第33話「巨大な拳が握るモノ」
薄闇に目が慣れ始めると、すぐに周囲の状況が知れる。千景は
「なにかの宗教施設か? ここは……?」
先程、
仲間の
そうこうしていると、背後で
「千景さん、あそこ……誰かいます」
「ん、
遠景の広いホールの壁際に、
そして、周囲には数十人の人間が無造作に散らばっていた。その姿を見て、千景の中の違和感がさらに増大してゆく。自分たちを連行したレオス帝国の者たちは、中世の封建社会を
そのことに思案を巡らしつつ、千景は歩駆が視線で指す先を見やる。
ぼんやりと灯る炎の明かりが、並んで座る人物を遠くに浮かべていた。
まるで儀式に参列するかのように、身を正した三人の人影。
「なんだ……この、レオス帝国ってのが国家なら……皇族?
一人は
そして、その隣にいるのは二人の少女だ。
片方は男と同じ白髪……いや、
千景が油断なく観察していると、少女の片方が此方を見た。
髪の色と同じ
だが、すぐに周囲が騒がしくなる。
「ここは、どこだ……私はいったい、ウツ! な、なんだ!」
「ちょっと、どうして? あたし、なんでこんなとこに」
「俺はさっきまで、自分の部屋にいたのに」
「なんだよ……なんなんだよ! あの光、なんだってんだよぉ!」
周囲の者たちが目を覚まし始めたらしく、次第に騒がしくなってゆく。行き交う言語は雑多で、複数の国や民族が入り乱れている。千景はそのことを冷静に、背後の歩駆へと小声で伝えた。
つまり、無作為に抽出された人間が集められている可能性が高い。
見れば老人も女性もいるし、子供もいた。
「こういう時こそ冷静に、ってな。……
「千景さん、あれ! 天井! あの光は」
不意に頭上が明るくなって、指差す歩駆の腕を視線でなぞって首を巡らせる。そこに千景は、異様な七色の光を見た。オーロラのように
それは、千景たち惑星"
「なっ……
それは、天使たちの名を冠する害意の
だが、千景たちが見上げる次元転移の光は、パラレイドではなく三人の少年少女をゆっくりと
意識がないのか、どさりとそのまま倒れ込む。
そして、次元転移の妖しい輝きが収まり終息すると、
抱き上げた少年の顔を見て、千景は言葉を失う。
「なっ……この子は! そっちの子もか、間違いない……」
「どうしたんですか、千景さん」
「歩駆は中東組だったな。俺たちオスカー招待は、バルト隊長たちと山梨県の甲府市に出張ってたんだが」
「ああ、大規模なテロと国の乗っ取りがあった……それって」
「ああ。
千景が抱き上げる少年が「ン……」と眉間にしわを寄せて唸る。その顔に千景はやはり、見覚えがあった。彼の名は確か、
だが、おかしい……妙な違和感に千景の背筋が冷たくなる。
彼らが突如、テロで焼かれた甲府から消えたのは、もう一週間以上前だ。
そして、千景の腕の中でうっすらと目を開いた少年は、小さな呟きを
「アル……アルカ、シード……」
「おい、君! 大丈夫か? 飛猷流狼君だな? どうして君は……ッ!?」
その時、突然の気配と共に大勢の者たちが現れる。具足を鳴らして威圧感を放つのは、警備の衛兵だろうか? その者たちに守られながら、見覚えのある顔が現れた。
あれは間違いない、先程の水辺で仲間の都をさらった男……確か、
「あれは……都! 皇都!」
「都さんっ、どうしてそこに……様子が変だ。千景さん!」
アルズベックの隣に、その女性はいた。
あどけない少女を思わせる端正な表情を、無機質に凍らせ
明らかに普通ではない都に、思わず千景の心を動揺が走る。
だが、同時に胸の奥で、父の声が彼の平常心を繋ぎ止めた。
ざわめきが広がる中で立ち上がった千景たちに、アルズベックが矢のような鋭い視線を投げかけてくる。その澄んだ瞳に迷いはなく、射抜かれたように千景は立ち尽くした。
