第40話「邪神の玉座と少女」

 晴れ渡る空から注ぐ日差しが、銀翼ぎんよくに反射して光る。

 篠原亮司しのはらりょうじは今、愛機である神柄かむからのパイロットシートに座っていた。その狭い空間に拘束されるように固定された姿は、埋まっていると言ったほうが適切かもしれない。

 そう、今の亮司は神柄の最も高価だが簡単に交換可能な部品だ。


ふねの進路方向に敵影ナシ……平和そのものだな」


 亮司の哨戒任務は、コスモフリートとサンダー・チャイルド、二隻の航路索敵である。障害があれば排除するし、それが困難な場合は増援を呼ぶ必要がある。

 もっとも、異郷の地に飛ばされたリジャスト・グリッターズの戦力には限りがある。

 それに、司令である東堂清次郎トウドウセイジロウは無益な戦闘を禁止していた。

 亮司も全面的に同意だ。

 敵の先制攻撃がない場合、こちらから戦端を開く理由は全くない。そればかりか、見知らぬ土地で下手に力を振るえば、その地域の軍事的な均衡を崩してしまう。のみならず、かならず出るであろう犠牲者が怨恨えんこんを呼び、その後の遺恨へと繋がるのだ。

 それを話してわかってもらえたと思ったので、亮司は彼らの動向を許したのだ。


「調子はどうだ、デフ。少し動きがぎこちないようだが」


 亮司は高度を落とし、地表をジャンプ飛行で移動している機体へと回線越しに話しかける。少しギクシヤクした機動は、急造仕様の改造機な上にパイロットが未熟だからだ。

 そのダイバーシティ・ウォーカーは、キメラ・デュバルと命名されていた。

 キメラとはよく言ったものだと、亮司は内心感心する。

 ギム・デュバルをベースに、ソリッド等のジャンクや試作品の重機用工具を装備したのだ。重量バランスや基礎設計上の取り回しは、ある程度無視されている。しかし、あるものは活用せねばならぬ台所事情だし、使ってみせると決意した少年の意思は尊重したい。

 パイロットを買って出た少年、デフ・ハーレイが言葉を返してくる。


『ちょっと手こずってる、けど、ものにする! 大丈夫です、少尉さん!』

「日本では三尉、かな。亮司でいいし、階級もいらない。あまり意味がないからな」

『は、はい、亮司さん』

「君も組み上げ、手伝ったんだな。奪われたゴーアルターといい、突貫工事というのは感心しないが……戦力不足だ、四の五の言っていられんか」


 キメラ・デュバルのテストについてきたデフは、まだまだ未熟なパイロットだった。だが、シミュレーションは人の何倍も努力していたし、それに見合う成績を叩き出していた。勿論、実戦は未経験なのであてにはできない。

 子供が実戦を経験など、しない方がいいのだ。

 それでも、リジャスト・グリッターズに少年兵が多いのは、残念ながら事実だ。

 気持ちを切り替えつつ、レーダーに気を配りながら亮司が言葉を選ぶ。


「しかし、よくそれだけのパーツを集めたもんだ。八尺零児ヤサカレイジに見せたかったな」

『宇宙で残骸の墓場を通った時、いくつか回収したのもあって。……いつか見せますよ、見せびらかしてやるんだ。それまで、あいつと作った機体を完璧に仕上げる』


 トライRと呼ばれる、ネメシア・J・クリークが手がけた三機の機動兵器。そのパイロットたちは皆、二つの地球……惑星"アール"と惑星"ジェイ"を繋げ、次元転移で亮司たちを絶体絶命の危機から救ってくれた。

 しかし、その三人は今は行方不明だ。

 彼らだけじゃない、独立治安維持軍どくりつちあんいじぐん東堂千景トウドウチカゲ、そしてゴーアルターの真道歩駆シンドウアルクの安否も気がかりだ。

 そんなことを考えていると、四苦八苦という感じのデフが言葉を続ける。


『それに……俺は、あいつの分まで戦いたいんだ。あいつは、殴るより殴られる方がマシだって言ったあいつは……俺たちのために大気圏突入を援護して、そして』

「そうか。なら、、デフ」

『えっ?』


 僅かにデフの操縦するキメラ・デュバルが挙動を乱す。

 その程度で動揺する、これもまた未熟な新米パイロット故だ。そして、そういう人間を亮司たちはワンウィーク・パイロットと呼んでいる。月曜日に配属されれば、日曜日までに棺桶の中だ。

