第53話「絶えず先を歩く者たち」

  巨大な人型歩行戦艦、サンダー・チャイルド。その格納庫ハンガー内で休憩していたブレイは、温かな歓迎で迎えられていた。

 少しこそばゆい気がするが、嬉しい。

 ブレイにとって、こうした人とのふれあいこそが、なによりのエネルギー補給だった。

 今、多くの機体に肩を並べて立つブレイは、周囲を子供たちに囲まれていた。


「すごいねー! おっきー!」

「ねね、ブレイ。ブレイはゆーしゃなんだよねっ!」

「お、おれ、みた! ブレイ、かっこよかった!」

「まちを、ブライト・シティをまもってくれて……ありがとう」


 デッキブラシを持った子供たちは、組まれた足場の上を元気よく行き来していた。その声が格納庫に響いて、行き交う大人たちをも笑顔にさせる。

 巨大な敵による災厄を退けた今、少しずつ人々に笑顔が戻っていた。

 ブライト・シティは壊滅に近いダメージを受け、中心部は焼け野原である。だが、この街はブレイの生まれた場所で、相棒ライト・ジンの故郷。そして、このニッポンに暮らす人たちにとっても、光さす場所であればと思う。

 そんなブレイの汚れた顔に、登ってきた少女が笑いかける。


「ブレイ、顔もアチコチ真っ黒だよ? ボク、洗ったげる!」

「ありがとう、マモル」

「ううん、いいの! ブレイは街だけじゃなく、アルクも守ってくれた……アルクと一緒に戦ってくれた。だからボク、嬉しいんだあ」


 白い歯を見せて笑うマモルが、ブラシで磨いてくれる。

 戦闘とその後のレスキューで、ブレイの身体はあちこちすすだらけだ。だが、それすらも彼にとっては名誉の勲章で、そのことを誰にも言わず胸に秘めても誇らしい。

 マモルはツナギ姿で前をはだけたまま、ゴシゴシ丁寧にブレイを洗ってくれた。


「ねえ、ブレイ」

「なんだい? マモル」

「昨日からね、セイジロウが難しい顔で……セツナちゃんも怖い顔で話してるの」

「……リジャスト・グリッターズのこれからのことについて、協議しているのだろう」

「うん……みんな、困ってるみたい」


 ヒュン、とデッキブラスを翻すや、ぐるりと回して足元に突き立てるマモル。その上に両手を組んで顎を乗せ、彼女は小さく溜息をついた。

 その下では今も、真道美李奈シンドウミィナと一緒に小さな子供たちが声を上げていた。

 黄色い歓声が飛び交う中で、マモルは少し憂鬱ゆううつそうに喋り続ける。


「あーあ、こんな時……ソウスケがいてくれたらなあ」

「ソウスケ? ……データ照合、佐々総介ササソウスケ氏のことかい? マモル」

「うん。ソウスケはボクを、またアルクに会わせてくれたんだあ。その力は今、真理の領域に触れつつあるの。だから、きっとお願いすれば助けてくれると思うんだ」


 ブレイは既に、司令官の東堂清次郎トウドウセイジロウからフリーのアクセス権限をもらっている。不思議なことで、清次郎は仔細な言葉を交わすことなく、二つ返事でブレイに全てを許してしまった。それでブレイは、宇宙戦艦コスモフリートやサンダー・チャイルドのデータベースを使い、多くのことを学べたのである。

 その中に、総介の記述もあった。

 惑星"アール"と呼ばれる、もう一つの地球。そこで彼は、日本皇国の御典医ごてんいとして働いていた。そして、謎の惨殺事件で死亡したとある。しかし、その後も何度となく、彼の影が異変のそこかしこにちらついていた。


「ソウスケ、元気かなあ。ソウスケは会えたかな……大事な人に。ボクと同じで、まずは会いたいって言ってたからなあ」


 そうこぼすマモルが、ブレイの目の前で再びの溜息。

 その時、下で突然、乾いた音が響いた。そして、バケツの水がひっくり返る冷たさがブレイを濡らす。目を丸くした子供たちが駆け寄る先で、一人の少年が立ち尽くしていた。


「あれぇ? サスケおにーちゃん、だいじょーぶ?」

「バケツ、おとしたよ?」


 見下ろせば、佐々佐助サササスケが立ち尽くしていた。水を運んでいた彼は、足元に転がるバケツを見つめたまま、呆然としている。駆け寄る美李奈へ応える口ぶりも、明らかに動揺していた。

