第39話「タッチ・アンド・ゴー」
偵察任務から戻ったユート・ライゼスは、宇宙戦艦コスモフリートの
武器を満載した兵器の並ぶ、殺戮と破壊のための
そんな格納庫の雰囲気が、ユートはそんなに嫌いではなかった。
ヘルメットを脱ぎパイロットスーツを緩めて、一休みのユートに人影が近付いてくる。
「今、戻ったとこか? クーガー」
自分をタッグネームの『クーガー』と呼ぶ者は、少ない。
目の前には今、パイロットスーツを着てヘルメットを小脇に抱えた、
感情がない訳ではないと思うのだが、それがユートには酷く感じ
そんな彼の表情の機微が、アジアで魔王と恐れられたエースパイロットに謎の説得力を持たせていた。異常な撃墜スコアを今も更新し続ける男は、やはり接してみても異常な雰囲気がある。
そして、そのことをユートはあまり問題にしていないのも、異常かもしれない。
「偵察を兼ねた哨戒任務だからな。楽なもんだが、流石に疲れた」
「はは、十代の若さでそんなことを言うなよ。ま、お前がデータを持ち帰ってくれたお陰で、ブリッジの連中は大慌てだけどな」
頬を崩してみせるが、亮司の目は決して笑ってはいない。
彼は手に、固形タイプのスティックを持っていた。栄養バランスが最適化された、『カロリーカムラッド』という携帯食料だ。味は
ユートは、強いて食べるならチーズ味があれば助かる、御の字だ。
とどのつまり、
それを亮司は、なんの感慨もなさそうに食べている。
「……なあ、サクラ付き。それ、美味いか?」
「ん? ああ、栄養バランスもカロリーもこれで十分だが」
「忙しかったんだな、あんたも。昼飯の時間も取れないくらいに」
「いや? さっきまで仮眠してて、あとは装備のチェックだ」
「あ、ああ、そう」
やはり亮司は、どこか変な男だとユートは思う。
同じ空に生きる男、今という時代でも空を飛び続ける男として、尊敬もしているし共感もする。そして亮司は、こんなご時世に
だが、付き合って
その亮司だが、味気ないパサついた固形食を食べつつ言葉を選んでくる。
「あれが、日本だとはな。
「ああ。こっちの地球……惑星"
「
この暗黒大陸は、惑星"J"において外界から隔絶された秘境なのだ。部隊長のバルト・イワンドも、この場所に入り込む人類は初めてかもしれないと言っていた。
そして、暗黒大陸では異次元の文明と文化がユートたちを待ち受けていたのだ。
魔法が横行する中での、
ユートはつい、あの日のドバイでの苦い敗戦を思い出す。ジェネシードと名乗った連中に、全く歯が立たなかった。
そして今度は、第三の日本だ。
「……あれは確かに、日本の形だな。クーガー」
「ああ。けど、俺たちの知る日本じゃない。勿論、歩駆やバルト隊長が知ってる日本でもない」
偵察任務で各方向へとポッドを無数に放ち、そのデータをユートは母艦へと送った。
そして、驚くべき情報が得られたのだ。
ゼンシア神聖連邦の協力者、スメルの姫巫女シファナ・エルターシャが言った通り……そこには日本があった。暗黒大陸のど真ん中に日本の形がある。
「あれを日本かと聞かれたら……日本だと言うしかないな。俺は、俺たちは」
「そうだな、サクラ付き。日本そのものだ、あの日本の形をしたデカい内海は」
――暗黒大陸にある中立地帯、日本。
それは、巨大な内海を囲む沿岸の衛星都市国家だ。
そう、ユートも見た……愛機のセンサーやレーダー、そして射出したポッドからのデータは教えてくれた。そこには、日本と全く同じ形をした巨大な内海があった。
「俺たちの知ってる日本列島と、ほぼ同じ大きさの内海」
「流石にびっくりしたけどな。でかい沼か湖か……しかしこれは、規模が違い過ぎる。しかも」
「ああ。ご丁寧に俺たちの日本列島を、正確に水と陸を逆にした形……それが、暗黒大陸の日本。
そして、亮司はモソモソとカロリーカムラッドを食べながら言葉を続ける。
「……なんとなく、合点がいく話だ。
「なんの話だ? サクラ付き」
「ミスリルとかいう奴がくっついてきただろ? 姫巫女さんと」
「あ、ああ。……あ! そうか。あの話」
亮司は周囲を見渡し、少しユートへと額を寄せる。整備班が慌ただしく行き来する格納庫はうるさく、二人を気に留める人物もいない。
だが、一応この話は士官やパイロットにしか伝えられていなかった。
保護している民間人には、不用意な不安や憶測を広めたくないので秘密にしている。この格納庫でも、知っているのは
亮司の声は、
「例の、
「ああ。そして、比翼の巫女は暗黒大陸から出てっちまったんだろ? ってことは」
亮司の言わんとしていることが、ユートにもだんだんわかってきた。
つまり、はっきりと誰が見てもわかるくらいに、日本列島の輪郭を持った内海の存在。そして、それを取り巻く沿岸の都市群は今、日本と呼ばれている。
日本列島の形に内海を作って、外の世界へと行ってしまった比翼の巫女。
その、日本列島の形にくり抜いた部分は、どこへ?