「先程の客人もいたか。そこの貴様は……将の眼をしているな。そちらの少年は兵士というよりは、戦士。だが、貴様には将気を感じる」
「俺は……ただの、パイロットだ。歩駆は仲間で、それは都も同じだ!」
「ぱいろっと……ふむ、あの見慣れぬ機兵の乗り手ということか。だが、貴様はそれだけで収まる
「親父は関係ないだろう!」
「フッ……やはりどこぞの将家の者か」
思わず熱くなった気持ちが
歩駆は先程次元転移で現れた三人を、順々に起こして背に
どうやら、この場所では『あちら』と『こちら』の地球を繋げていた……惑星"r"から惑星"
何故? どうして? その問いに眼前のアルズベックは答えてくれない。
そして、千景が声を荒げても、立ち尽くす都は反応を返してはくれないのだ。
「ふむ……気に入った。お前は我が帝国に来てもらおうか。その方が都も喜ぼう」
「都に手を触れるなっ! ……都に、なにをした」
「上に立つものは常に、美を
千景はギリリと奥歯を噛んだ。
その頃にはもう、歩駆の背後で甲府の三人組も身を起こす。
「大丈夫ですか、流狼。陽与ちゃんも」
「う、うん……私は大丈夫。それより、流狼君が」
「俺は……いや、平気さ。それに……なにかが、頭の中で。それを、今……それより」
三人は寄り添う歩駆の言葉で、少し落ち着いたようだ。
だが、千景を見下ろすように鼻を鳴らすアルズベックは、そっと右の手をあげた。
それに応えるように、
「静まれ、者共よ……『
杖から光が迸った。
瞬間、千景は肩に
アルズベックは周囲に響く通りのよい声で喋り始めた。
「命までは取らぬ、私はお前が気に入った。良き
「選べ、か……どうしてこう、お前たちは……お前みたいなやつは。選べって言うんだろうな」
「私の慈悲を拒むな。貴様の力を引き出し活かして、私の覇道に協力させてやろうというのだ。それだけの価値を貴様に私は見出しているが、どうか」
千景の脳裏に、一人の少女が浮かび上がる。
ジェネシードと名乗った古代の民の
ならば、千景の決断は一つだ。
「都は返してもらう、そして俺はお前の駒にはならない。ようやくわかった……嫌いでたまらないあの人が、少しだけわかった。親父は、選べだなんて言わなかった。選べぬ選択肢を突き付けてふんぞりかえってる奴とは、俺は仲間にはなれない」
「仲間は必要としていない。私が欲しているのは、貴様が埋もれさせている
「東堂千景だ。そして、覚えておけ……俺が屈さず散ったと知れば、仲間たちは必ずお前を正しに立ち上がる。なにもわからないこの世界で、お前が放っておけないと感じ取るだろう。だから」
アルズベックが再度、側近に手を上げた、その時だった。
不意に、千景とアルズベックの間に人影が立った。それだけで空気が軽くなるような、
それは、翠緑色の髪をした先程の少女だった。
「もうおやめなさい、アルズベック殿下。これ以上、召喚されし異邦人を困らせてなんになりましょう」
「これはこれは……スメルの
「そのような物言いを……この地は我がゼンシアの同胞、エネスレイク王国の召喚陣。儀式は確かに、このスメルの巫女シファナが見届けました。この後は速やかに、異界の者たちを保護し、手厚く
なんという勇気……千景は驚嘆したまま少女を間近で見上げた。
シファナと名乗った人物は、まだ十代の女の子に見える。彼女は冷笑を絶やさぬアルズベックを正面から
そうこうしていると、背後で悲鳴が響いた。
「ぐっ! は、離せ……!」
「まあ待て、坊主! 気持ちはわかるが、今は抑えろ。そうですな? フィリア様」
白髪の巨漢に腕を捻りあげられているのは、流狼だ。そして、そんな彼をちらりと見てから、銀髪の少女が立ち上がる。先程のシファナが凍れる炎のような鋭さなら、彼女のそれはぬくもりの灯る氷河……その
