第42話「深まる絆、深みに沈む謎」

 サンダー・チャイルドの格納庫から戻った真道美李奈シンドウミイナは、周囲の子供たちに囲まれながら宇宙戦艦コスモフリートの中を歩く。周囲の少年少女は皆、リジャスト・グリッターズと共に次元転移ディストーション・リープに巻き込まれた民間人だ。


「ねえねえ、ミーナお姉ちゃん! またアストレアを見せてくれる?」

「俺も俺も! またコクピットに座りたいなあ」

「あたしだって! ミーナお姉ちゃんみたいに、女の子だって平和のために戦えるんだから」

「おっ、言ったなあ? じゃあ、俺とお前とで合体ロボを考えなきゃな!」

「いいなあ、ボクも! ボクも入れてよぉ」


 子供たちに格納庫ハンガーの一部を見学させ、アストレアにも触らせてあげたいと美李奈が申し出たら、隊長のバルト・イワンド大尉は即座に許可を出してくれた。そればかりか、ルーカス・クレット少尉を案内役につけてくれたのだ。

 子供たちは皆、格納庫に居並ぶ機体に目を輝かせていた。

 アストレアのコクピットに座って、大はしゃぎだった。

 子供の笑顔は、いい。

 なによりもとうとく、なにものにもまさる宝だと美李奈は思う。だからこそ、大食堂へと歩く足を止めて、見上げてくる子供たちに僅かに屈んだ。目線を同じ高さにして、一人一人の顔を見てから呼びかける。


「皆さんが戦う必要はありません、全て私たちに……リジャスト・グリッターズに任せてください。それこそが、力を持つものの責任、そして使命なのです。その代わり――」

「そのかわり?」

「皆さんはこれからもよく食べ、よく遊んで、そしてよく学んでください。戦いが終わった時こそ、皆さんの力が必要になります。戦う力よりも強い、再建と復興の力が」


 ね? と、美李奈が微笑むと、子供たちも満面の笑みになった。

 そうして笑顔の花に囲まれた中で、美李奈が顔をあげて立ち上がる。民間人たちの自由が許される数少ない場所、コスモフリートの大食堂が騒がしい。通り過ぎる者たちは皆、大声が叫ばれる大食堂へ向かって走っていた。

 なにごとかと思い、美李奈も子供たちを連れて大食堂のドアをくぐる。

 するとそこには、人の輪の中で声を張り上げる二人の美少女が立っていた。


「だ・か・ら! 先程から言ってますわ、本当に融通ゆうずうの効かない人ですわね!」

「で・す・か・ら! その言葉を信用する材料がないと言っているでしょう!」


 すぐに目に入ってくるのは、美しい顔を強張らぜる於呂ヶ崎麗美オロガザキレイミだ。その向かいには、パイロットスーツらしい服装でグラマラスな肉体美を浮かび上がらせた金髪長身の美少女。彼女もまた、麗美同様に眉根まゆねを釣り上げている。

 二人は互いにフンスフンスと鼻息も荒く、額と額をぶつけ合うようににらみ合っていた。

 どうにも事情が飲み込めないまま、とりあえず美李奈は周囲の子供たちに言葉を選ぶ。


「これは……とりあえず、皆さん。あまり見ていて気持ちのいいものではないようです。ごめんなさいね、今日はお部屋に戻ってくれるかしら? また明日、一緒に遊んだり、お勉強をしましょう」

「う、うん……あのお姉ちゃんたち、喧嘩してるの?」

「ねえ、ミーナお姉ちゃん……あの人も、お姉ちゃんと同じパイロットなの?」

「……みんな、本当は怖い、人? ミーナお姉ちゃんも」


 だが、不安げな子供たちの頭を順に撫でながら、美李奈は頬を崩す。


「大丈夫、本当は皆さん仲良しなんです。ただ、ちょっとコミュニュケーションの手段が多彩で特殊なだけですわ。さて……セバスチャン」

「はっ! 美李奈様」


 いると確信して呼べば、すぐ背後に気配が立つ。セバスチャンに子供たちのことを頼めば、彼は「では」と優雅に一礼して、少年少女を連れて行ってしまった。

 そうこうしている間にも、謎の御嬢様系美少女おじょうさまぞくせいの口喧嘩は加速してゆく。

 そう、見慣れぬもう片方……豊満なシルエットも自信たっぷりに見える金髪の少女は、麗美と同じ裕福で高貴な家の人間に見えた。かつての自分と同じようにも思える。それは遠い過去で、そして現在の美李奈を揺るぎなく立たせる根っこだった。