恐らく、その比翼の巫女とやらはそれを外へと持ち去った。
そして、こちらの地球のあるべき場所へと……日本列島を置いたのかもしれない。
「ま、仮説に過ぎないがな」
「比翼の巫女……あのジェネシードとかいう連中も言ってた、
「とりあえず、二つの地球を巡る事件の核心であることは間違いない。が、それは上のお偉いさん方に考えてもらうさ。俺は――」
「俺は?」
ジェリカンから飛び降り立ったユートの前で、亮司ははっきりと言い放った。
「俺は、敵を撃墜し続ける。それだけだ。休暇は欲しいがね」
「……違いない、同感だ」
肩を竦めて見せるユートに、亮司も大きく頷いた。
そんな二人の背後に、快活で
「お二人とも、お疲れ様でーっす!
振り向くとそこには、束ねた紙コップとポットを持った
彼女を見て思わず、ユートは「……は?」と、マヌケな声を出してしまう。
一方で、亮司は全く表情を変えずに「貰おう」と
「りょーかいでっす! えっと、ミルクと砂糖は」
「ブラックでいい」
「はいはい、ブラックでと。亮司さん、飲み物なしでカロリーカムラッドなんか食べて、苦しくありません? ボソボソしてるし、口の中が乾燥しちゃう」
「そうか? これ一本で時間も節約できて栄養も事足りるんだ、別に不満は」
「因みに私は
笑顔の都から熱い珈琲を受け取り、亮司は礼を言う。
その間ずっと、ユートは都を凝視していたのだ。視線に気付いた都が、ユートに向き直って微笑む。
「あ、ユートくんも飲む?」
「えっと……いただき、ます」
「おっけー、おねーさんがミルクと砂糖をサービスしてあげよー」
「や、普通でいいです、普通で」
そして、周囲を行き来する整備班の者たちも、見目麗しい都に何度も振り返る。
そう、今の都はいつにもまして可憐で綺麗だ。
だが、そのことが気になって……やはりユートは、突っ込まずにはいられない。
「あの……都さん、その」
「んー? ああ、私? ……機体、失くしちゃったからね。私のレナス、無事だといいんだけど。他にできることも少ないから、だから! エッヘン、ローテ入りしてるパイロットや整備班に差し入れなのです!」
「はあ……でも、えっと……なんでメイド服なんですか?」
そう、メイドだ。
メイド服だ。
ヘッドドレスにモノクロームのスカートとエプロン。都の格好は、今は失われた
指摘されて嬉しいのか、都はその場で一回転して見せる。
突然、仲間がメイド服で現れても動じない。なにも感じないかのように、話題にしない。やはり、亮司はそういうところが変な男だった。
「なんかしてたほうがさ、気も紛れるし。色々あったから、
「……大丈夫ですよ、多分。都さんのレヴァインテイン、レナスはきっと、大丈夫です」
「ふふ、ありがと! 気休めでも嬉しいな」
「いや、そういうんじゃなくて」
「気にしない、気にしない! 私、唐木田さんたちにも珈琲持ってくね~」
眩しい笑顔で都は、フリルとレースを揺らして行ってしまった。聞きそびれてしまったが、多分あのメイド服は
そして多分、麗美も悔やんでいるのだ。
都たちがレオス帝国に拉致された現場から、一人だけ戻った身なのだから。
そんなことを考えていると、ズズズと珈琲をすすりながら亮司が呟く。
「捕まった者たちの機体は、破壊されることはまずないだろう」
「俺も、そう思う、けど」
