第41話「覚醒のレムロイド」

 先程、篠原亮司シノハラリョウジが言っていた。

 まさか、巨大な人型機動兵器で生物を……それも、あのような異形のクリーチャーを殺す羽目になるとは思わなかった、と。それはデフ・ハーレイも同感だった。

 そして、こうして馬と少女とを手に運ぶことも、想像だにしなかったのである。


「普通の女の子だ……そうだよな、暗黒大陸って言っても、同じ人間が住んでるんだから」


 デフは愛機キメラ・デュバルの手に乗せた少女を、モニターごしに見詰める。ただ先だけを見詰めて風に吹かれる、彼女の名は東埜ヒガシノいちず。涼やかな横顔は、たずさえる大剣もあって異国の美少女剣士そのものだ。

 そうしてしばし見惚れていると、そっと亮司の神柄カムカラが触れてくる。

 接触回線が繋がって、二人だけの会話が行き交った。


『さっきは助かった、デフ。君のキメラ・デュバルがいなかったら、正直お手上げだったよ。……まあ、例の玉座野郎、ケイオスハウルの力そのものが驚きだったが』

「いえ、役に立ててよかったです。でも、俺も驚きました」


 まつろわぬ邪神の玉座……その名はケイオスハウル。

 そのパイロットである佐々佐助サッササスケ、そしてパートナーを自称する美女のナミハナこと、ナタリア・ミストルティン・ハルモニア・ナガセ。この二人もまた、次元転移ディストーション・リープでこの惑星"ジェイ"、暗黒大陸に飛ばされてきた者たちだ。彼らは湖猫ウミネコと呼ばれる、異世界の用心棒……機動兵器エクサスを駆る、無宿無頼むしゅくぶらい風来坊ふうらいぼう家業といったところだ。

 そのケイオスハウルが先程、神柄の滑腔砲かっくうほうを拝借したのだ。

 アクセスするやパージさせ、あろうことか……完全に融合してしまった。

 そう、機械融合だ。

 ケイオスハウルはその腕に、ユナイテッド・フォーミュラ規格を無視して、滑空砲を合体させてしまった。一つになってしまったのだ。その後無事に返却された滑腔砲は、先程の禍々まがまがしい姿が嘘のように、デフの作業で神柄に戻された。作業用ツールの集合体でもあるキメラ・デュバルには、簡単な整備や修理、武器換装の支援機能があった。


『とりあえず、母艦に連絡は入れておいた。すぐに追いついてくるだろう。それで……』

「いちずさんのことですよね? なにか、急いでいるみたいでしたけど」

『例の湖猫の二人が護衛すると言ってるんだ、はいそうですかと俺らだけ戻る訳にもいかん。それに……佐々佐助、彼は』

「知ってるんですか?」

日本皇国にほんこうこく第二皇都だいにこうと廣島ひろしまに住んでいた皇室御典医こうしつごてんい……佐々総介サッサソウスケのご子息だ。そして、総介氏は謎の惨殺事件で死亡、被害者の一人息子である彼が容疑者という訳だが』


 簡単かつ明瞭な説明で、デフは亮司から訳を知った。

 なるほどと自分の頭で整理していると、突然両者の間に声が割り込む。


『ミスター・リョウジ、簡潔な説明サンクス! 少し私が補足しよう。我々の世界、アズライトスフィアにサスケは不慮の事故で飛ばされた……引きずり込まれたとも言える』

「あ、あの」

『私の名はチクタクマン、このケイオスハウルでサスケと共に戦う……まあ、単なる邪神、ただの這い寄る混沌だ。気にしないでほしい』

「……え、あ、えっと。どっから突っ込めってんですよ。まず、これ……直通の接触回線なんですけど」

『そのようだな、だがもう我々にシークレットは不要だ。なに、物理的接触による双方向回線でしかないので、私の力で介入しただけさ。いい術式配列じゅつしきはいれつ、そして演算処理えんざんしょりだ……キミたちの運用する機体も、非常に高度な設計と技術、アビオニクスだと感心している』


 亮司は黙ってしまった……実際的でリアリストな彼からすると、もしかしたら受け入れがたい状況なのかもしれない。デフもキメラ・デュバルの首を巡らせ、地表すれすれを滑るように走るケイオスハウルを見下ろした。