「御苦労、オルギオ。離してやりなさい。もう既に、抵抗の意思を感じません。さて……アルズベック殿。此度の召喚の儀、エネスレイクとレオスの未来をと思えばこその執り行い。されど、共に未来を分かち合う仲には、相応の礼儀と礼節が求められよう」
「いかにも。しかし、お忘れなく……フィリア殿はこちらのシファナ殿のゼンシアと、内々に通じているとの嫌疑が存在する。今、この地のバランスを、その釣り合う
「民や国土の
強い言葉がフィリアから
千景は駆け寄る歩駆に肩を借りて、どうにか立ち上がる。
振り返れば、流狼もまた龍羅や陽与に付き添われていた。
「どうやら向こうも一枚岩じゃないようだな。歩駆! 後ろの三人を頼めるか?」
「千景さん、でも」
「都のことも気にかかる。ひとまず俺が騒ぎを起こすから、その隙に」
「……そういうの、やめましょうよ。ヒーローになって
「歩駆……お前」
二人の少女が言葉を尽くす中で、相変わらずアルズベックが不遜な笑みを湛えている。彼の帝王学には恐らく、
そんなことを思い出していると、再び次元転移の光が頭上に煌めき広がる。
「アルズベック様! まだ、召喚陣に力が……なんと!?」
「チャンスか!? よし、アル……俺はいい、周りのみんなを! ……まだか、アル!」
「流狼君っ、危ないっ!」
突如また、次元転移の光が迸った。そして、広く天井の高いホールの中に、一際強い
千景は見た。
流狼が誰かと……否、なにかと言葉を交わしているのを。
そして、そんな彼をかばうように突き飛ばした陽与の身体が、次元転移で現れた
「な、なにぃっ!
「ほう? これは……ミヤコたちの乗っていた機兵に似てるな。周り! 私のことは気にするな。動じず対処せよ、これしきのことで
現れたのは、テロリストに強奪されたレヴァンテイン、瞬雷だ。そして、報告書に記された搭乗者の名を千景は思い出す。ロキという少年が乗っていることを、響くスピーカーからの声が教えてくれた。
『やれやれ、なんとも面白いことになったねえ? さて……続きをしようか? 少年っ!』
瞬雷は次元転移の光が収まるや、立ち上がる流狼へと向き直る。
流狼もまた、よろりと身を起こすや、巨体を見上げて身構えた。
『キミ、言ったよね……ボクに、このボクに、戦ってやる、って。戦って? やる? ハッ! そういう言葉はねえ……最高に
「大切な誰かを守るためなら、俺は戦える。そのために鍛えた拳で、なにができるとは言わない。それでも……俺はっ! この状況、なにかができる筈なんだ」
そして、流狼の言葉が地鳴りを呼ぶ。
今にも流狼を潰さんとしていた瞬雷が、ぐらりと揺れて一歩下がった。
同時に、千景は歩駆とアイコンタクトで頷き合い、即座に走り出す。
「龍羅君、だったな! こっちだ!」
「その服、独立治安維持軍の方ですね? 自分は陽与ちゃんを!」
「待て、危険だ! 歩駆、彼を……うおっ!?」
そして、流狼が絶叫と共に拳を振り上げる。
「まだか? いや、来たな……アル! 来たんだな、アルカシード!」
突然、床がひび割れ波打つ。
不思議な文様で同心円状に広がる、魔法陣のような床は崩落して木っ端微塵になった。荒れ狂う大海にも似た激しい揺れの中で、千景は見た。
流狼を踏み潰そうとしていた瞬雷が、地底から伸びて出た巨大な腕に吹き飛ばされるのを。その豪腕は、あっという間に天井をブチ抜き、空の彼方へと瞬雷を消し去った。
次の瞬間には、先程の銀髪の少女ファリナが叫んでいる。
「皆、こちらへ! 短距離なら転移を、私でも……陣を形成。よし、
咄嗟に千景は、歩駆と共に走る。
その先でファリナが広げる光が、突き上げられた拳と一緒に流狼を包んだ。
一度だけ振り向く千景が見たのは……倒れた龍羅と、アルズベックに抱きかかえられた陽与の姿。そして、全てをがらんどうの瞳で見守るだけの都だった。
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