「よほど馬鹿な蛮族でもなければ、未知の技術を満載した兵器を無益に壊す必要はない。まずは保管、そして調査だろうな。分解くらいはされてるかもしれんが」
「……それ、言わなくて正解だろうな、サクラ付き。都さん、ちょっと悲しみそうだし。……あんたも気遣いのできる男なんだな」
「ん? ああ、別に……これで口が
そう言って亮司は、これと呼んだカロリーカムラッドの最後の一口を飲み込み、珈琲で流し込む。味わう程の食べ物ではないが、そもそも味わうという概念を持っていないかのような味気ない食事が終わったようだ。
「さて、午後の哨戒任務は俺だ」
「あれ?
「……人手が圧倒的に足りないんだ。女性士官ってだけで、二人は食堂で民間人の相手をさせられてる。ま、命の心配はない仕事だが……
「はあ」
「そういう訳だ、ちょっと行ってくる」
亮司は最後にクシャリと紙コップを握りしめて、それをゴミ箱へと放る。
隅で自動販売機と一緒に並んでいるゴミ箱が、小さく揺れて紙コップの残骸を弾き返した。亮司は別段なにも思うことはないかのように、歩み寄って拾い上げると、再度ゴミ箱の中へそれを押し込む。
彼は最後に、ユートを振り返った。
「寝れる時に寝とけよ、クーガー。……嫌な予感がする」
「なんだ、それ? エースの直感ってやつか?」
「いや、そんな御大層なものじゃないさ」
亮司は大きくサクラのマーキングが入ったヘルメットを被りながら、自分にも言い聞かせるように呟いた。
「俺たちリジャスト・グリッターズは、行く先々で前途多難だ。この大陸の日本は、俺たちの知ってる日本とはまるで違う別物だと考えたほうがいい」
「ああ」
「最悪の場合は武力衝突、戦闘もありうる」
「……考えたくないけどな」
「少し考えたんだが、こちらに来てからまだパラレイドを見ていない。……意外とこっちの地球では、航空戦力による先制打撃というのは、まだ有効かもしれないな。……やるなら先制攻撃が絶対に有効だろう」
そんなことを言う亮司の横顔は、少し怖くて、嬉しそうだった。
ユートの心胆を寒からしめる表情を垣間見せ、ハルピンの魔王と呼ばれた男は行ってしまう。彼の歩く先に今、アイドルアップ中の
亮司を見送り、ユートは自室へと戻るべく歩き出す。
ちらりと見れば、メイド姿の都は整備班にも笑顔と珈琲をデリバリー中だ。
「寝れる時に寝とけ、か……そんなこと言われたら、
ユートの中で亮司の言葉が、青く広がる天空を
魔法文明がひしめく暗黒大陸では、航空技術のレベルはどれくらいなのだろう? あっちの地球では既に、絶対対空能力を持つパラレイドの存在が飛行戦力を過去の遺物にしてしまった。
それでも翼に生きるパイロットたちが、ある者は死に、ある者は去っていった。
そんな中で生きて、生き延びてきたからこそユートは思う。
ここは今、高度計と地上ばかり気にして飛ぶ空ではない。
ようやく愛機の性能、
そう思う反面、
「これで人が死ななきゃ、俺はどんな空だって好きになれんだけどな」
フォトン・カタパルトへとエレベーターで運ばれてゆく神柄を見送り、ユートは背を向け歩き出す。言い知れぬ興奮が背徳感をも連れてくる中、
ユートには部屋での熱いシャワーと仮眠、そして次また飛ぶ戦いの空が待っていた。
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