 ブレイとマモルを見上げてくる表情は、顔面蒼白で色を失っていた。


「な、なあ……マモル、今……今、なんて言ったんだ?」

「ほへ? うん、ソウスケがいてくればなあ、って」

「……マモルは、会ったことがあるのか? 父さんに……あの人に」


 寄り添う美李奈や子供たちを振り払うようにして、佐助は上へあがってくる。はしごを登る動きも、普段の颯爽さっそうとした軽やかさが見られない。

 マモルのところまで上がってきた佐助は、焦点の定まらない目を向けてきた。


「父さんは、あの日……でも、俺がやった訳じゃ。マロンだって、でも」

「どしたの、サスケ?」

「い、いや……教えてくれないか、マモル。父さんは、佐々総介には、どこで」

「んと、ドバイ! その前は、日本……二つの地球というよりも、もっと別の地球の日本だよ? そことは違う可能性に、ソウスケはボクを連れてきてくれた」


 ブレイには、マモルの言っていることが少し理解不能だ。

 だが、センサーが拾う彼女の脈拍や体温は正常で、呼吸にも乱れは感じない。

 嘘はついていない。

 しかし、話す内容については佐助も理解しがたいようだった。


「……父さんは、生きてるのか?」

「うんっ!」

「なら、どうして……なんで、俺の前に現れないんだ? さっき、少し話したんだけど……ミスリルって奴もロキと一緒に、会ったって。奴は、ゼンシア神聖連邦の領事館にいたんだ」

「サスケ?」

「いつも……近くに、いたんだ。そういう、気がしてた。でも……どうして俺には、会いに来てくれないんだ。……なにか、知ってるんじゃないか? 父さんは」


 ギュムと握られている佐助の両手が、拳を硬く圧縮してゆく。

 ブレイがかける言葉を選んでいた、その瞬間だった。

 マモルはデッキブラシを手放すや、佐助に歩み寄った。そして、頑なに閉ざされた拳を手に取り、そこにもう片方の手を重ねる。


「サスケ! 大丈夫だよ、ソウスケにもなにか考えがあるんだよ」

「マモル……」

「きっと会えるよ、また会える。だって、ソウスケも探してるから……えっと、比翼ひよくの巫女? の伝承とか、この世界の行方とか。あと、好きな人との再会とか」


 ブレイは、マモルの言葉に人間の優しさを感じた。

 恐らく、マモルにはあまり多くのことは理解できていない。気休めとさえ言えない、根拠のない言葉だ。それでも、彼女は佐助に親身に寄り添おうとしている。術を知らずとも、その気持ちのままに懸命に。

 それが人間の強さなんだと、既にブレイは知っていた。

 それはライトやブライト・シティの人々との交流で学んだことだ。

 だから、今はそれを心で感じることができる。


「サスケ、ボクもソウスケに会いたいよ。この暗黒大陸を出るためにも!」

「あ、ああ。でも、父さんは」

「ソウスケは悪い人じゃないよ! サスケのお父さんなんだもの。それに……ボクをまた、アルクに会わせてくれた。きっと今度も、助けてくれるよ!」


 現在、リジャスト・グリッターズの方針は既に固まっている。

 暗黒大陸での戦闘は集束し、暗躍していたジェネシードの脅威も去った。まだまだレオス帝国やゼンシア神聖連邦の軍事的緊張は強く、増大中だが……この土地でリジャスト・グリッターズが、政治的な介入をすることを清次郎は避けたのだ。

 同時に、新たな危機を取り除くべく、外の世界への旅立ちを決意していた。

 だが、暗黒大陸は閉ざされし土地……周囲を取り巻く絶氷海アスタロッテを超える術は、ない。

 それでも誰もが前向きで、マモルにいたっては楽観的だった。


「ソウスケはまた、ふらっと来てくれるよ。その時、サスケともまた会う……ボク、そんな気がするんだ。ソウスケなら、絶氷海を渡る方法だって教えてくれるよ!」

「そう、かな……ああ、そうだといいよな。ありがとう、マモル」

「だから、ボクはボクにできることをしなきゃ。まず……ブレイに綺麗になってもらうんだ! せっかくの英雄が煤だらけで真っ黒なんて、格好悪いもん」


 そう言ってマモルは、再びデッキブラシを拾い上げる。

 同時に、ブレイにとって聞き慣れた声が格納庫に響いた。


「少年! ……正解がもたらされるまで、君はずっと待つつもりなのかな? 違うだろう? 彼らは、君たちリジャスト・グリッターズは、光り輝く勇者なのだから」


 ブレイが視線を落とすと、一人の壮年の男が立っている。

 彼はブレイにとって、父親のような存在だ。

 そして、ライトにとっての実の父親である。

 穏やかな眼差しでマモルとサスケを見上げる男は、名をミツヒロ・ジンという。ジン工房を立ち上げた人物で、今でこそ経営の大半をライトに譲ったが、ブライト・シティでは有名な職人だった。