「ハァ……なんて頭の鈍い方ですの? ワタクシ、さっきから説明してましてよ! サスケと一緒にレオス帝国で仕事をして、神話生物の駆除を……その報酬に、妙な機兵を頂戴しました、と!」

「だーかーらーっ! その機兵って呼んでるのは、私たちの仲間の機体……恐らく、ゴーアルターと二機のレヴァンテインでしてよ! さあ、教えなさい! どこへ隠してるの、白状なさい!」

「あら、今は換金手続き中ですの……だって、ワタクシたちの働きで得られた報酬なんですもの。当然、ワタクシたちのものですわ。それとも、貴女の方がより高値で買い取ってくれるのかしらん?」

「だっ、誰がっ! 元々は私たちの物、そもそもあれはレオス帝国が不当に持ち去った物ですっ! ……そう、私がいたらないばかりに、私だけが逃げたあの日……あの時に!」


 どうやら話は平行線のまま、決して交わることなく二重螺旋スパイラルを描いて反発し合う。

 周囲を見渡せば、どうやらこの場には東堂清次郎トウドウセイジロウ御堂刹那ミドウセツナもいないらしい。だが、不安げに見守る民間人の避難民の中に、雰囲気の違う二人の少年がいた。

 美李奈の視線に気付いたのか、片方が振り返って、もう片方の肩をポンと叩く。


「ん、なんか俺たちにあっちの女の子が用があるみたいだぞ、世代セダイ君」

「え? 佐助サスケさん、それは多分……ボク、関係ないですよね」


 振り向く二人の前へと、美李奈は歩み出た。瞬間的に、二人のただならぬ気配が伝わってくる。片方、佐助と呼ばれた長身の少年は、奇妙なことに人の気配がしない。生きてる鼓動と呼吸が少し妙で、そして怪しいほどに落ち着いていた。

 もう片方の少年、世代と呼ばれた小柄な方は、別の意味で落ち着き払っている。まるで、この場にいても心ここにあらずというか、動じず深くも考えていない……そう、武道の達人がまれに見せる、くうの心や無の境地のような雰囲気だ。


「はじめまして、佐助さんに世代さん。私は真道美李奈と申します」

「俺は佐々佐助サッササスケ、こっちは東城世代トウジョウセダイだ」

「よろしく、美李奈さん。ただの一般人、通りすがりの東城世代です。では、ボクは人畜無害の民間人なので……失礼しますね」


 ペコリと頭を下げて、世代と呼ばれた少年が去ろうとする。その首根っこを「おいおい」と笑って捕まえながら、佐助が引きずり戻した。顔見知りのようだが、付き合いが長いようには見えない。

 だが、美李奈には二つだけ確かに感じることがあった。

 まず、二人には共通した雰囲気というか、肌で感じるある種の共通した空気がある。それは多分、自分も含めたパイロットが持つ、特有の張り詰めた緊張感だ。そしてもう一つ……二人はさほど親しいようにも見えないが、悪意も敵意も全く感じない。

 そして、さらにもう一つ……美李奈は小さな驚きと共に新たな発見をした。


「あの、世代さん? その制服……その詰め襟の学生服は」

「え? ああ、これはボクの高校、県立第三高校けんりつだいさんこうこうの制服だけど」

「……山梨県甲府市の、ですか?」

「えっと、うん。山梨県甲府市の、ですよ?」


 自分の質問の意味が、世代にはよくわかっていないようだ。そもそも、彼はここがどこで、自分がどういう立場かもわかっていない。美李奈が察するに、先程偵察から戻った篠原亮司シノハラリョウジあたりが保護した人物だろうか? 明らかにこの惑星"ジェイ"、暗黒大陸の文明圏の人間とは思えない。

