第52話「居場所、征く場所、戻る場所」

 巨大なウォーカーと呼ばれる人型戦艦、サンダー・チャイルドの格納庫ハンガーは雑然としていた。次々と貯蓄されていた物資が運び出され、足元に集まるブライト・シティの市民たちに配られてゆく。

 リジャスト・グリッターズの機動兵器たちも、頻繁に出入りしていた。

 ダメージを負った機体がそこかしこに並び、次々と修理されてゆく。

 そんな慌ただしさの中で、東城世代トウジョウセダイは目の前の機体に集中していた。背後でかしましい二人の少女が話していても、全く耳に入ってこない。

 それくらい、手で触れて確かめる機体の異様さは、興味を引いた。


双葉フタバ、考え直した方がいい。親御さんも心配するだろう? そ、それに……」

「それに? なぁに、いちず? あたし、もう決めたんだ……世代と一緒に行く!」

「行く、って……遊びに行くような気軽さでは困る!」

「ふーん、あたしと世代とが一緒だと、困るんだ。遊びじゃないんだけど、あたし」

「そうは言ってない! ……でも、その、ええと」

「パパとママにはもう話してきちゃった。あたし、世代のものになるって!」


 世代の隣では、振り返る八尺零児ヤサカレイジが苦笑している。

 しかし、そのことすら世代には意識の埒外らちがいだ。

 ただ、じかに触れて感触を確かめつつ、肌で機体の声なき声を拾う。

 彼が向かっているのは、まるでからに閉じこもるように変形してしまった、人型機動兵器……名は、ザクセン。聞けば、零児がネットで拾ったトライアールなる設計図からできているという。

 特別な材質や動力部ではない。

 パンツァー・モータロイドやレヴァンテイン、アーマーといった既存の技術で造られている。だが、その姿は人の形を失い、ブロック状に縮こまっていた。

 零児は溜息を零しつつ、つぶやきを漏らす。


「さっき、ジン工房で会った時、もしかしたらと思って……どうかな、世代さん」

「んー、なんとも。でも、伸びたり縮んだりっていう変形じゃないみたい、かな? 変形自体の意味はともかく、その機構やシステムは洗練された合理的なものだ」

「造った僕が言うのもなんだけど、知らなかったんだ。こいつ、この暗黒大陸に……惑星"ジェイ"に飛ばされた時にはもう、自分に引きこもるようにこうなって」

「なるほど」


 引きこもりというのは言い得て妙だ。

 まるで膝をかかえて眠る胎児のようなザクセン。その表面は既に、元が10mサイズのロボットだった面影おもかげを全く残していない。

 見事な変形機構、そして表面処理だ。

 世代にはわかる……これは想定された能力として、予め設計に組み込まれた変形だ。

 基本的に変形機構というのは、機体強度や剛性、そしてコスト等の大きな難題を抱えている。世代のいた惑星"アール"でも、強襲可変機レイダー等の限られた人型機動兵器にしか採用されていない。

 だが、このザクセンはどうだ?

 世代が分析して考察した範囲では、変形によって格段に防御力が向上している。

 複雑ながらも密接に、そして精緻せいちに組み上がる装甲のラインは美しいほどだ。


「防御形態、なのかな? 多分これ」

「なるほど……でも、これじゃあ移動も攻撃もできない。その上、中からロックがされててコクピットのハッチが開かないんだ」

「……休眠モード、的な?」

「的な……ふむふむ。そうかもね。ザクセンは他のトライRの機体、エヴォルツィーネやオンスロートと一緒に強い力を使ったから。次元転移ディストーション・リープの反動でこうなったのかも」


 零児と話す間も、背後の東埜ひがしのいちずと神守双葉カミモリフタバは賑やかだ。生真面目で几帳面ないちずに対して、双葉はポジティブであっけらかんとした性格だ。二人が交わす言葉が、自然と世代に故郷の友人たちを思い出させた。

 ネットで知り合った、ゲームの中の戦友たちは……元気だろうか?

