージさせる。そして晃は、メリハリのある女性的なスタイルの良さに、しなやかな肉食獣を重ねて頬が熱くなった。

 だが、世代は小首を傾げて小さくつぶやく。


「あれ? 美央ミオさん? 神塚美央カミヅカミオさんだよね。暴力的な怪獣と優しい美少女が同居した、ほら、なんかスキュラロボっぽい感じの。ね、晃」

「え? いや、それは……ごめんなさい、サッパリわかんないです。けど、そうだ! コスモフリートやサンダー・チャイルドで時々会った人だ」


 筋骨隆々きんこつりゅうりゅうたる大男たちの前に立ったのは、あの神塚美央だった。

 だが、不思議と晃は世代の感じる違和感に気付く。

 それは、いつもいちずや双葉をからかいつつフォローしてる、どこかミステリアスはクールビューティではなかった。ただ、不義理と不実に怒りもあらわな強い瞳だけが、いつもの美央と全く一緒だった。

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