 戦場では人は、恐ろしいほどに簡単に死んでゆく。

 その中に、まだ十代の子供を入れる訳にはいかなかった。


『誰かのために、なんて動機でパイロットになるもんじゃない』

「……いけませんか」

『ああ、駄目だ。戦うのは自分、生き残るのも自分……なら、自分のために戦うんだ』


 厳しい、あまりにも突き放した言葉だということはわかっている。

 だが、亮司にはリジャスト・グリッターズの中で自分の役目を自覚していた。制空戦闘能力に長けたアーマード・モービルのパイロット、そして空戦メインの機体で構成された小隊を組む時は、小隊長を任される。

 それと、もう一つ。

 亮司はいざとなれば、進んで嫌われ役を引き受ける気でいた。

 そうまでして誰かが言わねばならぬことがあれば、それを口にするのは自分なのだ。

 リジャスト・グリッターズの司令官、清次郎は優秀な人間だ。そして、現場で部隊長を務めるバルト・イワンド大尉も同じ軍人として信頼に足る人物、信用を互いに預けられる人間だ。だが、二人共シビアなリアリストであると同時に、善良な常識とモラルを持っている。私心がない分、それがはっきりとわかるのだ。


「まあ、あのおチビちゃんに……御堂刹那ミドウセツナ特務三佐に言われたからな」

『はい? それは』

「いや、こっちの話さ。独り言だ」


 先日、秘匿機関ひとくきかんウロボロスとかいう組織から来た少女に……幼女に言われたのだ。大所帯で混成部隊というリジャスト・グリッターズには、いざという時に苦言を呈する人間が必要だと。作戦参謀レベルでのそれは自分がするから、現場レベルでは貴様がやれと彼女は頼んできた。

 こういうことまで気を回してくるあたり、あの子供三佐も相当のお人好しだ。

 だが、悪くはない。

 亮司は自分なりに、多くの有志で構成されたこの部隊が気に入り始めていた。


「いいか、デフ。他人のために戦う人間は、いつか他人のために死のうとする。そういう人間を俺は、アジアの空で沢山見てきた」

『アジア……ユーラシア大陸は確か』

「ああ。パラレイドに加えてアラリア共和国……今はアラリア連合帝国か。とにかく、地獄の戦場だったよ。補給線が絶たれて兵站へいたんが破綻することもあったし、予備機まで動員しての共食い整備……挙句、飛行戦艦やらパラレイドやらで、空は狭くて息苦しかった」


 そんな亮司の言葉に、デフが「でも」と言葉を返してくる。

 その頃にはもう、亮司は地上の異変に気付いていた。

 眼下に広がるサバンナに、その遠くに肉眼がなにかを捉える。パイロットは目が命、亮司も視力には自信がある。そして、モニタを網膜が映して視神経が拾う僅かな点を、実際に見分けるのは感とセンスだ。

 ただの動く点でしかないなにかを、危機の予兆だと亮司の経験が訴えてくる。


『でも、亮司さん。俺はみんなを……顔見知りを守れるくらいには、やってやりたいんです。誰かのためにって、やっぱり駄目ですかね?』

「ん、そうだな……好ましくはないが、止めても聞かないタイプに見えるからな、君は」

『……自覚、あります。迷惑はかけませんし、それ以前に……戦力に、役に立ちたいんです。今後もずっと、怪我がよくなってもあいつは戦わないだろうから。……亮司さん?』

「ああ、すまない。その件に関しては了解だ。死ぬなよ、デフ。それと……どうやら地上でなにか困りごとのようだ。高度、落とすぞ」


 低空へ降りれば、よりはっきりとモニタの中に状況が視認できた。

 馬に乗った旅人が、異形のクリーチャーに襲われている。よくあるファンタジー風の、いかにも剣士という感じの旅人は、背に大剣を背負った女性だ。そして、その後を追っているのは報告にあったタイプと見て間違いないだろう。


神話生物しんわせいぶつと言ったか? やれやれ、AMで人間以外の生物を殺すことになるとはな」

『亮司さん、あれ! 女の子が襲われてます!』


 次の瞬間には、デフのキメラ・デュバルが光の尾を引く。いびつな改造機とは思えぬ瞬発力が爆発して、感心しつつも亮司はスロットルを踏み込む。

 デフはやはりというか、素直な年頃の少年で、まだ子供だ。

 同年代に見えなくもない馬上の少女を、守ろうとしている。それは、悪いことではない。しかし、亮司のような立場になると、熟慮の上に考えを巡らして選択をしなければならない。あの神話生物なるバケモノは、本当に倒していい敵か? どこかの国家ないし勢力の利害とはどう関係が? 戦闘状況を作るメリットやリスクは?