 甲府も日本も、そして世界中そのものも滅亡の危機にある地球。

 母星とは別の地球に突然呼び出されて、世代の日常は一変してしまった。

 ――

 ここはロボット天国、メカデザイナー冥利みょうりに尽きる。

 同時に、思うのだ。

 ロボットが兵器である生々しさと、兵器であるからこそ救えた生命の尊さ。守れたものの大きさ。それは、世代の中に確かな想いを小さく芽吹かせていた。


「とりあえず、世代さんならヒントを貰えると思ったけど、しばらくザクセンは保管庫行きかな。忙しい中ごめんね、世代さん。そういえばさっき、唐木田カラキダ班長が呼んでたよ?」

「あ、はい。ボクでもちょっとは手伝えることがあるみたいで。……気になるなあ、ザクセン。この、露出したコネクタはなんだろう。アレかな? アレだよなあ、多分」


 腕組みぶつぶつ呟きながらも、世代は零児とわかれて格納庫の中を歩き出す。相変わらず口論にも似たガールズトークを広げながら、すぐ後をいちずと双葉はついてきた。

 そして、行き交う機体や人、機材が無数の音と声とで空気をかき混ぜる。

 オイルと火薬、金属の臭いが充満した熱気に、入り乱れるメカニカルノイズ。

 ひっきりなしに出入りする機体の整備と誘導で、格納庫内は活況に満ちていた。


「誘導班より達する。瞬雷シュンライ、収容終わる! 続いて着艦機あり」

「ユート! ユート・ライゼス! 西側の火災がまだ……消火剤の散布を頼めるか?」

「了解です、ええと」

「ナット・ローソンだ、ナットでいい。虹雪梅ホンシュエメイ少尉とソーフィア・アルスカヤ少尉にも飛んでもらってる。ええと、次は……」


 すれ違う声と声とが、小さな世代の頭を通り過ぎてゆく。

 ここもまた戦場で、巨人たちの支配する場所だ。

 そんな中で世代は、比較的修理や補給が後回しになっている機体……言い換えれば、残骸が置かれている区域に立ち入った。格納庫の奥まった場所では、後ほど選別するべく多くの機材が置かれている。

 そこに、先程運び込まれた巨人が崩れ落ちていた。

 日本皇国陸軍にほんこうこくりくぐんが開発した試作型レヴァンテイン、瞬雷だ。

 その前に人だかりができてて、唐木田班長が振り返るなり声をかけてくれる。


「よお、世代君……だったな。整備班を色々手伝ってくれてるみたいで、助かる。最近の若ぇのは、手の汚れる仕事は嫌がるもんだがな」

「唐木田さん、お疲れ様です。いやあ、すっごい勉強になりますよ」

「次はこいつを、と思ってるんだが……ちょっと立て込んでてな」


 人だかりの中央には、メイド服の少女が立っている。目も覚めるような美少女で、不思議と清楚せいそ可憐かれんな雰囲気に、中性的な顔立ちが印象的だ。彼女は今、スカートの端を両手で握り締めて、いたたまれない様子で俯いている。

 少女の肩の上では、愛玩用ペットなのか小動物がキィキィと鳴いていた。

 そして……そんな彼女の前で複雑な表情をしているのは、独立治安維持軍どくりつちあんいじぐんのレヴァンテイン乗りたちだ。少し世代より上の男女が、一様に押し黙って空気を重くしている。