 そして、チクタクマンと名乗った自称邪神の化身は話し出す。

 デフたちの地球、いわゆる惑星"アール"に伝わる創作都市伝説……クトゥルー神話は実は、事実の片鱗を紡いで束ねた断章だったのだ。そこに刻まれた世界は実在し、邪神たちもまた地球の人間世界と密接な関係にあるという。だが、ここ最近は神話生物の跳梁ちょうりょうが爆発的に増加し、ついには次元境界線が揺らいでしまったらしい。


『サスケたちは湖猫、傭兵や用心棒を生業とする賞金稼ぎだ。バッド、今は見知らぬ土地に飛ばされ、こちらにも出現を続ける神話生物の駆除と調査をしている』

『……話はわかった、とりあえず今後はこの手の直通回線には割り込まないでくれると助かる。それと、お嬢様がなにか言ってるぞ、デフ。降ろしてやれ』

『イグザクトリー! Mr.リョウジ、失礼をした。どうやら少しマナー違反だったようだ。私は邪神の眷属けんぞくに連なる存在だが、キミたち人間とは必要に応じて友好的でいたいと思っている。そのことだけを今は、覚えていて欲しい……プリーズ』


 二人のやり取りを聞きつつ、ゆっくりとデフはキメラ・デュバルのスピードを落とす。安全第一でゆるやかなジャンプ飛行を続けていた機体は、静かに草原へと降りた。

 そこには、不思議な光景が広がっていた。

 いちずの声を外部のマイクが拾って、デフを密閉したコクピットの空気を震わす。


『ありがとう、助かった! そちらは今ブライト・シティでも噂の、湖猫とかいうエージェントだな? こっちは……ゼンシアの操制人形か、レオスの機兵か? サーキメイルにも見えないが……とにかく、感謝を!』


 気風きっぷのよさがにじむ声で、礼を言うなりいちずが馬を下ろす。そのまま騎乗せずに彼女は、すぐ先に広がる異様な光景へと駆け寄った。

 そう、異様……そして、奇妙な光景にデフも首をひねる。

 人型機動兵器と思しき残骸が熱反応を残して煙を上げているが、その姿はあまりにも簡素で粗雑、粘土人形のようだ。一世紀ほど前のテレビゲームに出てくる、ゴーレムのようなぬっぺらとしたデザインなのだ。

 そして、その脇にコンテナと思しきものと……一人の少年。

 デフと同世代くらいの少年が、一冊の本を持ってこちらを振り返った。

 制服から学生と思しき彼に、いちずは声を張り上げ駆け寄る。亮司と並んで機体を停止させると、デフもハッチを開いた。


「そこの者! お前だ、お前! ……まさか、それは……父上のっ!」

「え? あ、いやあ……人違い、ですよ? 多分、確実に、恐らく、絶対」

「どっちなんだ、はっきりしろ! その手のビルモア……魔生機甲設計書ビルモアが動かぬ証拠。さあ、返せ! 渡せ!」

「ん、おおっ? こ、この機体たちは……!?」

「あ、待て! 待てと言っている!」


 その少年は、突然こちらを見て瞳を輝かせた。並んで駐機した神柄やキメラ・デュバル、そして二機のエクサスに駆け寄ってくる。ケイオスハウルの隣には、ナミハナの乗る真紅のドリルバンカーロボ、ラーズグリーズだ。

 ずらり居並ぶ雑多な機体群の前で……少年は感嘆かんたんに溜息をつきながら見上げてくる。

 コクピットから降りるデフは、言葉を失ってしまった。


「こ、これは、 AX-15! 神柄! なんてレアな機体なんだ。こっちのダイバーシティ・ウォーカーは、ギム・デュバルの改造機かな?」

「えっと……君、大丈夫か? こんなとこに一人で。それに、その格好」

「強固な装甲が肉抜きされつつ過不足なく装備されている……あははっ、素晴らしい! こっちはパンツァー・モータロイドかな? いや違う、違うな。PMRパメラはもっとガキーンって感じだもんね! 熱く燃えてきたなあ。んー、乗れないのかな? ねえねえ、乗せてくださいよ! ねぇ!」

「……お、落ち着こうか」


 そうこうしていると、皆も機体を降りて少年を囲む。

 一番に食って掛かって、彼の手から大きめの書物を引ったくったのは、いちずだ。


「おい、お前! ……なんと、これは……す、既に書き込まれている。50ページ、レベル50のレムロイドだとぉ!? ど、どういうことなんだ……しかも、素材調達済み、つまり」