 戦場では善悪は関係なく、ずるくなければ生き残れないのだ。


「気をつけろ、デフ! あまり突出するな、俺のフォローに徹してくれ」

『大丈夫です、やれます! おおおっ! こいつのパワーが、いけるってんなら!』


 キメラ・デュバルの豪腕が振りかぶられる。不格好なまでに肥大化した左腕は、その先端が割れて巨大な三本の爪を展開させた。

 おぞましい声を張り上げる神話生物たちの、その一角へとデフが飛び込んでゆく。

 一瞬、馬で逃げる少女がこちらを振り向いた。

 それがはっきり見えた瞬間にはもう、亮司も機体をひるがえす。


「なんてこった、俺がバックスでデフがフォワードなんてな。……少し、ソーフィヤに近い年だったが? 何故、追われている……そもそもこのバケモノ共に意思や目的が?」


 しかし、考えるのはあとだ。

 肉弾戦に打って出たデフのキメラ・デュバルが、巨大なクローアームで敵を鷲掴わしづかみにする。そのままパワーにものを言わせて、彼はつぎはぎだらけの愛機に命じて、敵を放り投げさせた。

 もんどりうって倒れた神話生物が、多くの同族を巻き込んで砂煙をあげる。

 デフは基本に忠実ながら、気がはやってたけるあまり、突出しすぎているようだった。


「子守は得意じゃないんだが、そうも言ってられないか」


 ドロップタンクをパージすると同時に、思い出したように亮司は神柄にそれを拾わせる。なるべく自分たちの文明の物を、この暗黒大陸に残さないようにと清次郎は言っていた。ここは違う文化圏、そして全く異なる魔法文明の世界だ。用心にこしたことはない。


「ま、爆弾代わりに使う分にはいいだろう。テルミットで焼却処分するようなもんだ」


 急降下しつつ、まだ燃料の残っている増槽を神話生物の頭上へ投下する。同時に、火を噴く機関砲から劣化ウラン弾が迸った。47mm口径の礫があっという間に周囲を火の海に変える。

 ちゃんとマニュアル通りにデフが離脱していたのを見て、亮司は自然と口元を歪めた。

 戦力としてあてにできる程度の腕はある、そう笑える自分が悪い大人だとも思う。


「さて、残敵は……チッ、流石に一網打尽とはいかないか」

『亮司さん! 残りのバケモノが……あの娘が!』


 なおも馬上の少女に追いすがるように、焼け焦げチリチリと火を纏った神話生物が数匹走る。醜悪なその外見は今、業火にあぶられながらも再生し始めていた。どうやら人知の及ばぬ驚異的な回復能力を持っているらしい。

 これ以上は少女にも流れ弾が当たる、そういう距離に敵は迫っていた。

 救出目的の戦闘で救出対象を巻き込む、これは愚策中の愚策だ。


『亮司さん、俺があの娘をピックアップします!』

「待てデフ、それは危険だ。さて、どうする……ん?」


 その時、戦場へと未確認の反応が現れた。数は、二つ……馬で逃げる少女が向かう先、暗黒大陸の日本がある方向からやってくる。

 速い……はやい。

 すぐに目視できる距離に突入してきたのは、人型の機動兵器だ。

 だが、完全な人型ではない。

 片方は下半身がなんらかの推力を持つ浮揚装置ホバーユニットのようだ。その姿は、見た目もあいまって、玉座から動かぬ王……否、おう。魔を斬り裂く機神の皇のようだ。禍々まがまがしいまでの神々しさは、亮司が知る地球、惑星"r"の兵器とは考え難い。

 もう片方は、地を這うような低いシルエットのあかい機体。二本のアームが突き出ていて、亮司はどこかで見たことがあるような既視感を覚える。その紅い機体は、プロの軍人である亮司が見ても驚くほどに繊細、そして精緻な操作で逃げる少女をつかんで離れた。