 世代が事態を読み取ろうとしていると、不意に両の頬を左右からつねられた。


「世代! な、なにを見惚みとれている。ま、また、異界の魔生機甲レムロイドに見入っていたんだよな? そ、そうだよな? そっちの方だよな!」

「世代、あののこと見てたでしょ? やっぱ男の子だもんね、世代も。そういうの、あたしは全然オッケーだから。だから、ね?」


 世代を挟んでまた、いちずと双葉があーだこーだー言い始める。二人に頬を引っ張られながらも、不思議と世代はメイドの少女が気になった。

 世代の視線に気付いた少女は、怯えた瞳を向けて小さく頭を下げてきた。

 そんな彼女の隣では、ミスリルと名乗ったこの暗黒大陸の少年が声を荒げる。左右非対称の瞳の色が、同じ怒りの炎を乗せて大人たちに向けられていた。


「事情は聞きました、けどっ! じゃあ、あんたらはこいつを……ロキを放り出せっていうのか? ……同じ星からこっちに来ちまった人間だろう」


 ロキと呼ばれた少女は、そっとミスリルの袖を指でつまんで「あの、ミスリルさん」とか細い声を発する。

 だが、隊長らしき青年にミスリルは鋭い眼差しの矢を射続けた。


「僕は、嫌だ……記憶を失い忘れた罪ゆえに、故郷に戻ることも許されないなんて。それじゃあ、あんまりだ。この子は、バケモノの生贄イケニエにされようとしてたんだぞ!」


 四人組のレヴァンテイン乗りの中で、子供のように小さな少女が……そう、少女にしか見えない女の子が声をあげようとした。だが、隊長がそれを手で制して一歩歩み出る。

 確か、独立治安維持軍の槻代級ツキシロシナだ。

 若くして独立治安維持軍の第五十四陸戦機動部隊だいごじゅうよんりくせんきどうぶたいでエースを張る、オスカー小隊の隊長。卓越した操縦センスと訓練でつちかった技術、なにより仲間とのきずなで民を守る、リジャスト・グリッターズの頼れる兄貴分、らしい。

 その彼が、こんなにも厳しい顔を見せているのは、世代には意外だ。

 時折コスモフリートの食堂などで話しかけてきてくれた彼は、どこにでもいる普通の青年だったから。

 級は一度呼吸を落ち着けると、ミスリルに向かってゆっくりと喋り出す。


「ミスリル君、彼は……ロキは、俺たちの世界で大きな過ちを犯し、沢山の人を死へ追いやった。無辜むこの民を殺し、街を焼いたんだ」

「それを忘れたくて忘れてる訳じゃ! あんたら、進んだ文明の星から来たんだろう? 法の裁きは、裁かれる側の権利だって本当は! ……そうでなきゃ、誰も救われない!」

「そのことについては、俺の判断できる範囲じゃない。それに……」


 世代は見た。

 努めて平静を装う級の両手が、硬く硬く拳を握っているのを。まるで、食い込む爪の痛みが聴こえてきそうなほどに、彼は震える手に怒りを凝縮していた。

 しかし、背後の女性がそっと寄り添い、その手に手を重ねる。

 級がスタンダードなウェルバランスのリアルロボットなら、彼女の雰囲気は必殺のスナイパー系だ。どうしても世代は、人を見るとロボット的なイメージで考えてしまう。

 級は隣に立つ仲間を一度振り返り、大きく溜息ためいきこぼした。

 そして、顔をあげると前髪をガシガシと片手で掻き乱す。


「……俺も少し、疲れてたみだいだ。助かるよ、ミスリル君。……そう言ってくれる奴がいないと、俺たちリジャスト・グリッターズもただの戦闘集団、暴力装置になってしまう」

「俺は、別に……ただ、知らない世界に放り出されて、忘れたこともわからないのは怖いですから。それって、女の子には怖いことなんですよ」

「ああ……ええと、まず……彼、

「……へ? ああ、そういう……えええええーっ!」


 それで世代も納得した。

 絶世の美少女メイドが、どこか鋭さを隠している気がしたから。わかりやすくメカデザインで言えば、両手両足に固定武装で刃や火砲がついてるタイプ、生まれながらの戦闘兵器という禍々まがまがしさを想起させる。そのことを今は、忘却の向こう側に隠している。