「あ、えと……とりあえず、返します。では、僕はこれで」


 しゅたっ、と手を小さく上げて挨拶すると、少年は去ろうとする。慌ててデフは引き止め、その細い腕を掴んだ。


「ま、待てよ。この辺りは危険だ、さっき神話生物が出たんだ」

「神話生物? それって……もしかして!」

「ああ、正体不明の危険なバケモ――」

「謎の敵ってやつですか? パラレイド的な! ……どういう機体でした? 外観は、性能は……やっぱり神話生物というからには、バイオチックなクリーチャー感、ありました?」


 この少年、酷くマイペースで、そして鋼のメンタリティを持っているようだ。だが、隣で佐助やナミハナと話していた亮司が、手にするタブレット端末を使いつつ歩み寄ってくる。デフたち木星圏の人間には珍しくもないタブレットも、地球圏では一部の軍人やお偉いさんしか持っていない貴重品だ。

 亮司は母艦と連絡を取ったらしく、静かに割って入る。


「……東城世代トウジョウセダイ君、だな? 君は日本皇国の山梨県甲府市で捜索願そうさくねがいが出ている。……半月程前にな」

「え? そうなんですか? そうかあ、ついさっき来た気がしたけど、もうそんなに経ってるんですね。教えていただいて助かりました、ではこれで」

「待て、とりあえず我々が保護するから同行したほうがいい。……なにやら物騒な連中も来たようだしな。デフ、機体に戻っていちずと彼を護衛だ。佐助、それとナミハナさんも、いいかな? お客さんだ」


 その時、近くの崖の上に機影が二つ立った。

 それは、陽光を反射して鈍色にびいろに輝く鎧のオバケ……そう、酷く不格好な西洋甲冑だった。精密な機械感を全く伝えてこない外観は、のっぺりとした球体関節が四肢を支えている。

 片方の機体が胸にあるらしいコクピットのハッチを開放し、人影を立たせた。

 すかさず剣を身構えたいちずは、その姿に驚いたようだった。


「おっと、いちずお嬢様! そこまでにしてもらいましょうかね。うちの身内をやってくれたんだ、駄賃代わりに少し痛い目を見てもらわないといけねえ!」

「お前は……柳生ヤギュウ! 卑怯者め、父上の恩をあだで返すとは! だが、お前の手下は既にこうして拘束してある。魔生機甲設計書も取り替えさせてもらったぞ!」


 すかさずいちずは、剣を持つ右手を突きつけつつ……左手で世代の襟首を掴む。そう、その少年の名は世代。格好はどう見ても日本皇国の学生で、こんな状況でも妙に落ち着いている。

 落ち着いているというか、居並ぶロボットを前にそっとへと意識を没入させている。

 そんな二人の少年少女を見て、柳生と呼ばれた悪漢が首をかしげる。


「……誰だ? そいつぁ」

「……誰って、柳生! お前の手下だろう!」

「いや、知らねえんだけどよ」

「なん……だと……!? おい、お前っ! お前は柳生の手下じゃないのか」

「あ、ハイ。僕はただの通りすがりの旅人たびびとでして……そろそろおいとましようかと」


 デフにはよく話は読めないが、亮司が無言でアイコンタクトを送ってくる。頷く佐助やナミハナも見やれば、どうやら一戦もじさぬという敵への警戒心を高めているようだ。柳生はどう考えても、友好的には見えない。そして、いちずと世代はそんな崖の上の柳生たちの射程範囲内に歩み出ていた。

 どういう類の機動兵器かはわからないが、非情にまずい。

 丘の上に陣取る柳生は、その気になれば眼下の二人をペシャンコにできるのだ。

 デフが焦れて嫌な汗を背筋に感じた、その時だった。

 いちずと世代がささやきあう小声が風に乗って耳に入った。


「私はいちず、東栞いちずだ。お前は世代とか言ったな」

「東城世代です。県立第三高校の二年生、17歳。ということで、まあ……あとは若い者同士でということで、僕は席を外しま――」

「まてーい! ……フッ、『東』繋がりの家名だな。もう一つ確認だ。これをデザインしたのはお前だな?」


 いちずが指差す例の本、それは魔生機甲設計書と呼ばれていた書物だ。世代が頷いたのは、柳生が自分の機体へ引っ込むのと同時だった。

 胸部のハッチを閉めた敵機は、身震いしながら動き出す。

 一か八か、キム・デュバルに走るかとデフが冷や汗を拭った、その時だった。

 不意に、佐助の近くから声がする。例の邪神を称する存在、チクタクマンだ。


「これは……なんたるたかまり、そしてたかぶり! エクセレント……サスケ、見たまえ。オーディエンスも、刮目かつもくせよ! 生まれる……生まれ直す、その名は、その名は! その名はっ!」