『ドリル付きのビグロもどきが! これって、助けてくれたんです? 亮司さん、今なら!』

「ビグロ……ああ、なにかに似てると思ったら、小さい頃に見たアニメか。で……やるなら今だな。そうだろ? 玉座野郎ぎょくざやろう!」


 咄嗟とっさにつけたネーミングを置き去りに、亮司の操る神柄がアフターバーナーで風になる。誤射の危険さえ除かれれば、あとは殲滅せんめつあるのみ。今は考えるよりも行動の時だ。今後のことも考えてはいるが、それとは別の思考が反射的に機体を操る。

 神話生物とはいったい何者なのか? そう思惟を巡らせつつも、冷徹な殺戮マシーンのように身体は機体に攻撃を命ずる。照星しょうせいに映る敵を肉塊へと変えてゆく。

 亮司が玉座野郎と呼んだ機体は、格闘戦で神話生物を押さえ込んでいった。


「腕から拳を射出して……チェーンで巻き戻す、か。ゴーアルターもそうだったが、随分と前衛的な設計思想なんだな。懐古主義というか、王道というか……嫌いでは、ない!」


 玉座野郎の援護を受けつつ、淡々と亮司は敵を処理してゆく。

 撃ち漏らしが僅かにあったが、それはデフのギム・デュバルが片付けてくれた。

 そして、神話生物はかなわぬと悟ったのか逃げ始める。

 深追いは厳禁と思っていた、その時だった……不意に鳴り響く通信機。


『エクスキューズミー、ミスター。よしサスケ、回線が繋がった』

『すみません、軍人さんっ! 人類同盟じんるいどうめいの軍人さんですよね、その機体……でも、それより今は! 奴らを逃すと不味いんです……ちょっと、借ります!』


 既に神話生物は、射程の外へと逃げている。その数は四匹。

 母艦へと報告しようとした、その時だった。

 不意に神柄が、ガクン! と揺れる。


「ん? ……武装が? ロックされてる筈だが」


 玉座野郎はジャンプするや、神柄が装備していた84mm滑腔砲かっくうほうが外部からのアクセスでパージされた。それを空中でキャッチする、謎の機体がツインアイに眼光を光らせる。

 そして、信じられない光景に亮司は目を疑った。


『亮司さん! あれ、あの玉座野郎っての……なんだ? 神柄の武器を』


 デフが言う通り、異変、そして異常事態だった。

 空中で玉座野郎は、。まるで腕から直接生えていたかのように、元からそうだったかのように融合してしまった。

 着地と同時に玉座野郎は、地平線の彼方へ逃げ去る神話生物へと砲口を向ける。


『イェス、機械融合! 少々拝借するとしよう。サスケ、狙う必要はナッシンッグ!』

『ああ! 見えずとも掴める、狙わずとも当たる……そういう感覚は確かに。そこっ!』


 砲声は四発、そして次の瞬間には遠くで衝撃音が四つ響く。呆気あっけにとられる亮司は、神話生物の全滅を確認した。レーダーの光点は今、綺麗に消え去っていた。

 驚きつつも、どうやら先程の二機は敵ではないようだ。

 それも確認してみないとわからない、そう思った矢先だった。


『助かった、ありがとう。俺はデフ、デフ・ハーレイだ』


 なんの警戒心もなく、デフがキメラ・デュバルを玉座野郎に近付けた。そしてあろうことか、コクピットを開いて顔を覗かせている。

 戦場で生身を晒すのは厳禁だ。

 そして、例の二機は敵が同じだったというだけに過ぎない。

 この新手の機動兵器が、先程の馬の少女を追っていた可能性すらあるのだ。

 だが、そんな亮司の警戒心を解きほぐす言葉と共に、玉座野郎から声が響く。


『いや、これが俺たち湖猫ウミネコの仕事さ。気にしないで欲しい。それと……そっちはDSWで、そっちはAMだよね。……俺の地球の兵器だと思うんだけど』


 驚いたことに子供の声、少年だ。

 亮司は着陸と同時に、自分もコクピットのハッチを解放する。戦闘の空気が密室から解放され、吹き抜ける風が心地よい。警戒しつつも亮司がデフのキメラ・デュバルと、その隣で止まった玉座野郎を見やる。

 背後で可憐な声が響いたのは、その時だった。


「これは……異国のレムロイド。そう、魔生機甲レムロイドだ。見事なものだ。助けられた、礼を言う」


 振り向くとそこには、紅い機体の手に立つ人影……馬から降りた少女がこちらを見詰めていた。りんとしたたたずまいからは、感謝と敬意が感じられる。どこか生真面目そうな彼女は、自分のことを東埜ヒガシノいちずと名乗った。

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