 そしてそれは、佐助の方も同じだった。

 そして、彼にも心当たりがあって美李奈は視線を横へ滑らせる。


「それと……佐助さんは、皇都廣島こうとひろしまの」

「ああ。父さんは皇室の御典医ごてんいだけど。あ! まさか、知ってるのかい? あの事件」

「ええ。廣島で御典医の佐々総介サッサソウスケ先生が惨殺され、容疑者と思しき一人息子の佐助さん、つまり貴方が行方をくらました。もう、半月以上前のできごとです」

「半月!? 俺がミ=ゴの手から逃れて、ナミハナの世話になり始めてから一週間くらいだけど」

「ナミハナさんというのは、あの方ですね。それよりも、ミ=ゴとは」


 ちらりと視線を滑らせれば、相変わらず二人の美少女が視線をぶつけている。二人の間で圧縮された空間は、互いが発するいらいだ怒気がスパークしてるかのよう。

 だが、意地になって張り合う麗美に、美李奈は感ずるところがあった。

 あの日、彼女は真道歩駆シンドウアルク皇都スメラギミヤコ、そして東堂千景トウドウチカゲと共に哨戒任務に出た。

 戻ってきたのは、飛行可能な機体に乗った彼女だけだった。

 そして、レオス帝国に三人が拉致されたことで、この暗黒大陸での冒険が幕を開けたのだ。今でこそ都は戻ってきているが、その心の傷も心配である。


「……それにしても、やはり妙ですね。因みに世代さん、貴方は」

「ボクはついさっきかな? ゲームセンターにいたんですけど、突然筐体きょうたいを出たらこの土地に。そして……そしてっ! ボクのプロト・ヴァルクが消えたかと思ったら」

「プロト・ヴァルク?」

「ゲームでのボクの愛機です……心血注いでデザインした、ボクのプロト・ヴァルクが……ノートに吸い込まれたと思ったら、パワーアップして


 佐助が話を挟んでこないということは、嘘を言ってはいないようだ。

 世代はどこか達観したように鼻を鳴らすと、最後に小さな溜息を零す。


「ああ……さっきは最高だったなあ。あのは……東栞ひがしのいちずさんは魔力がどうとか言って倒れちゃったけど。それはそれで心配だけど……ロボット、巨大メカ、パイロット。県立第三高校で普通の高校生やってたら、絶対味わえない奇蹟だったのになあ」


 食堂が賑やかになってきたのは、丁度その頃だった。

 どんどん人を呼ぶナミハナと麗美の過激な口論は、大食堂の中央ですでに人だかりの真っ只中にあった。野次馬根性からか、その輪に加わろうとした三人組が、ふと美李奈を見て立ち止まる。

 今日は出撃や待機のローテーションが入っていないので、彼らも制服姿だ。

 そう、三人の少年は世代と同じ制服、県立第三高校の学生服を着ていた。

 そのうちの一人が、世代を見て目を丸くした。彼の名は確か、小原雄斗コハラユウト……吹雪優フブキユウ市川流イチカワナガレと同じ、県立第三高校の科学部だ。アイリス・シリーズと呼ばれるパナセア粒子検証実験用の人型機動兵器を運用するパイロットたちである。

 雄斗に気付いた世代もまた、目を丸くした。


「あ、あれ……キミは」

「お、おお? お、お前っ!」


 二人は自然と歩み寄って……突然身を正すと、互いに敬礼した。

 誰もが呆気あっけにとられる中、ナミハナと麗美の声だけが遠くに響く。


「お疲れ様であります! トウジョウ大尉!」

「キミも御苦労だったね、コハラ軍曹」

「恐縮でありますっ! ……いやあ、こんなとこで会うなってなあ」

「うんうん。ボクもビックリ……今日はビックリなことが多いよ。なにせボク、フッフッフ……聞いてよ、コハラ軍曹! とうとうボク、本当の巨大ロボットに乗ったんだよ!」

「おお、。奇遇だなあ、俺もなんだよ」

「……え? なに、それ」

「なにって、俺たち科学部が作ったロボで戦争やってんの。日本皇国は乗っ取られちまったし、地球外の侵略者が攻めてくるし、オマケに地球は二つあんだぜ? 笑っちまうよな」

「なぁんだ、そゆことかあ。……どーゆーことですかっ!?」


 ようやく世代が、年頃らしい狼狽ろうばいを露わにした。

 その間にそっと、優が美李奈に耳打ちしてくれる。どうやら世代と雄斗は知り合い、それも同じゲームを遊ぶ友人同士らしい。BMRSバトル・マッチ・ロボティック・シミュレーター筐体の機装戦記レムロイドと聞けば、美李奈にはやはり心当たりがある。

 甲府の街が火の海となるちょっと前……ゲームセンターから一人の男子が忽然と消えた。

 そしてそれこそが、誰であろう世代なのだ。


「う、嘘だ……ボクの夢を、理想を……既に叶えていた人が、いた。それも……平和の象徴だった茶飲み部、あの科学部が。……まあ、よし! それはいい、つまり……コハラ軍曹もパイロットってことだよね。えっと、本名は」

「俺は小原雄斗、そっちは東城世代だろ? 全国でもトップのレムロイドランカーだ、名前くらいは知ってるさ。で、こっちが吹雪優と市川流」

「よっす」

「よろ」


 やはり、おかしい。妙だ。そして、いぶかしげな気持ちが表情に出ていたのか、気遣う視線を佐助が送ってくる。


「あの、美李奈さん……なにか? えっと……ナミハナが、ごめんなさい。申し訳ないなって……彼女、ああ見えても湖猫ウミネコ、ギルドに所属する有名な傭兵? 用心棒みたいなことしててさ。俺も、随分世話になった」