 そんなことを考えていると、背後で声があがった。


「話は聞かせてもらいましたわ! ……貴方、メイドなのでしょう? 丁度いいわ、この際性別は関係ありません! メイドでしたら、私の元で働きなさいな」


 誰もが振り返る先に、腕組み仁王立ちした御嬢様が胸を反らしていた。

 あれは確か……デコレーションなトゲトゲてんこ盛りのスーパーロボット感は、たしか於呂ヶ崎麗美オロガザキレイミだ。於呂ヶ崎財閥の御令嬢にして、巨大なスーパーロボットであるユースティアのパイロットだ。

 彼女はつかつかと級とロキの間に割って入ると、優雅に喋り出す。


「ミスリル君の言うことは道理にかなってますわ。同時に、人は論理の正しさだけでは生きてゆけないもの……級様たちオスカー小隊の皆様だって辛いのです。ならば! ここは! このっ、於呂ヶ崎麗美が一肌脱ぐのが筋というものですっ!」

「……そ、そうなのか? ミスリル君」

「いや……この人、誰なんです? なんだって、こんな」


 皆が呆気あっけにとられている中で、まだ世代は知らない。

 級たちオスカー小隊が以前、ロキの手で仲間を二人も殺されていることを。

 そして、この暗黒大陸で麗美は、悔しい敗退と失敗をまだ抱えていたのだ。

 そうしたことがわからないながら、知りたいと思うくらいには……世代はこのリジャスト・グリッターズにかれ始めていた。ただの一般人という建前たてまえが今は、少しだけ邪魔に感じてくる。それが無意識にわかるのだ。


「……かなわないな。少年少女のいい手本になれって、バルト大尉にも言われてるしさ。麗美さん、頼めるかな?」

「勿論ですわ! 保護観察待遇で監視し、徹底的にこき使いつつ……記憶が回復したら、その時はしかるべき処置を。それまでは、同じ星への帰路を探す仲間、そうでしょう?」

「ああ、それでいい。そうでなきゃ、いけないんだ……俺は散っていった仲間を忘れられないけど、そいつらを言い訳に道理を無視したくはない。そうでなきゃ、それこそミスリル君が言うように……誰も、なにも救われない」


 級は不器用に笑うと、仲間たちに指示を出す。


千景チカゲ、悪いけどバルト隊長と東堂トウドウ司令に話を通しておいてくれ。書類手続きは俺の方でする」

「了解だ、級。俺はなんとなくわかってたけどな。まあ……あの親父も多分そう言うさ」

「次に、アカリは……その、悪いんだけど下に降りて、ブライト・シティで甘いものを調達してくれないか? この惨事で難しいだろうけど、物資を持ち出し物々交換してもいいから」

「了解。ふふ、そうね……こういう時絶対に異論を唱えるのは、御堂刹那特務三佐ミドウセツナとくむさんさだものね。あの人、ロキ君を拷問したり独房に放り込みかねないから。適当にお茶でも飲みながら穏便に話しておくわ」

「助かる。あとは、ええと、ミヤコは彼に……ロキ君に、部屋を用意してやってくれ。彼も疲れてる……俺たちと同じ人間だからな」


 ようやく緊張した空気が解けてゆく。その中で、ミスリルは泣き出したロキの背中をバシバシ叩いて笑っていた。男と知って驚いたようだが、それで親しみを翻すミスリルではないらしい。そして、世代は彼の先程のいきどおり……激昂げきこうにも近い猛りが気になる。

 まるで、存在を否定されることに恐れを、怒りを強く感じているようだった。

 それがなんなのか気になったが、ようやく安堵したように唐木田班長が話しかけてくる。


「で、世代よう。ちっと頼まれてくれねえか? 級の奴に密かに言われててな……この瞬雷は予備機にまわすべく修理すんだが……まあ、一応の保険ってことで、それで――」


 それは、世代程度の知識があれば、専門的なメカニックの技術がなくても大丈夫な処置だ。零児があとで手伝ってくれるとも、唐木田班長は言ってくれる。

 そして不幸なことに……世代が施す保険は後に、その効力を発揮することになるのだった。

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