 そのミツヒロが、静かに言葉を続ける。


「少年、勇者は常に先を、前を歩まねばならん。それは未知の領域、確証なき冒険と言えるだろう。それでも……最初に手探りで進むことを、恐れてはいかん」

「えっと、おじさんは」

「私の名はミツヒロ、ライトの父だ。君がマモルちゃんだね? そっちは、佐助君」


 挨拶する佐助の横で、身を乗り出してマモルが下を覗き込む。

 落ちるのではないかとブレイが心配したが、それを察したのか佐助がすぐに駆け寄ってくれた。マモルは気にした様子もなく、下のミツヒロに声を張り上げる。


「ボク、アルクが危ないのはやだよ! ……おじさんも、ライトのこと心配でしょう?」

「ああ、心配だとも。あの子は真面目だが気負い過ぎることがあるからね。だが……心配だからこそ、送り出さねばならない。未知の危険だからこそ、行かせねばならない」

「ちょっと調べたんだ、ボク。絶氷海を超えられた人間は誰一人としていない……飛行機も船も、あの場所では力を失ってしまうんだ!」


 ブレイを始め、暗黒大陸の者たちならば誰もが知っている。

 分厚い氷で全てを閉ざす、魔女の海……絶氷海。暗黒大陸を取り巻く極寒の海は、全ての出入りを拒んでいる。ここでは電波や光の通信すら、歪められてしまうのだ。

 だが、ミツヒロは笑って胸を叩く。


「安心したまえ、マモルちゃん。この暗黒大陸に、外からやってきた人間がいるのだ。入れたならば出れるのが道理……違うかい?」

「そんな人、いるの!?」

「いるさ、目の前に……私は外の世界、マモルちゃんや歩駆アルク君のいた日本から来た。もう何十年も前のことだがね」


 それはブレイも初めて聞いた話だ。同時に、納得する。何故、サーキメイルのような、魔力による回路を用いぬ機体として自分たちが作られたのか。どうしてミツヒロは、操御人形や機兵といった、魔力を根源とする学術体系を自分たちに組み込まなかったのか。

 ミツヒロは外の人間だったのだ……あの絶氷海を渡ってきたという。

 そして、ミツヒロの背後で声が響く。


「ジン工房のミツヒロ・ジン氏ですな? 御足労恐縮です、隊を預かる東堂清次郎です」

「司令自らお出迎えとは、恐れ入る……街を代表して来ました」


 清次郎の出迎えに、ミツヒロは慇懃に頭を下げた。穏やかで優しげなミツヒロには、どこか武士のような清廉せいれんさが滲む。過不足なく礼節をわきまえ、いかなる相手にも敬意を払う人柄を、昔からブレイも尊敬していた。

 ミツヒロは清次郎と握手を交わし、真っ先に来訪の理由を告げる。


「清次郎さん、絶氷海を超えて外へ……新たな戦いへと船出を考えておいでですな?」

「ええ。この地もまだまだ不安定ですが、とどまる訳にはまいりません。強過ぎる力は、時として安住を許されぬものです。危ういバランスで列強国が睨み合う暗黒大陸では、我々リジャスト・グリッターズも火種になりかねません」

「英断ですな……しかし、絶氷海を超える術を探してお困りのようだ」

「観測班を飛ばそうにも、絶氷海ではあらゆる機体が拒絶されましてな。困り果てていたところでして。ささ、食堂の方へ。ブライト・シティの今後の復興についても、こちらでできるベストを尽くすつもりです。なんでも仰っていただければ」


 そして、ミツヒロは清次郎と共に去りかける。

 清次郎もマモルや佐助を見上げて、やや疲れた顔をほころばせた。


「佐助君、そういえば御堂刹那ミドウセツナ特務三佐が探しておったようだが……君とアレックス君に、部屋へ来るように言っていた。あとで顔を出してやってくれたまえ。それで、ミツヒロさん。絶氷海についての情報があれば、是非」

「ええ。今、話していたとこですが……まあ、入れたのなら出られるが道理。そして……歩みを止めず、躊躇ためらわぬことです。あの海は……飛行機も船も拒む、魔の領域。故に、かつて私は長い時間をかけて歩きました。リジャスト・グリッターズにはこの鉄巨人がありますな? ……文字通り、踏破せねばなりません。


 二人は難しい話をしながら行ってしまった。佐助も自分を指差し、首を傾げるマモルとまばたきを繰り返す。

 この時、ブレイは改めて決意し、覚悟を決めた。

 ライトが同行を決めたから、リジャスト・グリッターズに参加するのではない。

 自分が人に寄り添い、人と共に生きるため……自らすすんで参加すると決めたのだった。

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