「そうでしたか。やはり、そのミ=ゴという存在に」

「ああ……でも、突然異世界にってのは、俺だけじゃなかったみたいだな」

「ええ、ここは惑星"J"……私たちの地球、惑星"アール"と対をなす、もう一つの地球です」

「……そ、そっか。まあ、なんだ。あんまし現実感なくて、驚くのも難しい感じかな」


 苦笑する佐助は人当たりも良くて、やはり物腰が穏やかな普通の少年だ。だが、その体温もあるかどうかわからぬ不思議な身体は、合流した時から重傷のアレックス・マイヤーズに似ている。

 ふと、義体ぎたい……サイボーグという単語が脳裏を過ぎった。

 その時ようやく、甲高い声を張り上げる二人の少女が同時に黙る。

 それは、典雅な声が近付いてくるのと同時だった。


「いちずさんを休ませていて、遅れました。双方とも、それまでといたしましょう。どうか怒りの矛先をお収めください」


 清水が染み渡って、波紋が伝搬でんぱんしてゆくかのような、澄んだ声。同時に人だかりが割れ、一人の少女が現れる。民間人の男たちも艦のクルーも、スメルの姫巫女ひめみこへと自然と道を譲った。

 シファナ・エルターシャは、ナミハナと麗美の間に立つと、静かに微笑んだ。


「麗美さん、誰も貴女を責めたりはしないでしょう。ですからもう、御自身で己を責めるのもよしましょう。ね? 都さんは戻ってきましたし、他の方もきっと無事です」

「え、ええ……シファナさんが、そう言うなら」

「ナミハナさん、とおっしゃいましたね? お礼を言わせてください。ありがとうございます、感謝を。貴女のお陰で、仲間の大事な操御人形……ええと、その、ゴーア・ルーターと、レバンテーン、だったでしょうか。所在がつかめてなによりと思います」

「あ、はい……その、どういたしまして」


 あっという間に二人は、毒気を抜かれてしまった。そればかりか、今度は肩を組んで二人でシファナに背を向けると「ちょっと、なに? なんですの、あの女は」「知らないわよ! でも、お姫様で巫女様なの! 勝てないでしょ」とゴニョゴニョ話し出す。

 その姿がどうやら、シファナには仲睦なかむつまじい様子に見えたようだ。


「では、もうすぐ清次郎様がいらっしゃいます。それと、刹那ちゃんも。皆で話し合いましょう……もうすぐ到着する、ブライト・シティでのこれからを」


 ――ブライト・シティ。

 それが、暗黒大陸にあっても異色の場所、日本……便宜上、ニッポンと最近リジャスト・グリッターズで表記され始めた、巨大な内海を囲む衛生国家群だ。そのニッポンでも最大の中立交易都市、それがブライト・シティ……暗黒大陸の多くの人型機動兵器が持ち込まれ、整備や強化をされ、売買や貸し借りが頻繁に行われる。工房が軒を連ねる、流通と経済が活気づいた職人の都市だ。

 そうこうしていると、佐助が「ふむ」と頷き、ナミハナに歩み寄った。


「とりあえず、この艦の責任者が来るらしい。ナミハナ、そこで少し事情を話そう。俺たちもこの世界に飛ばされてきたんだから、境遇は同じさ。それと、世代は……あれ? 世代は?」

「サスケ、彼なら……自分は通りすがりの民間人だからと、出てってしまいましたわよ? ……でも、確かにあの時強い魔力を感じましたわ。この世界の術体系がわかれば、もう少し……はっ! そ、それより、サスケ!」

「ん? どうした、ナミハナ」

「未開のこの地で、アルズベック様に助けられて神話生物駆除の仕事をしてきましたわ……でも、その」

「わかってるよ。……あの人、ただいいだけの人じゃなかったからね。だから、まずは情報、そして判断材料を増やそう。そうだろ? 美李奈さん」


 佐助の聡明さが今はありがたくて、美李奈も「ええ」と頷いた。こうして次々と大食堂にはパイロットたちが集まり、話を聞きつけた民間人の代表者、老人や大人たちも集まってくる。最後に清次郎と刹那が現れる頃には……美李奈を乗せた巨大な鉄の方舟は、海を臨む巨大な街の上空に浮かんでいた。

 眼下に広がる活況に満ちた街が、中立交易都市ブライト・シティだった。

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