 丘の上からジャンプする敵を見上げつつ、チクタクマンの声が弾むのを聞いた。そして同時に、デフの目の前で信じられない光景が発現した。

 いちずは咄嗟とっさに世代を守ろうとしたし、世代はさりげなくそんな彼女をかばおうとした。

 そんな中で交わす二人の会話が、奇蹟を生み出す。


「世代、名を……この魔生機甲レムロイドに名を! 設計読込デザイン・ロード材質確定マテリアル・フィックスド! ……さあ、名を」

「あ、うん。じゃあ……そうだな、やっぱり。僕の分身、愛機、そして相棒。名は――」


 ――構築ビルド

 いちずの声と共に、二人を包んで光が広がった。

 その中から、巨大な手が伸びて……躍りかかる柳生の不格好な機体を掴んだ。激しい衝撃音と共に顔面を鷲掴わしづかみにして、片腕で苦もなく止めてしまう。

 そして、そのまま敵機をくびつるるすようにして、巨影が姿を現す。

 精悍なたかはやぶさを感じさせる顔つきに、黒と赤に彩られたカラーリングは黄金の差し色がえる。突如として光芒の中に立ち上がった、まるで猛禽獣グリフォンのような神々しい姿。現れたロボットは、苦もなくもう片方の手で、柳生の手下をも受け止める。

 それはまるで、両手で二人の罪人を絞首刑にした、地の底より浮かんだ堕天使ルシファー

 その中から、先程の二人の声が周囲に響く。


『ッ! な、なんてパワーだ……私が、吸われてゆく』

『大丈夫? いちずさん。えっと、こうした方がいい、かな?』

『な、なにっ!? 特異に過ぎる二人乗りの、その意味がまさか……世代、お前が!?』

『ん? ああ、えっと……とりあえず、あとで。でもって、!』


 ヴァルク、それが機体の名か。

 ツインアイに光が走って、ヴァルクは両腕で高々と掲げた二機の敵を……頭上で勢い良くぶつけた。激しい衝撃音と共に、爆発が無数に花咲いて光を散りばめる。火薬や燃料系の誘爆ではない、もっと根本的に違うエフェクトだった。

 巨大な炎の中から、戦闘不能としか見えない敵機が残骸となって転がる。

 そして、爆炎を背に立つヴァルクは、無傷だ。


『す、凄い……こんな力が。世代、これは!』

『あ、いや。とりあえず、許せなかったから。許せないんだ、ボク』

『……先程の非礼を詫びねばな。私は世代を勘違いしていたようだ。お前は、意外と少し、割りとなかなかにチョッピリいい奴なんだな! うんうん』

『そうかな? 誰だって許せないよ。あんな悪い……!』


 沈黙が広がった。

 デフは勿論、佐助やナミハナもフラットな表情になる。亮司だけが背後を振り向いて、追いついてきた宇宙戦艦コスモフリートとサンダー・チャウルドへと回線を開いていた。

 その間ずっと、世代は外へとスピーカーを通じて漏れ出る声で、熱弁をふるっていた。


『そもそも、あんな可動域や強度に対して考察も工夫も放棄した関節部が許せないよ。いい? 関節部っていうのはね、ロボの可動部っていうのは――』


 それが、デフたちの新たな仲間になる少年……そして、次元転移の謎をさらなる混迷の謎へと叩き落とす世代とのファースト・コンタクトだった。

 とりあえず湖猫の二人とチクタクマン、そして世代といちずは母艦に招かれることになった。デフはこの奇想天外な偵察と機体テストの果ての出会いを、言葉で言い表せぬ驚きで受け止める。勿論、訳の分からないことだらけで、亮司と二人で書くことになった報告書の、その内容を記すのに多大な苦労を強いられるのだった。

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